選ばれた歌姫

コンテストが開催されるこの日。
「わたし、絶対に勝つ」
「勝つのはわたし」
羽音《はおん》と星宙《ほしぞら》の対決が今日幕が上がる。
今回の審査員はもちろん天声《あまごえ》だけ。
「羽音《はおん》と星宙《ほしぞら》がどんなステージを作ってくれるのか、楽しみにしてる」
今回のステージ規模は一万人を超える最大級の勝敗を決める物。
もちろん今回の司会者は。
「さあ、始まります! 今年から開催される特別なコンテストで一体誰が勝つのか、それは誰も予想できない展開になること間違いなしでしょう!」
異等義《いらぎ》の言葉は毎回期待を上げるので、観客席にいるファンもテンション爆上がりで会場を飛び抜ける歓声を上げる。
「二人共頑張って!」
「羽音《はおん》ちゃんの歌声聴きたい」
「星宙《ほしぞら》様のステージ見たい!」
この歓声はもちろん二人に聞こえている。
(耳がはち切れそうなくらいに…)
楽屋でそれぞれ待機する羽音《はおん》と星宙《ほしぞら》。


まずは羽音《はおん》。
「よし、これで完璧」
今回のドレスの色は黒を主体とする少し暗めにしている。
全体的に銀色のビーズで棘のある羽を飾り、背中には大きな真っ黒のリボンをつけて首にも細めのリボンを結んでまさに闇その物の姿。
ティアラを頭に飾り準備完了。
これで勝てるのだろうか?
「瞳の色が真っ黒だから今のわたしには白が似合わないし、もう白じゃなくていい気がする」
羽音《はおん》本人はもう天使にはなれないだろう。
この前の大会で瞳の色を失い、自我までもを失いかけていたのだから。
羽音《はおん》の心はもう喜びも怒りも感じることのないように崩れてしまうのか…?
「羽音《はおん》ちゃん、準備ができたならそろそろ行こうか」
扉を開けて中に入った奏《かなで》は羽音《はおん》のドレス姿を見ることなく瞳を合わすことなくただ手を差し伸べるだけ。
…羽音《はおん》ちゃん、もうこれ以上、君を失いたくない。
白が似合う君に戻ってほしい。
君の意思は尊重するけど、君が君でなくなってしまうのは嫌だよ。
でも、僕は王子様。
歌姫の君をエスコートするのが僕の役目。
「じゃあ、行こう」
自分が王子様に選ばれたことの意味を理解した上で、奏《かなで》は歌姫の羽音《はおん》をステージまでエスコートをする。
羽音《はおん》はついて行くだけ。
「ねえ、奏《かなで》」
「なに?」
「わたし、今すごく幸せなの」
「そうなんだね」
幸せか…どういう意味で。
笑顔を見せることができずにただ前を向いて歩く奏《かなで》に羽音《はおん》は全く気づくことなく満面の笑みで手を繋ぎ言葉を続ける。
「わたし、歌姫になれて良かった。なっていなかったら、奏《かなで》やみんなと出会えなかったから…今が楽しい!」
瞳が真っ黒に染まっても羽音《はおん》は、音羽《おとは》はなにも変わっていない。
いつまでも純粋で優しくて美しい。
それを忘れていた奏《かなで》は隣で美しく天使に近い暖かみのある笑顔をようやく見ることでさっきまでの冷たく距離を置いていた自分をバカに思い、右手で血が垂れるまで力強く一発頬を叩いた。
「ごめんね、そうだよ。君が歌姫に選ばれてくれたおかげで僕は君と出会えたし、他の歌姫や王子様にも出会えた。そんな簡単なことを見失っていた僕を許してほしい。ごめんね」
ちゃんとそばで見ていたことを忘れていた奏《かなで》が頭を下げて謝ると、羽音《はおん》は血が垂れた頬を優しくハンカチで拭って抱きしめる。
「謝らないで。わたしは奏《かなで》がそばにいてくれるだけでいいんだよ。ほら、もうすぐ行かないと」
「うん、そうだね。絶対に勝とう」
「もちろん、そのつもりだよ」
今度こそ、二人仲良く手を繋ぎ扉へと向かう。


次に星宙《ほしぞら》。
「これで完璧」
今回のドレスは色とりどりの惑星を描いた最強の一着。
主体となる色は紺色。
太陽に月に木星に火星に金星。
あとはティアラを頭に飾り準備完了。
星座や流れ星も選択のの一つにあったが、今回は特別ということで、豪華に綺麗に仕上げることで星宙《ほしぞら》のやる気は太陽よりも爆発的に止まることはない。
「ふふっ、これなら余裕で勝てる…って、勝つのはわたしだからこんなに張り切っても無駄よね?」
鏡の前で何度もドレスに触れて確認する星宙《ほしぞら》を、クスクスと楽しそうに笑う弦《げん》が肩をポンッと叩いた。
「そんなことないよ。ほしちゃんはなにを着ても似合うから羨ましいよ。大丈夫、いつも通りほしちゃんのやりたいようにステージに立ってほしいよ」
こんなに綺麗なほしちゃん、初めて見たよ。
天声《あまごえ》様は本当にすごいな〜。
人のやる気を出す天才だよ〜。
笑顔でドレスを褒めてくれるのは弦《げん》だけだ。
いつもそばにいてくれる弦《げん》に、星宙《ほしぞら》はまた素っ気ない態度を取るかと思いきや?
