私はずっと不思議だった。
お姉ちゃんは男なのに自分のことを「わたし」って言う。
わたしは嬉しい。
妹がわたしのことを「お姉ちゃん」って言ってくれる。
きっと私(わたし)たちは生まれた時から普通じゃない。
普通じゃないからこそ、君(あなた)が愛おしい。
ずっと一緒にいさせて。
ずっと離れないで。
私は君が笑ってくれるだけで幸せ。
わたしはあなたの笑顔を見るのが怖い。
でも、なんでもいいから壊さないで。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「ふふっ、なんでもない!」
これは普通じゃない双子の絆と愛の物語。
小学校の頃。
入学式に体育祭に音楽会に修学旅行に卒業式。
一から六まで繰り返されてきた懐かしい思い出を感じる楽しい日々。
双子の兄妹はその全てを一緒に過ごした。
一年から六年までずっと同じクラスで席が前と後ろの仲良しの二人。
ただの偶然か、面倒だったのか?
「やったー! またお姉ちゃんと同じクラスだね!」
新学期に入る度に妹は兄と一緒であることに心から両手を大きく肩が痛くなるのを気にせず上げる妹。
「ふふ、今年もよろしくね」
毎日トイレ以外は一緒にいるのにまるで親友のように絆を深める兄妹。
兄と妹。
どこにでもいる普通の関係なのに、どこか違う不思議な立場。
甘える妹に叶えられることはなんでも聞き入れる優しい兄。
心瀬《こころせ》家に生まれた双子。
兄の音羽《おとは》と妹の音陽《ねひ》。
真っ白な髪に音羽《おとは》は薄紫色、音陽《ねひ》は黄色の瞳を持つ。
髪の色が同じだから瞳の色で区別ができるからちょうどいいと両親は少し適当に諦めていた。
この時の音羽《おとは》の髪型は音陽《ねひ》と同じで背中まで長く一瞬見たら普通の女の子と間違えるほどに可愛く仕上がっていた。
その理由は音羽《おとは》が自分で伸ばしたいと両親にお願いして前髪以外を切るのをやめたから。
「わたし、音陽《ねひ》みたいに可愛い人になりたい」
きっかけとなったのは五年の頃にクラスで劇をした時、お姫様役だった音陽《ねひ》が当日熱で倒れてしまって、代わりに選ばれたのが音羽《おとは》だった。
毎日学校以外は部屋に二人でお互いの役をアドバイスや注意しながら練習していたことで、劇は学年一位になるほど好評で数え切れないほどの拍手を送られたその時の音羽《おとは》はこう思った。
「わたしがこんなに人に認められるほど可愛いなんて知らなかった」
それから音羽《おとは》は誰にも見られないようにこっそり音陽《ねひ》が着ているスカートやワンピースを着て可愛い自分が映る鏡を見る時間が好きだった。
でも、音陽《ねひ》に見られたことで全てを失った気がした。
『あっ…これは違うの。ほら、この前の劇でわたしが音陽《ねひ》の代わりに舞台に立ったでしょ? それで、他の服はどうかなって思ったんだけど…ごめんなさい』
全部音陽《ねひ》が大切に着ていたのに、わたしのせいで全部汚した。
本当にわたしは最低だ。
そうだよね。
わたしは男、音陽《ねひ》と同じにはなれない。
生まれ持ったものは変えることも戻すことも簡単ではない。
大切な妹を汚したことで兄は目を閉じて殴られることを覚悟していたら。
『わあ~! すごい、すごいよ!』
なぜか嬉しそうに陽だまりの中で暖かくて可愛くて全てが許されたような幸せな笑顔を魅せられた兄はこう感じた。
「わたしもあなたと同じになっていいんだ!」
まさか褒められてしまうとは思っていなかった音羽《おとは》はこの瞬間から音陽《ねひ》と同じく学校でもスカートやワンピースを着るようになり、クラスのみんなにも褒められることになった。
