選ばれた歌姫

この少女の正体とは?
「羽音《はおん》さん。あなたは特別な輝きを手に入れました。すごいですね」
「…えっ、なんのこと?」
この人は誰?
青空のような水色の髪に青色の瞳。
丸い眼鏡をかけたこの少女の正体は。
「あっ、ごめんなさい。私は青来《あおく》そら。空の歌姫です。よろしくお願いしますね」
丁寧な言葉遣いと大人しいそら。
その姿に見惚れた羽音《はおん》は無言でそらを見つめたが、ちょっとだけ時間を置いてこう質問する。
「あの、そらさん。殻ってなんですか?」
「殻は歌姫が進化したと思った方が分かりやすいですね。殻の中にいた時はあのような芸術作品は作れません。形がただ色や模様が作れているだけでしたが、さっきの羽音《はおん》さんは形で作り上げたシャボン玉がステージに筆を置き、それが絵画のような作品に仕上がることは殻を破り、新しい形を作ることができますね」
「へぇ、そうなんですね。知らなかった…」
まだまだわたしは歌姫のことはなにも知らない。
ただステージに立って歌声で形を作ればそれがたくさんの人たちの心に届くと思っていたけど…あれ? 殻が破れたなら、形がもっと自由に作れること!?
そう、そらの言うように歌姫はどこかで殻を破り、殻を破る前とは比べ物にならないほどに自由に形を作り上げることができる。
まさに「進化」の象徴とも言える素晴らしいこと。
ここに来たそらはそれを伝えに来ただけなのか?
それとも別の目的があったのか?
「羽音《はおん》さん。今度、私のステージを見に来てください。殻を破った後の歌姫の進化を知るチャンスになると思います」
真っ直ぐに素直に全てを受け入れていくれるような優しさが詰まった素敵な笑顔は羽音|《はおん》が見惚れる理由も誰にとっても納得できるかもしれない。
「はい、そらさんのステージ、楽しみにしています」
こうして、羽音《はおん》はそらのステージを見ることにしたが、ここから予想外なことになるのを知ってしまうのは誰も想像できなかった。


三日後。
「そらさん…」
「はい、なんですか?」
「そらさんは高校生なのに、どうして中学生のわたしと仲良くしてくれるんですか?」
「うふっ、年齢なんて関係ありません。私は基本的にあまり人と仲良くするのが苦手なんですけど、何故か不思議と音羽《おとは》さんとは長く仲良くできる気がして私は今すごく幸せなんですよね」
美しくちょっと可愛さのある微笑みがそらの印象を良くしている。
「私は今までずっと友達がいませんでした…いえ、居たのは居たんですけど、みなさん私の本当の姿を知ったらすぐに離れて他人扱いをされました」
そう言ったそらは心寂しそうに暗く下を向いてそれが本音だと知った音羽《おとは》は可愛らしく優しさが込められた笑顔で肩を撫でてあげる。
「大丈夫ですよ。わたしはそらさんから離れたりしません。安心してください」
その言葉がどれほど喜ばしいことだったか。
そらは心の寂しさが一瞬で風のように吹き消されて満面の笑みで頷いた。
「はい、信じています。音羽《おとは》さん」
今二人がいるこの場所ははなが家出した街のレストラン。
二人とも甘い物が好きという共通点を発見してから出会ってから三日しか経っていないのに、まるで親友のように手を繋ぎ、同じ話題で気の合うことから時間がある時はいつもこのレストランで待ち合わせをしている。
「今日私が注文したこのスイカたっぷりのパフェ…ん〜、とってもおいしいです!」
両手で頬を包み込むほどおいしそうに食べるそら。
「わたしも今日注文したこのメロンのケーキもすごくおいしいです。良かったら、一口交換しませんか?」
音羽《おとは》が満面の笑みでスプーンを左手に持ちそれをそらに伸ばすと
「ありがとうございます」
と、同じように幸せそうに笑いながら右手でスプーンを受け取りケーキを一口食べたそら。
音陽《ねひ》とはちょっと違う特別感があるそらと仲良しになれた音羽《おとは》は本当に楽しそうに歯を見せる元気な笑顔で今日一日を過ごした。


二週間後。
「えー、明日から夏休みになります。宿題も大事ですが、思い出もたくさん作ると良いでしょう。学生にしかできない楽しいこともあります。体調に気をつけて、また二学期も会えるのを楽しみにしています」
今日で一学期が終わる。
宿題の量は半端ないほど出されたが。
「お姉ちゃん、後で二人でしよう」
「うん、そうだね」
音羽《おとは》と音陽《ねひ》からすれば大したことではなさそう。
「二人共、また二学期な!」
「一学期いっぱい話してくれてありがとう」
「二学期に会えるの楽しみ〜」
クラスメイトの何気ない会話を密かに楽しんでいた双子はそれぞれ手を振りながら教室を出る。
「うん、また二学期だね」
「まあ、会えたら話してあげる」
愛想がいい音羽《おとは》と比べて音陽《ねひ》まだまだ奥手のようだ。
「はあ、学校に行かなくていいのは嬉しいけど、宿題が多いのは嫌だね」
「うーん、それは仕方ないよ。せっかく頑張って授業を受けていたのに、一ヶ月なにもしなかったら忘れてしまうから。わたしは宿題、結構悪くないと思うよ」
実際、音陽《ねひ》と一緒に宿題をするの…結構好きだから。
これは兄妹だからこそできる最高の関係だと思うの!
