今年の運勢『最凶』につき

「九十九。」
「何?」
「今度、一緒に遊園地に行かないか?」
 四時間目が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。教科書を鞄に仕舞い込む九十九。そこへ、俺はあっけらかんとした笑顔を作って九十九の肩を叩いた。
「ほら、俺も九十九もあんまり遊園地に行ったことないって言ってただろ?なら二人で行こうよ。水族館は九十九が誘ってくれたから、そのお返し。」
「行きたい、凄く行きたい。」
 子供みたいに、九十九の笑顔が弾けた。若干食い気味に返事をする九十九を見て、胸が痛む。けれど、俺は気付かない振りをした。
 ああ、この時間がずっと続けば良いのにな。
 
「それじゃあ日程とか決めよう。高三になったら流石に勉強しないとヤバいから、今のうち。」
 そう言ってペンを取り出した俺の所に、突然横から消しゴムが飛んでくる。これは避けられない。そう思った瞬間、眼前を九十九の伸ばした腕が通る。
「……危な。」
「うわっ!一ノ瀬、九十九、ごめん!!」
 直ぐに、クラスメイトの一人が慌ててこちらへ走って来る。両手を顔の前で合わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 なんだか、この不運な光景も慣れたものだ。
「ボール、だね。これじゃあ出塁されちゃうよ。」
「ごめんって!なんか、肩の調子がさあ!?」
 そう言って、九十九はクラスメイトに向けて消しゴムを投げ返す。
「へへ、サンキュー。……そういや一ノ瀬、お前足からネチャネチャ音がするぞ。」
「えっ。」
 まさかと思って、俺は上履きの裏を確認する。案の定、だった。
「ガムだ……。今月だけで五回目だよ。」
「お前本当不運だよなー?良いじゃん個性で!面白えよ!」
 ちっとも俺は面白くない。
 溜息と共に、何故か笑いが込み上げて来る。
「どうした?遂におかしくなったか?」
 さっきから失礼だな。お前が面白いって言ったんだろう。
 特に言い返さずに、俺はクスクスと笑う。
「今月五回もガムがくっ付くって……あはははっ。」
 気が付けば、横で九十九も腹を抱えて笑っている。クラスメイトはきょとんとしてその場から立ち去って行った。

「……で、いつにする?遊園地。」
 そう言えばそうだった。
「出来るだけ先の予定が良いな。」
「ええ?なんで?」
 お前と少しでも長く、一緒にいたいからだよ。

***

 気が付けば、季節は秋へと移ろっていた。街中の落葉樹林が次々に葉を落とし、吹き付ける風に鳥肌が立つ。
「いよいよ、だね。」
 金曜の夜。即ち、二人で遊園地に行く日の前夜。俺は前と同じ様に、千堂さんの家にいた。ローテーブルには前回とは違い、沢山の洋菓子が所狭しと並べられている。千堂さんがそっと片手を差し出して、俺にお菓子を食べる様に促した。応えないわけにも行かないので、俺は箱に詰まったアソート菓子の中から小さなクッキーを選んで手に取る。
「前回はお茶菓子もなくてごめんね。私も、九十九くんを捕まえなきゃいけないし、一ノ瀬くんを絶対に守らなきゃいけないしで……精神的にも参りかけてたんだ。」
 千堂さんの頬には健康的な赤みが差していた。病的なクマは何処にもなくて、鼻歌を歌いながら、機嫌良くお菓子を並べている。
 クッキーを口に放り込む。
 折角の高そうなクッキーも、砂を食べているみたいで味がしない。もしゃもしゃと咀嚼を繰り返し、朧げな瞳で壁の一点を見つめる。千堂さんの鼻歌が止まった。
「……一ノ瀬くん?大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫。」
 乾いた笑いを漏らして、俺の目線は再び壁へと向いた。
「なんだか、痩せたんじゃない?ご飯ちゃんと食べてる?」
「……食べてるよ。」
 食欲がないのは別に変な事じゃない。ある程度の食事はきちんと摂っている。
 ようやく口の中のクッキーが粉々になり、ゴクリと嚥下する。
「九十九は、ちゃんと引き止めるから。」
「夕方までに話を付けてね。ヤバそうなら、直ぐに合図して。」
 俺は返事をしない。できなかった。
 俺が今、どんな表情をしているかは千堂さんの辛そうな表情でわかった。表情筋が震え、ぐしゃりと歪む。
「なんで……。」
 上体が前屈みになり、嗚咽を漏らす。
 夢から覚めても、受け入れたくない事実がそこにある。
「よく……頑張ってるよ、偉いよ、一ノ瀬くん。」