「やっぱ、音羽《おとは》は可愛い方が似合ってるな」
「うんうん。双子だからじゃない、音羽《おとは》ちゃんだから可愛い服が似合うんだよ」
「お前たちは可愛いのが似合ってる」
最後の年である六年生を卒業した。
中学生になった音羽《おとは》と音陽《ねひ》だが。
「お前、兄になにをした? 私の許可なく勝手に触れるなと何度言えば分かる?」
中央区から北区に引っ越し、同級生とは一人も同じにならずに別の学校に通っている双子。
けれど。
「音陽《ねひ》、おれは大丈夫だよ。ちょっと肩に触れられただけで、傷はついてないから安心して」
「安心なんてできない。兄が良くても私は嫌だ。知ってるでしょ? 私が心配性だって」
「そ、そうだね。ごめんね」
陽だまりのような優しい笑顔が他人を強く恨み睨み全てを拒む寂しい人になった音陽《ねひ》。
「音陽《ねひ》、いつも守ってくれてありがとう。おれ、嬉しいよ」
「兄」
偽りの優しさで大切な人の手をギュっと抱きしめるように握る音羽《おとは》。
口調も性格も全てを変えた双子。
その理由は四月の入学式の前日にあった。
『音陽《ねひ》、ちょっといい?』
『ん? お姉ちゃん?』
似合わないズボンとネクタイをつけて鏡の自分を見て
「はっ」
と、息なのかため息なのか曖昧な一言と同時に後ろで珍しいものを瞳をキラキラと輝かせる妹の手をちょっと力強く掴む兄。
普通なら
「かっこいい」
「似合ってる」
「お兄ちゃんらしくていいね」
みたいな微笑ましい光景のはずが、この兄妹は普通ではないのでそれは絶対にあり得ないのもおかしなこと。
『お姉ちゃんには似合わないね、ズボン』
『うん、わたしもそう想う。でも』
これを着ないと学校には行けないから我慢しないと…なんて言ったら、音陽《ねひ》は嫌がりそうだからやめておこう。
中学校からは制服が用意される。
決められた物を着て決められた決まりを守って大人になるために色々なことを身につける。
けれど。
『音陽《ねひ》、髪型、同じにしない?』
長さが全く同じで見分けもつけられない双子だからこそ、音羽《おとは》はずっと髪型について悩んでいた。
『お団子にすれば、先生からはなにも言われないと思うの』
普通なら髪を短くするべきことを音羽《おとは》はそれを変えたくて先生にはなるべく気づかれない髪型はなにか考えた結果。
『わたし、絶対に髪を切りたくないから。わたしたちの髪は真っ白だから、後ろでお団子に結べばそんなに早くは気づかない。気づいたとしても、わたしたちがどっちかなんて他人に分かるはずがない。ね、いいでしょ?』
震える体。
だけど、その意思は宝石よりも強く真っ直ぐ崩れることのない真剣な眼差し。
普段の音羽《おとは》はニコっと常に笑顔を崩さず本音を言わない。
だが、この時の音羽《おとは》は本音で普段は絶対に見せない眼差しを見せたことで、音陽《ねひ》への信頼を問いかけていた。
だから。
『うん、お姉ちゃんがそうしたいなら私はなんでもするよ。だって、私たちは二人で一人になれるんだから』
双子に生まれたことを最初から幸せだと感じていた音羽《おとは》と音陽《ねひ》。
その眼差しに答えるように、妹は兄の頬に優しく自分の頬と擦り合わせて両手を握った。
そして今に至る。
髪型をきっちり後ろでお団子に結び、似合わない制服を着て学校に通い続けて一ヶ月。
最初は今までと同じように兄を
「お姉ちゃん」
と言っていた音陽《ねひ》だが、急にそれを変えて
