天声《あまごえ》が選ぶ歌姫は特別で愛おしさと絶望を感じさせるある意味、元々持っていた性格を変えなければいいステージは描けない。
歌姫はただ歌うだけじゃない。
歌姫が持つ歌声は「カタチ」となって真っ白なステージに色や模様を作り出す素敵な力を秘めている。
その中でも一番大事なのは。
「歌う前に必ずわたしに合図をしなさい」
歌姫には四つの属性がある。
羽、花、空、陽。
それぞれ選ばれた歌姫はステージに立ち、歌う前にドレスに合わせた合図(繋ぎ言葉)を言うことで天声《あまごえ》に届き、届いたお返しにステージにその時々に現れる幻のピンクの羽が歌姫の手に落ちることでようやく歌が流れる。
その様子を天声《あまごえ》は大きな壁のスクリーンで見ている。
歌声から溢れ出る「カタチ」がステージをどんな風に作られるのか。
それはそれぞれの属性を持つ歌姫次第。
「天声《あまごえ》」
どこかで聞いたことがあるような知っているような…うーん、気のせいかな?
目の前にいる彼女の存在はきっと誰もが知っているはずだが、全ての生き物の記憶から消されているのなら、思い出すことなんて簡単ではない。
でも、今は。
「あなたがわたしにしてほしいことがあるならなんでも言ってね。ふぁー、もう少しで目が覚めそうだからもう帰るよ」
大きなあくびと、また会いに行くという真っ直ぐで嘘なんて感じさせない素敵な笑顔を見せてくれた音羽《おとは》の姿に天声《あまごえ》は少し嬉しそうに右手を小さく振った。
「うん、待ってるよ。いつまでも、あなたが来てくれるまで、わたしは永遠にここにいる」
その言葉がどういう意味なのかは音羽《おとは》はまだ知らない。
知る必要もないかもしれない。
だけど、振られた右手の小さな震えがどんなに心が痛んでしまうのかはきっと音羽《おとは》はこう思う。
「わたしもここにいたい」
一人ぼっち、孤独。
似ているようでちょっと違いそうな曖昧な言葉。
音羽《おとは》と天声《あまごえ》の二人の関係が世界が変わることがあっても、絶対に音羽《おとは》は…を選ぶ。
それが一番正しいから。
朝になった。
「お姉ちゃん、今日は休みだから、一緒に服を買いに行かない?」
今日は土曜日。
朝から大好きな兄を背中からぎゅっと抱きしめてテンションが高すぎて夜かと錯覚してしまいそうな大きくて可愛い声で話す妹。
「うん、いいよ。ちょうど新しい服が欲しいと思ってたの」
何事にも落ち着いていて、休みの日になるといつもよりテンション高めの妹の頭をぽんっと優しく撫でる兄。
普通の兄妹にはないまるで姉妹のような女の子同士の可愛らしい会話。
お互いが似合いそうな服を選び合って他のと比べてどっちがいいか悩む。
そんな二人だけの幸せが久しぶりに訪れる今日。
「ほら、お姉ちゃん、今日はお揃いのワンピースに着替えようね?」
「うん。ふふっ、音陽《ねひ》はわたしとお揃いにするの好きだよね」
「もちろんだよ! だって私たち、この世界で一番可愛いんだから、お揃いの服だって、誰よりも似合うのは当たり前だよ。お姉ちゃんもそう思うよね?」
自信満々に音羽《おとは》とお揃いのワンピースを着れることに一番の幸せを感じている音陽《ねひ》の思い切り歯を見せて楽しそうに笑う姿を魅せられた音羽《おとは》は一瞬なにかに怯えるように下を向いてまた顔を上げてちょっとぎこちない笑顔をみせて頷いた。
「う、うん。わたしもそう思うよ」
やっぱりまだ慣れない。
音陽《ねひ》の笑顔はわたしにとって少し怖く感じる。
わたしがあの時、音陽《ねひ》の服を着たことをわたしは今でも後悔してる。