音羽《おとは》が瞳をキラキラと輝かせるほど「兄妹」という関係に喜びを感じているのは音陽《ねひ》にはきっと知られることはないのかもしれない。
だって、そう思うのはお互いの関係を良くすることもあれば悪くなることだって起こり得る。
人との繋がりや関係はその人によって変わることもある。
出会いも別れも一瞬。
だけど、今の若き歌姫たちは知らない。
歌姫の始まりの人物。
その蘇りはまだ遠くもなく近くもない…。
「さあ、宿題を今日中に終わらせよう」
「ふふっ、お姉ちゃん、やる気がすごいね。うん、私も一緒に頑張る!」
さすが学年一位と二位。
誰にも譲らない賢さとやる気。
このまま続けばいいのだか。



一週間後。
「あっ、音羽《おとは》さん。待っていましたよ」
「そらさん、今日はよろしくお願いします」
今日はとうとうそらのステージをご覧になる日。
「私のステージは、今日は音羽《おとは》さんのために立ちます。しっかり見ててくださいね」
「はい、もちろんです!」
そらさんのステージ…きっと優雅で穏やかで心が癒される素敵な物なんだろうな…ふふっ、すごく楽しみ!
この時まで音羽《おとは》は知らなかった。
まさかそらのステージがあんな自由すぎる欲望だけの恐ろしい物になるなんて。
「うふっ、あなたならきっと、私の本当の姿を見ても離れない気がするんですよね。だから安心して今日もステージに立ちます」
そう言ったそらはとても嬉しそうに穏やかに美しく笑っている。
心の底から安心して空の館に入ると。
「そら様、お待ちしておりました。既にドレスのご用意ができております」
ちょっと闇のような漆黒の髪に緑色のちょっと歪んだ瞳を持つ男。
「楽《がく》さん、いつもありがとうございます」
クスッと楽しそうに笑いながらも差し伸べられた楽《がく》の手を握ったそらはどこか寂しそうに見えるが?
「あの、そらさん。そちらの方は一体」
「あっ、そうでした。この方は楽《がく》さん。私の王子様です」
「王子様…」
この人がそらさんの王子様。
綺麗な人…奏《かなで》とタイプが全然違うからびっくりした。
じっと不思議そうに自分を見ている音羽《おとは》に、楽《がく》はクスッとちょっと面白そうに笑った。
「ふっ、音羽《おとは》様、いつもそら様と仲良くしてくださり感謝しています。これからも長く、長く…仲良くされてください。私だけではそら様のことを守れるのはちょっと自信がありませんが、友達のあなたがずっとそら様のそばに居られるなら安心です。よろしくお願いしますね」
丁寧な言葉遣いとそらへの思いやりの心が強くある楽《がく》の美しく落ち着いた笑顔と差し伸べられた手を音羽《おとは》は満面の笑みで頷きその手を握った。
「はい。わたしこそ、あまり頼りないですけど…そらさんの友達としてできることは全てするつもりです。だから、なにも心配しないでください。わたしはずっとそらさんの友達でいます」
これは嘘じゃない。
ていうか、わたしは嘘をつくのが下手だから嘘をついたりしない。
楽《がく》さんがそらさんの王子様で良かった。
わたし一人じゃ年上のそらさんを守れるか正直不安だけど、でも、二人が安心できるようにわたしができることは今言ったように頑張る。
友達だから。
友達が一人も居なかったそらは今が本当に幸せそうに音羽《おとは》をじっと嬉しそうに優しく微笑んでいる姿はとても大人っぽく美しい。
と、思っていたら?