「兄」に言い換えて口調も性格も表向きでは全て変え、音羽《おとは》もそれに答えるように自分のことを
「おれ」
と言い直してちょっと弱気な性格で表向きに相応しくした。
毎日の繰り返しで学校から出た瞬間、二人は元に戻って手をつなぐ。
「はあ、今日も疲れた」
「そうだね。おれたち、もう偽ることに気を取られすぎて家でのわたしたちが壊れかけて怖い」
「うーん、でも、先生たちはなにも言ってこないからいいかも」
そう、先生だけではない、生徒も二人が同じ髪型なのに全く気づかず、普通に声をかけられたらそのままなにもないように自然な笑顔で答える。
女の子の音陽《ねひ》はお団子にしても問題はないが、男の子の音羽《おとは》がお団子にすることは注意されるのが当然となることが多い。
けれど、気づいていないのなら、なんでもいいかもしれない。
今はまだ…。
「ただいまー」
「ただいま」
家に着いてようやく二人はそれぞれ好きなワンピースを着て気分が上がる。
「ふふっ、やっぱり私たちはこういう服が似合うね。お姉ちゃん!」
「うん。家の中なら誰もなにも言わないから安心する」
薄紫色の瞳と黄色の瞳が見つめ合い、お互いの両手を握り合い。
毎日の決まりである一言。
「君《あなた》がいてくれるから、私《わたし》は幸せだよ」
同じ目線で天使のような陽だまりの中で暖かく包まれるような安心させる微笑みが二人の仲を良く保つ。
「ご飯できたわよ」
リビングから母親の声が聞こえて手をそっとゆっくり離して満面の笑みと共に部屋から出て父親も合わせて夜ご飯を食べてお風呂に入って寝る準備を整えて向かい合わせのベッドに横になる。
「お姉ちゃん、おやすみ〜」
「おやすみ、音陽《ねひ》」
目を閉じたらなにかの夢を見ているはずが、音羽《おとは》がたどり着いた先には真っ黒な暗闇の中で眠る少女がいた。
「えっ?」
ここ、どこ?
夢じゃないの?
試しに体が動くか腕をバサバサと上げたり下げたり、高くジャンブができたことでこれは夢ではないと気づいた音羽《おとは》。
すると、真っ暗な地面で眠っていた少女が目を覚ました。
「んっ…誰かいる?」
足まで長くボサボサに絡まった黄色の髪に真っ黒な長袖のワンピース。
目が覚めた少女は両手を上げて背伸びをする。
顔が気になった音羽《おとは》はゆっくり深呼吸をしながら一歩ずつ前を歩いて少ししゃがんで下から顔を覗こうとしたら。
「わたしの顔は見ない方がいい」
風邪を引いたようなかすれた声で止められた音羽《おとは》は一瞬驚いて後ろに下がろうとしたが。
「大丈夫。わたしはあなたから離れたりしない」
まさか優しい言葉で返されるとは思わなかった少女は一瞬の沈黙の後にこう言った。
「へぇ、あなたみたいな人、久しぶりに見た」
少女の顔は誰にも見られないように前髪で隠されている。
その理由は誰も知らない。
知ったら後悔する。
だから、少女はそれを守り抜いて。
「ここに来たのはあなたが初めて。もしかして、あなたがわたしを助けてくれる?」
微かな希望を求めて求めて何度もそう思い続けて何十年と歳を取っても見た目は幼いまま。
だからこそ。
「あなただけ。あなたがわたしを取り戻してくれる。そうでしょ?」
「えっ」
わたしがこの子を取り戻す…なんて、そんな大事なこと、わたしにできる気がしない。
でも、顔は見えなくても、この子の瞳に映るのはわたしだけ。
だったら、迷わない。
「うん、わたしがあなたを取り戻す」
願いも希望も。
どんな意味が込められているかは相手次第。
相手が自分に求めるのなら、その期待に応えて全てを叶える。
それができるならの話だが…音羽《おとは》にできるだろうか?