 これが、最善の選択なんだ。

***

「お兄さん!如何ですか?今なら家電製品五%引き!会員登録をしていただければ、更にそこから五%が……。」
「いや、俺高校生なんで……。」
「ああ?」
 家電量販店の前で仕切りに売り込みをしていた男性が、俺に詰め寄ってきていた。何が彼に刺さったのかはわからない。目が合うと直ぐに、男性は獲物を見つけたとばかりに立ち去ろうとする俺を引き止める。そこからは何分もの間、こうして家電製品の宣伝を延々と聞かされているのだった。「まさか」とは思った。案の定、次の瞬間には人が変わった様にドスの効いた声が鼓膜に轟く。
「ガキの癖に、俺に歯向かってんじゃねえよ!!」
 感情の起伏が激しい――悪霊だ。メキメキと音を立てて、男性の両腕が膨れ上がる。法被が弾け飛び、タンクの様に太い両方の腕が俺の首を掴んで締め付け始めた。目が血走り、首を締め付ける力はどんどん強くなっていく。
「う……ぐるし……。」
 片腕だけでも引き剥がそうと両手で腕を掴むが、びくともしない。試しに叩いたり、噛みついたりしてみるが腕の力が緩むことはなかった。
「たず……け……。」
 息が出来なくなる。首の骨が折れそうだ。

 その途端、一筋の光の様な高い声が、俺の名前を呼んだ。
「一くん!!!!」
 ああ、お前はいつもかっこいいな。
 目の前が一瞬真っ白になる。大きな雷鳴の後、首を掴んでいた腕の力が緩み、俺はばたりとその場に倒れ込んだ。目の前がチカチカと点滅し、ぐるりぐるりと回った。辛うじて機能している鼓膜が、九十九の焦りが混じった声を拾い上げる。
「一くん!!息、して!!」
 ひゅっと息が気道に吸い込まれた瞬間、俺は肺の奥から迫り上がって来る様な激しい咳をした。ゲホゲホゲホと四つん這いになった地面に向かって唾液が飛んだ。
「ありが、と。」
「喋んなくて良いから!!」
 九十九が俺の背中を優しく摩ってくれる。触れた背中から優しく熱が伝わって、心まで温かくなった。
「もう、大丈夫。」
 街の人々はまるで反応してはいけないと命令されているかの様に、悪霊に襲われている俺には振り返りもしない。九十九の手を借りて立ち上がり、男性の悪霊が消えた場所、煙が立ち上るその場所へ俺は歩み寄った。
 悪霊も、人間なんだ。そう気付いて仕舞うと、心はずしりと重くなる。

「見て。」
 下を向く俺に、九十九は反対の空を指差した。
「観覧車。」
 カラフルな色のゴンドラが、見上げている間にも次々と上に向かって運ばれていく。空は真夏を思い出す様な快晴で、遮るものがない太陽は煌々と地面を照らしていた。
 耳を澄ませば軽快なミュージックが微かに俺の耳にも飛び込んでくる。
「絶対、乗ろうね。」
「うん。」
 入り口は俺達の待ち合わせをしていた場所からすぐ近くにあった。観覧車の足元では小さな子供たちやカップルが行儀良く順番待ちをしているのが見えている。
 チケットを購入してゲートを通った。その先では、九十九がパンフレットを片手に俺を待っていた。
「一くん!こっち!」
 九十九のはしゃぎ具合は過去一番と言って良い。まるで父親を待つ息子の様に片手を大きく振って、人混みから自分の場所をこちらに示している。周りの人々がチラチラと九十九に視線を送っている。
 はしゃぎ過ぎだし、目立ち過ぎだ。ただでさえ目に留まる容姿をしているというのに。
「そんな手振らなくてもわかるって!はしゃぎ過ぎだろ!」
「え〜?一くんが誘ってくれたのに。」
 口を尖らせて俺の肩に体重を預けて来るのを俺は両手で跳ね除ける。
「ほら、早く行かないと直ぐに時間来るぞ。最初は何に乗りたい?」
「ジェットコースター行こう。最初にぶっ飛ばしたい。」
「うわマジかよ。」
 思わず低く本音が漏れる。
 ジェットコースターには乗った事がない。ただテレビやネットに映るタレントさんが物凄い叫び声を上げているのを見ているうちに、やんわりとした苦手意識が俺にはあった。
 九十九に引きずられながら、俺は尋ねる。
「九十九はジェットコースター乗った事あんの?」
「ん?ないよ。」
「ないのかよ!」
 凄まじい好奇心と行動力だと勝手に感服する。やっぱり九十九は俺とは大違いだ。
「早く行こうって言ったのも一くんでしょ。」
「……わかったよ。」
 俺は素直に九十九についていく。
 チラリと、時計の文字盤が目に入った。時刻は午前十時二十五分。千堂さんが予告していた午後五時半までは随分と時間がある。
 だが確実に、文字盤は歩みを進め、刻一刻と近付いていく。
 騙してごめんな、九十九。
 俺は文字盤から目を背けた。



