ほら、と手渡してくれた西園は意外にも殊勝な顔つきをしていた。
「同じ機種だったとは奇遇だな」
「ありがとうございます。機種もですが、カバーも似てましたね」
いつもみたいにうるさいくらい騒がれると思っていたのに拍子抜けしてしまった。返してもらったらすぐに逃げようと決めていた意気が抜けてしまったじゃないか。
「このユージーン、俺も好き。川俣さんのイラストはどれもいいけど、この三期の時期のは特にいい」
しかもどうやら西園はがちのファンらしい。イラストレーターの名前まで知っていて、持論まであるのだから間違いないように思う。
「……僕もそう思います。最近のも悪くないですが、このときのタッチがすごく好みで」
西園に釣られる形で話に乗ると、西園は困ったみたいな今にも泣きそうにも見える奇妙な表情をした。
「俺も……デジタル作画もいいんだけど手描きの時代も捨てがたい……てか、真穂路がちのエンオタじゃん」
それは僕の台詞だ。
エンオタとは、『エンゲルの旋風』オタクを省略した言葉で、熱狂的なファンは誇りを持ってそう自称している。『エンゲルの旋風』は二十年前に放送されたアニメなのだが、にも関わらずいまだ根強い人気があり、二年に一度くらいのペースでスピンオフめいたアニメがつくられているほどだ。ただ、新規のファンが増えている一方でファンの年齢層は変わらず高く、僕と歳の近い若者は珍しい部類に入る。リアルで同年代のエンオタに出会ったのは初めてのことだった。
「西園会長はエンプラもやるんですね」
僕も西園にスマホを返した。エンプラとはこれまた『エンゲルの旋風』のプラモデルを略した言葉で、西園のホーム画面の写真は、そのまさにのロボットだった。一見すると晴れた空の写真に見えるのに、よく見るとアウギュスト二型と呼ばれる敵方の戦闘ロボットが飛行しているように端っこに写っていた。見る人が見ればわかるといった感じで、僕はすぐにわかった。
「だよ。アウギュストは最新作」
「てことは、他にもつくってるんですか?」
「あ、見なかった?」
指を素早く動かし、西園はスマホ画面を僕に見せてきた。フォトアプリのサムネイル画面で、ずらりとエンプラの写真が並んでいる。
「すご……ハヤテもあるじゃないですか?」
「当選したんだ。ニアーナもある」
「がちですか? レアすぎる!」
「生きがいだからな。ジオラマもつくってる」
西園の指が画面をスクロールして、一枚の写真が大きく表示された。そこにはアニメの場面さながらにロボットが半壊し、汚れ、オイルを流しながら宇宙空間で戦っている瞬間が写されていた。
「かっけぇ……無印のラストですよね?」
思わず西園の手からスマホを奪い取り、まじまじと見ずにはいられなかった。エンプラは一大ジャンルとなっていて、アニメファンじゃなくてもプラモデルづくりが好きというだけでハマる人もいる。アニメも両方好きな人はこんなふうにジオラマまでつくってシーンを再現するのだけど、まさか西園がそこまでファンだったとは、もはや青天の霹靂レベルだ。
「いいだろ? パルスタインがオウギュストの軍勢を相手にするあのシーンを再現したくてさ」
想像しただけでよだれが出てしまいそう。
「見たい……」
だからと口をついてしまい、西園がぎょっとしたのを見て血の気が引いた。
「なんでもありません。あ、返します。すみません、帰ります」
僕は西園にスマホを押し付けるように返し、軽く頭を下げて階段へと方向転換した。
同年代のエンオタに会えて興奮してしまったが、相手は西園なのだ。いくらエンプラのクオリティが高かろうが、好みが合いそうな予感に話したくてうずうずしようが、相手が西園ではそうもいかない。
だからと駆け足で昇降口へと向かっていたのだが──
「……俺ん家近くだから、ちょっと見ていけば?」
いつの間にやら追いついていた西園は珍しくも遠慮がちな様子で言い、僕はびっくりして思わず足をとめてしまった。
◇◇◇
西園の自宅は四階建てのマンションで、オートロックもある小綺麗な建物だった。
「親はいないから変に遠慮とかしなくていいよ」
