遠目でもすぐにわかった。あいつが目立つのはなにも学校のなかだけじゃない。人気者なのも生徒会長だからじゃなく、入学したときから学年問わず可愛がられていた。あの気持ち悪いほどの陽気さや馴れ馴れしさ、僕以外に対する優しさや気の使いようが主な理由だろうけど、あいつの武器はそれで終わらない。
僕は童顔だけど体格は男子高校生としてわりに普通だと思う。なのに西園を見上げなければならず、だとしてそれは僕だけじゃないし、私服のほうが何割か増しにかっこよく見えるのも、腹は立つけどあのビジュアルせいだから仕方がない。だから見惚れるのはどうしようもないことなのだ。
「え、真穂路めっちゃかわいい」
ただ、開口一番に嫌味をいわなくてもいいだろう。しかも僕の目を合わせてぱあっと顔を輝かせながらのたまうのだから、実のところの性根はひん曲がっている。副会長として偏見の目は持ちたくないけど、西園をもてはやす生徒たちは見た目に眩ませられすぎだ。
「……お疲れ様です」
「制服姿もいいけど、私服もやばいな」
なにがいいのかさっぱりわからない。僕は無地のロングTシャツに黒のチノパンという無難極まりない出で立ちだけど、西園はオーバーサイズのパーカーをモデルみたいに着こなしている。背の高さや手足の長さが引き立って、ピアスがやたらにかっこよく、伊達らしい眼鏡までかけてお忍びの有名人みたいに見えるのだから、ふざけるなという他ない。
「待ち合わせの十分前に来るとかさすが真穂路。んじゃ、とりあえずスタバに入ろうぜ」
「猫舌さんは?」
きょろきょろとしていたら西園はいきなり僕の手をとってコーヒーショップへ向かい出した。街中だぞ? 校内でも不快だというのに、何考えてんだこいつ。
「アイスコーヒーとかがちで言ってんの? じじいかよ?」
今度は僕の注文を聞いて、お店のカウンターをばんばん叩きながら笑い悶えている。
「一般名詞として通じると思いましたので」
カフェに来る機会なんてまったくといってないし、ずらずらと並ぶメニューを解読する気も起きなかった。だからってバカにされる謂れはないし、ただでさえビジュアルが目を引いているのに目立つようなことをするのも腹立たしい。
「がちでかわいすぎ。あ、抹茶ラテ俺です」
西園は店員に向かって手を挙げると、僕の分までひょいと持った。かわいいとまで言うなんて、呆れてものも言えない。
「あ、そこ空きます?」
絶句していた僕を他所に店内を見渡していた西園は、帰り支度をしていた近くの女性客に近づいた。
「いいですよ」
女性客は二人とも西園を見てさっと顔色を変えた。図々しさにむっとすると思いきや、頬を赤くして互いに目を合わせたりもじもじしている。
「じゃ、俺たちが座ってもいい?」
同い年か少し上くらいだろうか、高校生にしては化粧っ気がある気もする。
「どうぞ……ていうか、四人用に移動します?」
どうやら誘いをかけられたと思われたらしい。ぎょっとするも、西園は慣れた様子だ。
「できたら嬉しいけど、僕たちこれから会議なんだ。今度別の場所で会えたら遊ぼうよ」
女性たちはかわされても平気なようだ。西園と少し会話をして、ほっそりした手で口元を覆いながらくすくすと笑い、しまいにはご機嫌な様子で立ち去っていった。
「あーいうの、よくあるんですか?」
僕だったらしどろもどろでなんの反応も返せないだろう。そもそもがあんな事態にならないことは別として。
「あるけど……真穂路もあるだろ?」
「あるわけないじゃないですか」
「なんで? あ、あんまりカフェとか来ないんだっけ?」
「そういうことじゃなくて……というかどちらにせよ四人がけのほうに移動したほうがいいんじゃないですか?」
「姉貴たちは来ないから」
「えっ? キャンセルってことですか?」
「急遽仕事が入ったみたいで、夜に姉さんとご飯行くことになったから、打ち合わせもそのときにまわしてもらった」
「え……」
ちょっと待て。なら今のこの時間はいったいなんなんだ?
