選ばれた歌姫

九月に入りその第一週目に開催されるのが「音を掴む者」の大会。
「さあ始まりました! 今年の音掴みは一体誰が勝つのでしょうか!」
司会者となる異等義《いらぎ》という三十代後半のちょっと変わった男が務めるこの大会。
足まで伸びた黒髪を後ろで三つ編みにし、真っ赤な瞳。
見た目もちょっと変わった謎多き存在。
「今日から三日間行われるこの大会を一緒に楽しみましょう!」
会場の規模は五千人以上を超える広さ。
誰もがこの大会を直接見たいと思うほど人気のイベント。
チケットは販売と同時に完売するほど熱狂的なファンも大勢いる。
今日は花編。
出場する人間は最初から決まっている。
トップのはなと二番目のかれん。
はなが出場するのはトップだから、その次の人間は予選からただ一人選ばれた者だけだが、ここ最近はかれんが残り続けて他の歌姫はこのステージには立てない。
勝つのは「花」か「華」のどちらになるのか?
それでは、ここからは花の歌姫の「音を掴む者」の大会をぜひお楽しみください。
「はあっ、やる気ない」
楽屋でソファーに寝転がるはなのだらしな姿はとてもトップとは思えないほどに勝ち目はあるのかと疑ってしまうが。
「大丈夫だ。君なら勝てると信じてる」
王子様で夫の律《りつ》が軽く背中をトントン叩いて何故か嬉しそうに笑って応援している。
「この大会で勝つのは君だ。他の人が君に勝てるはずはないんだから、やる気がなくてもいつも通りステージに立てばなにも問題ない」
おれの妻は誰よりも輝きを秘めている。
その輝きは誰もが心惹かれる力を持っているんだ。
はなはまだそれに気づいていない。
気づいていなくても、おれがそばで見ている限り、大丈夫だ!
歌姫より王子様の方がやる気になっているのはどうかと思ってしまうのは何故だろうか?
不思議な光景が約十五分続いた後、誰かがノックをし、ドアを開けて入って来たのは。
「あらあらっ、トップのくせにもう勝った気でいるのかしら?」
自信満々にライバルの様子を見に来たかれんが腕を組んで美しく微笑んでいる。
「うふっ、今日は勝たせてもらいますわ。そして、二度と『音』を奪わせない。覚悟なさい!」
はっきりと自分が勝つことを宣言したかれんは少しだけ怪しげに笑っているが、はなはそれを気にせず無言のまま横になったまま。
「……」
なんで、みんな勝ちたがるの?
たかが「音」を手に入れて自分の名前にしたいだけなのは分からなくもないけど…そこまで本気になる必要なんてないと思うよ。
はなは歌姫になったことを後悔したことはないが、一つだけずっと引っかかっていたことがある…それは。
「花が勝ちます。あなたの華は偽り、あなたが花に勝つことは永遠にありません。さっさと諦めてください」
堂々と歌姫に左手で指差し、花が勝つことを宣言し返した律《りつ》。
おれの妻は世界一だ!
おれは妻のためならなんだってする。
たとえ、他の歌姫に嫌わてもだ!
結局律《りつ》は愛する妻のはなのために勝手に本気を出して全身が炎で燃え上がるような真っ赤な熱が華恋《かれん》にもよく伝わった? ようで冷たく冷や汗をかきながら無言でドアを開いて出て行った。
「なんなのよ? あんな恥ずかしいこと、舞《まい》の口から一度も聞いたことはないのに、なんであの男はあんなに真っ直ぐにはなを見ていたのよ! 羨ましすぎるじゃないのよ!」
誰もはなと律《りつ》が夫婦であることを知らないため、華恋《かれん》が嫉妬するのも当然と言える。
だが、今はそれよりも。
「絶対勝ちますわ。勝って、必ず音を取り返す。わたくしの本気は誰にも負けませんわよ」
はなよりも本気が強くある華恋《かれん》と違って、はなまだまだやる気がない? と思ったら。
「ねえ、君がそんなにわたしにやる気を出してほしいのはあれでしょ?…わたしと結婚式を挙げたいからでしょ?」
そう、毎年この大会に勝つ条件? として、律《りつ》が勝手に「結婚式」をすると決めているらしい。
でも、今まで勝っても、はなはその条件を快く受け入れたことは一度もない。
何故なら。
「結婚式を挙げたい気持ちは分からなくもないけど、わたしのウェディングドレスのサイズは子供用しかないんだよ? それで恥をかくのはわたしだけなんだからそれを」
「だから、おれが作るから大丈夫だ。サイズが子供用でも、デザインが良ければ問題ない、だろ?」
満面の笑みで自分の意見を押し通す律《りつ》の姿を何度も何度も見続けていたはなは毎回大きなため息を吐いているが。
「…分かった。今日勝ったら、結婚式を挙げる。それも甘〜いケーキたっぷりのね!」
なんとも子供のような甘いお菓子を作ることを条件に出したはなは顔をタコみたいに墨が出そうなくらいに興奮が高まって、ついに了承した。
もう、これは諦めるしかない。
別にわたしも結婚式に興味がなかったわけじゃない。
ちゃんと夢があって、ウェディングドレスだって花嫁の象徴だし、律《りつ》との結婚式を友達に見てほしい。
音羽《おとは》ちゃんとそらと妹ちゃん。
わたしの大切な友達にわたしの幸せを見てほしい…そう考えたら、負けたくない!
