西園生徒会長のお気に入り

 撮影は三十分ほどで終わった。日の沈む間際の空はとても綺麗で、見せてもらった写真は驚くほどにいい仕上がりだった。
「西園会長、写真の才能もあるんじゃないんですか?」
 西園の自宅に戻ってきて制服に着替えたあと、ダイニングに呼ばれてテーブルに腰を落ち着けてデジカメのモニターを見せてもらっていた。
「さすが真穂路、いい目持ってるな」
 西園はキッチンでカップラーメンを二人分つくっている。
「もしかしてキャタンさんの写真も西園会長なんですか?」
「……よくわかったな」
「ただの勘です。猫舌さんと同一人物なことは隠しているみたいですし、カメコに頼むのは危険な気がして」
「それもあるけど、俺がカメラ好きって理由もある。両得ってやつ」
「プラモもつくるしコスもして、カメラまでやるんですか」
「そう。やりたいことばかりで時間が全然足りない」
 西園はチェックしていたカメラをテーブルに置き、カップラーメンの蓋を剥がし始めた。
「できたっぽい。食おうぜ」
 はい、と箸を渡されて礼を言いつつ受け取った。食欲のそそる香りが広がる。春に近づいているとはいえまだ寒さは厳しく、外での撮影は身に堪えていた。あたたかなスープがとても沁みる。二人とも会話はやめて黙々とラーメンをすすり、競争みたいにしてスープまで飲み干した。
「ごちそうさまでした」
「これ、母さんがやたらこだわってるルイボスティー」
「ありがとうございます」
「正直味気ないけどな。ほかになんか飲む? そんでまたエンプラ見ていく?」
「……至れり尽くせりですね」
 ラーメンといい、親切すぎて不気味なくらいだ。
「いつもどおりだって……ちょっと緊張はしてるけど」
 ぎょっとしてルイボスティーを吹きそうになった。緊張だなんて、西園の口から出た言葉とは思えない。
「これから何かがあるんですか?」
「なんもないよ。真穂路といるから緊張してんじゃん」
 西園はぷいと顔を逸らして立ち上がり、キッチンのほうへ向かっていった。逸らす直前に見えた目尻がほんのり赤く染まっているように思えて、僕はふたたびぎょっとした。
 らしくない反応や発言はやめて欲しい。あれじゃ僕みたいじゃないか。普段は平静を保とうと努めているけど、西園を前にするといまだに緊張してしまう。最初に声をかけられたときから変わらず、推しのレイヤーだったと知ったのは拍車がかかっただけのことだ。
 西園はといえば一度だけ妙なそぶりを見せたけれど、僕のコスを見てもいつもよりやや過剰になった程度で、反応自体に変化はなかった。
 なのに、なぜいまあんな反応を見せたんだ?
「……熱いよ」
 考えていたら、西園から湯気のたつカップを差し出された。
「ありがとうございます」
 ホットココアだった。甘ったる過ぎず、少し苦味があって飲みやすい。
「市販のとは違うんだけど」
「美味しいです。こういうほうが好きかも」
 ふうふう息を吹きかけて冷ましつつ、でも温かいうちにと早めに飲み干した。その間おしゃべりな西園は珍しくも黙っていて、不思議に思いカップから顔を上げた。
 すると笑みを浮かべたまま僕をじっと見ていて、ココアで暖まっていた身体がさらに熱くなってしまった。
「……じ、じろじろ見ないでください」
「なんで?」
「バカにされてるみたいで、嫌です」
「それいつもそう言うけど、バカにしたことなんて一度もないって」
「にやにやしたり、大笑いするのはバカにしてないって言うんですか?」
「嬉しいと笑っちゃうんだよ。萌え死にそうになるのを爆笑して発散するっていうか」
 西園は僕の前だと笑みを絶やさない。いつも嬉しそうで、僕の一挙手一投足を目に焼き付けようとするみたいに眺め回してくる。
 僕はあの笑みが怖かった。すべてを見透かされてしまいそうで、心を丸裸にされたみたいに感じて不安をかきたてられるのだ。
 西園はいつも飄々としている。よく言えばおおらかで、何ごとにも動じない態度は不遜さよりも頼りがいを感じる。積極的に面倒事を引き受けるし、人を助けるときはさりげなくするだけで目立とうとしない。細かいところにまで気を配り、他人にはいつも親切だ。
 他人の考えや望みを先読みしなきゃできない芸当だろう。
 それくらい西園は、人をよく見ている。
 だから僕は苦手だった。あの目に僕の本音や望みを見透かされるのが恐ろしく、どうにか逃れる手はないものかと考えて落ち着かなくなってくる。
「……帰ります」
「は? エンプラ見てかないの?」
「見るとまた遅くなっちゃいますし」
「じゃ、時間を決めよう。一時間だけ。まだ真穂路に見せてないエンプラがあってさ。姉貴の部屋にあったやつ、見せたくて返してもらってたんだ」
 どうしようと迷いつつ、僕は結局流されてしまった。
 どんな場合にも僕は西園に抗えたことはない。強引なのもあるけれど、僕の気がそそる誘い方を心得ているみたいに誘導させられてしまうのだ。
 どれほど見透かされたくないといっても、西園の前での僕は丸裸も同然なのだろう。僕自身が自覚したくないことまでもお見通しなのかもしれない。
「……がちで?」
 しばらくした頃、時間をチェックすると言った西園がスマホを見て素っ頓狂な声をあげた。
「……なにかあったんですか?」
 とんでもないことが起きたみたいな顔で、どうしたのかと心配になる。
「悪気はなかったんだと思う。フォロワーに突っ込まれるまで気づかなくて……二時間くらいかな」
 西園に対する心配が、嫌な予感へと変わっていく。
「なんの話ですか?」
 まさかと青ざめた僕の問いに、西園はひどく申し訳なさそうな顔で答えた。
「先に謝っておく。……ほんとにごめん」
 西園のこんな顔は見たことがない。しかしそう反応するのも納得というくらい、最低最悪な展開だった。