西園生徒会長のお気に入り

 結局僕は巻き返せなかった。勢いで二ゲームもしてしまったけれど、結果は多くて五本、ゼロというのも続いて大惨敗に終わってしまった。
「もう一回やる?」
「……もう十分です」
 僅差ならまだしも、ここまで大差がつくと闘志も消える。しかも上手くいったのが最初の投球と、西園から直接タッチでレッスンを受けたときだけなんて、繰り返せることじゃない。
「だったら次はゲーセンで遊ぼ」
「は? ゲーセン?」
「このビルにあるから移動の手間はないよ」
「そういう問題じゃないです。てか、猫舌さんとの打ち合わせは何時からなんですか?」
「夕方だよ。六時」
「……だったら一度帰ります」
「あと三時間ちょっとじゃん。クレーンゲームも物理学でさ」
 ほら、と西園はバッグから書籍を一冊取り出して僕の前へ差し出してきた。どうやらクレーンゲームを科学的に解説したものらしい。
「……同じ手には乗りません」
 ボーリングに誘導したときといい、今といい、西園はなぜ僕の気をそそる誘い方をわかっているのか。
 僕はこれ以上問答することにならないようテキパキとボールやシューズを片付けて、カウンターへ向かった。
「あ、俺はもう二ゲーム遊んでくんで」
 すると西園がひょっこり顔を出し、支払いを済ませる僕の横で手続きを始めた。
「ひとりでやるんですか?」
「ああ。なに? 真穂路もやる気になった?」
「なりません」
「じゃ、また今度やろ。また月曜日に学校で」
 西園は席票のレシートをひらひらさせながら、レーンのほうへ戻っていく。いやいや、ちょっと待て。
「猫舌さんとの打ち合わせは?」
 すたすたと戻る西園の背に向かって声を張り上げると、その肩がぎくりといった感じに震えた。
「……急遽仕事が入って」
「今さっき六時にって言ってましたよね?」
「えっと、今メールがきて……」
「嘘つけよ!」
 カッとして怒鳴ってしまった。西園は驚いた顔をして、僕は近くにいた人たちから何ごとかとの視線を集めてしまう。
 西園のせいだ。悔しさと恥ずかしさと苛立ちがごちゃまぜになり、僕は視線を落としつつ逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。
 昼の約束が延期になって数時間のうちにキャンセルなんてあり得ない。可能性はゼロじゃないといえ、最初から打ち合わせ自体がなかったというほうがすんなり飲み込める。
 なぜ嘘をついたのか。考えられるのは、単に僕を連れ回すための口実にしたってことだ。
 何度となく誘われても断り続けていたから、副会長としての責務を盾に使ったのだろう。考えたくないけど、これまでのしつこさを考えたら合点がいく。
 こうまでしてなぜ僕なんかに構うのか、その点はまったく理解不能だ。引く手あまたなほど周りに人がいて、ひと声かけたら誰だってついてくるだろうに。人付き合いの苦手な僕といても大してというか、まったく面白くないはずだ。
 僕は苛立ちつつも不可解さに首をひねり、自宅へと帰った。

 ◇◇◇

 週が明けて登校すると、あちこちから声をかけられて朝から驚かされっぱなしだった。
「聞きましたよ。猫みあが来るんですよね?」
「生徒会やるじゃん。楽しみにしてる」
 どこもかしこも新歓の話題で持ち切りだ。生徒会主催のイベントでこんなに期待されたという話は聞いたことがない。歩く先々で聞こえてきた喜びの声は、放課後になっても衰えることなく、生徒会室の前でも西園が何人もの生徒に取り囲まれていた。
「あ、真穂路」
 顔も見たくなかったけど、こうなっては話が別だ。僕は水に流してやろうと思い、無理やり笑みをつくった。
「さすが西園会長です」
「なに? どうした?」
 西園はぎょっとして、珍しくも顔を強張らせた。この反応はなんだ? 滅多に笑わない僕の笑みは目を見開くほど不気味なのか?
