選ばれた歌姫

「友達というのは誰にとっても特別な存在。その特別がいつまでも続くように空に虹をかけよう」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
「家族、恋人よりも、もっと大切なのは友達。最初は知らなくても、仲良くなればなるほど大好きになる。恋人とは違う好きな気持ちはきっといつまでも続く…はず」
小雨からどんどん激しく降る雨は空音《そらね》の顔に触れてその粒が次第に宙に浮かんで。
「君と友達になれた私は幸せ者。誰かの特別になれたのはきっとあなたにも幸せな気持ちが伝わっている」
この歌詞に込められた「友達」に対する幸せな気持ちが七色の虹をかけて観客席に降り止んだ雨の粒がパーッと落ちていく。
ステージにも絵画のような七色の虹が描かれて一つの作品が完成した。
これが殻を破った歌姫の進化。
ステージに色や飾りをつけていた頃とは比べ物にならないほど美しい。
真っ白なステージは歌う歌姫によって形が生まれてそれがステージを自分だけの形で作り上げる。
何故ステージが真っ白なのかはまた別の話で…。
「これが、空音《そらね》さんのステージ。この前のわたしのステージみたいに綺麗…」
殻を破ったことで全ての自由を手に入れた歌姫も少なくない。
今ここに居る空音《そらね》はその見本とすれば良いこと。
空音《そらね》自身もそれを望んでいたから。
「うふふっ、あははははっ! どうだ、どうだ。我のステージはお前たちの最高の思い出になっただろう!」
怪しく麗しく微笑む空音《そらね》に観客は拍手を贈り、涙を流す人も大勢いる中、音羽《おとは》もぽっと涙が溢れた。
「こんなに綺麗なステージ…わたしには作れない。まだ二人には届かない。花音《はなね》ちゃんにも空音《そらね》さんにも。だけど、わたしはわたしの輝きでこれからもステージに立つ。待ってて、わたしも二人の居る場所まで天使の羽で飛んでいくから」
すっかりトップ歌姫の魅力に魅了された音羽《おとは》。
「うふっ」
音羽《おとは》、ちゃんと見ててくれた。
だけど、我と同じ場所に来ることはないぞ。
お前はお前の輝きを大切にしてくれればそれでいい。
「さあ、帰ろう」
ゆっくりお辞儀も手を振ることもなくステージから降りて空の館に戻ったそらはドレスを脱ぎティアラを外してクリップをポケットにしまうと?
「はぁ~、疲れた」
「お疲れ様です、そら様」
「ありがとうございます」
大好物のジュースを楽《がく》から受け取るそら。
その疲れた姿につい
「ふっ」
と、声に出して笑ってしまった楽《がく》。
やはりそら様は面白い方だ。
ステージと普段とでは性格が真逆だ。
だからこそ、私が守らなければ。
王子様として守れる自分の立場を良く理解しきっている楽《がく》の気持ちはとても芯が強い。
こんなに大切にされているそらはそれに気づいているだろうか?
「はあ、やっぱり疲れた後はジュースが一番ですね!」
今回のステージテーマは「友達」にした。
音羽《おとは》さんに届いていたらいいんだけど…。
ちょっと自信なさげに暗く床を見つめていたそらの元に
「そらさん」
と、満面の笑みで手を掴んだのは音羽《おとは》。
その手の温もりが心地良かったのか、そらはとても嬉しそうに頷いてついつい抱きしめた。
「良かったです、あなたを信じて良かったです」
我のステージを見た人はみんな我から離れて行った…でも、離れなかった人が今我の手の中にいる。
「ああっ、我は今を決して忘れはしない。お前なら我を受け入れてくれると思っていたぞ」
その言葉を聞いた音羽《おとは》は天使の微笑みみたいな美しさで抱きしめられた感触が心地良くて頬にそらの手に擦り寄る。
「ふふっ、言いましたよね? わたしはそらさんから絶対離れません。今回のステージ…本当に勉強になりました。できればいつか、一緒にステージに立ちたい…なんてできませ」
「できるぞ」
「えっ」
「歌姫はソロ活動が中心だが、デュオでステージに立つことは可能だ。お前がそうしたいなら、喜んで一緒にステージに立とう」
音羽《おとは》と一緒にステージに立つ…なんて夢のような言葉だろうって、そう言えば確かデュオは。
「勝負になるから、仲良くステージに立つことはできない」
「…えっ!?」
勝負って、わたしと空音《そらね》さんが競い合うなんて…絶対わたしが負けるに決まっているよー!
