選ばれた歌姫

今日もまた日記を書く。
今日はそら様と音羽《おとは》様が私がアルバイトで働いている高級スイーツ専門店に来られる日。
二人のご来店をチラッと見たことで私のスイッチが上がる。
「お待たせしました。キングパフェと桃のケーキです」
いつも使う言葉は働いた時から頭に全て入れている。
「楽《がく》さん、今日はキングを頼ませてもらいました。味が楽しみです」
私にこっそり伝えてくれるそら様の息と鼓動がただ近くに寄られただけで私の心に届いてしまう不思議な感覚。
「そら様、音羽《おとは》様との時間を大切にされてください。私では満足させられる自信はありませんので」
自信なんて全くない。
そら様の王子様に選ばれた私は本当に弱い。
でも、こんなに幸せそうにパフェを食べるそら様の姿はとても愛しい。
っと、いけない。
今は仕事中。
他のお客様の接客をしなければ。
常に完璧が最優先される王子様はお姫様を守ることは一番大切だが、それと同じように大切なのは自分の人生を全てお姫様に捧げること。
王子様に選ばれた以上、選ばれる前の人生に戻ることは許されない。
家族も他の関係だって、お姫様だけを大切にする。
それこそが「完璧」に必要なポイントでもある。
「楽《がく》さん、今日もおいしかったです。また来ますね」
あれだけ量が多かったキングパフェを食べ切ったそらは満面の笑みで楽《がく》にお礼を言うと。
「そら様の口に合って良かったです。またお二人でいらしてください。いつでもお待ちしております」
クスッと、ちょっとだけ頬を緩めてかっこよく大人びた笑顔を見せる楽《がく》の姿もどこか面白い。
お会計を済ませたそらと音羽《おとは》にお辞儀をして見送った後はまた定時まで働いて午後十七時になってエプロンを脱ぎカフェから出た楽《がく》。
「さあ、今日はなにを食べようか」
夕日が地面に差し込み、大きな影の中で歩く楽《がく》はいつも通り食料品が売っている大きなスーパーに入る。
「今日はあまりお腹空いてないから、パンだけを買おう」
体は大きいのにそこまで食欲があるわけではない楽《がく》はいつもおにぎりやパンだけを買う日々がもう何年も続いている。
菓子パンをたった一つだけを買ってスーパーを出てそこからバスで二つ先のバス停で降りて一分もかからないマンションの五階までエレベーターに乗って鍵を開けて帰宅完了。
「ふー、今日も頑張った」
学校にアルバイトに王子様。
少しでも多く稼いで二十歳になったらそら様と結婚する。
そのためにアルバイトと王子様を掛け持ちで働いていても、なにも苦はない。
「むしろ、働く方が気分転換になって気持ち良い」
楽《がく》は今高校三年生。
成績優秀で生徒会長もしている。
当然見た目も完璧なので学校ではいつもモテモテ。
告白もバレンタインも何度もされていたが
『すみません、私には結婚を約束している人がいます。他の人の気持ちには応えられません』
そう、そらと楽《がく》はお互い二十歳になったら結婚する約束をしている。
それも歌姫と王子様という関係から始まり。
そらは高校二年生。
二人共通っている学校は違うので歌姫と王子様の仕事以外で会うのはほとんどない。
今日みたいにアルバイト先のお店にそらが来てくれることでお互い心の中で笑い合って喜んでいる。
「ふー、食べたら夏休みの宿題の続きをしよう」
買ったパンをちょこちょこゆっくり食べて終わったらシャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かして寝間着に着替えて宿題をテーブルに広げる。
「八月になればそら様は忙しくなる。ドレスのデザインは全てそら様が考えて私がその通りに一から作る…こんな簡単なこと、本当に私でいいのか?」
だが、そら様が喜ばれるのなら私はそれに従うだけ。
従って否定せず裏切らずそばにいる。
本当にこんな簡単なことを私がしてもいいのか?