かすれた声に怯えて離れたり置いて行ったりする人は少なくない。
ただ声が出ないだけで、元に戻れば安心する。
この少女が持つ本当の強さや美しさが世界の全てを魅了することをまだ誰も忘れている。
それでも。
少女は音羽《おとは》の芯の強い真っ直ぐで穏やかな可愛らしい笑顔を見て、ちょっとずつ右手を伸ばして音羽《おとは》の右手を握って握手を交わした。
「信じてる。あなたの全てをわたしに渡して」
前髪で顔が隠れても、ほんの少しだけ口角が上がってそれが笑顔に見えた気がした音羽《おとは》。
「ふふっ、わたしはあなたを離さない。絶対に」
こんなに可愛い人がわたしたちの他にいるなんて知らなかった。
音陽《ねひ》もここに来れたら三人でお茶とお菓子を食べながら恋の話とかできたりして…ふふっ、楽しそう。
音羽《おとは》は舞台に立ったあの時から、ネクタイやズボンのかっこいい物よりも、ひらひらやふわふわな可愛い物を選ぶことで本当の自分を取り戻せたと思っている。
誰もが感じる本当の自分になりたい。
一体それはどういう物なのか?
人によって、姿も中身もバラバラ。
一緒の生き物なんて存在しないのもまた事実。
この少女は一体なんのためにここにいるのか?
なぜ声が失いかけているのか?
「はあっ」
やっと来てくれたわたしを叶えてくれる人。
もう一度だけでいいから、ステージに立ちたい。
そして、取り戻したい。
だから!
何度も願った、希望を抱いた数え切れない日々。
ようやくそれが叶う瞬間を確信した少女は握手を交わした右手を離して次に左手で音羽《おとは》の頬を撫でる。
「わたしは天声《あまごえ》。歌姫を作るひと」
この少女の名は天声《あまごえ》。
彼女は歌姫を作り良い道を与える世界にたった一人の大切な存在。
彼女に選ばれた歌姫は自分の全てを懸けてステージに立ち、祈りを捧げる大切な役目を果たす存在。
「天声《あまごえ》…初めて聞く名前」
お姉ちゃんは男なのに自分のことを「わたし」って言う。
わたしは嬉しい。
妹がわたしのことを「お姉ちゃん」って言ってくれる。
きっと私(わたし)たちは生まれた時から普通じゃない。
普通じゃないからこそ、君(あなた)が愛おしい。
ずっと一緒にいさせて。
ずっと離れないで。
私は君が笑ってくれるだけで幸せ。
わたしはあなたの笑顔を見るのが怖い。
でも、なんでもいいから壊さないで。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「ふふっ、なんでもない!」
これは普通じゃない双子の絆と愛の物語。
小学校の頃。
入学式に体育祭に音楽会に修学旅行に卒業式。
一から六まで繰り返されてきた懐かしい思い出を感じる楽しい日々。
双子の兄妹はその全てを一緒に過ごした。
一年から六年までずっと同じクラスで席が前と後ろの仲良しの二人。
ただの偶然か、面倒だったのか?
