選ばれた歌姫

わたくしは華やかな恋と書いて華恋《かれん》。
この名前はわたくしにとって、命と同じ価値があると思っている。
だって、これがわたくしの華。
可愛らしいお花さんよりも誰よりも目立つ華やかな華が勝つに決まっているわ!
「うっふふ。わたくしのステージを見て、心震えなさい」
今日は花の歌姫・華恋《かれん》のステージ日。
約二百人程度の小さな会場の中にある大きな真っ白いステージ。
ここにどんな華を添えるのか?
美しく優雅で余裕を持つ微笑みがやる気を高めて両手をバサッと上に挙げる。
そんな姿を見たある人物が満面の笑みでそっと頭を撫でた。
「あまり無理をしたら体に悪いですから、気をつけてください。あなたはあなたが思っている以上に体は強くないのですから」
「舞《まい》、大丈夫よ。わたくしはあなたに言われなくても、ちゃんと体のことは考えているわ。だから、そんなに心配しないで、わたくしを信じなさい」
「華恋《かれん》様…」
華恋《かれん》の体を心配するこの人物の名は舞《まい》。
肩まで伸ばされた橙色の髪に赤色の瞳。
そう、舞《まい》は華恋《かれん》の王子様。
華恋《かれん》とは五歳離れている今は大学三年生。
完璧な執事のような優雅な佇まいが王子様の中でも二番目に人気者となっている。
今回のステージテーマは「華やかな恋」。
何度もこのテーマでステージに立ち続けている華恋《かれん》は一度も他のテーマ以外でステージに立ったことはない。
それは自分の名前に誇りを感じすぎて他の物に興味がないというのも大きな問題だが。
「うふふっ。わたくしの華やかさに心奪われなさい」
「あなたのステージはファンの皆様にとって、とても大切な時間です。さあ、行きましょう」
「ええ」
ドレスは真っ赤で椿の刺繍が入った長袖で、ティアラは濃い赤に椿の花が真ん中に飾られた特別な物。
舞《まい》に差し伸べられた手を握り扉の中に入ってたどり着いた先にはステージ。
「うふふふふふっっ、なんて最高なのかしら、今日も頑張りますわ!」
このわたくし、華恋《かれん》が花の歌姫のトップになる!
あの子供に勝ってみせるわ!
ゆっくり深呼吸をして瞬きを何度も繰り返す。
「華やかな恋は誰でも感じられる素敵な物。そう、わたくしが皆様の恋を叶えてあげますわ」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
「華やかな恋というのは一番特別な時間。時間は無限じゃない、いつまでも続くことはない。だからこそ、美しいのよ」
椿の花びらが手の中からどんどん舞い散り天井いっぱいにそれがたくさん咲き誇る。
真っ赤な椿が華恋《かれん》の姿を色濃くする。
「ああっ、なんて華やかなのかしら? わたくしの恋がこんなにも真っ赤に染まるなんて…本当に、あなたを好きになって良かった」
この歌詞は全て華恋《かれん》の人生そのまま。
今まで自分が味わった幸福と絶望だけでステージに立っているなんて…誰がが知ってしまったらきっと、誰も華恋《かれん》を見ようともしないだろう。
ただ一人を除いて。
「華恋《かれん》様、あなたのステージはとても素晴らしいものです。素晴らしいはずなのに、観客の皆様のほとんどは華恋《かれん》様を見ていない、見ようとも思っていません。何故か分かりますか? あなたは一度も他の物に興味を持っていないからですよ」
舞《まい》は最初から知っていた。
このまま華恋《かれん》が一つの物にこだわり続けていたら誰も見てくれないことを。
分かっていながら止めなかった。
止めてしまったら、華恋《かれん》は二度とステージには立てなくなることも分かっていたから。
「本当に俺は、なにをすればいいんだ?」
一番近くにいるからこそ、なにをしたらいいか分からなくなるのも当然だ。
ずっと近くで見ていた姿はいつかボロボロになる。
舞《まい》が思うように、華恋《かれん》にはなにか違うことを探してもらう必要がある。
そのためにはまず。
「うふふふっ、今日も成功できたわ! また来なさい」
拍手も歓声もない静かな会場を出て花の館に戻ったら。
「今日のステージも失敗だね」
可愛らしく微笑みながら適当に指差すはなが待っていた。