「手品にならなくてよかったってことです」
 口角をひきつらせながらもなんとか言うと、西園は顔を真っ赤にして顔を背けた。囲んでいた生徒たちが「手品?」と首を傾げているけど、反応できないくらい堪えているらしい。なるほど、これから妙な真似をされたら笑顔を見せてやればいいようだ。拒否するより早くあしらえるかもしれない。
「では、お先に」
 僕は本当におかしくなってきて、緩めた口元を押さえながら生徒会室へ入った。
「これ、プログラム案」
 メンバーが揃ったところで、笹森がA四用紙を全員に配り、会議が始まった。
 新入生歓迎会当日のスケジュールを決めて、各所とのすり合わせをする。決定したらそれを元にセッティングなどの細かい点を詰めていく。
 話し合いは二時間程度で終わり、冬の空はすっかり暮れていた。
「じゃ、森川に提出してくるから、みんなは先に帰ってていいよ」
 西園が印刷した議事録を手に生徒会室を出ていった。すると生徒会メンバーはほっと息をつき、それぞれ帰り支度を始めた。
「西園会長がちですごいね」
「ほんと。ほぼひとりでやってんじゃん」
 高原さんや笹森くんが感心の声をあげている。口に出すまではしたくないけど、僕も内心感じていた。
 西園の有能っぷりは目をみはるほど凄かった。確認事項は事細かに把握しているし、教師や委員会などの関係各所に連絡もすでに入れており、僕らのしたことといえばただ話を聞いて頷くだけだった。
「会長に選ばれたのは、人気もあるけど実力だからね」
 誇らしげな声が聞こえて片平さんを見ると、頬がほんのり赤くなっている。僕は荷物をリュックにしまいながらぎょっとしてしまった。
「なに? 平ちゃん西園会長のこと好きなの?」
 高原さんも同様のようだ。
「好きってわけじゃないけど、普通にかっこいいじゃん」
「それはわかる。同じクラスにいるより距離が近いし、話しかけられるとときめいちゃうよね」
「高原、彼氏いなかったっけ?」
 ぼそっと笹森くんが言って、高原さんは「いますけど何か?」と睨みつけた。
「彼氏がいようと関係ないよ。アイドル愛でてるみたいなものなんだから」
「あー、それだ。推しが近くにいる感じ」
 女子二人で顔を見合わせ、深く納得した様子だ。なるほど、西園のそばにいる女子たちの目がハート型なのは推し活しているからなのか。思えば声をかける子もいれば、遠巻きに眺めるだけの子もいる。西園は誰にでも気さくな態度を取るけど、男子を含め決まったグループには所属していない。
「そう、推し。だって好きになっても藤川(ふじかわ)がいるから無理じゃん」
 いきなり僕の名前が出て、えっと驚く。
「僕がなんなんですか?」
「なにって、お気に入りじゃん」
「そのことなんですが、西園会長が僕にまとわりついているのは、みなさんが思っているような意味とは全然違うんです」
「どう違うんだ?」
 笹森くんに聞かれて、「嫌がらせをされてるんです」とようやく他人に事実を告げることができた。
「嫌がらせ?」
 僕がどれだけ迷惑しているか。親しい相手のいない僕はひとりで抱え込んでいたけれど、生徒会役員たちは僕の言葉に耳を傾けてくれるらしい。ではと説明しようとしたところ、高原さんが「あのね」と呆れ声を上げた。
「わたしの知る限り、この一年で西園会長が告られた回数は二桁を軽く超えてるんだよ」
「三桁ってこと?」
「違うよ。十以上ってこと。最初は何人かと付き合ったり別れたりしてたみたいだけど、去年の秋からは一筋だからね。真穂路に」
 高原さんからも名を呼ばれて反射的にむっとしてしまう。じゃなくて、知らないうちに誤解はやばい方向へ向かっていたようで冷や汗が出てきた。早いところ解かないとお気に入りどころじゃない話にされかねない。