「やったー! またお姉ちゃんと同じクラスだね!」
新学期に入る度に妹は兄と一緒であることに心から両手を大きく肩が痛くなるのを気にせず上げる妹。
「ふふ、今年もよろしくね」
毎日トイレ以外は一緒にいるのにまるで親友のように絆を深める兄妹。
兄と妹。
どこにでもいる普通の関係なのに、どこか違う不思議な立場。
甘える妹に叶えられることはなんでも聞き入れる優しい兄。
心瀬《こころせ》家に生まれた双子。
兄の音羽《おとは》と妹の音陽《ねひ》。
真っ白な髪に音羽《おとは》は薄紫色、音陽《ねひ》は黄色の瞳を持つ。
髪の色が同じだから瞳の色で区別ができるからちょうどいいと両親は少し適当に諦めていた。
この時の音羽《おとは》の髪型は音陽《ねひ》と同じで背中まで長く一瞬見たら普通の女の子と間違えるほどに可愛く仕上がっていた。
その理由は音羽《おとは》が自分で伸ばしたいと両親にお願いして前髪以外を切るのをやめたから。
「わたし、音陽《ねひ》みたいに可愛い人になりたい」
きっかけとなったのは五年の頃にクラスで劇をした時、お姫様役だった音陽《ねひ》が当日熱で倒れてしまって、代わりに選ばれたのが音羽《おとは》だった。
毎日学校以外は部屋に二人でお互いの役をアドバイスや注意しながら練習していたことで、劇は学年一位になるほど好評で数え切れないほどの拍手を送られたその時の音羽《おとは》はこう思った。
「わたしがこんなに人に認められるほど可愛いなんて知らなかった」
それから音羽《おとは》は誰にも見られないようにこっそり音陽《ねひ》が着ているスカートやワンピースを着て可愛い自分が映る鏡を見る時間が好きだった。
でも、音陽《ねひ》に見られたことで全てを失った気がした。
『あっ…これは違うの。ほら、この前の劇でわたしが音陽《ねひ》の代わりに舞台に立ったでしょ? それで、他の服はどうかなって思ったんだけど…ごめんなさい』
全部音陽《ねひ》が大切に着ていたのに、わたしのせいで全部汚した。
本当にわたしは最低だ。
そうだよね。
わたしは男、音陽《ねひ》と同じにはなれない。
生まれ持ったものは変えることも戻すことも簡単ではない。
大切な妹を汚したことで兄は目を閉じて殴られることを覚悟していたら。
『わあ~! すごい、すごいよ!』
なぜか嬉しそうに陽だまりの中で暖かくて可愛くて全てが許されたような幸せな笑顔を魅せられた兄はこう感じた。
「わたしもあなたと同じになっていいんだ!」
まさか褒められてしまうとは思っていなかった音羽《おとは》はこの瞬間から音陽《ねひ》と同じく学校でもスカートやワンピースを着るようになり、クラスのみんなにも褒められることになった。
「やっぱ、音羽《おとは》は可愛い方が似合ってるな」
「うんうん。双子だからじゃない、音羽《おとは》ちゃんだから可愛い服が似合うんだよ」
「お前たちは可愛いのが似合ってる」
最後の年である六年生を卒業した。
中学生になった音羽《おとは》と音陽《ねひ》だが。
「お前、兄になにをした? 私の許可なく勝手に触れるなと何度言えば分かる?」
中央区から北区に引っ越し、同級生とは一人も同じにならずに別の学校に通っている双子。
けれど。
「音陽《ねひ》、おれは大丈夫だよ。ちょっと肩に触れられただけで、傷はついてないから安心して」
「安心なんてできない。兄が良くても私は嫌だ。知ってるでしょ? 私が心配性だって」
「そ、そうだね。ごめんね」
陽だまりのような優しい笑顔が他人を強く恨み睨み全てを拒む寂しい人になった音陽《ねひ》。
「音陽《ねひ》、いつも守ってくれてありがとう。おれ、嬉しいよ」
「兄」
偽りの優しさで大切な人の手をギュっと抱きしめるように握る音羽《おとは》。
口調も性格も全てを変えた双子。
その理由は四月の入学式の前日にあった。
『音陽《ねひ》、ちょっといい?』
『ん? お姉ちゃん?』
似合わないズボンとネクタイをつけて鏡の自分を見て
「はっ」
と、息なのかため息なのか曖昧な一言と同時に後ろで珍しいものを瞳をキラキラと輝かせる妹の手をちょっと力強く掴む兄。