「だから、それまでどっか行こ。真穂路は普段休みの日なにしてんの? カラオケとか行く?」
「カラオケ?」
「好き? 俺としてはボーリングに行きたいんだけど。最近ハマってて。やったことある?」
「なんで僕が西園と遊ばなきゃならないんだ……」
あまりのことにぽろりと零すと、西園は驚いたように眉をあげて、次ににやーっと口の端をつりあげた。
「……ニュートンの運動方程式があるだろ?」
「は?」
いきなり話が飛んで戸惑う。固まっていると、西園はバッグからペンを取り出して、セルフサービス台から持ってきていたナフキンに数字を書き始めた。数字というより方程式だ。
「微分積分の授業の時、力学の方程式について神田が話していただろ?」
西園はすらすらと書いているけど、僕はうまく理解できない。
「オイラーの運動方程式だ。直系二十ニセンチで約五キロの球が二十メートル弱のレーンを転がって十本のピンを倒す」
ペンがくるくると西園の指の隙間で回転している。
「どう力を入れたら一度ですべてを倒すことができるのか……気にならないか?」
提示された問いは脳が自動的に答えを出そうとする。しかし、わかりそうでわからずもどかしい。
「全然まったく、いっさい気になりません」
もどかしかろうが、知ったことか。
今日は副会長として、新入生歓迎会の業務として外出しただけだ。ボーリングなんて、一度もやったことがないし、やりたくもない。なにより西園と、しかも二人きりだなんて拷問に匹敵する。
「俺が会員なんで、真穂路は登録しなくても大丈夫。お連れ様二名までいけるから」
だからまっすぐに帰宅するはずだったのに、コーヒーを飲み終えたあと、なぜか僕は西園と近くの商業ビルのエレベーターに乗り込んでいた。
「実験だと思えばいいじゃん。これも一種の勉強だと思えば遊んでることにはならないだろ?」
そういう問題じゃないけど、つい乗せられたのは事実だから反論の口は開けない。
「生徒の姿は見えないし、噂にもならないしさ」
西園行きつけというボーリング施設は、週末とあってか家族連れやカップル、中高年のグループなどでかなり賑わっていた。
「こんだけ人がいたら誰も気づかないって。楽しもうぜ」
慣れた手つきで受付を済ませた西園は、これまた迷いなくシューズを選んでお次はボールと俺を誘導しながら着々と準備を進めている。
──やっぱり帰ります。
何度も口まで出かかったのに、ついてきたのだからとの義務感で結局流されてしまった。西園から足のサイズを訊かれ、ボールはこれでいいのかと渡されて、僕はとうとうレーンにまでやってきた。
「転がせばいいわけですよね?」
「うん。でもまずは俺が手本を見せる」
ボールを手にすっとレーンに向かう西園は、やたら絵になりやがる。お遊び半分といった真剣な表情が、かっこよくすら見えてきて手元を見るべきなのに顔のほうに目がいってしまう。
「くそ、かっこわるい」
がらがらとピンの倒れる音がして、いつの間にと俺ははっとした。両端に一本ずつピンの残る結果となったらしい。でもちゃんと──
「倒せてるじゃないですか」
「ストライクを見せるつもりだったんだよ。真穂路がいるから緊張したらしい」
嘘つけよ。へらへらとしている普段とは確かにちょっと違っていたけれど、僕がいて緊張する必要なんてない。
「次は僕ですか?」
「お。やる気になった?」
「……始まったゲームを投げるような不誠実なことはしません」
「いいね。そういうとこ好き」
「えっ」
手を離す寸前で妙なことを言われて態勢を崩してしまった。
「がちで?」
大失敗すると思いきや、ピンを倒すことができた。しかも残ったのは一本だけだ。
「すごいじゃん。本当に初めて?」
「……初めてです」
「がちで? 才能あんのかな?」
西園は悔しがると思いきや純粋に喜んでいる様子だ。才能なんて大げさなとは思いつつ、ちょっと嬉しい。
身体を動かすのは正直不得手だが、勉強ばかりしてきたのは、ある意味で武器になるのかもしれない。角度や速度を計算して、ボールを転がせば済む話なのだから。と調子づいた僕だったのだけど、二投目でスペアなる結果を出した西園とは裏腹に、僕はガターへと落ちてしまい、続けてやってもまったくピンを倒せなくなってしまった。
「中心よりも右側に立って、投げるときに手首で内側にスナップを利かせるんだよ」
「さっきのはビギナーズラックってやつですよ」