後悔してるけど、やめられなかった。
だって、わたしに可愛い物が似合うなんて知らなかったから。
だからもう…。
「ん? お姉ちゃん?」
じっと床を見つめて考え事をしている音羽《おとは》の寂しそうな姿を見た音陽《ねひ》がポンッと今度は前からぎゅっと抱きしめてこう言う。
「私は君がいてくれるだけで幸せだよ」
音陽《ねひ》はずっと気づいていた。
気づいていても、どうすればいいか分からない。
だからこそ、こうやって抱きしめることで慰めている感覚を身につけた。
「お姉ちゃん、今日は私がお姉ちゃんを守るよ」
「えっ」
「いつも守ってもらえてるの嬉しいけど、たまには私が守らせてほしい」
「…ありがとう」
「じゃあ行こう!」
今日は真っ白なハートがたくさん描かれた水色の半袖のワンピース。
髪型は後ろで一つにまとめた三つ編み。
このワンピースは両親が卒業のお祝いに買ってくれた特別な物。
着替え終わった音羽《おとは》と音陽《ねひ》が部屋を出てリビングに行くと。
「まあ、なんて可愛いのかしら!」
「おおっ、人形みたいに美しいぞ!」
両親が決まって記念写真と言いながらそれぞれカメラで何度も撮りながらめっちゃ褒めてくれる。
ただ可愛い服を着ただけでこんなに褒めてくれる人は中々いない。
それも兄妹でお揃いのワンピースを着ていても、両親はなにも変に思ったことは一度もない。
音羽《おとは》がどんな格好をしていても、両親は反対するどころか、似合っていることへの愛情が大きいらしい。
でも。
「もうー、お母さんもお父さんも褒めすぎだよ!」
褒められることに全然慣れない音陽《ねひ》はいつも顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。
「ふふっ、いつも褒めてくれてありがとう。とっても嬉しい」
反対も怒られることもないことが音羽《おとは》にとっては一番生活しやすい環境になっている。
「お姉ちゃん、早く行こう。私もう耐えられない」
「はいはい。じゃあ、行ってきます」
ちょっと力強く音陽《ねひ》が音羽《おとは》の右手を握って靴を履いてバタッと玄関のドアを開けて家を出て行く二人の姿を見る両親の顔はいつも嬉しそうに楽しそうに微笑んでいる。
「音羽《おとは》にも同じワンピースを買って正解だったわね」
「ああっ、どんな物でもあの子たちが似合うならなんでも買ってあげよう」
バスに乗って着いた場所は商店街。
ショッピングモールよりも、音陽《ねひ》にはあるこだわりがある。
それは。
「あっ! 見てみて、お姉ちゃん。新しいお店があるよ!」
「本当だね」
そう、歩くだけでもたくさんの発見があるのが音陽《ねひ》のテンションをもっと高められる…という理由で、わざわざ家から隣町までバスに乗って一ヶ月には一度来るほど音陽《ねひ》のお気に入りの場所。
今見つけたお店は甘い香りがお店の中からグッとはっきり漂う和菓子のお店。
「わあ~、いい香り。後で買いたい」
「そうだね。わたし、洋菓子よりも和菓子の方が甘すぎなくて食べやすくて好きだから、帰りに買って帰ろう」
「ふふっ、お姉ちゃんの好きな食べ物って、少しおもしろいよね。お肉よりも魚を選ぶけど、骨がある魚は好きじゃない。でも、骨を抜けばちゃんと食べる」
少しからかうようにニヤニヤしながら音羽《おとは》の頬を右手の人差し指で摘む音陽《ねひ》。
「好きじゃなくても、なんでも食べるようにしてるからいいと思うけど…」
ちょっと悔しそうに頬を膨らます音羽《おとは》。
一体、この兄妹はどこまで仲良しなのだろうか?