「えへへっ、やっぱりあなたじゃわたしには勝てない。勝つことだけを考えてステージに立っていたら、誰もあなたを見ない、興味を持たない。それでもいいなら、今の状態を続けたらいいよ」
はなの言うことは正しい。
勝つことだけを考えて今までステージに立ち続けていた華恋《かれん》と違って、はなは自由に楽しく色々なテーマを決めてステージに立つ方が誰も飽きない。
毎回楽しみに来る人がいるだけでも全然違う。
その差を華恋《かれん》は全く理解していない。
でも、今はまだ。
「へぇ、わたくしはなにを言われてもわたくしの華やかさで勝負しますわ。わたくしの輝きが誰にも分かってもらえなくても、大切な人がいつまでもわたくしを見ていてくれたらそれでいいのよ。あなたこそ、わたくしに構っている暇があるなら大会の準備をする方が良いと思うけど?」
優雅で華のある美しい華恋《かれん》の微笑みは正面から堂々と勝ちに行く気満々だが、はなはちっともダメージを受けずに最後にこう言って去った。
「あなたがそこまで言うなら楽しみにしているね。まっ、時間の無駄だけど…」
お互いケンカを勝って大会で勝つのは自分だと態度でそう宣言した。
はなの「可愛さ」と華恋《かれん》の「華やかさ」は一体どちらが勝ち「音」を掴むのか?
「負けませんわ、絶対!」
華の本気を思い知るがいいわ!
二十三歳のはなと、十九歳の華恋《かれん》の戦いの決着はいつになるだろうか?
それまでの長い長い道のりを楽しみながら進めばいい…?


八月の第三週。
今日は花音《はなね》のステージ日。
「今日はなんかやる気がある」
「おっ!? どうした、君がやる気になるなんて…明日は大雨か?」
「ちょっと、雨なんて言葉使わないでよ。空音《そらね》が聞いたら嫌な予感しかしないんだから」
怪しく麗しく微笑む空音《そらね》の顔が思い浮かぶ。
『うふっ、我が雨を降らし虹をかけてやろう!』
まるで全ての天気を操っているような止めることのない眩しい輝きを持つ空のトップの空音《そらね》には誰も勝てない。
勝てないからこそ、挑みがいがあるのかもしれない。
「はあ、せっかくのやる気が君のせいで台無しになった」
そう言いながら柱の隅っこにしゃがみ込むはなに、律《りつ》は慌てて首を横に振り抱きしめた。
「すまない。おれのせいなら何度でも謝る。君がやる気を出してくれたことが嬉しくて調子に乗ってしまった。おれは夫なのに、妻の君の機嫌を損ねたことが申し訳ないと心からそう思ってる。おれってやっぱり、君の夫にふさわしくな」
「そんな言葉、言わないで」
「えっ」
「君が言ったんだよ。『おれの永遠をかけてあなたを守り幸せにします』って、忘れたなんて言わせない。その言葉がどれだけわたしにとって人生で嬉しかったのか…まあ、こうやって抱きしめてくれるなら許す」
クスッとちょっと笑うはなは心から抱きしめられた温もりが愛おしすぎて満面笑みでその想いを伝えた。
そして、律《りつ》も分かったように深く頷き同じように明るく笑った。
「ははっ、ありがとう。君の夫になれたおれは最高に幸せ者だ!」
夫婦になって分かることもある。
家族になれて毎日一緒にいる時間がどれだけ愛おしく幸せなことか。
それを今回のステージで表現する。
今回のステージテーマは「家族」。
夫婦になって家族になって分かったこと、感じたことを今回のステージテーマに選び今日がようやく実現する。
「家族か…ふっ、中々いいテーマにしたよ」
わたしも正直驚いている。
だって、「家族」なんてちょっと照れてしまうけど、でもそれ以上に特別感が大きすぎて早くステージに立ちたい。
「ふっ、頑張ろう」
小さな真っ白な薔薇が全体に風に揺られたように散ったイメージをリボンで飾りを作って胸元にはビーズで作られた大きなピンクの花がインパクト抜群。
まるでウェディングドレスのような仕上がり。
フリルたっぷりの可愛らしさが花音《はなね》の姿を象徴する最高の物。
あとはティアラを頭に飾り両手を握りしめて頬をビシッと叩いてやる気を出す。
「よし! 行こう!」
やる気も十分に出たところでタキシード姿の律《りつ》の隣に立つ。
「ほら、旦那様。準備できたよ」