「いじけるなって」
「客観的に分析した結果です」
「真穂路って、体育だけは苦手だもんな」
「……うるせえな。大きなお世話だ」
不服のあまり小さな声で吐き捨てると、西園はきょとんと目を丸くして、またもバカ笑いをし始めた。耳ざとくも聞こえていたらしい。
「それそれ、そっちが素の真穂路なんだろ?」
「素も醤油もありません。僕は人によって態度を変えることはしません」
「醤油?ってなに? つーかなんで誰に対しても敬語なわけ? 親にも敬語なの?」
「そんなわけないじゃないですか」
「じゃあなんで? 同い年じゃん。いや、一年にも敬語だよな? なんで?」
実にうるさくてしつこいやつだ。西園に関係ないし、こんなふうに馴れ馴れしくされないため敢えてのことだとなぜわからない? 友人や僕以外の生徒に対しては察する能力があるくせに、僕のことだけはまったく汲んでくれない。というか、汲もうとしてくれない。
「両親ほど親しくないからです」
「あはは! がちで言ってんの?」
「たかが三年の学生生活で、必要以上に親しくする必要を感じませんから」
「三年なんて短いし、ひとりきりなんてつまんないだろ」
つまらなくない。人と関わるほうが面倒だ。否定されて傷つくし、バカにされて嫌な気分になる。その筆頭のやつに説教されてどれだけ不快な思いをしているか。滾々と逆に説教してやりたくなってくる。
「てことで、俺のことは弓弦って呼んでいいから」
「は? ……いたっ」
ふざけたことをほざいていた西園はいきなり僕の肩を掴んで上半身をのけぞらせ、尻を叩いてきた。
「姿勢が悪いんだよ。へっぴり腰になってる」
「はあ?」
「そのまま、その角度でここから投げてみ?」
ほら、と言うように背中を押され、その勢いで僕は球をレーンに転がした。
「お。いい感じじゃん」
がらがらと派手な音を立てたピンは、白いバーに押されて後ろへ飲み込まれていった。十本すべてだ。
「……え……これ、ストライク?」
「そうだよ、面白いだろ」
ぐ、と言葉に詰まる。ちょっとすかっとして、正直面白く感じた。
「……それより、西園会長の番でしょう?」
だとして素直にそうだと言いたくない。僕は西園から顔を背けながら、左右に分かれていた前髪を元に戻した。楽しんでいたことが表情に出ていたら憤死ものだ。
「了解」
それなのに不思議なもので、一度高ぶった気持ちはなかなか冷めてくれなかった。西園といること自体が嫌で仕方なかったというのに、いつの間にか気にならなくなったばかりか、すっかり夢中になって楽しんでしまっていた。
僕は童顔だけど体格は男子高校生としてわりに普通だと思う。なのに西園を見上げなければならず、だとしてそれは僕だけじゃないし、私服のほうが何割か増しにかっこよく見えるのも、腹は立つけどあのビジュアルせいだから仕方がない。だから見惚れるのはどうしようもないことなのだ。
「え、真穂路めっちゃかわいい」
ただ、開口一番に嫌味をいわなくてもいいだろう。しかも僕の目を合わせてぱあっと顔を輝かせながらのたまうのだから、実のところの性根はひん曲がっている。副会長として偏見の目は持ちたくないけど、西園をもてはやす生徒たちは見た目に眩ませられすぎだ。
「……お疲れ様です」
「制服姿もいいけど、私服もやばいな」
なにがいいのかさっぱりわからない。僕は無地のロングTシャツに黒のチノパンという無難極まりない出で立ちだけど、西園はオーバーサイズのパーカーをモデルみたいに着こなしている。背の高さや手足の長さが引き立って、ピアスがやたらにかっこよく、伊達らしい眼鏡までかけてお忍びの有名人みたいに見えるのだから、ふざけるなという他ない。
「待ち合わせの十分前に来るとかさすが真穂路。んじゃ、とりあえずスタバに入ろうぜ」
「猫舌さんは?」
きょろきょろとしていたら西園はいきなり僕の手をとってコーヒーショップへ向かい出した。街中だぞ? 校内でも不快だというのに、何考えてんだこいつ。
「アイスコーヒーとかがちで言ってんの? じじいかよ?」
今度は僕の注文を聞いて、お店のカウンターをばんばん叩きながら笑い悶えている。
「一般名詞として通じると思いましたので」
カフェに来る機会なんてまったくといってないし、ずらずらと並ぶメニューを解読する気も起きなかった。だからってバカにされる謂れはないし、ただでさえビジュアルが目を引いているのに目立つようなことをするのも腹立たしい。