「ほら、早くいつものお店に行って服を選ぼう」
悔しさを紛らわすみたいに音陽《ねひ》の右手を左手で掴んでちょっと力強く引っ張りながら歩き出す音羽《おとは》。
二人がいつも行っているお店は少し変わっている。
「今日はなにがあるかな〜?」
「あっ、今日は黄色だね。音陽《ねひ》の瞳と同じ色」
日によって色が違う服だけが並ぶ変わったお店。
毎日色が違って、その日にしかない特別なドレスがあるのも魅力。
ただ、ドレスだけはどんなにお金を払おうとしても買うことはできない。
なぜなら。
「このお店にあるドレスは全部、わたしがデザインした物だから。誰にも渡さない」
歌姫を作るひと。
色も模様も「カタチ」も全て天声《あまごえ》が作り出した世界にたった一つの宝物。
今日の色は黄色。
音陽《ねひ》が自分の瞳と同じ黄色の服を取って自分の体に合わせたり鏡で見比べている間、音羽《おとは》はお店の奥にあるこの日に用意されたドレスに心奪われてつい立ち止まる。
「綺麗…」
これ、結婚式に花嫁が着るような純白で模様もない綺麗な世界で一番の特別な物? だよね。
そして、右手を伸ばしてしまう。
「これ、わたしが着たい」
「うん、あなたにあげる」
聞き覚えのある風邪を引いたようなかすれた声。
見た目は幼い少女のようでもそうではないような大人みたいにしっかりした話し方。
どこから声が聞こえているのか、音羽《おとは》は周りを何度も何度も見ていても声の主がどこにいるか分からない時。
「わたしはここにいる」
壁が急に真っ黒になると共に天声《あまごえ》がスッと風が吹くように現れた。
「さっきぶり」
夢の中で一度離れてからまだ半日も経たずに天声《あまごえ》と再会した音羽《おとは》は驚きよりも、目の前のドレスが気になって目を合わせられない。
「あっ…」
着たい。
「わたしが着たいのはこのドレス」
こんなに本気でなにかに手を伸ばす音羽《おとは》の感情は花嫁よりももっと相応しい…そう。
「分かった。わたしはあなたを選ぶ」
天声《あまごえ》は音羽《おとは》の本気に応えるために、ポケットから真っ白なガラスの欠片を取り出して言う。
「今ここで宣言する。わたし、天声《あまごえ》が心瀬音羽《こころせおとは》を羽の歌姫・羽音《はおん》に選ぶ」
そう言った瞬間、ガラスの欠片が真っ白な輝きを放ちながら少しずつ形を変えて完成したのが天使の羽をイメージした大きい羽が左右に一つずつ飾り、真ん中には薄紫色の宝石が宿るのは花嫁よりももっと相応しい羽の歌姫の証の銀色のティアラの誕生となる。
世界にたった一つの自分のために作られたティアラを天声《あまごえ》から手渡しで受け取った音羽《おとは》の反応は…珍しく満面の笑みで喜んでいる。
「ふふふっ、嬉しい! いいのかな? わたし、男だけど」
生まれて初めてもらう世界で一番価値のある宝物は誰にとっても嬉しいこと。
それが今の音羽《おとは》にも同じ嬉しさがあるはず。
「天声《あまごえ》ちゃん、ありがとう。永遠に大切にする」
天声《あまごえ》は見ている。
ティアラを送った人は必ず喜ぶことを。
だが、今回は初めて。