中も外観と同様におしゃれな内装で、生活感はあれど掃除したてというくらい片付けられていた。僕の家とはまるで大違いだ。足の踏み場がないとまではいえないまでも埃っぽいとは言えるような状態なので、こんなふうにすぐ人を招くことは絶対にできない。
「おじゃまします……わっ!」
案内された西園の自室に入ると、立ちすくんでしまうくらい圧巻だった。
「すごい……」
一面青空の壁紙で、天井から飛行タイプのエンプラが吊り下がっている。壁にはアルミ製のラックがあり、何十という数のエンプラが綺麗に並べられている。エンオタにとっては夢みたいな部屋だ。
「こっち来て」
クローゼットをごそごそとやっていた西園に手招きされ、僕は近づいた。
「シェルエンドの惨殺……」
「これだけでわかるんだ」
感心の声を耳にしながら僕はわなわなと膝をつき、クローゼットの下部に設えられたジオラマをよく観察しようとかがみこんだ。
「わかりますよ。月が緑に変色してる……ギーガーの呪いじゃないですか」
「ギーガーもある。中一のときのやつだけど、細部までかなりこだわったから今見てもわるくない」
西園は床が埋まるくらいエンプラを広げて、ひとつひとつ僕に説明してくれた。わるくないどころかプロレベルのものばかりだ。
見ながらあれこれとエン旋について語り出したら止まらなくなり、僕らは時を忘れるくらい語りまくった。西園に対して抱いていた苦手意識もどこへやら、同じ趣味を持つ仲間という気持ちで驚くほど楽しい時間を過ごしていた。
どれくらいの時間が経っていたのか、親からの着信が来てようやく気づいたくらいだった。
「すみませんでした」
「夕飯も食べずに話し込んじゃったな。腹減ってない?」
「めちゃくちゃ減ってます」
「食べてく?」
「とんでもない! 帰ります」
「だよな。帰り気をつけて」
西園はエンプラを片付け始め、僕は出してもらった炭酸ジュースを飲み干した。あとはリュックを持って立ち去るだけ……なんだけど、ひとつ聞いておきたいことがあった。
「西園会長、もしかして、僕がエンオタだったってこと勘づいてました?」
「いや、まったく。親はそうだろうと思ってたけど、真穂路もとまでは考えてなかった」
真穂路という名前はなかなか珍しい。
親の世代前後の人たちは、僕の名を知ったらまっさきにエン旋を思いつく。
西園の言うとおり親もエンオタで、屈指の人気キャラであるマホロ・アルジュールから取ったのだと誇らしげに言われたのが、小学校にあがるまえのことだった。
「じゃあ……」
「なに?」
「もしかして西園会長は、マホロオタなんですか?」
やっぱりか。西園はいきなり顔中に赤いペンキをぶちまけられたみたいに赤くなった。
「……やっぱ、わかる?」
「わかりますよ……だから僕につきまとっていたんですね」
この数ヶ月わからずにいた謎の答えは、僕が優等生の殻を被っていたのと同じ理由だったようだ。
「なんだそれ。人聞き悪いこと言うな」
「だって、西園会長が僕に興味を持つ理由は他に考えられません。名前が同じで、ちょっとですが顔も似てるから、だから僕にやたら話しかけてきたりしていたんですよね?」
親が教えてくれたのは、僕が興味本位で由来を聞いたからだった。知ってどんなキャラなのかが気になり、ブルーレイを見せてもらったのが『エン旋』との出会いだ。たちまち夢中になった僕は、好きなアニメと同じ名前であることが嬉しくて、少し面立ちが似ていることも誇らしく感じていた。しかし、小学校にあがってしばらくしたあと一変する事態が起きた。ある授業で、親から名前の由来を聞いて発表するという課題が出た。全員が発表するわけでもないのに、運の悪いことに僕があたったのだ。
『アニメキャラの名前なんだ?』
うわあ、と幼いながらにドン引きされた顔が忘れられない。しかもマホロは主人公のエンゲルベルト・ユージーンの恋人で、いわゆるヒロインポジションにある女性キャラだった。最新のシリーズにもいまだ現役で出演していて、グッズやフィギュアでは一番の人気を博している。
有名なあまり一般人でも名前と顔を知っている、そのアニメのファンだなんて言ったらお笑い草だ。物心のついた僕はそれを食らってしまい、オタクであることを隠しとおす以外に逃げ道がなかったのだ。
