西園生徒会長のお気に入り

「離してください」
「無理」
「なんで……僕はマホロじゃないって言ってるじゃないですか」
「わかってるよ。マホロじゃなくて、真穂路が可愛いんだって」
「なにいっ……ふぐっ」
 ツッコミを入れようとしたのに、強く抱きしめられて西園の胸に顔がうずまってしまう。
「これでも一応は我慢してたんだからな。パニックだったってのもあるけど」
 僕は背の低いほうじゃないっていうのに、西園の背が高すぎるせいだ。足も長いしイケメンで、力もそこそこあるなんて世の中不公平という他ない。
「パニックって、なんでですか?」
 西園の胸を押し返して、ようやく息を継ぐことができた。パニックというなら僕のほうだ。いきなり顔面を押し付けられたのだから。
「ただでさえ可愛いって思ってたのにエンオタだって知ったら、なるだろ」
 いつもと違っていたのは、西園なりに動揺していたからのようだ。
「だからおとなしかったんですか?」
「おとなしかった? 緊張してたからかな」
「でも急に戻りましたよね」
「それは真穂路が可愛さが振り切れたせい」
「は?」
「俺さ、役員選挙で真穂路の名前を見て気になって、でも近づくなオーラがひどいから生徒会に入るしかないって、だから立候補したんだけど……真穂路めちゃくちゃ面白いし、しかもエンオタだったとか反則すぎない? 極めつけは見たことない顔見せてきて……あー、がちで無理。ほんと可愛い」
 額に西園の頬がすりすりとあたって、ぞっとすべきところなのに、僕の身体はなぜかぼっと火がついたみたいに熱くなった。やめてくれよ。まるで嬉しく感じてるみたいじゃないか。
「可愛いとか、思い込もうとしてるだけですよ。名前が同じだからって単に代替としてるだけでしょう?」
「違うって。マホロはアニメじゃん……てか真穂路、髪さらさらだね。なんかいい匂いする」
 くんくんと髪に鼻をうずめられて、羞恥のメーターが振り切れた。
「やめてください! もう……帰ります!」
 勢いよく西園の胸を押し返して睨みつけると、西園は美貌が台無しなほどの間抜け面を見せた。
「かわい……」
 なんだその顔。こんな蕩けた顔で僕を羽交い締めにしていたのか?
「ふざけるのはやめてください!」
 すぐにでも離れないと、けたたましく跳ね回っている心臓が壊れてしまいそうだ。
「待てって、写真撮らせて?」
 どこまでバカなことをほざくのか。可愛いなんて男が言われて嬉しい言葉じゃないし、なにより事実でもない。
 無理なのはこっちだと、全速を出す勢いで走り出すと、諦めてくれたのか西園は追ってこなかった。
 階段を早足で下りて駅へ向かう。電車に乗り込んでも身体の熱は冷めやらず、いつの間に帰宅してベッドへ潜り込んだのか記憶に残っていなかった。