普通なら
「かっこいい」
「似合ってる」
「お兄ちゃんらしくていいね」
みたいな微笑ましい光景のはずが、この兄妹は普通ではないのでそれは絶対にあり得ないのもおかしなこと。
『お姉ちゃんには似合わないね、ズボン』
『うん、わたしもそう想う。でも』
これを着ないと学校には行けないから我慢しないと…なんて言ったら、音陽《ねひ》は嫌がりそうだからやめておこう。
中学校からは制服が用意される。
決められた物を着て決められた決まりを守って大人になるために色々なことを身につける。
けれど。
『音陽《ねひ》、髪型、同じにしない?』
長さが全く同じで見分けもつけられない双子だからこそ、音羽《おとは》はずっと髪型について悩んでいた。
『お団子にすれば、先生からはなにも言われないと思うの』
普通なら髪を短くするべきことを音羽《おとは》はそれを変えたくて先生にはなるべく気づかれない髪型はなにか考えた結果。
『わたし、絶対に髪を切りたくないから。わたしたちの髪は真っ白だから、後ろでお団子に結べばそんなに早くは気づかない。気づいたとしても、わたしたちがどっちかなんて他人に分かるはずがない。ね、いいでしょ?』
震える体。
だけど、その意思は宝石よりも強く真っ直ぐ崩れることのない真剣な眼差し。
普段の音羽《おとは》はニコっと常に笑顔を崩さず本音を言わない。
だが、この時の音羽《おとは》は本音で普段は絶対に見せない眼差しを見せたことで、音陽《ねひ》への信頼を問いかけていた。
だから。
『うん、お姉ちゃんがそうしたいなら私はなんでもするよ。だって、私たちは二人で一人になれるんだから』
双子に生まれたことを最初から幸せだと感じていた音羽《おとは》と音陽《ねひ》。
その眼差しに答えるように、妹は兄の頬に優しく自分の頬と擦り合わせて両手を握った。
そして今に至る。
髪型をきっちり後ろでお団子に結び、似合わない制服を着て学校に通い続けて一ヶ月。
最初は今までと同じように兄を
「お姉ちゃん」
と言っていた音陽《ねひ》だが、急にそれを変えて
「兄」に言い換えて口調も性格も表向きでは全て変え、音羽《おとは》もそれに答えるように自分のことを
「おれ」
と言い直してちょっと弱気な性格で表向きに相応しくした。
毎日の繰り返しで学校から出た瞬間、二人は元に戻って手をつなぐ。
「はあ、今日も疲れた」
「そうだね。おれたち、もう偽ることに気を取られすぎて家でのわたしたちが壊れかけて怖い」
「うーん、でも、先生たちはなにも言ってこないからいいかも」
そう、先生だけではない、生徒も二人が同じ髪型なのに全く気づかず、普通に声をかけられたらそのままなにもないように自然な笑顔で答える。
女の子の音陽《ねひ》はお団子にしても問題はないが、男の子の音羽《おとは》がお団子にすることは注意されるのが当然となることが多い。
けれど、気づいていないのなら、なんでもいいかもしれない。
今はまだ…。
「ただいまー」
「ただいま」
家に着いてようやく二人はそれぞれ好きなワンピースを着て気分が上がる。
「ふふっ、やっぱり私たちはこういう服が似合うね。お姉ちゃん!」
「うん。家の中なら誰もなにも言わないから安心する」
薄紫色の瞳と黄色の瞳が見つめ合い、お互いの両手を握り合い。
毎日の決まりである一言。
「君《あなた》がいてくれるから、私《わたし》は幸せだよ」
同じ目線で天使のような陽だまりの中で暖かく包まれるような安心させる微笑みが二人の仲を良く保つ。
「ご飯できたわよ」
リビングから母親の声が聞こえて手をそっとゆっくり離して満面の笑みと共に部屋から出て父親も合わせて夜ご飯を食べてお風呂に入って寝る準備を整えて向かい合わせのベッドに横になる。
「お姉ちゃん、おやすみ〜」
「おやすみ、音陽《ねひ》」
目を閉じたらなにかの夢を見ているはずが、音羽《おとは》がたどり着いた先には真っ黒な暗闇の中で眠る少女がいた。
「えっ?」
ここ、どこ?
夢じゃないの?