「あっ、そろそろ準備しますので。音羽《おとは》さん、特等席をご用意しましたので、そちらで待っていてください。絶対に後悔のないステージを見てくれたら嬉しいです」
両手を心に当てて笑うそらを、音羽《おとは》もクスッと微笑んでいる両手で肩を撫でる。
「そらさんのステージ、とても楽しみです。きっと、わたしよりも素敵な物になると思うと、胸がドキドキしそうで嬉しいです」
「音羽《おとは》さん…はい、頑張ります。ですが、私は私の輝きがあるので音羽《おとは》さんは音羽《おとは》さんの輝きを大切にこれからもステージに立ってくださいね。じゃあ、行ってきます」
そう言って、そらは館の屋の部屋に入りドレスに着替えてティアラを頭に飾った瞬間。
「うふふっ、あははははっ! さあ、我のステージを見せてやろう!」
すっかり別人と化したそら…空音《そらね》。
今回のステージテーマは「友達」。
ドレスは真っ白な雲をイメージした白のビーズを斜めにかけるようにつけて大空のような水色を選んで胸元に青色の大きなリボンを飾ったちょっと薄めの長袖一着。
眼鏡を外して。
ティアラは七色の虹が空を覆うように大きく作られた物。
そして。
「空音《そらね》様、準備が整いました。さあ、行きましょう」
別人になっても、楽《がく》の態度は変わらず冷静に落ち着いててむしろ、どこか嬉しそうに笑っている。
「ふっ」
やはり、空音《そらね》様は面白い方だ。
私などがこの方の王子様に選ばれたこと…とても誇りに感じている。
空音《そらね》様のステージはきっと、音羽《おとは》様にとって良い体験となる。
私はそう信じていますよ。
「空音《そらね》様、皆さんがあなたの登場を心からお待ちしております。あなたのステージは今回も誰にも忘れられない物になると私はそう信じています」
穏やかで大人びた背中。
いつもこの言葉でステージへの扉に歩いて行く。
空音《そらね》は毎回その言葉を聞く度にこう言う。
「お前だけだ。そう言ってくれるのは」
我の王子様にふさわしいのは楽《がく》だけ。
我が着ているこのドレスも全部楽《がく》が思い通りに作ってくれる。
だから、誰よりも信頼し、一緒に居たいと願う。
「うふふ」
つい笑顔が溢れるほど楽《がく》と一緒に居られることが空音《そらね》にとって、二番目に喜ばしいのだろう。
手を重ね合わせ、扉の中に入れば歌姫の視界は黒く染まり、王子様だけがその中を見ることができる。
そう、扉の中には天使と悪魔がいる。
その間を走らず焦らずゆっくり歩いていけばもうそこはステージ。
今回の観客は約五百人は軽く超えている。
「空音《そらね》様!」
「会いたかったですー」
「美しい歌声聴きたい」
これ以上に数え切れないほど、いや、五百人超えなら数えられるはずはないが。
空音《そらね》はこの歓声を聞く度にこう言う。
「ふっ、お前たちが納得できるステージを届けてやろう! 我がこの世界で一番自由になれるのだ!」
怪しく麗しく気高い心を持つことで空音《そらね》の闇に染まるような美しい微笑みを見てしまった音羽《おとは》はなにが起きているのか全く分からず何度も瞬きをしたり自分の頬を思いっ切りつねっている。
「…本当にあの人がそらさん? 全然違う…これは夢?」
さっきまでの穏やかさが風みたいに一瞬で吹き消されたように感じた音羽《おとは》だが。
「すごい、すごい! これが空の歌姫。わあー、どんなステージになるか楽しみ!」
初めて見る空の歌姫のステージが楽しみすぎてそらの変わった姿なんてすっかり忘れたようだ。
「うふふっ。さあ、始めてやろう。見るがいい、空の輝き」
音羽《おとは》、我は信じている。
お前は絶対に我から離れない。
そう思わせてくれるお前が我は好きなのかもしれない。
ここから空音《そらね》のステージが届けついに始まる。
「友達」をテーマにする今回のステージ。
きっとたくさんの人に衝撃を与えること間違いないだろう…?