可愛らしく愛おしい笑顔を見せてくれた花音《はなね》に、律《りつ》はとても嬉しそうにまたギュッと抱きしめた。
「はぁ~、おれの妻は世界一可愛い。君と出会えたこの幸せは永遠に忘れない。本当に、おれと結婚してくれてありがとう」
こんなに恥ずかしがらずに真っ直ぐ見つめてくれる優しい律《りつ》の瞳が花音《はなね》の心にさらに愛を灯す。
「もう、わたしの夫は甘えん坊だね」
わたしも幸せだよ。
君と家族になれてずっと一緒に居られることがわたしにとって本当に忘れられないんだよ。
「わたしこそ、いつもありがとう」
愛情表現というのは人それぞれ。
抱きしめること、キスをすること。
それ以外にも、お互いの愛が深まるならなんでもいい。
「愛」なんて形は一つではないから。
「さあ、行こうか。みんな待ってるよ」
「うん、わたしの輝き、見せてあげないとね」
ゆっくり離れて手を繋いで扉の中に入って生と死の間を通りすぎればそこはもうステージ。
今回も約三百人以上のファンが集まっている。
ファンの姿を見る度に花音《はなね》は嬉しそうに笑う。
「えへへっ、わたしはわたしの全てをかけてステージに立つ」
みんな、見ててね。
「あなたと家族になれたこと、あなたをずっと見ていたこと。この愛の行く先がいつまでも続きますように」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
「幸せだよ。あなたと出会って恋をして家族になれて。一緒にいたいというこの小さな気持ちを叶えてくれたのは全部あなた」
真っ白な薔薇が心に手を当てた花音《はなね》の中から花びらが溢れてダンスを踊る。
「そう、あなたと出会えたのはわたしがずっと願っていたから。人を愛することを知らなかったわたしに手を差し伸べてくれたあの時のあなたの笑顔でわたしは全てから解放された。わたしを選んでくれてありがとう」
踊っていた花びらがステージに色を染めて真っ白から可愛らしいピンクに変わってまるで真っ白な薔薇が結婚式を象徴するように、愛を誓った二人を祝福するようにピンクに変わった。
きっとこれははなと律《りつ》の人生を思い描いているようだ。
「えっへへ、みんな、ありがとう!」
大きくファンに手を振る花音《はなね》は視線を感じてその先を見たら。
「ふっ、いたんだ」
華恋《かれん》と舞《まい》がいる。
「どうして、どうしてなのよ?」
「華恋《かれん》様?」
「どうしてこんなにも心が揺らぐのよ? どうしてわたくしにはこんなステージが作れないのよ?」
そう、花音《はなね》のステージを見て、大粒の涙を流しながら悔しさと羨ましさで両手で拭っても止まらないようだ。
「大丈夫です。きっと華恋《かれん》様にも同じようなステージが作れ」
「同じじゃダメなのよ! 同じにしたらわたくしはまた負けてしまいますわ。どうすればあの頃に戻れるのよ…誰か教えなさいよ」
今更悔いても遅い。
花音《はなね》のステージは毎回見ている人にたくさんの思い出を与える特別な存在。
毎回同じステージを作る華恋《かれん》は誰の心には響かず、呆れられている。
この違いを分かっていながら華恋《かれん》はただ一つにこだわりを持ち続けることを全くやめようとしない。
だからこそ、勝ちたいのだろう。
勝って思い知らせたいのだろう。
「わたくしが一番にならないと、誰も本物の花が見られない。絶対に勝つわ!」
さあ、花と華の対決はあと少し。


ここからは空の舞台を見てみよう。
「わたしの星は特別。星座も惑星も全てわたしに与えられた物。もし、今年も負けたらわたしは終わってしまう」
星宙《ほしぞら》という世界にわたしだけの特別な名前をくれた両親に毎日感謝している。
でも、空音《そらね》が現れたことでわたしの人生はとっくに壊れた。
三年前、まだデビューしたばかりの空が大会で初出場なのに簡単に優勝した時、あいつはわたしにこう言った。
『三回我に負けたら、お前の星をもらう』
わたしの特別が今年の結果次第では奪われてしまうなんて絶対に嫌!
「お願い、わたしの特別を奪わないで…」
次のお話は「空」。
唯一星を使う星宙《ほしぞら》のステージ、一体どんな物になるのか…?