クラスメイトと遊ぶよりアニメを見ていたほうが楽しい。ゲームやプラモデルをつくっていたら時間が足りない。他人とは距離を置いて日々『エン旋』の世界に浸る。それが優等生の殻を被って目立たないよう地味に生きてきた理由だった。
「そりゃさ……マホロオタとしてはどんなやつか気になるじゃん」
せっかく楽しく過ごせていたのに、一気に気分が沈んでしまった。
今日の西園は珍しくもバカ笑いしたりせず、変なちょっかいかけてくることもなかった。不気味なほど落ち着いていて、まるで他の生徒たちを前にしているときみたいにおとなしかった。
だから僕も蓄積された不快感を忘れて素直に会話できていた。なのに──
「……僕はマホロじゃありません」
僕に興味を持っていたのは、僕自身を気に入っていたからじゃなかったんだ。どれだけあしらってもめげずに声をかけてくれたのも、何度断ってもしつこく誘ってくれたのも、マホロと重ねていただけだったんだ。
西園のお気に入りなのはマホロであって、僕じゃない。
「真穂路は真穂路だろ……こんなに似てるとは思わなかったけど」
「名前も顔も、僕が好き好んでなったわけじゃありません」
不覚にも泣きそうになり、僕は勢いよく西園の部屋を出た。
「どうしたんだよ」
玄関には僕と西園の靴以外にない。家族が帰宅したような気配もなかったから挨拶はいいだろう。だからとそのまま玄関を飛び出した。
「待てって」
エレベーターじゃ待つことになる。階段を探していたら手間取って、西園に追いつかれてしまった。まったく、嫌味なくらい足の長いやつだ。
「離してください」
しかもなんで腕を掴むんだ? もしかしたら涙が滲んでいるかもしれないっていうのに、覗き込まないで欲しい。
「いや、だってそんなふうに帰られたら……どうした?」
「離せって」
じたばたともがくも、西園はいとも簡単に僕を抑えつけてしまう。
「……がちで無理。なんでそんな可愛いわけ?」
目が合った。バカにされると思った瞬間、僕は西園の腕のなかに抱きしめられていた。
「同じ機種だったとは奇遇だな」
「ありがとうございます。機種もですが、カバーも似てましたね」
いつもみたいにうるさいくらい騒がれると思っていたのに拍子抜けしてしまった。返してもらったらすぐに逃げようと決めていた意気が抜けてしまったじゃないか。
「このユージーン、俺も好き。川俣さんのイラストはどれもいいけど、この三期の時期のは特にいい」
しかもどうやら西園はがちのファンらしい。イラストレーターの名前まで知っていて、持論まであるのだから間違いないように思う。
「……僕もそう思います。最近のも悪くないですが、このときのタッチがすごく好みで」
西園に釣られる形で話に乗ると、西園は困ったみたいな今にも泣きそうにも見える奇妙な表情をした。
「俺も……デジタル作画もいいんだけど手描きの時代も捨てがたい……てか、真穂路がちのエンオタじゃん」
それは僕の台詞だ。
エンオタとは、『エンゲルの旋風』オタクを省略した言葉で、熱狂的なファンは誇りを持ってそう自称している。『エンゲルの旋風』は二十年前に放送されたアニメなのだが、にも関わらずいまだ根強い人気があり、二年に一度くらいのペースでスピンオフめいたアニメがつくられているほどだ。ただ、新規のファンが増えている一方でファンの年齢層は変わらず高く、僕と歳の近い若者は珍しい部類に入る。リアルで同年代のエンオタに出会ったのは初めてのことだった。
「西園会長はエンプラもやるんですね」
僕も西園にスマホを返した。エンプラとはこれまた『エンゲルの旋風』のプラモデルを略した言葉で、西園のホーム画面の写真は、そのまさにのロボットだった。一見すると晴れた空の写真に見えるのに、よく見るとアウギュスト二型と呼ばれる敵方の戦闘ロボットが飛行しているように端っこに写っていた。見る人が見ればわかるといった感じで、僕はすぐにわかった。
「だよ。アウギュストは最新作」
「てことは、他にもつくってるんですか?」
「あ、見なかった?」