「良かった。わたしは直接ティアラを渡したことがないから、その初めてがあなたで良かった」
永遠なんて、そんな言葉、簡単に使ったらダメ。
でも、羽音《はおん》が言うと信じたくなる。
あの時と同じにならないって考えたら…きっと羽音《はおん》はわたしの全てを取り戻してくれる。
音羽《おとは》の目の前にあるドレスの元に歩いて近づいた天声《あまごえ》にビリッと針が刺さるような痛みが体中に伝わると同時にある記憶が蘇る。
『嘘つき』
『あなたのステージは人を救うはずだったのに』
『どうして歌声を変えたの?』
『お前のせいで全てが壊れたんだぞ!』
最後に立ったあのステージ…わたしもまさかあんなことになるなんて思わなかった。
思わなかったけど、もうあれから何十年も経ったからどうでもいい。
蘇った記憶も命も感情も全てを捨てた少女は無感情のまま、新しく誕生した目の前の歌姫にこう告げる。
「あなたの人生はこれから全て変えなさい。全て、わたしのために」
お願い。
それだけでいいから。
わたしを見つけて。
全てを捨てても、希望は必ず拾える。
ここは服屋。
天声《あまごえ》がいる空間から離れても、どんな場所でも歌姫は誕生する。
「そうだった、忘れるところだった。羽音《はおん》、ティアラを貸して」
「えっ?」
「貸して」
伸ばされた左手に音羽《おとは》はなにをするか気になりながらも、素直に右手でティアラを渡したら、ティアラが真っ白な輝きの中で小さくまとまってクリップになった。
「す、すごい。魔法みたい!」
「魔法? わたしはこれが普通だから、全くそう思うことはない」
「でも、ありがとう。クリップなら毎日つけていられるから安心だね」
「うん。このクリップは歌姫以外の生き物には絶対に見えないから学校でもどこでもつけて」
前髪で顔が見えなくても、音羽《おとは》は天声《あまごえ》が笑顔で自分を見てくれていることを信じてまた満面の笑みで頷いてクリップを右の髪につけて握手を交わす。
「約束する。わたしはこれから歌姫としてステージに立って、あなたに永遠の祈りを捧げる」
いつも励ましや元気をつけてくれる優しい言葉に天声《あまごえ》もちょっとだけ頷いた。
「うん、あなたの祈り、期待している」
ここで羽の歌姫・羽音《はおん》の誕生を改めて認めた歌姫だった。
歌姫はただ歌うだけじゃない。
歌姫が持つ歌声は「カタチ」となって真っ白なステージに色や模様を作り出す素敵な力を秘めている。
その中でも一番大事なのは。
「歌う前に必ずわたしに合図をしなさい」
歌姫には四つの属性がある。
羽、花、空、陽。
それぞれ選ばれた歌姫はステージに立ち、歌う前にドレスに合わせた合図(繋ぎ言葉)を言うことで天声《あまごえ》に届き、届いたお返しにステージにその時々に現れる幻のピンクの羽が歌姫の手に落ちることでようやく歌が流れる。
その様子を天声《あまごえ》は大きな壁のスクリーンで見ている。
歌声から溢れ出る「カタチ」がステージをどんな風に作られるのか。
それはそれぞれの属性を持つ歌姫次第。
「天声《あまごえ》」
どこかで聞いたことがあるような知っているような…うーん、気のせいかな?