「そうね。あんたがそこまで褒めてくれるならそうかもね」
めちゃくちゃ嬉しそうに耳まで火星のように真赤に染める星宙《ほしぞら》の姿は珍しい。
「羽音《はおん》がどこまでわたしについてこられるか、楽しみにしているわ」
そう言って、星宙《ほしぞら》が弦《げん》の手を掴み、掴まれた弦《げん》は幸せそうに満足そうな明るい笑顔で肩に頬を擦り寄せる。
「ほしちゃんのステージは誰もが心奪われる素敵な物になるって信じてるよ」
勝者が決まった対決がどんな形になっても、ほしちゃんが勝つならなんでもいい。
君が笑ってくれるならぼくはそれで満足だよ。
二人仲良く手を繋ぎ扉へと向かう。


今回のステージテーマは天声《あまごえ》が考えた物。
「導き」
羽と星がどのような「導き」を描くのかを対決する。
王子様のエスコートで扉の中に入り、生と死の間を通り抜ければそこはもうステージ。
「みんな、わたしのステージ、見てね」
「ふっ、わたしのステージこそがこの対決の勝者にふさわしい。しっかり見ていなさい」
二人共全く違う言葉を言ったが、ファンはそんな二人を心待ちにしてしていたのだ。
チケットは即完売。
限られた者だけが見られる特別な幕開け。
その最初が羽音《はおん》と星宙《ほしぞら》。
「さあ、天使か宇宙か! この導きが正しい物になることを皆さんで願いましょう!」
何度も空振りジャンプでいつでもテンション高めの異等義《いらぎ》の司会進行と共に明かりが消えた。
「宇宙に導かれた人間は全てを知る」
「天使に導かれた者は幸せを知る」
二人重ねて。
「わたしたちの導きが宇宙《天使》の光になりますように」
合図と共に明かりがつき、ピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
まずは星宙《ほしぞら》。
「導かれた人間は宇宙へと旅立つことができる。太陽も月も惑星も、あなたが見たことのない景色がきっといつか見られますように」
会場の天井が宇宙の絵を描き、そこから太陽と月がステージへに大きく深く描かれていく。
他の惑星も流れ星だってなんだって叶えられる、無限に広がる夢の世界。
「わたしが道き出した答えはこの宇宙を流れる星のようにキラキラと輝く。ほら、見なさい。あなたの足元まで星は流れて途切れない」
ゆっくりしゃがんで流れ星となるたくさんの黄色の線が本物に近い物がステージだけではない、観客席席まで幅広くどこまでも流れてまた飛んでいく。
「宇宙は天よりも高く飛べる場所。わたしが導いたあなたの心にいつまでもわたしの星があなたの心に永遠に残り続けますように。願っているわ」
こんな光景は初めて。
わたしにこんなステージ作れた?