指を素早く動かし、西園はスマホ画面を僕に見せてきた。フォトアプリのサムネイル画面で、ずらりとエンプラの写真が並んでいる。
「すご……ハヤテもあるじゃないですか?」
「当選したんだ。ニアーナもある」
「がちですか? レアすぎる!」
「生きがいだからな。ジオラマもつくってる」
西園の指が画面をスクロールして、一枚の写真が大きく表示された。そこにはアニメの場面さながらにロボットが半壊し、汚れ、オイルを流しながら宇宙空間で戦っている瞬間が写されていた。
「かっけぇ……無印のラストですよね?」
思わず西園の手からスマホを奪い取り、まじまじと見ずにはいられなかった。エンプラは一大ジャンルとなっていて、アニメファンじゃなくてもプラモデルづくりが好きというだけでハマる人もいる。アニメも両方好きな人はこんなふうにジオラマまでつくってシーンを再現するのだけど、まさか西園がそこまでファンだったとは、もはや青天の霹靂レベルだ。
「いいだろ? パルスタインがオウギュストの軍勢を相手にするあのシーンを再現したくてさ」
想像しただけでよだれが出てしまいそう。
「見たい……」
だからと口をついてしまい、西園がぎょっとしたのを見て血の気が引いた。
「なんでもありません。あ、返します。すみません、帰ります」
僕は西園にスマホを押し付けるように返し、軽く頭を下げて階段へと方向転換した。
同年代のエンオタに会えて興奮してしまったが、相手は西園なのだ。いくらエンプラのクオリティが高かろうが、好みが合いそうな予感に話したくてうずうずしようが、相手が西園ではそうもいかない。
だからと駆け足で昇降口へと向かっていたのだが──
「……俺ん家近くだから、ちょっと見ていけば?」
いつの間にやら追いついていた西園は珍しくも遠慮がちな様子で言い、僕はびっくりして思わず足をとめてしまった。
◇◇◇
西園の自宅は四階建てのマンションで、オートロックもある小綺麗な建物だった。
「親はいないから変に遠慮とかしなくていいよ」
中も外観と同様におしゃれな内装で、生活感はあれど掃除したてというくらい片付けられていた。僕の家とはまるで大違いだ。足の踏み場がないとまではいえないまでも埃っぽいとは言えるような状態なので、こんなふうにすぐ人を招くことは絶対にできない。
「おじゃまします……わっ!」
案内された西園の自室に入ると、立ちすくんでしまうくらい圧巻だった。
「すごい……」
一面青空の壁紙で、天井から飛行タイプのエンプラが吊り下がっている。壁にはアルミ製のラックがあり、何十という数のエンプラが綺麗に並べられている。エンオタにとっては夢みたいな部屋だ。
「こっち来て」
クローゼットをごそごそとやっていた西園に手招きされ、僕は近づいた。
「シェルエンドの惨殺……」
「これだけでわかるんだ」
感心の声を耳にしながら僕はわなわなと膝をつき、クローゼットの下部に設えられたジオラマをよく観察しようとかがみこんだ。
「わかりますよ。月が緑に変色してる……ギーガーの呪いじゃないですか」
「ギーガーもある。中一のときのやつだけど、細部までかなりこだわったから今見てもわるくない」
西園は床が埋まるくらいエンプラを広げて、ひとつひとつ僕に説明してくれた。わるくないどころかプロレベルのものばかりだ。
見ながらあれこれとエン旋について語り出したら止まらなくなり、僕らは時を忘れるくらい語りまくった。西園に対して抱いていた苦手意識もどこへやら、同じ趣味を持つ仲間という気持ちで驚くほど楽しい時間を過ごしていた。
どれくらいの時間が経っていたのか、親からの着信が来てようやく気づいたくらいだった。
「すみませんでした」
「夕飯も食べずに話し込んじゃったな。腹減ってない?」
「めちゃくちゃ減ってます」
「食べてく?」
「とんでもない! 帰ります」
「だよな。帰り気をつけて」
西園はエンプラを片付け始め、僕は出してもらった炭酸ジュースを飲み干した。あとはリュックを持って立ち去るだけ……なんだけど、ひとつ聞いておきたいことがあった。
「西園会長、もしかして、僕がエンオタだったってこと勘づいてました?」
「いや、まったく。親はそうだろうと思ってたけど、真穂路もとまでは考えてなかった」