「今年もわたしが勝つ。華に負ける花はない」

そう言ったはなは珍しく真剣に真っ直ぐ前を向いてやる気を出して右手を挙げる。
「よし! 律《りつ》、ちゃんと見ててよね。妻の頑張りを見ない旦那様はいないはずでしょ?」
ちょっと意地悪な言い方でニヤッと笑う可愛い妻に、旦那様は満面の笑みで何度も頷きながらギュ〜っと抱きしめた。
「もちろんちゃんと見る。おれは君の旦那様だから、妻の君が一番だって誇りを持って言えるよ。さっ、ドレスに着替えて行くぞ」
「うん、絶対にわたしが一位になる」
今回のステージテーマは「可愛い」。
ドレスも髪色に合わせたピンクの全身にフリルがいっぱいで、ティアラと同じような真っ赤な薔薇が下は小さくリボンで飾りをつけ、胸元には緑色の大きなリボンの中央にこちらも大きめの赤色の薔薇の飾りをつけた最高の一着。
今回は珍しくはながデザインした。
普段ドレスは全て律《りつ》に任せていたが、イベントの時は自分でデザインをするらしい。
クリップをティアラに変えて頭に飾り、髪型はツインテールにする。
「じゃあ、行くよ」
「ああっ、今日も可愛い」
「もう、褒め言葉はステージが終わってからにして」
「悪い。つい二人きりの時と同じ感覚で言った。でも、本当にはなはなにを着ても似合うからなんだかおれが嬉しい」
「ふっ、そう」
お互いを愛し愛される理想的な夫婦関係はきっと永遠に二人を繋いでいくだろう。
と、一方のかれんは。
「さあ、行きますわよ」
「はい」
「…ねえ、舞《まい》」
「ん? なんでしょうか?」
「その、わたくしが勝っても負けても、この大会が終わったら、デ、デートをしてほしい!」
かれんが思い切った決断だが、顔は梅干しみたいにちょっと渋めに顔が真っ赤に染まって恥ずかしさが、舞《まい》はクスッと右手で顔を覆いながらこっそり笑った後、両手でその恥ずかしさを解くように抱きしめた。
「はい、分かりました。かれん様との初デート、今からとても楽しみです。精一杯、かれん様を幸せにできるような素敵な物を考えます。だから、無理に勝とうとせず、自由にステージで舞ってください。しっかりと見ていますよ」
まるで告白のような幸せな言葉が、かれんにとってはもうとっくにそれがプロポーズみたいに嬉しくて頬にキスをした。
「ええ、わたくしのステージは全てあなたの物よ。わたくしも精一杯、頑張りますわ」
ようやく準備が整った。
可愛い花と可憐な華。
今年もこの二人の決着の道が開く。
それぞれ王子様のエスコートで扉の中に入り、生と死の間を通り抜ければそこはもうステージ。
デュオでステージに立つ場合、ステージはたった一つだけ。
画用紙一万枚サイズの大きな真っ白なステージに色や形を作るのはただ一人にだけ許されること。
もちろん、それは勝者と決まっている。
「さあ、いよいよ開幕です。はなとかれんのステージをどうぞお楽しみください!」
異等義《いらぎ》の進行でようやく開幕したと同時に二人は丁寧にお辞儀をしてそれぞれの言葉を言う。
まずはかれんから。
「華やかな恋こそがわたしの道しるべ。その華が優雅に舞う姿、想いは全てわたしの物」
次にはな。
「可愛さこそが世界を救う。どんなに落ち込んでも怖がっても、わたしの花でただ一人に愛の花を咲かせましょう」
そして二人で。
「この世界に生まれたわたしたちの花《華》を精一杯届けましょう!」
合図と共にピンクの羽がそれぞれドレスに触れることで曲がかかる。
曲は一曲のみ。
打ち合わせは禁止されており、楽譜だけが天声《あまごえ》から与えられ、曲調も全て天声《あまごえ》が考えた物を歌う。
パートもそれぞれ理解した上でこの場に立っている。
「華やかさが世界を彩る」
「いいえ、可愛さこそが世界を変える」
最初にかれんが歌い出し、その次にはなが追いかけるように歌う。
そう、これは問いかけ。
けんかにもなる。
「違うわ。可愛さなんて、いつまでも続かない。華やかさはいつまでも長く永遠となるのよ!」
いつも通り椿を華やかさを象徴させるちょっと渋めの赤色の椿を身に纏った完璧なドレス。
手の中から椿の花びらが宙に舞い踊り、ステージに筆を置き、それが大きな真っ赤な椿が描かれる。
うふふっ、どうかしら?