いつもならどこかで爆発して全てが壊れていたのに、今は自然とそれが起きない。
きっと、このドレスが影響を作ったのね。
(まあ、わたしが作ったんだけどね)
星宙《ほしぞら》が作り出したこの最強のステージ。
まるで宇宙にいるような太陽と月と惑星が宙で回っているこんな感覚は誰もが初めてで、作った星宙《ほしぞら》本人も驚くほど今までで一番輝いている瞬間と言える。
羽音《はおん》、次はあんたの出番よ。
わたしに追いついてきなさい。
そう視線後ろに移しそっと静かに下がる星宙《ほしぞら》と入れ替わりで前に立つ羽音《はおん》。
「この心にある天使の導きはあなたに忘れられない幸せが待っているの。今はまだ分からなくても、きっといつか分かる日がやって来る」
心に手を当ててその中から一つの天使に近い真っ白な羽をそっと手から離そうとしたら。
「えっ」
真っ白な羽が真っ黒に染まって羽音《はおん》の体を取り囲み、次第にそれが闇へと変わってドレスから黒の液体が垂れてステージを黒く染めるその一瞬で。
「わたしの導きが天使よりも宇宙を駆け巡る眩い光を作る。光はどんな形でもいい。形が違えば味も変わる。素敵な物だからこそみんな欲しがる。そうでしょ?」
星宙《ほしぞら》のその笑顔がどんな意味なのかは羽音《はおん》に分からなくても、これだけは分かっただろう。
「わたしを助けてくれた」
ライバルでも、助け合ってくれるならそれも優しさ。
この宇宙を作れた星宙《ほしぞら》を、羽音《はおん》は後ろに下がって座り込んで黙って最後まで見届ける。
「ふふっ」
やっぱり勝てない。
悔しいけど、これが勝者の実力。
わたしにはまだ程遠い世界を見せてくれてありがとう。
「この宇宙がわたしの導き出した答え、あなたの心。わたしを信じてくれてありがとう」
涙を浮かべる羽音《はおん》を満面の笑みでギュッと抱きしめた星宙《ほしぞら》に観客席から立ち上がったファンから大きな拍手が贈られた。
「ふふふっ、星宙《ほしぞら》さん。おめでとうございます」
わたしには作れない物は誰かが作ることができる。
誰かが作れない物はわたしが作れる。
それがこのステージだって、わたしはそう思った。
初めて対決した二人はお互い手を握り合い、見てくれた感謝を込めてお辞儀をした。
「あなたって、本当に美しいわね」
「え、どこがですか?」
「わたしは星しか作れないけど、あなたには羽が作れる。それも小さな物から大きな物まで」
宇宙を照らすような青色の瞳が、天使には程遠い真っ黒な瞳が見つめ合えば世界はもっと輝きが作り出せる。
星宙《ほしぞら》が褒めたことはほとんどない。
空音《そらね》に負けたくないという強い心が今でもあるけれど、この瞬間に感じたのはきっと。
「あなたと二人でステージに立てて良かった。また二人で完璧なステージを作ろう」
星星のような眩く綺麗な笑顔で羽音《はおん》に感謝できるようになったのは大きな一歩になったこと間違いなし!
「はい。また今度、二人でステージに立ちましょう」
天使に近い温かみのある微笑みをする羽音《はおん》の姿でお互いを認め合い、笑い合って対決が終了した。
そして、ここからは結果発表。
「音を掴む者」の大会と同じように、水色の羽が勝者のドレスに触れることで決まる。
「羽音《はおん》、まだまだあなたにはその力は使えない。使い方を間違ってしまったら、あの子みたいになる…気をつけなさい」
天声《あまごえ》は今回の対決を見ても、羽音《はおん》のことだけ気にかけていた。
ある人物みたいになるのを避けたいから。
「あなたは今回の対決でようやく分かる。勝者にふさわしいのは…なの」
胸の中で抑えていた真っ黒な欠片が天声《あまごえ》の体を覆い尽くすが、今はそれよりも。
「二人の対決はいかがでしたか? ワタシも感動しすぎて鼻水が垂れてティッシュが欲しいですが…どうやらスタッフも関係者も誰も持っていなくて、仕方ないのでこのまま帰ろうと…あっすみません、さて勝者は誰に?」
無駄話で司会進行がなっていない異等義《いらぎ》のことなど捨てて、天声《あまごえ》が勝者の元に水色の羽を落とす。
そのたどり着いた先には。
「ふふっ、やっぱりわたしだわ」
今回の対決の勝者は星宙《ほしぞら》。
最初から分かりきっていた対決だが、羽音《はおん》も十分頑張った。
星宙《ほしぞら》に追いつこうとせず、自分だけのステージを作ろうとして失敗してしまったが、星宙《ほしぞら》が受け止めてくれたおかげで無事に終えることができた。
「星宙《ほしぞら》さん、次も頑張ってください」
勝者を祝う握手を求める羽音《はおん》に、星宙《ほしぞら》は満面の笑みで頷きその手を握った。
「うん、次も勝つ。ありがとう」
わたしのステージはまだまだ進化する。
こうして、羽音VS星宙の対決が終了した。
次の対決は翼VS花音。
一体どちらが勝者になるのか?
次のお話もお楽しみに。