真穂路という名前はなかなか珍しい。
親の世代前後の人たちは、僕の名を知ったらまっさきにエン旋を思いつく。
西園の言うとおり親もエンオタで、屈指の人気キャラであるマホロ・アルジュールから取ったのだと誇らしげに言われたのが、小学校にあがるまえのことだった。
「じゃあ……」
「なに?」
「もしかして西園会長は、マホロオタなんですか?」
やっぱりか。西園はいきなり顔中に赤いペンキをぶちまけられたみたいに赤くなった。
「……やっぱ、わかる?」
「わかりますよ……だから僕につきまとっていたんですね」
この数ヶ月わからずにいた謎の答えは、僕が優等生の殻を被っていたのと同じ理由だったようだ。
「なんだそれ。人聞き悪いこと言うな」
「だって、西園会長が僕に興味を持つ理由は他に考えられません。名前が同じで、ちょっとですが顔も似てるから、だから僕にやたら話しかけてきたりしていたんですよね?」
親が教えてくれたのは、僕が興味本位で由来を聞いたからだった。知ってどんなキャラなのかが気になり、ブルーレイを見せてもらったのが『エン旋』との出会いだ。たちまち夢中になった僕は、好きなアニメと同じ名前であることが嬉しくて、少し面立ちが似ていることも誇らしく感じていた。しかし、小学校にあがってしばらくしたあと一変する事態が起きた。ある授業で、親から名前の由来を聞いて発表するという課題が出た。全員が発表するわけでもないのに、運の悪いことに僕があたったのだ。
『アニメキャラの名前なんだ?』
うわあ、と幼いながらにドン引きされた顔が忘れられない。しかもマホロは主人公のエンゲルベルト・ユージーンの恋人で、いわゆるヒロインポジションにある女性キャラだった。最新のシリーズにもいまだ現役で出演していて、グッズやフィギュアでは一番の人気を博している。
有名なあまり一般人でも名前と顔を知っている、そのアニメのファンだなんて言ったらお笑い草だ。物心のついた僕はそれを食らってしまい、オタクであることを隠しとおす以外に逃げ道がなかったのだ。
クラスメイトと遊ぶよりアニメを見ていたほうが楽しい。ゲームやプラモデルをつくっていたら時間が足りない。他人とは距離を置いて日々『エン旋』の世界に浸る。それが優等生の殻を被って目立たないよう地味に生きてきた理由だった。
「そりゃさ……マホロオタとしてはどんなやつか気になるじゃん」
せっかく楽しく過ごせていたのに、一気に気分が沈んでしまった。
今日の西園は珍しくもバカ笑いしたりせず、変なちょっかいかけてくることもなかった。不気味なほど落ち着いていて、まるで他の生徒たちを前にしているときみたいにおとなしかった。
だから僕も蓄積された不快感を忘れて素直に会話できていた。なのに──
「……僕はマホロじゃありません」
僕に興味を持っていたのは、僕自身を気に入っていたからじゃなかったんだ。どれだけあしらってもめげずに声をかけてくれたのも、何度断ってもしつこく誘ってくれたのも、マホロと重ねていただけだったんだ。
西園のお気に入りなのはマホロであって、僕じゃない。
「真穂路は真穂路だろ……こんなに似てるとは思わなかったけど」
「名前も顔も、僕が好き好んでなったわけじゃありません」
不覚にも泣きそうになり、僕は勢いよく西園の部屋を出た。
「どうしたんだよ」
玄関には僕と西園の靴以外にない。家族が帰宅したような気配もなかったから挨拶はいいだろう。だからとそのまま玄関を飛び出した。
「待てって」
エレベーターじゃ待つことになる。階段を探していたら手間取って、西園に追いつかれてしまった。まったく、嫌味なくらい足の長いやつだ。
「離してください」
しかもなんで腕を掴むんだ? もしかしたら涙が滲んでいるかもしれないっていうのに、覗き込まないで欲しい。
「いや、だってそんなふうに帰られたら……どうした?」
「離せって」
じたばたともがくも、西園はいとも簡単に僕を抑えつけてしまう。
「……がちで無理。なんでそんな可愛いわけ?」
目が合った。バカにされると思った瞬間、僕は西園の腕のなかに抱きしめられていた。



