選ばれた歌姫

天声《あまごえ》は最近音羽《おとは》が来ないことで歌姫を作ることをしばらくやめていた。
「音羽《おとは》が来ないからやる気が出ない」
これはヤキモチか、嫉妬か?
感情ののない天声《あまごえ》にとって、音羽《おとは》が特別な存在であることは間違いない。
ただ「歌姫を作るひと」である天声《あまごえ》は自分の都合で作るのをやめてしまうことは初めてではない。
やる気がない、意味はあるのかと自分自身を問い詰めたりしたこともあった…が、結局宿命を手放すことは不可能なので全てやめることはできない。
そういう存在になってしまったから。
「もう、音羽《おとは》しかわたしの相手をしてくれないのに、他の人間ばかりに構ってわたしのこと忘れてる?」
いや、それはないと思うが…一体どうなのか?
「はあっ、こんなことでつまらないなら直接わたしから会いに行ってまたここに来てもらおう」
体を起こして立ち上がって思い切り飛び降りてそのまま下れば地上に降りる。
けれど、天声《あまごえ》の姿は誰にも見えない。
透明で声も聞こえず静かに歩いてたどり着いた先は羽の館。
そこには音羽《おとは》が一人でドレスに飾りをつけている。
天声《あまごえ》はキョロキョロと何度も周りを見て誰もいないことを確認して心に手を当てて
「姿を現す」
と、言って音羽《おとは》の横にある椅子に座る。
「久しぶり」
「えっ」
この声、天声《あまごえ》ちゃん?
パッと聞き覚えのある声に気づいた音羽《おとは》はゆっくり横を見ると、天声《あまごえ》が頬を膨らませて怒っているように見える。
「天声《あまごえ》ちゃん、久しぶりだね…もしかして、わたしが最近会いに行かなかったこと、怒っている?」
怒っている理由なんて、それしかなさそう。
そう思うのは正直正しい。
初めて自分を見つけてくれて仲良くなってくれたたった一人の大切な人が会いに来てくれないと寂しく思うのは仕方ないこととも言えてしまうのも事実?
「別に、怒ってない。ただ、話し相手が来てくれないことがずっと心に引っかかってただけ」
両手で顔を覆ってちょっと耳を赤く染めている天声《あまごえ》を、音羽《おとは》は不思議に思いながらも、天使の微笑みみたいに笑顔でそっと包み込むように抱きしめた。
「大丈夫だよ。わたしは天声《あまごえ》ちゃんのこと、大切に思っているから安心して。天声《あまごえ》ちゃんに寂しい思いをさせていたなら謝る」
「別に、謝ってほしいわけじゃない。ただわたしは、あなただけがわたしの話し相手になってくれたから来てくれなかったら多分、嫌だったと思う」
「嫌」なんて言葉を使うぐらい天声《あまごえ》は音羽《おとは》を大切な人としてカウントしているはず。
そうでなければ、いくら感情がなくても「嫌」と言うことはない。
だからこそ。
「ねえ、少しでもいいからまたわたしに会いに来て。あなたがいなかったら、わたしは歌姫を作ることなんてできない。あなたが居てくれないと、わたし、どうにかなってしまいそうだから」
必死に抱きしめられた腕を離して両手で音羽《おとは》の肩をガシッと力強く掴む天声《あまごえ》の姿はきっと
「寂しい」
という感情が当てはまっている。
音羽《おとは》もどこかで気づいていただろう。
唯一自分だけが見えるただ一人を少しの間放っておいてしまったことを心から悔しがって涙を流して深く頷いた。
「うん、うっ、そうだね。いくらでもあなたに会いに行ける時間は作れたのに、わたしはそれをしなかった。でも、忘れていないよ。ずっとわたしの心の中でキラキラと輝いているよ」
また謝ったら怒らせてしまうかもしれないから、今はまだこの友達みたいな心地良い関係を続けたい。
それが天声《あまごえ》ちゃんにとって嬉しいことならいいな。
三十分後。
「ねえ、今度の大会のドレスはわたしが用意した物を着て」
「えっ、天声《あまごえ》ちゃんが用意してくれてすごく嬉しい!」
「うん、デビューステージとは全く違うから期待してて」
「ありがとう。楽しみ」
さっきまで自分で大会用のドレスを作っていた音羽《おとは》だが、大切な人の天声《あまごえ》から二度目となるドレスを与えられる喜びは心の輝きを眩い形へと変えた。
これは決して「楽になった」とか「考えなくていい」など雑な気持ちではなく、純粋に喜ばしいこと。
「ふふっ」
嬉しい。
デビューステージの時みたいに、天声《あまごえ》ちゃんにわたしのステージが強く届けられるように頑張ろう!