毎日のように繰り返す言葉。
どんなに考えてもそらはそんなことは思っていなくても、楽《がく》にとっては天井からムカデが大量に降ってくるようなそんな焦りや不安がどうしても体中を紐で縛りつけられるような感覚になっているのも困りごとの一つと言える。
「はー、今日は考えがまとまらないから宿題はまた明日しよう」
慌ただしい一日でもなかったのに、楽《がく》の集中力は家に帰って来た瞬間でコンセントのようにバサッと切れてするべき夏休みの宿題ができないほど疲れがたまっていたのだろう。
「あっ、いけない。日記を書かなければ」
毎日欠かすことのない日記。
と言っても、書く内容は毎日一緒。
「今日のそら様はとても楽しそうに笑っていた。空音《そらね》様とは違う無邪気に笑う姿はとても愛おしく抱きしめたくなった…こんなものか」
日記の内容は全てそらと空音《そらね》のことだけ。
自分の生活よりもそらのことを書く楽《がく》は幸せそうに笑っている。
「ははっ、やはりそら様は面白い方だ」
だから私はそら様が好きだ、愛している。
どんなに疲れても、どんなに落ち込んでも。
そら様の顔を見たら元気が出る。
「まるで魔法のようだ」
こうやってそらのことを考えながら深夜一時になる前に眠りについた楽《がく》であった。


翌日、月曜日。
「そら様、今日もよろしくお願いします」
「はい、今日も張り切って頑張ります!」
今日のステージテーマは「好きな人」。
一体どんなステージが作り上がるのか?
七色の虹がドレス全体に細かくリボンでつけられたちょっと肩を出すクールなドレスに髪型は楽《がく》おすすめの毛先をクルッと巻いたはしゃぎたくなるような楽しそうな姿。
眼鏡を外してクリップが自然と浮き上がり、ティアラに変わって頭に飾れた瞬間。
「うふふっ、あっははははは! さあ、今日も我のステージを皆に見せてやろう!」
完全にスイッチが切り替わった空音《そらね》。
一瞬で別人に化した空音《そらね》の姿に、楽《がく》はちょっと面白く笑いながら左手で右手を握りそのまま両手で抱きしめた。
「ふふっ、早く結婚したいです。あなたを独り占めにしたいです。そう思うのはダメでしょうか?」
久しぶりに甘えられた空音《そらね》は満面の笑みで首を横に振って頭を撫でてあげた。
「ううん、ダメじゃない。言っただろう? 我はお前だけを愛す。他の誰かを好きになることは絶対にないから安心しろ。我の全てはお前に与えている」
その言葉を聞いた楽《がく》はあまりの嬉しさに大粒の涙を流しながら頷いた。
「はい、私も私の全てをあなたに差し上げます。これでお互い様ですね」
「そうだな。お前と出会えたことが我の人生で一番得したことだ」
「ふふっ、そう言われると照れくさいですね」
「そうか? まっ、我らの関係はこれからも続いて行く。お互いの命が終わるその時まで」
「えっ、命が尽きるまでですか?」
「ん、なんだ? なにか不満でもあるか?」
「い、いえ」
不満じゃない。
ただ私は空音《そらね》様とそら様には命が尽きたその先でも一緒に居たい…そう言ったら困らせてしまうだろうか?
そこは遠慮しなくてもいいのに、楽《がく》はまだまだそらと空音《そらね》に対して遠慮したり気を遣いすぎてせっかく今甘えているのに思っていることをちゃんと相手に伝える努力がまだまだ足りていないようだ。
と、思っていたら?