「がちでかわいすぎ。あ、抹茶ラテ俺です」
西園は店員に向かって手を挙げると、僕の分までひょいと持った。かわいいとまで言うなんて、呆れてものも言えない。
「あ、そこ空きます?」
絶句していた僕を他所に店内を見渡していた西園は、帰り支度をしていた近くの女性客に近づいた。
「いいですよ」
女性客は二人とも西園を見てさっと顔色を変えた。図々しさにむっとすると思いきや、頬を赤くして互いに目を合わせたりもじもじしている。
「じゃ、俺たちが座ってもいい?」
同い年か少し上くらいだろうか、高校生にしては化粧っ気がある気もする。
「どうぞ……ていうか、四人用に移動します?」
どうやら誘いをかけられたと思われたらしい。ぎょっとするも、西園は慣れた様子だ。
「できたら嬉しいけど、僕たちこれから会議なんだ。今度別の場所で会えたら遊ぼうよ」
女性たちはかわされても平気なようだ。西園と少し会話をして、ほっそりした手で口元を覆いながらくすくすと笑い、しまいにはご機嫌な様子で立ち去っていった。
「あーいうの、よくあるんですか?」
僕だったらしどろもどろでなんの反応も返せないだろう。そもそもがあんな事態にならないことは別として。
「あるけど……真穂路もあるだろ?」
「あるわけないじゃないですか」
「なんで? あ、あんまりカフェとか来ないんだっけ?」
「そういうことじゃなくて……というかどちらにせよ四人がけのほうに移動したほうがいいんじゃないですか?」
「姉貴たちは来ないから」
「えっ? キャンセルってことですか?」
「急遽仕事が入ったみたいで、夜に姉さんとご飯行くことになったから、打ち合わせもそのときにまわしてもらった」
「え……」
ちょっと待て。なら今のこの時間はいったいなんなんだ?
「だから、それまでどっか行こ。真穂路は普段休みの日なにしてんの? カラオケとか行く?」
「カラオケ?」
「好き? 俺としてはボーリングに行きたいんだけど。最近ハマってて。やったことある?」
「なんで僕が西園と遊ばなきゃならないんだ……」
あまりのことにぽろりと零すと、西園は驚いたように眉をあげて、次ににやーっと口の端をつりあげた。
「……ニュートンの運動方程式があるだろ?」
「は?」
いきなり話が飛んで戸惑う。固まっていると、西園はバッグからペンを取り出して、セルフサービス台から持ってきていたナフキンに数字を書き始めた。数字というより方程式だ。
「微分積分の授業の時、力学の方程式について神田が話していただろ?」
西園はすらすらと書いているけど、僕はうまく理解できない。
「オイラーの運動方程式だ。直系二十ニセンチで約五キロの球が二十メートル弱のレーンを転がって十本のピンを倒す」
ペンがくるくると西園の指の隙間で回転している。
「どう力を入れたら一度ですべてを倒すことができるのか……気にならないか?」
提示された問いは脳が自動的に答えを出そうとする。しかし、わかりそうでわからずもどかしい。
「全然まったく、いっさい気になりません」
もどかしかろうが、知ったことか。
今日は副会長として、新入生歓迎会の業務として外出しただけだ。ボーリングなんて、一度もやったことがないし、やりたくもない。なにより西園と、しかも二人きりだなんて拷問に匹敵する。
「俺が会員なんで、真穂路は登録しなくても大丈夫。お連れ様二名までいけるから」
だからまっすぐに帰宅するはずだったのに、コーヒーを飲み終えたあと、なぜか僕は西園と近くの商業ビルのエレベーターに乗り込んでいた。
「実験だと思えばいいじゃん。これも一種の勉強だと思えば遊んでることにはならないだろ?」
そういう問題じゃないけど、つい乗せられたのは事実だから反論の口は開けない。
「生徒の姿は見えないし、噂にもならないしさ」
西園行きつけというボーリング施設は、週末とあってか家族連れやカップル、中高年のグループなどでかなり賑わっていた。
「こんだけ人がいたら誰も気づかないって。楽しもうぜ」
慣れた手つきで受付を済ませた西園は、これまた迷いなくシューズを選んでお次はボールと俺を誘導しながら着々と準備を進めている。
──やっぱり帰ります。
何度も口まで出かかったのに、ついてきたのだからとの義務感で結局流されてしまった。西園から足のサイズを訊かれ、ボールはこれでいいのかと渡されて、僕はとうとうレーンにまでやってきた。