「いやー、遊んだね。」
「本当にな……。」
 今日はいくら遊んだとしても満ち足りる事はない。そう信じて疑わなかったのに、俺の体はぐったりと木製のベンチにもたれかかる。もっと遊びたい。心は元気でも体は言う事を聞いてはくれなかった。ぐるぐると回るアトラクションばかりで、時折胃から迫り上がって来るものがある。
 加えて、不運は遊んでいる最中にも容赦なく襲いかかって来た。現に俺のズボンは子供にかけられたコーラでベタベタとしたシミが出来ている。アトラクションの整理券は俺の目の前で売り切れるし、ジェットコースターの安全バーが外れかかって命の危機を本気で感じた。
「ごめんよ、一くん。」
 複雑そうに九十九が謝罪する。どうしてだ、今日はいつにも増して不運が強い。
「あはは……大丈夫。全然、大丈夫。」
 気丈に振る舞えていると思ったが、九十九の眉間に皺が寄る。きっと俺の顔色は幽霊みたいに青白いだろう。九十九は鞄を漁り、紺色の財布を取り出した。
「水、買って来るね。ちょっとここで待ってて。悪霊が来たら、叫んでくれていいから。」
 そう言うと九十九は俺を置いて近くの自動販売機へと走って行く。両腕をベンチの背に乗せ、酔っ払いの様に空を見上げると、天高く昇っていた太陽はいつしか西の方へと大きく傾いていた。
 今、何時だろう。
 ポケットに入れていたスマートフォンが震える。ロック画面を確認して初めて俺は目を疑った。
 
 四時四十五分。
 約束の時間まで一時間をとっくに切っていた。いつの間にそれ程時間が経っていたのだろう。
 もしかして、と通知を確認すれば、やはり千堂さんからのメッセージが表示されていた。
『どう?上手く引き留められそう?』
 九十九の姿を慌てて確認する。こちらに背を向けている事を確認し、俺は体を起こした。
『うん。』

『逃すとか、絶対やめてね。』
 
 直ぐに既読がついて、送られてきた言葉に俺は胸を突然杭で突かれたようだった。
 絶対に九十九も、俺の事も逃す気はない。強い意志がひしひしと伝わってきて、スマホを持つ手が揺れた。

「……一くん、ベンチにもたれてないで大丈夫?」
 いつのまにか、正面に九十九がペットボトルの水と麦茶を持って立っていた。
「わっ。」
 千堂さんとのメッセージが覗き込まれたかもしれないと思って、スマホを伏せてポケットに入れる。目線だけを九十九に合わせ、手探りで鞄の中から財布を取り出した。
「ありがとう、飲み物。お金払うよ。」
「良いよこれくらい。……どっちが良い?」
「いいの?……お茶の方が飲みやすいかも。」
 そう言って九十九の右手にある麦茶を受け取る。受け取る間際、九十九が俺の目を見てにんまりと意地悪く笑った。
「何?エロいものでも見てたの?」
「見てねえよ!!」
 やっぱり、直ぐにスマホを伏せたのは不自然だっただろうか。突然の指摘に心臓が早鐘を打った。
「……飲み物飲んだらさ、そろそろ帰ろうか。一くんの体調もそんなに良くないでしょ?」
 麦茶を口に運ぼうとしていた手がぴたりと止まる。
 それは、本当に俺の体調を気遣って言っているのか。それとも――

