選ばれた歌姫

「あっはは、今日も張り切っちゃうよ!」
今回のステージテーマは「心」。
鳥の翼が天に飛び立つような輝かしいステージにするそうだ。
主体となるドレスの色は水色でそこに真っ白な鳩が刺繍で縫われている超豪華な一着。
裾も丈も短くすることで動きやすくしている。
ティアラは真っ白な鳩の形が刻まれた水色の物。
「さあ、今日も頑張っちゃうぞ!」
両手をバサッと上に挙げてジャンプを繰り返す翼《つばさ》の姿をじっと見つめていたある人物が優しく毛布のように抱きしめた。
「君は本当に綺麗だ。オレには君のようになんでも上手くできないから、オレの分まで頑張ってほしい」
君と出会えたオレって、本当に特別感満載だ。
抱きしめられた手の温もりが特別嬉しかったのか、翼《つばさ》は満面の笑みで頬にキスをした。
「あはっ、唄《うた》はもっと自信持ちなよ? あたしの王子様は唄《うた》なんだから、君に自信を持ってもらわないとあたしだって緊張して失敗しちゃうよ?」
そう言いながらじっと床を見つめて暗い顔をする翼《つばさ》に、王子様の唄《うた》は慌てて首を横に振り両手で肩を掴む。
「ひっ! ごめんね、オレ、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ただオレは、歌姫の君をエスコートできるかが毎回怖くて、本当に、ごめんなさ」
「もう〜、謝らないでよ。あたしは大人になったら君と結婚する。結婚して幸せになって、一生君と一緒に居たいって思ってる。君は違うの?」
掴まれた両手をそっと下に降ろした翼《つばさ》が瞳を揺らして唇を噛んで上目遣いで見られた唄《うた》はまた首を横に振ってクスッと明るく微笑んだ。
「ふっ、違わないよ。オレも同じ、君と一緒にいるよ、ずっとね」
だから、君から離れるのも怖い。
君を誰にも渡したくない。
こんなこと言ったら、きっと困らせてしまうから、今は言わないでおく。
彼は唄《うた》。
十六歳の高校一年生。
薄紫色の細い髪に紫色の大きな瞳。
五年前に翼《つばさ》の王子様に選ばれた唯一近くに居られる存在。
果たして、今回のステージまでエスコートできるのだろうか?
「じゃ、じゃあ、行こうか」
「うん!」
五年経ってもまだまだ息が会わないが、それでも、お互い幸せそうに明るく純粋な瞳で見つめ合うならなんでもいいのだろう。
紺色のタキシードに身を包む唄《うた》はちょっとミステリアスで色気もある大人な雰囲気を纏うのも元々の性質のようだ。
二人仲良く手を繋ぎ合い、扉の中に入って、生と死の間を通り過ぎればそこはステージ。
「翼《つばさ》ちゃーん!」
「鳥を見せて〜」
「綺麗な歌声聴かせて」
今回の会場は約五百人は軽く超える規模の大きい。
だが、翼《つばさ》にとってはこれはあまり大きな物ではないそう。
「ふ〜ん」
今回は規模が小さい。
今は夏休み期間だから八百人は来てくれると思ってたけど、まあっ、来てくれただけで嬉しいから。
それだけでいいよ!
ゆっくり深呼吸をし、一度目を閉じて開いた時にはスイッチが入る。
「鳥が飛び立てるのは心が必要となる。心がなければ生き物は生きられない。鳥も同じ、わたしも同じ。さあっ、わたしの鳥の翼を見せましょう」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
「わたしは鳥。心に翼がある特別な持ち主。天にまで届けよう、わたしの鳥の翼を!」
鳩のシルエットが翼《つばさ》の手の中からまるでマジックのように姿を見せて観客席の方へと何羽も飛び立ち、次第にステージに戻ってはそのシルエットが筆となり、大きな鳩が描かれていく。
「ああ、ああっ、やっと辿り着いた。あなたがいる場所。なんて綺麗なの、なんてかっこいいの? わたしの翼で、あなたを一生包み込みましょう!」
仕上げとなるのはその鳩の翼がキラキラと砂がかかって天井からシルエットの鳩の翼が舞い降りる。
「わあ〜」
「こんなに綺麗な翼、初めて見た」
「もう一回見たい!」
鳴り止まない歓声。
もちろん、初めて翼《つばさ》のステージを見た音羽《おとは》は感動あまり泣いていた。
「う、ふっ、ああっ」
これが翼《つばさ》さんのステージ。
わたしの天使の羽とは全然違う。
これはわたしには作れない。
本当に、このステージを作れる翼《つばさ》さんには絶対に負けたくない!