目の前にいる彼女の存在はきっと誰もが知っているはずだが、全ての生き物の記憶から消されているのなら、思い出すことなんて簡単ではない。
でも、今は。
「あなたがわたしにしてほしいことがあるならなんでも言ってね。ふぁー、もう少しで目が覚めそうだからもう帰るよ」
大きなあくびと、また会いに行くという真っ直ぐで嘘なんて感じさせない素敵な笑顔を見せてくれた音羽《おとは》の姿に天声《あまごえ》は少し嬉しそうに右手を小さく振った。
「うん、待ってるよ。いつまでも、あなたが来てくれるまで、わたしは永遠にここにいる」
その言葉がどういう意味なのかは音羽《おとは》はまだ知らない。
知る必要もないかもしれない。
だけど、振られた右手の小さな震えがどんなに心が痛んでしまうのかはきっと音羽《おとは》はこう思う。
「わたしもここにいたい」
一人ぼっち、孤独。
似ているようでちょっと違いそうな曖昧な言葉。
音羽《おとは》と天声《あまごえ》の二人の関係が世界が変わることがあっても、絶対に音羽《おとは》は…を選ぶ。
それが一番正しいから。
朝になった。
「お姉ちゃん、今日は休みだから、一緒に服を買いに行かない?」
今日は土曜日。
朝から大好きな兄を背中からぎゅっと抱きしめてテンションが高すぎて夜かと錯覚してしまいそうな大きくて可愛い声で話す妹。
「うん、いいよ。ちょうど新しい服が欲しいと思ってたの」
何事にも落ち着いていて、休みの日になるといつもよりテンション高めの妹の頭をぽんっと優しく撫でる兄。
普通の兄妹にはないまるで姉妹のような女の子同士の可愛らしい会話。
お互いが似合いそうな服を選び合って他のと比べてどっちがいいか悩む。
そんな二人だけの幸せが久しぶりに訪れる今日。
「ほら、お姉ちゃん、今日はお揃いのワンピースに着替えようね?」
「うん。ふふっ、音陽《ねひ》はわたしとお揃いにするの好きだよね」
「もちろんだよ! だって私たち、この世界で一番可愛いんだから、お揃いの服だって、誰よりも似合うのは当たり前だよ。お姉ちゃんもそう思うよね?」
自信満々に音羽《おとは》とお揃いのワンピースを着れることに一番の幸せを感じている音陽《ねひ》の思い切り歯を見せて楽しそうに笑う姿を魅せられた音羽《おとは》は一瞬なにかに怯えるように下を向いてまた顔を上げてちょっとぎこちない笑顔をみせて頷いた。
「う、うん。わたしもそう思うよ」
やっぱりまだ慣れない。
音陽《ねひ》の笑顔はわたしにとって少し怖く感じる。
わたしがあの時、音陽《ねひ》の服を着たことをわたしは今でも後悔してる。
後悔してるけど、やめられなかった。
だって、わたしに可愛い物が似合うなんて知らなかったから。
だからもう…。
「ん? お姉ちゃん?」
じっと床を見つめて考え事をしている音羽《おとは》の寂しそうな姿を見た音陽《ねひ》がポンッと今度は前からぎゅっと抱きしめてこう言う。
「私は君がいてくれるだけで幸せだよ」
音陽《ねひ》はずっと気づいていた。
気づいていても、どうすればいいか分からない。
だからこそ、こうやって抱きしめることで慰めている感覚を身につけた。
「お姉ちゃん、今日は私がお姉ちゃんを守るよ」
「えっ」
「いつも守ってもらえてるの嬉しいけど、たまには私が守らせてほしい」
「…ありがとう」
「じゃあ行こう!」
今日は真っ白なハートがたくさん描かれた水色の半袖のワンピース。
髪型は後ろで一つにまとめた三つ編み。
このワンピースは両親が卒業のお祝いに買ってくれた特別な物。
着替え終わった音羽《おとは》と音陽《ねひ》が部屋を出てリビングに行くと。
「まあ、なんて可愛いのかしら!」
「おおっ、人形みたいに美しいぞ!」
両親が決まって記念写真と言いながらそれぞれカメラで何度も撮りながらめっちゃ褒めてくれる。
ただ可愛い服を着ただけでこんなに褒めてくれる人は中々いない。