ああっ、早く勝ちたい。
勝って、わたしを取り戻したい。
満面の笑みで楽しそうに体を左右に揺らす音羽《おとは》に、天声《あまごえ》もちょっと口角を上げて楽しそう?
「今度の音を掴む者大会はきっとあなたは今までで一番素敵なステージになる。わたしが見てるから、無理せず頑張って」
そう言いながら天声《あまごえ》から頭を撫でられた音羽《おとは》はずっと気になっていたことを質問する。
「音を掴む者って、大会の時はわたしは羽音《はおん》じゃないってこと?」
瞳を激しく左右に揺らして不安そうな音羽《おとは》を、天声《あまごえ》はゆっくり頷いてそっと抱きしめて説明を始める。
「そう。大会の時は名前に『音』がついている歌姫は一度それをわたしに返して勝ったらまた渡す。そんな感じ」
「へえー、そうなんだ。じゃあ、わたしははねになるの?」
「うん、大会の時は歌姫は全員『音』を外してひらがなになる。だから、あなたはひらがなのはね。はなもそらも同じ」
「そう、なんだね。でも、わたしは昨年の大会で勝っていないのに『音』がついていた。これって、どういうこと?」
「ああ、それは、わたしが翼《つばさ》の『音』を奪ってあなたにあげた」
「えっ、それって」
「別にいい。だって、わたしは歌姫を作るひとだから、わたしが一番偉いから、あなたに『音』をあげた。なにも気にしなくていい。奪われても、今年の大会で取り返せばいい話」
「確かに、そうだね。だったら、わたしも本気で『音』を取り戻して羽音《はおん》になる。まあ、ただ元に戻るだけなんだけど」
「それもありだよ。実際、はなもそらも毎年勝って『音』を取り戻して花音《はなね》とか空音《そらね》になってるから、あなたもそうすればいい。今までの歌姫は全員そうして自分にふさわしい名前でステージに立ってるんだから」
歌姫にとって「音」というのは命と同じ価値があるティアラの次に必要な物。
毎年開催される「音を掴む者」大会に出場してステージに立ち、勝者には「音」が与えられる。
これも命懸けの戦いとなる。
「審査員はわたしだけ。わたしが誰を選ぶかで勝負がつく。だから、わたしに媚びたり甘えて勝とうなんて思わないで。歌姫はそんなに甘い世界じゃない」
最後に恐怖のトドメを刺された音羽《おとは》だが、何故か嬉しそうに天使の微笑みのように美しい姿を見せている。
「ふふっ、天声《あまごえ》ちゃんに選んでもらえるなんて嬉しい。わたし、精一杯頑張るからちゃんと見ててね」
予想外の言葉を言われた天声《あまごえ》は一瞬固まったが、少しだけ空いていた窓から風が流れてその一瞬満面の笑みで笑っているように見えた。
「うん、見てる。あなたの最高のステージ、期待してる」
よく分からないけど、あなたの言葉は全部わたしにとって、記憶を取り戻せる一つの魔法みたいに感じる。
精一杯頑張るのもいいことだけど、あまり無理して倒れないでね。
あの時のわたしの姿はもう二度と見たくない。
自分の過去と今の音羽《おとは》の現状が一致してしまうのではないかと天声《あまごえ》は窓の外を見ながらそう考えたが、さっきの音羽《おとは》の笑顔が嬉しかったのか、また頭を撫でた。
もう頭を撫でることが定着しているようだ。
わたしの全てをかけて、あなたを応援する。
きっとあなたはわたしを取り戻してくれると信じてる。
簡単に他人を信じてはならない。
家族でさえも、信じていいことと、信じる必要がない時もある。
それらは全て自分次第。
一緒に居るだけで笑ってくれる音羽《おとは》が天声《あまごえ》にとって、どれだけ救われたか。
たとえ感情がなくても、笑顔になってくれる人が一人でも存在してくれるだけできっと人生が大きく良い方向へと移り変わっていくだろう。
時間は過ぎてもう夕方の十七時になった。
「ねえ、天声《あまごえ》ちゃん」
「なに?」
「今からわたしと二人で花火大会に行こう」
「…えっ」
花火大会?