そう、そらの言う通り、歌姫はデュオでステージに立つことは可能だが…それをするということは「勝負」を意味する。
勝ち負けを競い合う絶対に譲れない戦い。
それを知らなかった音羽《おとは》はもう既に諦めて負けを認めてしまっているが、そらの方は。
「大丈夫。ちゃんと手加減するから、なにも緊張しなくていい。トップの我と花音《はなね》は誰にも負けたことはないし、勝ち負けが決まったことも一度もない」
「すごい…」
歌姫のトップって、やっぱり最強なんだ。
わたし、全然勝てる気がしないけど。
でも、やってみたい!
「分かりました。手加減してくれるなら、甘えさせてもらいます」
空音《そらね》さんとステージに立てるならなんでもいい。
だって、わたしたちは「友達」だから。
可愛らしく微笑ましく笑う音羽《おとは》に、空音《そらね》は怪しく麗しく笑った。
「お前とステージに立つのが楽しみだ」
こうして、デュオでステージに立つことを決めた二人は作戦会議? でまたいつものレストランに行き、甘い物を食べながらステージについて話し合うのだった。


一週間後。
夏休みに入り、宿題を一晩で終わらせた音羽《おとは》と音陽《ねひ》は美術館に来ていた。
「わあ~、すごい」
「歌姫の絵がたくさんある」
そう、この美術館には歌姫の絵画が多数展示されている。
「お姉ちゃんの絵はあるかな?」
「えっ!? ん〜、まだわたしはデビューしたばっかりだからないと思うよ。うん…」
展示されている歌姫の姿は歌声で形を作り上げたステージが中心に描かれていて、歌っている歌姫は少し小さめになっている。
その中でも一番惹きつけられるのが。
「あっ! これ、花音《はなね》ちゃんだ。綺麗だね」
ピンクのお花いっぱいのドレスにステージにも数え切れないほどの色鮮やかなお花が咲いてまるで妖精のような可愛らしい花音《はなね》の一枚。
これを見た音羽《おとは》はあまりの可愛さに瞳をキラキラと輝かせるほどドキドキしたり嬉しそうに笑っている。
「ふふっ、こんなに素敵な絵、誰が描いているんだろう?」
「そうだね。誰なんだろうね…」
言えない。
これを描いている人はあいつだってこと…もし誰かに言ったら私は。
音陽《ねひ》は誰にも言えないあることを一人抱えて隠している。
隠すことで自分の立場というのを良く理解しすぎていつか気持ちが溢れてしまうことを心から恐れている。
だから、今は。
「お姉ちゃんの絵もあったら絶対に有名になるよ」
「ふふっ、そうかな?」
「そうだよ。お姉ちゃんは羽の歌姫の中で大切な存在だから、もっと自信を持って、これからもたくさんステージに立ってね」
音陽《ねひ》は満面の笑みでそう応援の言葉を言ってくれたが、どこか悔しそうに寂しそうに涙をグッと堪えいることなど、誰を気づくことはない。
もちろん、大好きな音羽《おとは》にさえも。
「ありがとう。音陽《ねひ》の言葉はいつもわたしに力をくれる。本当に、音陽《ねひ》がそばに居てくれて嬉しい」
こんなに兄妹という関係に感謝して音羽《おとは》は天使の微笑みみたいに優しくその頭を撫でてあげると。
「私も、お姉ちゃんがそう言ってくれるだけで幸せだよ」
二人だけの小さな約束と誓い。
きっと、二人だけにしか魅せられない輝きが一人の少女に希望を与えるだろう。
もうそれは遠くはない。
「ふふっ」
私もいつか、お姉ちゃんみたいな歌姫に…なれたらいいな。


三日後。
「あっ、音羽《おとは》さん、お待たせしました」
「そらさん、大丈夫ですよ。わたしも今来たところなので」
今日はそらと二人で駅前のスイーツ専門店に行く約束をしていた。
最近音陽《ねひ》を置いているつもりはないようだが、家を出る時こう言っていた。
「む〜、またお菓子作ってよね」
嫉妬心丸出しで頬をたこ焼きみたいに可愛く膨らます姿に音羽《おとは》はクスクス心の中で笑い堪えている。
でも、今はそれよりも。
「音羽《おとは》さん、今日はゆっくり楽しみましょうね」
青色の無地の半袖ワンピースに三つ編み姿のそらの美しさについ見惚れて一瞬音羽《おとは》の中で時間が止まったが、そらからじっと見つめられていることで苦笑いを浮かべながら頷いた。
「あっ、はい。そうですね」
シャボン玉が描かれている薄紫色の肩が見えるちょっとセクシーな半袖ワンピースに普段通りのお団子。