それも兄妹でお揃いのワンピースを着ていても、両親はなにも変に思ったことは一度もない。
音羽《おとは》がどんな格好をしていても、両親は反対するどころか、似合っていることへの愛情が大きいらしい。
でも。
「もうー、お母さんもお父さんも褒めすぎだよ!」
褒められることに全然慣れない音陽《ねひ》はいつも顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。
「ふふっ、いつも褒めてくれてありがとう。とっても嬉しい」
反対も怒られることもないことが音羽《おとは》にとっては一番生活しやすい環境になっている。
「お姉ちゃん、早く行こう。私もう耐えられない」
「はいはい。じゃあ、行ってきます」
ちょっと力強く音陽《ねひ》が音羽《おとは》の右手を握って靴を履いてバタッと玄関のドアを開けて家を出て行く二人の姿を見る両親の顔はいつも嬉しそうに楽しそうに微笑んでいる。
「音羽《おとは》にも同じワンピースを買って正解だったわね」
「ああっ、どんな物でもあの子たちが似合うならなんでも買ってあげよう」
バスに乗って着いた場所は商店街。
ショッピングモールよりも、音陽《ねひ》にはあるこだわりがある。
それは。
「あっ! 見てみて、お姉ちゃん。新しいお店があるよ!」
「本当だね」
そう、歩くだけでもたくさんの発見があるのが音陽《ねひ》のテンションをもっと高められる…という理由で、わざわざ家から隣町までバスに乗って一ヶ月には一度来るほど音陽《ねひ》のお気に入りの場所。
今見つけたお店は甘い香りがお店の中からグッとはっきり漂う和菓子のお店。
「わあ~、いい香り。後で買いたい」
「そうだね。わたし、洋菓子よりも和菓子の方が甘すぎなくて食べやすくて好きだから、帰りに買って帰ろう」
「ふふっ、お姉ちゃんの好きな食べ物って、少しおもしろいよね。お肉よりも魚を選ぶけど、骨がある魚は好きじゃない。でも、骨を抜けばちゃんと食べる」
少しからかうようにニヤニヤしながら音羽《おとは》の頬を右手の人差し指で摘む音陽《ねひ》。
「好きじゃなくても、なんでも食べるようにしてるからいいと思うけど…」
ちょっと悔しそうに頬を膨らます音羽《おとは》。
一体、この兄妹はどこまで仲良しなのだろうか?
「ほら、早くいつものお店に行って服を選ぼう」
悔しさを紛らわすみたいに音陽《ねひ》の右手を左手で掴んでちょっと力強く引っ張りながら歩き出す音羽《おとは》。
二人がいつも行っているお店は少し変わっている。
「今日はなにがあるかな〜?」
「あっ、今日は黄色だね。音陽《ねひ》の瞳と同じ色」
日によって色が違う服だけが並ぶ変わったお店。
毎日色が違って、その日にしかない特別なドレスがあるのも魅力。
ただ、ドレスだけはどんなにお金を払おうとしても買うことはできない。
なぜなら。
「このお店にあるドレスは全部、わたしがデザインした物だから。誰にも渡さない」
歌姫を作るひと。
色も模様も「カタチ」も全て天声《あまごえ》が作り出した世界にたった一つの宝物。
今日の色は黄色。
音陽《ねひ》が自分の瞳と同じ黄色の服を取って自分の体に合わせたり鏡で見比べている間、音羽《おとは》はお店の奥にあるこの日に用意されたドレスに心奪われてつい立ち止まる。
「綺麗…」
これ、結婚式に花嫁が着るような純白で模様もない綺麗な世界で一番の特別な物? だよね。
そして、右手を伸ばしてしまう。
「これ、わたしが着たい」
「うん、あなたにあげる」
聞き覚えのある風邪を引いたようなかすれた声。
見た目は幼い少女のようでもそうではないような大人みたいにしっかりした話し方。
どこから声が聞こえているのか、音羽《おとは》は周りを何度も何度も見ていても声の主がどこにいるか分からない時。
「わたしはここにいる」
壁が急に真っ黒になると共に天声《あまごえ》がスッと風が吹くように現れた。