ライバルとして、負けることを知らない音羽《おとは》にとってこれは勝つべきだろう。
勝てることができるのならの話だが。



翌日、羽の館。
「奏《かなで》、わたし、絶対に勝つ!」
「うんうん、羽音《はおん》ちゃんなら絶対に勝てるって」
今回のステージテーマは「喜び」
いつも通り色は真っ白で羽は瞳の色と同じ薄紫色の羽の飾りを胸元につけて、これもまるでウェディングドレスのようにも見える?
ティアラを頭に飾って準備完了と思ったら?
「今回は二つ結びとかどうかな?」
「えっ」
「あまり見たことなかったから、その、見てみたいなって思っちゃって」
頬を真っ赤に染めて照れたように右手で頭をかく奏《かなで》の姿に、羽音《はおん》は可愛らしく愛おしく微笑んでそっと優しく頭を撫でてあげる。
「ふふっ、分かった。奏《かなで》がそうしてほしいならそうする。だって、わたしたちは将来一緒にいるって決めた関係だからね」
羽音《はおん》も頬をタコみたいに真っ赤に染めて照れている姿はとても愛し愛される関係だと誰がみてもそう思わせる最高だろう。
「さっ、そろそろ行こう。お客様が待っているからね」
「うん、そうだね。みんなに楽しんでもらうために、わたし、一生懸命頑張る!」
両手で頬をバシッとちょった軽く叩いてやる気を最大限に出したところで二人手を繋ぐ。
扉の中に入って、生と死の間を通り過ぎればそこはステージ。
「羽音《はおん》ちゃ〜ん!」
「待ってたよー」
「早く歌声聴かせて!」
今回のステージ規模は約四百人入るちょっと大きめ。
羽音《はおん》としては少しずつファンを増やしている途中のちょうどいい数字だろう。
「ふふっ、さあっ、わたしが奏でる最高のステージ、見せてあげないとね」
ゆっくり深呼吸をして、目を閉じて開いて切り替える。
「わたしとあなたの喜びは決して同じとは言えない。喜びとは、人それぞれにある大切な感情。それを分かち合えるなら、わたしはわたしの全てをあなたに見せましょう」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかる。
「うふふっ、これは喜びだわ。わたしの全てをあなたに分かってもらえたこと、あなたの本音を教えてくれたこと。きっと二人の人生はこれから喜び、嬉しさを増していく。はあっ、なんて素敵な喜びかしら?」
今回のテーマはやや難しい。
「喜び」と「嬉しさ」は少し言い方を間違えてしまったら意味が変わってしまう。
羽音《はおん》も少し苦戦したように笑顔が崩れて目つきが強張っている。
でも、形は遥かに進化している。
薄紫色の羽が宙を舞い、数え切れないほどの羽が羽音《はおん》を取り囲み、まるで心を落ち着かせているように離れない。
「大丈夫、なにも不安なんてない。むしろ、喜びが溢れすぎて高揚が止められない」
羽が真っ白なステージを薄紫色に染めてかつてのシャボン玉が筆となり、幻想的な羽とシャボン玉の共演になっていく。
こんな素敵なステージ。
他に見たことない。
わたしって、まだまだ殻を破ること、できるのかな?
歌い終わって改めて完成したステージを見てこう思った。
「これはわたしにしかできない世界で一番美しい物」
もっと作りたい、もっと奏でたい。
ああっ、歌姫になって、本当に本当に良かった!
この感動は羽音《はおん》にとって人生…いや、永遠に忘れることない特別な物思い出となった。


さらにまた翌日。
今日は翼《つばさ》と唄《うた》が久しぶりにデートをしている。
「あっはは! 嬉しい、唄《うた》とデートができるなんて夢みたいだよ」
「そ、そんな、オレなんかとデートしてくれてありがとう。オレも翼《つばさ》ちゃんとデートできるの…すごく嬉しくて心臓が痛い」
と言いながらも、クスクスっと楽しそうに微笑む唄《うた》の姿は翼《つばさ》にとっても愛おしくてつい嬉しさでギュッと抱きしめた。
「もう〜、君のそういうところ好き! 好きだから、もっと自信持ってエスコートしてよ」
今は歌姫と王子様という関係ではなく、彼女彼氏という特別な関係が二人にとっては一流料理人が必死に腕をかけて作ったお肉よりも最高級の幸せは誰にも邪魔できない特別な代物。
さて、今日はどこに行くのだろうか?