今日の音羽《おとは》もそらに負けないくらいに可愛らしい。
順番が来て店員に案内された席は大きな壁に挟まれていてちょっと個室のような空間になっている。
「ここのお店、実はずっと気になっていたんですよね。だけど、一人で行くのは恥ずかしかったので、今日音羽《おとは》さんが来てくれてとても嬉しいです」
「ふふっ、友達ならこれくらいのことは普通ですよ。わたしに遠慮はせず、そらさんのやりたいことがあれば一緒にできたらいいなと思っています」
こんなに楽しく元気に笑う音羽《おとは》は本当にそらの自慢の友達になっているだろう。
そらもちょっとはしゃいで体を左右に揺らすほど満面の笑みでいることが誰が見ても「親友」の関係と思われるだろう。
「さ、今日は私が奢るので、なんでも頼んでくださいね」
「えっ!? いや、それできないですよ」
「そう言わず、せっかく本当の私を受け入れてくれたお礼がしたくて今日誘ったんですから、音羽《おとは》さんの方こそ、私に遠慮はいりませんからね」
そうちょっと強引にメニューを音羽《おとは》に渡すそらは心から嬉しそうに楽しそうに友達らしいことをしているそう。
「あっ、私は今日季節限定のキングパフェを食べようと思います」
メニューの表紙にあるメロンや桃、スイカなどほとんど丸ごと入ったパフェを満面の笑みで左手で指差すそらに、音羽《おとは》は追いつくのに必死であまり高くない物を探しているが?
「あれ…」
ここ、一番安いのが二千円のタルトしかない。
…もしかしてこのお店って、高級店だったの!?
周りを見ても全く普通のカフェに見えるが、中学生の音羽《おとは》からすれば、こんな高いお店でなにを注文すればいいのか分からなくなるのも当然と言える。
わわあっ。
どうしよう、一番安いタルトにするのもいいけど、この隣の桃たっぷりのケーキが食べたい。
…でも、せっかくそらさんが誘ってくれたのに遠慮ばっかりしてたら友達じゃない。
ここは素直に言うしかない。
ゆっくり深呼吸をして瞬きを何度も繰り返して楽しそうに明るく笑いながら音羽《おとは》はこう言った。
「桃のケーキが食べたいです!」
これは後悔ではない。
ただの友達付き合い。
歳の差なんて考えなくてもいい。
他人だったら遠慮することはあっても、仲が良い人に遠慮していたらその関係は長く続くことはない。
今音羽《おとは》がそれら全てをちゃぶ台のようにひっくり返したことがそらにとってどんなに嬉しいことか。
「はい! うふっ、音羽《おとは》さんが食べたい物はなんでも言ってくださいね。これは歌姫の給料から出すので」
「…給料?」
「はい。歌姫は仕事でもあるので、お金をもらうのは普通ですよ。音羽《おとは》さんもそろそろもらえますね」
「えっ、そうなの…?」
衝撃の事実をサラッと知った音羽《おとは》は今まで立っていたステージを思い返してもそれが仕事という感覚がなかったため、驚きすぎて口が大きく開いたまま固まっている。
「……」
わたしたち歌姫って確かに遊びで出ていたわけじゃないけど、まさかそれが仕事になっていたなんて…そんなのいいのかな?
なにかマズイことをしたのではないかと暗い表情を浮かべる音羽《おとは》に気づいたそらが穏やかに笑ってそっとその手を握ってこう言った。
「注文しておきました。最近は店員さんを呼ばなくても自分で注文できるのは便利ですね」
少し話を逸らした後にまたこう言った。
「私たちは人の心を救うためにステージに立っています。それがどれだけ大変なことかはまだ分からなくても仕方ありません。お金は全て感謝のお返しとして受け取るのも大切なことです。だから、なにも気にしないでください。きっと、他の方も同じことを言いますよ」
その言葉を聞いた音羽《おとは》は握られた手をさらに重ね合わせて満面の笑みで頷いた。
「はい、そう信じます」
二人がさらに仲良しになったところで
「そら様、お待たせしました」
と、聞き覚えのある声はもちろん。
「楽《がく》さん、アルバイト、お疲れ様です」
「えっ?」
そう、エプロン姿の楽《がく》はここでアルバイトとして働いいるそうだ。
だが、それよりも。
「そら様、音羽《おとは》様。また後でゆっくり話しましょう」
ここから楽《がく》の存在意味が分かっていく…。