「さっきぶり」
夢の中で一度離れてからまだ半日も経たずに天声《あまごえ》と再会した音羽《おとは》は驚きよりも、目の前のドレスが気になって目を合わせられない。
「あっ…」
着たい。
「わたしが着たいのはこのドレス」
こんなに本気でなにかに手を伸ばす音羽《おとは》の感情は花嫁よりももっと相応しい…そう。
「分かった。わたしはあなたを選ぶ」
天声《あまごえ》は音羽《おとは》の本気に応えるために、ポケットから真っ白なガラスの欠片を取り出して言う。
「今ここで宣言する。わたし、天声《あまごえ》が心瀬音羽《こころせおとは》を羽の歌姫・羽音《はおん》に選ぶ」
そう言った瞬間、ガラスの欠片が真っ白な輝きを放ちながら少しずつ形を変えて完成したのが天使の羽をイメージした大きい羽が左右に一つずつ飾り、真ん中には薄紫色の宝石が宿るのは花嫁よりももっと相応しい羽の歌姫の証の銀色のティアラの誕生となる。
世界にたった一つの自分のために作られたティアラを天声《あまごえ》から手渡しで受け取った音羽《おとは》の反応は…珍しく満面の笑みで喜んでいる。
「ふふふっ、嬉しい! いいのかな? わたし、男だけど」
生まれて初めてもらう世界で一番価値のある宝物は誰にとっても嬉しいこと。
それが今の音羽《おとは》にも同じ嬉しさがあるはず。
「天声《あまごえ》ちゃん、ありがとう。永遠に大切にする」
天声《あまごえ》は見ている。
ティアラを送った人は必ず喜ぶことを。
だが、今回は初めて。
「良かった。わたしは直接ティアラを渡したことがないから、その初めてがあなたで良かった」
永遠なんて、そんな言葉、簡単に使ったらダメ。
でも、羽音《はおん》が言うと信じたくなる。
あの時と同じにならないって考えたら…きっと羽音《はおん》はわたしの全てを取り戻してくれる。
音羽《おとは》の目の前にあるドレスの元に歩いて近づいた天声《あまごえ》にビリッと針が刺さるような痛みが体中に伝わると同時にある記憶が蘇る。
『嘘つき』
『あなたのステージは人を救うはずだったのに』
『どうして歌声を変えたの?』
『お前のせいで全てが壊れたんだぞ!』
最後に立ったあのステージ…わたしもまさかあんなことになるなんて思わなかった。
思わなかったけど、もうあれから何十年も経ったからどうでもいい。
蘇った記憶も命も感情も全てを捨てた少女は無感情のまま、新しく誕生した目の前の歌姫にこう告げる。
「あなたの人生はこれから全て変えなさい。全て、わたしのために」
お願い。
それだけでいいから。
わたしを見つけて。
全てを捨てても、希望は必ず拾える。
ここは服屋。
天声《あまごえ》がいる空間から離れても、どんな場所でも歌姫は誕生する。
「そうだった、忘れるところだった。羽音《はおん》、ティアラを貸して」
「えっ?」
「貸して」
伸ばされた左手に音羽《おとは》はなにをするか気になりながらも、素直に右手でティアラを渡したら、ティアラが真っ白な輝きの中で小さくまとまってクリップになった。
「す、すごい。魔法みたい!」
「魔法? わたしはこれが普通だから、全くそう思うことはない」
「でも、ありがとう。クリップなら毎日つけていられるから安心だね」
「うん。このクリップは歌姫以外の生き物には絶対に見えないから学校でもどこでもつけて」
前髪で顔が見えなくても、音羽《おとは》は天声《あまごえ》が笑顔で自分を見てくれていることを信じてまた満面の笑みで頷いてクリップを右の髪につけて握手を交わす。
「約束する。わたしはこれから歌姫としてステージに立って、あなたに永遠の祈りを捧げる」
いつも励ましや元気をつけてくれる優しい言葉に天声《あまごえ》もちょっとだけ頷いた。
「うん、あなたの祈り、期待している」
ここで羽の歌姫・羽音《はおん》の誕生を改めて認めた歌姫だった。