「楽《がく》、今は言えなくても、いつか必ず我に言え。将来結婚するのにこんな遠慮ばっかりされる我の気持ちを少しは考えてくれるといいぞ」
怪しく麗しく微笑む空音《そらね》に、楽《がく》は一度目を閉じて開いた瞬間に思い切ってこう言った。
「夏休みの宿題が終わったら抱きしめてほしいです」
「キス」よりもその手前にある「ハグ」を欲求された空音《そらね》はそらの穏やかな微笑みでちょっと楽しそうに頷いた。
「分かった。じゃあ、八月の三週目になる前に必ず宿題を終わらせろ。それを達成したら抱きしめてやる」
「はい、それまでに必ず終わらせます…さあ、では行きましょう。皆さんがお待ちです」
差し伸べた手をいつもしっかり握ってくれる空音《そらね》の姿が愛おしすぎて楽《がく》は少年らしい歯を見せる元気な笑顔で一緒に扉の中に入る。
「我はお前と居られるだけで幸せだ。ステージに立つと、いつもお前のことを考えている。ふっ、なんだかプロポーズみたいになったな?」
「そうですね。ですが、プロポーズは私にさせてください。必ず後悔のない物にします」
「おう、期待しているぞ」
生と死の間を歩いている危険な中を通りすぎればそこはもうステージの上。
「空音《そらね》様!」
「虹をかけてー!」
「今日も楽しみ〜」
たくさんのファンの声援に応えるのが歌姫の仕事。
人の期待に応えて絶対に素敵な物に仕上げる。
それこそがある少女の記憶を蘇らせる大きな魔法。
怪しく麗しく微笑むことで、空音《そらね》の本当の姿を色つけている。
「好きな人…それは恋が叶う希望となる。だからこそ形を作って魅せよう」
ピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかる。
「好き、好きな人。ああっ、何故私はあなたを求めてしまうの? もしかして、あなたが私を欲しているの?」
ゆっくり膝をついて手を両手を心に当ててゆっくり空に手を伸ばす。
それと同時に伸ばした手から七色の虹がそっとステージに虹を何十倍と大きくかけてその虹からキラキラの砂が降る。
「私たちの好きな人はあなたと私。あなたがいれば、私がいれば。この恋はきっとどこまでもこの虹のように歩いて行く」
「愛」に「青春」に「好きな人」という似たようでちょっと違うテーマは羽音《はおん》と花音《はなね》と空音《そらね》にとって、届けたい人は決まっている。
もちろんファンでもあるが、それ以上にそれぞれにいる王子様が大好きだからその気持ちをステージに表している。
七色の虹を作り出せるのは空音《そらね》にしか作れない。
真っ白なステージに七色の虹をリボンと筆で飾ることで進化を操る。
まさに選ばれた者だけに与えられる特別な力。
「今日もありがとう」
ファンに軽く手を振りステージから降りて空の館に戻って来たそらはドレスを脱ぎティアラをクリップに戻して私服に着替える。
「はあ、今日も頑張りました」
「お疲れ様です、そら様」
「ありがとうございます」
いつも通りジュースを楽《がく》から受け取るそら。
「今日のステージはその…、私とそら様のことでしょうか?」
「…はい?」
なにを言われているのか分からないそらが不思議そうに首を傾げたことに
「はあーーーー」
楽《がく》は深いため息とともに頬を赤く染めて恥ずかしそう。
私はなにを言っているんだ。
さっきの甘えに調子に乗ってあんなことを言って…。
もし、そら様から「気持ち悪い」とか「失望した」なんて言われたら全てが終わってしまう。
なにか話題を変えなければ!
楽《がく》がこの世界で一番恐れているのはそらに見捨てられること。
楽《がく》にとって、そらは一番特別で手放したくない宝物。
だから、今言った言葉を取り消そうと苦笑いを浮かべていたら。
「あなたからそう言われると確かにその通りになりますね」
「へ?」
今なんて…?
「今日のテーマは実際、私たちのことを歌ったと言えばそうなります。楽《がく》さんから言われて気づくことができました。ありがとうございます」
何故か満面の笑みでお礼を言われた楽《がく》は同じように笑ってこう言った。
「ふふっ、こちらこそ、気づかせてくださりありがとうございます」
ちょっとずつでいい。
二人のペースで結婚への道はまだまだ開いたばかりなのだから。


三日後。
「そら様、今日私はアルバイトなので行きます」
「はい、頑張ってくださいね」
時々そらは楽《がく》の部屋に来て一日過ごすことがある。
「楽《がく》さんが帰って来る頃には私は居ませんが、無理せず焦らず頑張ってください」
穏やかに笑うそらの姿を見て、楽《がく》はあることを提案する。
「あの、せっかくなので、音羽《おとは》様とはな様とそら様の三人で女子会をするのはどうでしょうか?」
「女子会?」
なんで?
でも、一度は憧れていた。
できるならしたい!
お菓子に話にもっと仲良くなれる楽しい会。
これを逃してしまうのはもったいない。
特にそらにとっては初めてのことなので、体がブワッと炎のように燃え上がってこう言った。
「私、やります! 友達と仲良くなれるチャンスは絶対に逃したくありませんので」
「はい、どうぞ、楽しんでください」
こうして、アルバイトの楽《がく》を見送ったそらは拳を握りしめてやる気を高めてそのまま外に出てメールで送ったはなの家に行く。
「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
歌姫の女子会。
一体どんなことが起きるのか?
それは次のお話で…。