今は八月の下旬になった頃。
夏休みも終わりが近づき、宿題もとっくに終わらせた音羽《おとは》は少し退屈をしていたが、今日の花火大会は誰かと行くつもりだった。
そのつもりが天声《あまごえ》みたいだ。
突然のことで天声《あまごえ》は不思議に首を傾げたが、音羽《おとは》の満面の笑みに心が強く惹かれて頷いた。
「うん、わたしでいいなら一緒にに行く」
その言葉を聞いた音羽《おとは》は嬉しさのあまりギュッと抱きしめた。
「ありがとう。今年の花火大会はいつもより楽しめるね!」
「そ、そう、だね。うん、久しぶりに行くからどういう感じか分からないけど、全部あなたに任せる」
「えっ、いいの?」
「うん、わたしはこういうの、自分からしたいと思ったことはないから、知ってるあなたに任せた方が…楽しめる気がして」
「本当? なら、天声《あまごえ》ちゃんが楽しめるように色々考えながらエスコートするよ」
「いや、それはあなたの仕事じゃ…あっ、そっか。あなたは男の子だから、そういうのは関係ないか。じゃあ、あなたの思うままに行く」
「うん、行こう!」
そう言って、音羽《おとは》は作りかけのドレスをクローゼットにしまって電気を消して天声《あまごえ》と隣合わせて館を出て約十分歩いた先には色々な屋台が並んでいる。
「わぁー、いっぱいあるね」
「うん、すごい」
百年前より賑やか。
「どれから行く?」
「え、っと、か、かき氷?」
「分かった。奥の方にあるみたいだから、人が集まる前に早く行こう」
二人仲良く手を繋いでいても、周りから見れば音羽《おとは》は見えないナニかがそばにいることしか思われる。
誰も天声《あまごえ》が見えない、知らない。
そういう透明な存在になってしまったのも事実。
でも、今はそんなことよりも。
「あっ! ちょうど作っているところだよ。なににする?」
見えない自分とこんなに幸せそうに笑う音羽《おとは》が唯一天声《あまごえ》の心の支えになっているのも間違いなし!
音羽《おとは》は色々な意味で「最強」だろう。
「じゃあ、いちごにする」
「分かった。じゃあ、わたしも同じのにするね」
「うん」
これは結構悪くない。
花火大会なんて久しぶりで百年前と変わってると思ってたら、意外とそこまで変わってない。
ここに来てる人たちはみんな、あの頃と同じく浴衣で家族と行ったり大切な人と行ったりして、わたしは多分、そういうのに憧れてた。
『お前と一緒に居るから幸せだ』
えっ?
今、誰かに言われた?
一体、誰?
一瞬だけ蘇った新しい記憶。
浴衣姿で髪の色は黄緑色で瞳の色は黄色。
何故か思わずその人物に手を伸ばすほど、天声《あまごえ》はその人物のことを。
「お待たせ、はい、どうぞ」
伸ばした手はいちごのかき氷を両手に持つ音羽《おとは》が来たことで、幻のような物が消えた。
「天声《あまごえ》ちゃん?』
不思議に首を傾げた音羽《おとは》に、天声《あまごえ》は正気を取り戻し、深呼吸をして整えて静かにかき氷を受け取る。
「ありがとう。いただきます」
あれが誰なのかは分からないけど、今はどうでもいい。
わたしに感情なんて必要ない。
百年ぶりのかき氷をパクッと一口食べて全く味は変わっていないことを知った天声《あまごえ》はこう言った。
「相変わらず、不思議な味」
そう言いながらも、パクパクちょっとずつ食べて一分もしないうちに食べ終わってしまった。
「ごちそうさま」
その姿を横でじっと見ていた音羽《おとは》は驚きながらも同じようにパクッと食べて必ず頭痛が起きる。
「う〜、痛い。でも、すごくおいしかったね」
「そうだね」
お互い楽しい? 気持ちで見つめ合っていたら。
バーンと、花火が打ち上がる。
「わあー、花火だ。綺麗ー」
「うん、何度見ても綺麗」
久しぶりに見た花火を一緒に見られたのがあなたで良かった。
「ありがとう。そして、あなたの本気を見せなさい」
これから行われる「音を掴む者」の大会の幕が開く。
「わたしが必ず勝つ」
「誰も我には勝てないだろう」
「わたしの本気、天声《あまごえ》ちゃんに届けるよ」
さて、一体誰が「音」を掴むのか?
次のお話からはそれぞれが抱く「勝利」をぜひご覧ください。