「誰?」
「えっ?」
僕と西園がステージにあがった瞬間、それまで湧いていた声がしんと静まり返った。
「あれ西園会長?」
「マホロって……藤川真穂路?」
少しして聞こえてきた声に、ぴくりと身体が反射的に動いてしまう。
何百という視線が僕に集まっているのだ。すでに噂になっていた西園とは違って、僕の写真は削除されて噂だけの状態だった。だから、みんな僕のことばかりを見て、ひそひそと何ごとかをささやきあっている。
胃の下あたりがぞわぞわと痺れたみたいになって、足がすくんでしまうのは無理もないと思う。
「あのマホロのコスプレって藤川だったんだ」
「西園と一緒に写ってたもんな」
ただ、バカにするような素振りはない。感心している様子で、笑みも不快感や嫌悪感みたいなものはいっさい感じられない。これからどう楽しませてくれるのかと期待しているような、そんな純粋なものだけだ。
僕のこの震えも緊張や怯えとは違う……高揚、と形容できる感覚かもしれない。
「エンゲルベルト・ユージーンです。ものまねしてもいいけど、わかるやつはいないだろうからやんない」
西園は棒立ちの僕をよそにスタンドマイクの前へ行き、相変わらずの調子でさっそくざわめきを笑いに変えてしまった。
「今日は手品をやるんだけど、その前に祝いの言葉だ。一年生諸君、入学おめでとう! そして在校生たちは進級おめでとう……って全員できたよな? もう一年繰り返すことになったやつとかはいない?」
「いねえよ!」
「つーか、いたらどうすんだよ」
「おお、それはよかった。留年しちゃうような学校に入学しちゃったとか、入学早々新入生に後悔させたくないからな」
「だったら言うなよ」
生徒たちは野次を飛ばすのも楽しげだ。西園は客席を湧かせながら着々と手品の準備まで始めていて、さすがという外ない。
「今日は手品をすることになった。『エンゲルの旋風』となんの関係があるのかとかは禁句な?」
「西園はいいから、藤川に喋らせろー!」
「マホロー!」
「はいはい、いま紹介してやるから……おいでマホロ」
そうだ。覚悟をしてきたのに、西園だけに任せていちゃだめだ。僕は小さく深呼吸をして唾を飲み込み、西園が空けたマイクの前へ踏み出した。
「こ、こんにちは。入学おめでとうございます」
「藤川〜!」
「真穂路ー! かわいいー!」
「ぼ、僕は生徒会の副会長をしています。なにか困ったことがあったら声をかけてください」
「困ったことがなくてもかけていい?」
「あ……はい。いいです」
「がちで?」
「……あの、これまでは取っつきにくい感じだったかもしれませんが、これからは気軽に声をかけてください……僕も……みなさんとお話できたら嬉しいです」
「めっちゃ喋りかけるわ」
「真穂路ちゃーん!」
言葉は拙いし噛んでしまったけれど、西園の言うとおり好意的な反応ばかりだった。恥ずかしさはどうしようもなくあるし、心臓はいまだばくばくとして収まらない。けれど不安感はなく、むしろ達成感に満ちていて、なによりも楽しい気持ちになっていた。
「オタクと何を話せって?」
好意的な声援のなか、あからさまにバカにするような声が聞こえてきた。すると今度は「同じ名前のキャラのコスプレするとか恥ずかしくないのかな」とも聞こえて「西園会長のお気に入りがコスでもカップルなんてやば」など、揶揄するような声があちこちから上がり始めた。
「あの……」
どうしよう。なにか言わなきゃ。
「……僕は」
なのに声が出ない。胃が掴まれたみたいになって、どうしたらいいかわからなくなった。
「真穂路、これ持って」
震えていたところ、西園からハンカチを差し出され思わず受け取った。
「あのさ、マホロはユージーンの恋人ってこと、知ってる?」
西園はハンカチに手を突っ込んで、手際よく手品を繰り出し、あっという間に花へと変えた。
「ジュ・テーム、マホロ。君には真紅の薔薇が一番似あう」
「えっ……」
客席のほうから絶叫なのか黄色い声なのかが聞こえてきて、僕は火でもつけられたみたいに身体が熱くなった。
いまのはユージーンがマホロに告白をしたときの台詞じゃないか。ファンなら誰もが知っている。それをユージーンの姿で言われたのだから、悶え死ねと言われているも同然だ。
目をしろくろさせていると西園は片目をつむり、今度はトランプを持って騒がしいほどの客席に掲げて見せた。
「てことで、真穂路にふざけた軽口叩くやつは覚悟しておけよ? じゃ、次はトランプいくよ」
さらりと言い、さらに騒ぎの大きくなった客席に向けて手品をし始めた。それからは牽制が効いたのか野次はぴたっと止まり、スムーズにすべての手品を披露することができた。
さすが西園、と言いたいところだけど、今回も両手をあげて言えそうにない。スマートになんでもこなすやつのくせに、なぜ僕に対してはいつも悩みのタネを撒いてくれるのだろう。
シーンを再現しただけだったというのを、どれだけの人が気づいてくれたのか。野次を鎮めて牽制してくれたとはいえ、誤解されたとしか思えず、僕は舞台どころじゃなくなっていた。