これがわたくしの全て。
可愛らしいお花さんのあなたには作れないわよ。
自信満々にどんどん筆で椿を描いていく一方、はなの方は?
「いいわ。わたしの花であなたの華やかさを全部可愛さに変えてあげる。確かに花よりも華の方が魅力的で長持ちするけど、わたしの花は特別。絶対に変えてみせるのよ」
ふっ、この程度でわたしに勝てるって思ってるんだ?
でも、そう…今年はちょっと変えてみようか。
わたしの花は君にとっても、大切な人生の一部になれる!
真っ赤な薔薇の花びらを同じように手の内側から飛び出して筆となり、少しずつ椿が薔薇へと変化する。
こ、これは?
初めて見る光景。
一体、なにを考えているの?
ここ二年ははなが薔薇をステージに描くことで曲が終わるが、どうやらなにかはなに考えがあるようだ。
「さあ、わたしの手を取って。あなたと一緒なら、どんな世界も変えられる」
そう歌いながらはなはかれんの両手を握ってステージの周りをゆっくり軽やかに歩いて行く。
「あっ」
今年は初めてのことばかりだわ。
でも、なんだか楽しい!
ただ勝つだけではなく、お互いを分かち合いながら楽しくステージに立つことも、ある意味それが宿命なのかもしれない。
「ありがとう。あなたの瞳に映るわたしの姿はきっと永遠に、わたしの心に残り続ける。本当に、あなたはすごい人」
歌詞も形も全てはながいるからできたこと。
段々と真っ赤な薔薇が大きなハートの形になって茎が縛りつけられて、その真ん中には小さな小さな椿が一輪咲いている。
そう、これは新しい形。
さあ、いよいよクライマックス。
二人一緒に。
「世界を変えた花《華》はいつまでも、わたし《わたくし》の全てに色を添えたのよ」
こうして、仲良く手を繋ぎ満面の笑みで抱きしめ合ってステージを終了したはなとかれん。
「おおっ! なんて可愛らしいことでしょうか! こんな素敵なステージを作り上げたお二人に大きな拍手を!」
司会者の異等義《いらぎ》が感動のあまり号泣しながらも、ファンはその通りに大きな拍手を二人に贈った。
きっとこの拍手ははなとかれんにとって、永遠に忘れることのない素晴らしい光景となった。
「あなたは本当にすごい方なのね。わたくしには作れないステージをあなたと一緒なら新しい形を生み出せる…ありがとう」
喜んでいるのか、照れているのか?
かれんは頬を真っ赤に染めてゆっくり右手を差し出して握手を求め、はなは変わらず可愛らしく微笑んで頷き、小さな手でその握手を受け入れた。
「うん! わたしもあなたが一緒だったから、今回は想像以上のステージを作ることができた。ありがとう」
ライバルとしても、友達としても。
今回のステージは新たに歴史に残る素晴らしい物になった。
「うっふふ」
こんなに素敵なステージ、永遠に忘れませんわ。
「そら、次は君の番だよ」
わたしは今回のステージを忘れないよ。
だって、こんなに楽しいステージはわたしの人生で初めてのことだから。
「えへっ」
律《りつ》との結婚式、楽しみだよ。
次のお話は「空編」。
テーマを「涙」と同じにして、虹と星の共演をぜひご覧ください。