 ◇◇◇

 あくる日の昼休み、僕は高原さんから呼び出されて生徒会室に来ていた。
「西園会長と付き合い始めたの?」
 笹森くんと片平さんもいて西園の姿だけ見当たらず、何ごとかと思ったら僕に詰め寄るつもりだったらしい。
「付き合うってどういうことですか?」
「不純同性交遊をしているのかってこと」
「は? ……してるわけないじゃないですか」
「嘘つかないで」
 高原さんの隣に片平さんがいて、少し怒っているみたいに口を尖らせている。
「ついてないですよ」
「じゃあ、あれはなんなわけ?」
 高原さんの言うあれとは、今朝からの異様な西園の態度を指しているのだろうか。
「……以前どおりですよ」
「しらばっくれるつもり? わたしはリアコなわけじゃないけど、がちで狙ってる子は結構いるんだよ? 休み時間ごとに藤川のクラスに来てべたべたくっついて、不純な交遊じゃないってほうがおかしいじゃん」
 そうそう、と笹森くんも頷いている。
「うちのクラスの女子たちも本気で凹んでるやつが何人もいた。今までのは『お気に入り』の範囲で許せていたけど、もうそんな域じゃないって泣いてるやつまでいたし」
「大げさですって。お気に入りってのは……呼称のセンスはどうかと思いますけど、否定はこの際しません。ですが──」
「言い訳はやめて! 隠すつもりだったんなら二人でちゃんと話し合ってからにしてよ!」
 片平さんは涙混じりの声で叫びながら両手で顔を覆ってしまった。もしかして泣いてる?
「話し合うと言われましても、隠していることなんて……」
 ない、と言おうとしたけど、実際はある。西園の変貌した理由はエンオタ仲間であるとわかったからだ。知っている僕は仕方がないか程度で受け止められたけど、知らないほうからすれば、誤解するのも無理はない、というかするに決まってる。
 どうしよう。西園の相手をするのに精いっぱいで、周りからどう見られているのか無沈着になっていた。
 ちらりと三人の様子を窺うと、途中で言葉を詰まらせたせいか、揃って僕のことをじっと凝視していた。
 言いなさいよ、本当のことを。まるでそう詰め寄るかのような目つきに、僕の背筋はひゅっとなる。
 エンオタであることは隠しとおすのは絶対だ。にしても、何か言わなければ。
「あの……西園会長にはお聞きしたのですか?」
「いつ聞けるっていうの? 藤川んとこに通ってるんだから話しかける暇ないじゃん」
 だから僕を呼び出したらしい。西園は現在教務室にて生徒会の顧問である森川教諭に報告しに行っている。ようやくひとりになれたタイミングだった。
「ですが、僕としては事実を答えています」
「じゃあ、膝の上に抱っこされてたのは?」
「あれは転びそうになったのを助けてもらっただけで」
「廊下で手を繋いでいたのは?」
「あんなの一瞬ですよ! 靴が脱げかけたので少しバランスを取ってもらったってだけで」
「音楽室でキスしてたって噂もあったけど?」
「してませんよ! なんか僕の髪とかうなじあたりの匂いが好きとか言って、油断すると距離を詰めてくるんです」
 精いっぱい説明したのだけど、三人は疑わしげな目つきをますます鋭くしただけだった。
「真っ黒じゃん」
「黒に近いグレーとかのレベルじゃない」
「完全な黒」
 いやいやいや。
「体格差を考えてくださいよ! 僕が西園会長に敵うわけないじゃないですか。全部無理やりされたことで、僕は迷惑してるんですって」
「がちで言ってんの? てか、西園会長にあれだけの好意を向けられて拒否できるやついる?」
「ですから、あれは好意というのではなく──」
「好意じゃないってんなら、愛って言いたいの?」
 あーもー、わかってもらえない。いったいどうすりゃいいんだ? 事実を伝えてるっていうのに反論され、肯定しなきゃ終わらなそうな空気になっている。
 でも嘘はつきたくない。しかもバカバカしいことこの上ない大嘘だ。かといって誤魔化すのも限界みたいだし、どうすりゃいいのか。
 追い詰められた俺は、残された道を頭に浮かべ、いやいやと頭を振りながらも考えた。
 勝手にバラすのは倫理的にもよくない。なにより僕自身が隠し通してきたことだ。揶揄されないため、優等生の殻をかぶって必死に勉強して、他人との距離をつくってきた。
 本当は寂しかったけど、好きなものを丸ごと否定されることに耐えられなかった。バカにされた目と声が忘れられず、傷つくなら最初から近づかなければいいと思って孤独を取った。
 だけど、西園と付き合ってるなんてあり得ない誤解をされるよりは、バカにされたほうがましなのではないか。
 居た堪れなさでいえば比べるまでもない。西園に対する面目も、西園のせいなのだから、誤解を解くためならやむなしといっていい。
 だから、僕さえ覚悟を決めてしまえば、バラしたって構いやしない……はずだ。
「……実はですね」
「やっと話す気になった?」
「僕と西園会長は……」
 言いかけたとき、生徒会室のドアが開いた。
「こんなところにいた……」
 全員が一斉にドアを見て、僕は背中に嫌な汗をかいた。
「あれ? 緊急会議?」
 見渡して訝しげな顔をしたのは西園だった。
「違うよ。ただ喋ってただけ。役員なんだし使ってもいいんでしょ?」
 高原さんが言い、西園はますますの驚きを表すように目を見開いた。
「いいけど、真穂路が休み時間に教室か図書館以外の場所にいるの初めてじゃないか?」
「……そんなことないですよ」
「前はわからないけど、ここ半年は間違いなく言い切れる……つーか、なんの話? 真穂路を呼び出したってことは、もしかして手品見せて欲しいとか? だったら俺も見たい。今度持ってこいよ。練習したんだろ? せっかくだし、恥ずかしいんなら俺らにだけでもさ」
 西園は登場しただけでも十分空気を変えたのに、がんがん風を巻き起こし、数分で普段どおりのなんともない状況にしてしまった。
「遊びにいきたいけど──」
「それはダメです!」
 元から自宅へ呼びたくなかったけど、西園の家を見たらますます無理になった。あんな綺麗な家に住む住人を汚部屋へ招待できるはずがない。
「じゃあ、持ってきてよ。新歓でやりたいって言ってたからには運べるサイズなんだろ?」
「逆に運べないサイズだったらヤバくないですか? 本格的すぎますよ」
「がちか。ちょっと期待したんだけど。あの輪切りになるやつとか、水のなかで鍵を開けるやつとか」
「そんな大掛かりなの無理ですって……」
 はっと気づくと、二人だけで喋っていた。高原さんたち三人は僕ら見ていただけで、一様に含みのある目つきをしている。誤解を確信に強めているように感じられ、僕のこめかみからは、つーっと冷たい汗が流れた。
「あの、僕……係りの仕事があるんで」
 逃げよう。不自然に思われないよう精いっぱいの演技をしながら立ち上がり、僕はそそくさとドアへ向かった。
「おつかれ~」
 西園は僕を止めもせず、席に座ったまま手をひらひらと振っている。
「……お疲れ様です」
 僕は生徒会室を出て、ぎくしゃくと階段のほうへ向かって歩き出した。
 なんだこの虚しさは。
 西園がついてこなかったから? その何が問題なんだ? ほっとすればいい。虚しさや寂しさなんて感じる必要はない。
 そう自分に言い聞かせながらも一向に落ち着くことができず、僕は無理にでも気分を変えようと図書館のほうへ足を向けた。