「……まだ、遊べるよ。閉園まで時間あるじゃん。」
「六時が閉園だっけ。でも、もう直ぐ日が沈むよ。あんまり遅くなると怒られるって一くん言ってたよね?」
 じんわりと掌に汗が滲む。遊園地の入り口のゲートには人は殆ど居らず、「お帰り口はこちら」と書かれたゲートには親子連れが詰め寄って混雑していた。このまま帰ってしまったら、引き止めるのに失敗したと言えば許されるだろうか?幸せな考えに頭が支配されそうになる。

――話し合う事ができないなら友情じゃない。

 そうだ、俺達はまだ話し合える。九十九が全てを話してくれたら、俺は九十九を、友達を逃したって良い。

――どうして九十九くんの執着が愛情だって思えるの?

 感情は証明できない。もし俺が、千堂さんと企んでいる事を全て話したら、九十九はどんな反応をするのだろう。
 俺と千堂さんに――危害を加えるのかな?
「一くん?」
「か、観覧車!!」
 今度は、俺が頭上を指差す番だった。
「絶対乗るって言ってただろ、なんでお前が約束忘れてるんだよ。今なら、夕陽が見えて綺麗なんじゃない?」
 幸い、観覧車はそれほど混雑はしていない様だった。ただ、明らかにカップルと思わしき二人組が次々とゴンドラで運ばれて行く。
「そう、だね。観覧車は乗らなきゃ。」
 九十九は観覧車を見上げて呟いた。

 観覧車には一度だけ乗った事がある。
 遊園地に行った記憶自体はそんなに覚えていないけど、観覧車に乗った時の感情は今でも鮮明に心に焼き付いていた。
 小学三年生の春。塾の昇給テストに合格できず、俺は大号泣した。初めて感じた「失敗」が俺には全てを否定されたみたいに辛くて、両親が迎えに来るまで俺は大きな声で泣き喚いていたらしい。
 そこからの記憶は朧げで、気付けば俺は観覧車に乗っていた。
 あいつにも、あいつにもテストの点数は負けてしまったけど、俺は今誰よりも高い場所にいる。
 毎日勉強するのも親に怒られるのももう嫌だ。けれど、地面がぐんぐんと遠のいて行くにつれ、俺は地上の嫌な事全てから逃げ出せた様な気持ちになれた。
 誰もここまで追いかけては来れない。このまま天まで逃げられれば良いのに。

 気が付けば俺の心は晴々としていて、楽しい思い出だけが心に残っていた。

「行ってらっしゃいませー!」
 グラグラと揺れて足場の悪いゴンドラの中へ、俺達は二人で乗り込む。ゴンドラは止まってくれず、目の前に来たところを係員さんが捕まえて俺達を中に放り込んでくれる。
 明るい見送りの声と同時に、がちゃんと勢いよく扉が閉じられた。
「うわっ、結構揺れるね。」
九十九が座った反対側に、俺は手すりを掴みながら腰掛けた。少し動いただけでもゴンドラはガタガタと揺れて、高校生の今は少し怖い。バクバクと別の意味で跳ねる心臓を誤魔化す様に俺は言葉を発し続ける。
「凄いな、天辺だったら街のどの辺りまで見えるんだろう。なあ、九十九。」
「そうだね。」
 九十九は俺と同じ様に窓際へ体を傾け、遠のいて行く遊園地の敷地を眺めていた。
「九十九は?観覧車に乗るのは?」
「ないと思う。あったとしても覚えてないや。」
「そっか〜。」
 
 会話が途切れる。普段ならどうって事ない沈黙も俺には耐え難い。口元をもぞもぞと動かして言葉を探す。
 早く、早く。観覧車が回り切るよりも先に話をしなければならない。
 怖い。九十九から直接話を聞くのが、堪らなく怖い。