「えっ?」
僕と西園がステージにあがった瞬間、それまで湧いていた声がしんと静まり返った。
「あれ西園会長?」
「マホロって……藤川真穂路?」
少しして聞こえてきた声に、ぴくりと身体が反射的に動いてしまう。
何百という視線が僕に集まっているのだ。すでに噂になっていた西園とは違って、僕の写真は削除されて噂だけの状態だった。だから、みんな僕のことばかりを見て、ひそひそと何ごとかをささやきあっている。
胃の下あたりがぞわぞわと痺れたみたいになって、足がすくんでしまうのは無理もないと思う。
「あのマホロのコスプレって藤川だったんだ」
「西園と一緒に写ってたもんな」
ただ、バカにするような素振りはない。感心している様子で、笑みも不快感や嫌悪感みたいなものはいっさい感じられない。これからどう楽しませてくれるのかと期待しているような、そんな純粋なものだけだ。
僕のこの震えも緊張や怯えとは違う……高揚、と形容できる感覚かもしれない。
「エンゲルベルト・ユージーンです。ものまねしてもいいけど、わかるやつはいないだろうからやんない」
西園は棒立ちの僕をよそにスタンドマイクの前へ行き、相変わらずの調子でさっそくざわめきを笑いに変えてしまった。
「今日は手品をやるんだけど、その前に祝いの言葉だ。一年生諸君、入学おめでとう! そして在校生たちは進級おめでとう……って全員できたよな? もう一年繰り返すことになったやつとかはいない?」
「いねえよ!」
「つーか、いたらどうすんだよ」
「おお、それはよかった。留年しちゃうような学校に入学しちゃったとか、入学早々新入生に後悔させたくないからな」
「だったら言うなよ」
生徒たちは野次を飛ばすのも楽しげだ。西園は客席を湧かせながら着々と手品の準備まで始めていて、さすがという外ない。
「今日は手品をすることになった。『エンゲルの旋風』となんの関係があるのかとかは禁句な?」
「西園はいいから、藤川に喋らせろー!」
「マホロー!」
「はいはい、いま紹介してやるから……おいでマホロ」
そうだ。覚悟をしてきたのに、西園だけに任せていちゃだめだ。僕は小さく深呼吸をして唾を飲み込み、西園が空けたマイクの前へ踏み出した。
「こ、こんにちは。入学おめでとうございます」
「藤川〜!」
「真穂路ー! かわいいー!」
「ぼ、僕は生徒会の副会長をしています。なにか困ったことがあったら声をかけてください」
「困ったことがなくてもかけていい?」
「あ……はい。いいです」
「がちで?」
「……あの、これまでは取っつきにくい感じだったかもしれませんが、これからは気軽に声をかけてください……僕も……みなさんとお話できたら嬉しいです」
「めっちゃ喋りかけるわ」
「真穂路ちゃーん!」
言葉は拙いし噛んでしまったけれど、西園の言うとおり好意的な反応ばかりだった。恥ずかしさはどうしようもなくあるし、心臓はいまだばくばくとして収まらない。けれど不安感はなく、むしろ達成感に満ちていて、なによりも楽しい気持ちになっていた。
「オタクと何を話せって?」
好意的な声援のなか、あからさまにバカにするような声が聞こえてきた。すると今度は「同じ名前のキャラのコスプレするとか恥ずかしくないのかな」とも聞こえて「西園会長のお気に入りがコスでもカップルなんてやば」など、揶揄するような声があちこちから上がり始めた。
「あの……」
どうしよう。なにか言わなきゃ。
「……僕は」
なのに声が出ない。胃が掴まれたみたいになって、どうしたらいいかわからなくなった。
「真穂路、これ持って」
震えていたところ、西園からハンカチを差し出され思わず受け取った。
「あのさ、マホロはユージーンの恋人ってこと、知ってる?」
西園はハンカチに手を突っ込んで、手際よく手品を繰り出し、あっという間に花へと変えた。
「ジュ・テーム、マホロ。君には真紅の薔薇が一番似あう」
「えっ……」
客席のほうから絶叫なのか黄色い声なのかが聞こえてきて、僕は火でもつけられたみたいに身体が熱くなった。
いまのはユージーンがマホロに告白をしたときの台詞じゃないか。ファンなら誰もが知っている。それをユージーンの姿で言われたのだから、悶え死ねと言われているも同然だ。
目をしろくろさせていると西園は片目をつむり、今度はトランプを持って騒がしいほどの客席に掲げて見せた。
「てことで、真穂路にふざけた軽口叩くやつは覚悟しておけよ? じゃ、次はトランプいくよ」
さらりと言い、さらに騒ぎの大きくなった客席に向けて手品をし始めた。それからは牽制が効いたのか野次はぴたっと止まり、スムーズにすべての手品を披露することができた。
さすが西園、と言いたいところだけど、今回も両手をあげて言えそうにない。スマートになんでもこなすやつのくせに、なぜ僕に対してはいつも悩みのタネを撒いてくれるのだろう。
シーンを再現しただけだったというのを、どれだけの人が気づいてくれたのか。野次を鎮めて牽制してくれたとはいえ、誤解されたとしか思えず、僕は舞台どころじゃなくなっていた。