「着いたよ」
「うん!」
今日は動物園。
翼《つばさ》は自分の名前に入っている鳥が大好きでよく唄《うた》と二人で一ヶ月に一度は訪れている。
「今日、天気が晴れで良かった」
「そうだね。晴れの方が動物も元気な姿で見れるからめっちゃ嬉しい!」
満面の笑みで両手をバーンと挙げてあおはしゃぎする可愛らしい翼《つばさ》を、唄《うた》もクスクスっと同じように嬉しそうに笑いながらゆっくり右手を差し伸べる。
「ほ、ほら、はぐれたら嫌だから…手、繋ごう」
この手を翼《つばさ》は毎回頬を真っ赤に染めて照れながらも大きく頷いて左手で握った。
「うん! はぐれて迷子になって迷子センターに呼ばれるのは困るからあたしから離れないでよ」
「えっ!? そ、それは人前で言わないで…だって、ここは広すぎるし人も多いからつい迷子になってしまうんだよ。でも、翼《つばさ》ちゃんが離してくれないなら大丈夫! だと思う」
何度も頷いて自分で納得するちょっと面白い唄《うた》に、翼《つばさ》は愛おしくちょっと可愛く微笑んでから繋いだ手をギュッと離さず、二人走り出して動物を見て行く。
「わあ~、今日もみんな可愛い!」
ライオンもカバもシマウマもワニも…いいなー、あたしもこんな自由を手に入れたい。
動物たちの自由にご飯を食べたり寝ている姿を見ている翼《つばさ》が幼い子供みたいに瞳をキラキラと輝かせてどんどん前に出て走る姿に、唄《うた》は毎回振り回されっぱなしにされても彼女の楽しそうな姿は可愛すぎてクスッ満面の笑みで笑った。
「本当、可愛い」
「ん? なんか言った?」
不思議そうに首を傾げる翼《つばさ》に、唄《うた》はゆっくり首を横に振って頬にキスをする。
「ううん、なんでもない!」
オレだけが知ってる翼《つばさ》ちゃんの全て。
彼女彼氏関係っていう今はこのままでいいけど、いつか結婚したらオレたちはきっと今以上に幸せになると思う。
ああっ、早く翼《つばさ》ちゃんの物になりたい…。
こんなに誰かを好きになれることは自分にとってどれだけ嬉しいことか。
たとえその相手が有名人でも、会えただけで幸せになれたりまた仲良くなれるチャンスがやってくることもあるかもしれない。
それは人それぞれ。
何事も
「こうしないといけない」
と考える必要はない。
願いごとが叶うことは本当に人生の中で一番の幸せになれるかもしれない。
まあ、今まさに唄《うた》が考えるように、結婚することも一つの選択。
偶然が奇跡となり、その奇跡が幸せを運び叶う。
「オレももっと自信持ってちゃんと生きたい」
翼《つばさ》ちゃんに似合う男になるんだ!
一人やる気を出して全身から炎が湧き出て盛り上がっている唄《うた》に気づかず、翼《つばさ》は本日お目当ての鳥のコーナーでまた幼い子供みたいに足をバタバタと足踏みをして瞳をキラキラと輝かせて本当に楽しそうだ。
「唄《うた》、見てみて! この子、めっっっちゃ可愛いよ!」
そう言われて見てみたら、そこにはクジャクが色とりどりのの大きな翼を広げている。
「あたしもこんな風に、綺麗な翼作りたいなー」
こんなに綺麗な翼が作れたら、きっとあの新人ちゃんに勝てる!
よし、いい勉強になった。
「帰ろうか」
「えっ!? もういいの?」
まだ半分しか見てないのに。
ちょっと残念そうに暗い表情をしようとする唄《うた》の頬を翼《つばさ》は歯を見せる元気な笑顔で優しく両手で引っ張る。
「あっはは! 全部見るのもいいけど、お腹空いたから家に帰って唄《うた》のご飯を食べたら二人きりの時間が増えると思うよ…いいでしょ?」
上目遣いで周りの視線など全く気にせず甘えてくる可愛らしい翼《つばさ》を唄《うた》は満面の笑みで抱きしめて頷いた。
「うん、君がそう言うならオレは大賛成だよ。さ、帰ろう」
「うん!」
二人仲良く手を繋いで家に帰る姿は誰が見ても癒される光景。
この関係がいつまでも続きますように。


一方、音羽《おとは》が来ないことで暇を持て余してゴロゴロ横になる天声《あまごえ》はしばらくなにもしていなかった。
「はあっ、音羽《おとは》が最近ここに来てくれない。もう、この前みたいにわたしから会いに行くか」
さあ、ここから天声《あまごえ》と歌姫の関係はどうなるのか?
それはまた次のお話で…。