「九十九ってさ。」
「うん。」
「祓い屋いつも大変だよな。」
「うん。」
 イエス、というよりは相槌に近い反応。チラリと横目で九十九を見る。

 九十九は、俺を見ていた。

「……九十九?」
「……僕ね。」
 九十九が口を開く。




「祓い屋じゃないんだよ――知ってた?」

 息が止まる。
 頭の先から指の先までが痺れた様に動かない。
 脳が警鐘を鳴らしていた。ゴンドラは俺が呆気に取られている間にも高さを上げている。

「知ってた、よね。……知ってる。」
「九十九、俺。」
「いつか……僕から話そうと思ってたんだけどな。」
「九十九!!」

 やっぱり、九十九は全部気が付いていたんだ。
 悲鳴がゴンドラの中を切り裂く。感情が滝の様に押し寄せ、口からは謝罪の言葉がとめどなく溢れてくる。
「ごめん、ごめん!全部俺が悪いんだ!!俺が九十九を疑ったから、九十九が……全部の元凶なんじゃないかって、俺がこんな目に遭うのは九十九が仕組んだ事なんじゃないかって!!そのせいで知らなくて良いことまで知ってしまって、勝手に悩んで……!!全部全部、俺が悪いんだ!!」
「……千堂さんが君を唆したことは知ってるよ。庇わなくて良い。」
「千堂さんは関係ない!!!!」
 九十九の言葉に被せる様に俺は否定した。千堂さんのやつれた顔、思い出すだけで胸が痛む。彼女は自分の仕事を精一杯にしているだけだった。小さい妹のお世話までして、祓い屋の稼業を全うしている。本来、強い悪霊と対峙するなんて怖くて仕方がないだろう。ましてや女の子だ。男の俺でも足がすくむ様な相手に立ち向かおうとする千堂さんは誰よりも強い。
「俺が千堂さんにお願いしたんだ。九十九の事を教えて欲しいって!!俺が裏切ったんだよ!!九十九の事を裏切ったんだ。友達なんて体の良いこと言って、腹の中ではお前が怖くて仕方がなかった。なあ、九十九……。」
 九十九は、今までにない程落ち着いていた。真っ直ぐに俺に向き直り、俺の瞳を見つめている。

「お前は……俺を殺しに来た悪霊なのか?」
「あの日、水族館で言ってくれた事は嘘なのか?そうじゃないよな?信じさせてくれよ……。」

 俺は俯いて、そっと右手を前に突き出した。

「もし全て嘘なら――俺を今ここで殺してくれ。俺はお前を騙した。お前と関わって、人生が変わった、変わってしまったんだ。……夢みたいだった。気の合う友達が出来て、毎日楽しい事ばかりで、今までの俺とは違う人生を選ぶ事ができた。例えそれが全て嘘だったとしても……生きられて楽しかった。ありがとう、九十九。」

「人生、楽しかった?」
 優しく、九十九が尋ねてくる。涙に濡れた頬をくいっと上げて俺は笑う。

「楽しかった!!」
 とても、とっても。
 そう言うと、九十九はとても――辛そうに微笑んだ。俺の笑顔が、消える。

 なんで

 なんでお前がそんな顔するんだよ。

 九十九が、俺の右腕を掴む。一瞬の動きに俺は言葉が詰まった。

「僕ね……一くんの事大好きだよ。」 
 九十九がそっと目を伏せる。
「大好きだから、なんでもしようと思ってた。千堂さんに唆されて僕を捕まえようとしてたけど、一くんと一緒にいる為なら、僕は祓い屋全員の首だって取ってこれる。」
「それだけはダメだ、九十九。」
「そういうところ。」
 
 俺はハッと、目を見張った。
 
 九十九が、泣いていた。
 宝石みたいに輝く両目に今にも溢れそうな涙が溜まっていた。ゴンドラは観覧車の一番高いところまで到達する。山の淵に沈みかけていた夕陽が真横から俺達の頬と鼻筋と、瞳を照らし出していた。

「そういう、どうやったってお人好しなところが、ずっと、ずっとずっと――昔から。」
 突然、脳裏に謎の記憶が閃光のように走った。

 目の前で倒れ伏す一人の少年。
 まるで見えていないかの様に立ち去る制服の少年少女。
 俺は、いつ、どこで、この光景を見たんだ?

 涙で九十九の声が掠れた。
「沢山嘘吐いてごめん。辛い思いさせてごめん。何も言えなくてごめん。僕は悪い悪霊だよ。けど……一くんには生きていて欲しい。それだけなんだ。」
 目元に突如、温かいものが被さる。視界が九十九の手で覆われた事にはすぐに気が付いた。
 ――必死に堪える様な嗚咽が聞こえた。




「……さようなら、一くん。」
 
 俺の意識は蝋燭が消えるようにふっと、闇へと溶け込んでいった。