「違います。バカにされてるだけなんです」
 僕は切り出して、どれほどひどい仕打ちをされているかをとうとうと訴えた。西園は僕がぼっちだから告げ口しないだろうと目をつけ、ストレスのはけ口にしているだけということを。でなければ説明がつかないし、的確に僕が不愉快と感じることばかりをしてこないはずだと三人に嘆いて聞かせた。
「かわいそうに。西園会長、全然相手にされてないみたい」
「告られることはあっても告る必要はないってくらい百戦錬磨だったのに」
「今どき同性同士だろうが偏見なんてないのにな」
 なのに、この感想はなんだろう。誰も僕の言い分を信じてくれていないみたいだ。
「もう、いいです。お疲れ様でした」
 やはり普段からコミュニケーションを取っているかどうかの差が出てしまうのかもしれない。ろくに話したことのない僕の言葉なんて耳に入らないのだろう。僕は肩を落とし、机の上にあったスマホを持って生徒会室を出た。
「待たなくていいんだ?」
 揶揄するような笹森くんの声が聞こえてきたけど無視だ。
「会長も大変だね」
「つーか、なんで藤川なんだ?」
 遠ざかりながらも漏れ聞こえて、ますます気分が沈んでくる。
 お気に入り呼ばわりされて目立つことも嫌だけど、なぜ僕なのかとささやかれるのも胃の奥がきゅっとなる。
 むしゃくしゃしてきた僕は気分を晴らしたくなり、歩きながらはよくないけどスマホを見ることにした。
 推しがどうのというなら僕にもいる。僕のストレス発散は西園と違って、共通のファンと推し語りをしたり、コンテンツを見て癒されたりと健全なのだ。
 人けのない廊下を歩きつつパスワードを入れ、SNSを開いた。
「あれっ?」
 いつもの場所をタップしたはずが、動画再生アプリが起動した。しかも表示されたホーム画面は見慣れない動画が並んでいる。普段なら登録したチャンネルの新着動画や関連動画が出てくるはずなのに。
 首をひねりつつアプリを閉じてスマホのホーム画面に戻った。
「……えっ」
 驚くあまりスマホを落としてしまいそうになった。ギリギリセーフだったけど、跳ね上がった心臓は収まらない。どころかバクバクと脈打つ速度は上がっていく。
「アウギュスト二型だよな、これ……」
 ホーム画面が違う。僕は推しアニメ「エンゲルの旋風」の主人公エンゲルベルト・ユージーンのイラストにしていた。なのに今手にしている画面にはプラモデルの写真が写っている。アプリも違う。
 でもおかしなことに、スマホは開くことができた。
「わっ!」
 いきなり画面が着信画面に切り替わり、ぶるるとスマホが振動し始めた。相手は藤川真穂路、僕だ。
「……はい」
 やはり他人のスマホだったらしい。相手が気づいて電話をかけてきたようだ。生徒会室に入る前は手元にあったから、中で取り違えたのだろう。つまり生徒会役員の誰かのものであり、彼らのなかにファンがいることになる。僕と同じ「エンゲルの旋風」好きが。
『あ、真穂路?』
 聞こえてきた声に、僕は脱力しそうになった。
「……はい」
 膝から崩れ落ちそうになるのを堪えて、廊下の壁に手をつく。
『真穂路も『エン旋』好きなんだ?』
 なんとなくだけど、かもしれないとは思った。
「……はい」
 もし彼なら僕にやたら構ってくる理由に結びつく。そんな考えたくもないことが頭によぎって、事実である可能性がぐんと高くなってしまった。
『がちか。って、間違えてスマホ持ってきちゃった……今どこ?』
 気分を沈ませずにはいられようか。歯噛みしながらも、僕は今いる場所を西園に教えた。