試しに体が動くか腕をバサバサと上げたり下げたり、高くジャンブができたことでこれは夢ではないと気づいた音羽《おとは》。
すると、真っ暗な地面で眠っていた少女が目を覚ました。
「んっ…誰かいる?」
足まで長くボサボサに絡まった黄色の髪に真っ黒な長袖のワンピース。
目が覚めた少女は両手を上げて背伸びをする。
顔が気になった音羽《おとは》はゆっくり深呼吸をしながら一歩ずつ前を歩いて少ししゃがんで下から顔を覗こうとしたら。
「わたしの顔は見ない方がいい」
風邪を引いたようなかすれた声で止められた音羽《おとは》は一瞬驚いて後ろに下がろうとしたが。
「大丈夫。わたしはあなたから離れたりしない」
まさか優しい言葉で返されるとは思わなかった少女は一瞬の沈黙の後にこう言った。
「へぇ、あなたみたいな人、久しぶりに見た」
少女の顔は誰にも見られないように前髪で隠されている。
その理由は誰も知らない。
知ったら後悔する。
だから、少女はそれを守り抜いて。
「ここに来たのはあなたが初めて。もしかして、あなたがわたしを助けてくれる?」
微かな希望を求めて求めて何度もそう思い続けて何十年と歳を取っても見た目は幼いまま。
だからこそ。
「あなただけ。あなたがわたしを取り戻してくれる。そうでしょ?」
「えっ」
わたしがこの子を取り戻す…なんて、そんな大事なこと、わたしにできる気がしない。
でも、顔は見えなくても、この子の瞳に映るのはわたしだけ。
だったら、迷わない。
「うん、わたしがあなたを取り戻す」
願いも希望も。
どんな意味が込められているかは相手次第。
相手が自分に求めるのなら、その期待に応えて全てを叶える。
それができるならの話だが…音羽《おとは》にできるだろうか?
かすれた声に怯えて離れたり置いて行ったりする人は少なくない。
ただ声が出ないだけで、元に戻れば安心する。
この少女が持つ本当の強さや美しさが世界の全てを魅了することをまだ誰も忘れている。
それでも。
少女は音羽《おとは》の芯の強い真っ直ぐで穏やかな可愛らしい笑顔を見て、ちょっとずつ右手を伸ばして音羽《おとは》の右手を握って握手を交わした。
「信じてる。あなたの全てをわたしに渡して」
前髪で顔が隠れても、ほんの少しだけ口角が上がってそれが笑顔に見えた気がした音羽《おとは》。
「ふふっ、わたしはあなたを離さない。絶対に」
こんなに可愛い人がわたしたちの他にいるなんて知らなかった。
音陽《ねひ》もここに来れたら三人でお茶とお菓子を食べながら恋の話とかできたりして…ふふっ、楽しそう。
音羽《おとは》は舞台に立ったあの時から、ネクタイやズボンのかっこいい物よりも、ひらひらやふわふわな可愛い物を選ぶことで本当の自分を取り戻せたと思っている。
誰もが感じる本当の自分になりたい。
一体それはどういう物なのか?
人によって、姿も中身もバラバラ。
一緒の生き物なんて存在しないのもまた事実。
この少女は一体なんのためにここにいるのか?
なぜ声が失いかけているのか?
「はあっ」
やっと来てくれたわたしを叶えてくれる人。
もう一度だけでいいから、ステージに立ちたい。
そして、取り戻したい。
だから!
何度も願った、希望を抱いた数え切れない日々。
ようやくそれが叶う瞬間を確信した少女は握手を交わした右手を離して次に左手で音羽《おとは》の頬を撫でる。
「わたしは天声《あまごえ》。歌姫を作るひと」
この少女の名は天声《あまごえ》。
彼女は歌姫を作り良い道を与える世界にたった一人の大切な存在。
彼女に選ばれた歌姫は自分の全てを懸けてステージに立ち、祈りを捧げる大切な役目を果たす存在。
「天声《あまごえ》…初めて聞く名前」