「転がせばいいわけですよね?」
「うん。でもまずは俺が手本を見せる」
ボールを手にすっとレーンに向かう西園は、やたら絵になりやがる。お遊び半分といった真剣な表情が、かっこよくすら見えてきて手元を見るべきなのに顔のほうに目がいってしまう。
「くそ、かっこわるい」
がらがらとピンの倒れる音がして、いつの間にと俺ははっとした。両端に一本ずつピンの残る結果となったらしい。でもちゃんと──
「倒せてるじゃないですか」
「ストライクを見せるつもりだったんだよ。真穂路がいるから緊張したらしい」
嘘つけよ。へらへらとしている普段とは確かにちょっと違っていたけれど、僕がいて緊張する必要なんてない。
「次は僕ですか?」
「お。やる気になった?」
「……始まったゲームを投げるような不誠実なことはしません」
「いいね。そういうとこ好き」
「えっ」
手を離す寸前で妙なことを言われて態勢を崩してしまった。
「がちで?」
大失敗すると思いきや、ピンを倒すことができた。しかも残ったのは一本だけだ。
「すごいじゃん。本当に初めて?」
「……初めてです」
「がちで? 才能あんのかな?」
西園は悔しがると思いきや純粋に喜んでいる様子だ。才能なんて大げさなとは思いつつ、ちょっと嬉しい。
身体を動かすのは正直不得手だが、勉強ばかりしてきたのは、ある意味で武器になるのかもしれない。角度や速度を計算して、ボールを転がせば済む話なのだから。と調子づいた僕だったのだけど、二投目でスペアなる結果を出した西園とは裏腹に、僕はガターへと落ちてしまい、続けてやってもまったくピンを倒せなくなってしまった。
「中心よりも右側に立って、投げるときに手首で内側にスナップを利かせるんだよ」
「さっきのはビギナーズラックってやつですよ」
「いじけるなって」
「客観的に分析した結果です」
「真穂路って、体育だけは苦手だもんな」
「……うるせえな。大きなお世話だ」
不服のあまり小さな声で吐き捨てると、西園はきょとんと目を丸くして、またもバカ笑いをし始めた。耳ざとくも聞こえていたらしい。
「それそれ、そっちが素の真穂路なんだろ?」
「素も醤油もありません。僕は人によって態度を変えることはしません」
「醤油?ってなに? つーかなんで誰に対しても敬語なわけ? 親にも敬語なの?」
「そんなわけないじゃないですか」
「じゃあなんで? 同い年じゃん。いや、一年にも敬語だよな? なんで?」
実にうるさくてしつこいやつだ。西園に関係ないし、こんなふうに馴れ馴れしくされないため敢えてのことだとなぜわからない? 友人や僕以外の生徒に対しては察する能力があるくせに、僕のことだけはまったく汲んでくれない。というか、汲もうとしてくれない。
「両親ほど親しくないからです」
「あはは! がちで言ってんの?」
「たかが三年の学生生活で、必要以上に親しくする必要を感じませんから」
「三年なんて短いし、ひとりきりなんてつまんないだろ」
つまらなくない。人と関わるほうが面倒だ。否定されて傷つくし、バカにされて嫌な気分になる。その筆頭のやつに説教されてどれだけ不快な思いをしているか。滾々と逆に説教してやりたくなってくる。
「てことで、俺のことは弓弦って呼んでいいから」
「は? ……いたっ」
ふざけたことをほざいていた西園はいきなり僕の肩を掴んで上半身をのけぞらせ、尻を叩いてきた。
「姿勢が悪いんだよ。へっぴり腰になってる」
「はあ?」
「そのまま、その角度でここから投げてみ?」
ほら、と言うように背中を押され、その勢いで僕は球をレーンに転がした。
「お。いい感じじゃん」
がらがらと派手な音を立てたピンは、白いバーに押されて後ろへ飲み込まれていった。十本すべてだ。
「……え……これ、ストライク?」
「そうだよ、面白いだろ」
ぐ、と言葉に詰まる。ちょっとすかっとして、正直面白く感じた。
「……それより、西園会長の番でしょう?」
だとして素直にそうだと言いたくない。僕は西園から顔を背けながら、左右に分かれていた前髪を元に戻した。楽しんでいたことが表情に出ていたら憤死ものだ。
「了解」
それなのに不思議なもので、一度高ぶった気持ちはなかなか冷めてくれなかった。西園といること自体が嫌で仕方なかったというのに、いつの間にか気にならなくなったばかりか、すっかり夢中になって楽しんでしまっていた。



