西園生徒会長のお気に入り

「なにもしないよりましか」
「背に腹は代えられない」
「形振りかまっている場合じゃない」
 生徒会室の大きな机のうえには、僕の手品道具が並べられている。高原さんたちに披露したあと言われるがまま置きっぱなしにしておいたことで、使えるのではと取り出してみたのだ。
「そんな言い方するなら、使わなくていいです」
 しかしまるでデジャヴのようにまた高原さんたちから散々なことを言われて、紙袋に戻そうとした。
「まあ、待て。地味だけど、真穂路はかわいいし、絶対にウケる」
 すると西園から手を掴まれ阻まれてしまう。
「かわいくなんて……僕がやるんですか?」
「真穂路のじゃん」
「いや、西園会長がやるのかと」
「じゃ、二人でやろう」
「嫌ですよ」
「なんで」
「噂になりたくないし」
「今さら?」
「今さらじゃないですよ。ようやく落ち着いてきたところなんですから……」
 ねえ?と同意を求めて高原さんたちを見渡すと、生ぬるい視線を注がれていた。
「わたしは司会だから」
「俺は放送委員に指示出すし」
「わたしは進行の補助をするので」
 だから二人だろうと一人だろうと勝手に決めて?みたいに聞こえて頭を抱えたくなった。
 西園を説得できるはずがない。いつだって流されるはめになるのだから、西園の思惑どおりとなるに決まってる。
「じゃあ、さっそく始めるか」
 西園はやる気満々の顔で、話し合いは既に済んだとばかりな口ぶりだ。
 やっぱり……というか、説得する隙もない。助けを求めようにも三人はそそくさといなくなってしまい、僕はため息をつくしかなかった。
「でしたら、まずはやり方をお教えします」
「そんなのいいよ。説明書読めばできるし」
「……では、西園会長はどれにします?」
「それも後で決める」 
 後でって、だったら何を始めるんだ?
 不思議に思いながら西園を見つめていると、みるみる笑みが嫌な感じに変わっていく。
「なんですか、その顔」
「とりあえず、俺の家に行こう」
「……忘れ物ですか?」
「それもあるけど、全部の道具を持ってくるのは面倒だから、メイクとヘアセットだけは家でやったほうがいいと思う」
「……メイク?」
「さすがに服はこっちで着替えなきゃだけど」
「……服?」
「朝のうちでよかったな。今からなら生徒たちに見られないし」
「なんのことですか?」
 西園は僕の問いになにひとつ答えてくれず、にやりとしたまま「家が近くてよかった」とつぶやいて立ち上がった。

 ◇◇◇

「嫌です無理です二度と学校に来られません」
 いま僕は西園の部屋にいる。こんな時間なのにご両親はすでに出勤していて不在で、お姉さんは猫舌さんのもとに駆けつけているという。だからご挨拶しなきゃという緊張は杞憂だったけど、それどころじゃない大きな問題に直面していた。
「バレるのは時間の問題だって自分で言ってただろ?」
「それはバレないようになんとかしなきゃいけないって話であって、自らバラす方向へ向かう覚悟を決めたわけじゃありません」
「俺もいるんだから大丈夫だって。かわいいし、そっくりだし、みんなファンになるだけだって」
 西園は髪をセットしながら横目でふざけたことをぬかしてくれている。
「僕は西園会長と違うんです。同じように考えないでください」
「なにも違わない……っつーか、ワンちゃんバレないって可能性もあるし」
「は? 壇上にいるのが僕ってことがわからない、ってことですか?」
「そう」
 今度は本気のような目で、僕は全身の血液が一気に上へ集まるような感覚を覚えた。
「そんなわけないだろ!」
 思わず声を荒らげてしまい、西園はきょとんとした顔になった。と思いきやすぐに口の端をにやーっと吊り上げて勢いよく僕のほうへ向かってきた。
「かわいい……俺の真穂路!」
 感激した様子で抱きしめられて困惑が増す。今のどこに心震わす要素があった?
「やめてください。……そもそも二人も必要とは思えません。ユージーンだけで十分ですよ」
「俺ひとりってこと?」
「僕の存在はむしろ邪魔になると思います。西園会長は人気がありますし、盛り上げるのも上手いですし」
「……盛り上げたって、俺ひとりじゃ限界がある。ヒロインがいなかったら大幅に欠けるよ」
「欠けません」
「欠ける。そもそも俺のテンションが上がらない」
「は?」
「真穂路が横にいないと俺の力は半減……どころか笑顔すらつくれないと思う」
 またふざけたことを言っている。こうなったら本気で説得にかからなきゃだめだ。いかに僕がコスを嫌がっているか、なぜ拒否しているのかわかってもらわないといけない。
「聞いてください。真剣な話ですが、僕は真穂路という名前が嫌なんです。マホロと繋げて見られて恥をかいたことがあって……」
「だからわざとぼっちになってたって?」
 やはり見透かされていたようだ。だったら他の人に対するように僕の気持ちも汲んでくれたらいいのに。
「……人と関わるのが苦手なんです」
「苦手なままでいたいの?」
「えっ?」
「真穂路は選べるよ。このまま人を避け続けることもできるし、変えることもできる。どっちにしろ俺は真穂路から離れないから二度とぼっちにはならないけど」
 またバカなことを……と頭では呆れたのに、上っていた血は急激に頬へ集まってしまった。
「僕は選んだわけじゃ……」
「わざとじゃなきゃ真穂路がぼっちになるわけないじゃん。一緒にいて楽しいし、話は面白いし、真穂路と話してみたいやつはいっぱいいると思う。つーかオタってこと隠してなんになるんだ?」
「えっ?」
「堂々としてりゃいいじゃん。同じ名前で何が悪いんだ?」
「それは……」
「バカにするやつがいたとして、全員が同じように考えているなんてあり得ない。人の好きなものをネタに軽口を利くようなやつは関わる価値もないんだし、そんなやつ無視してりゃいい」
 西園の言うとおりだった。全員が全員、僕をバカにしたわけじゃない。最初のひとりが発した意見に流されるのは世の常であり、指摘されずともわかっていた。小学生なんて特に、自分で判断できる下地がまだ養われていない。気にする必要のない些細なことで、本当はここまで引きずるほどのトラウマじゃなかった。
 わかっている。だけどそれは僕も同じだった。一度だろうが失敗は失敗で、僕の力だけじゃ乗り越えられなかった。壁をつくったせいで、僕がひとりだったからだ。
「俺の場合もそうだっただろ? エンオタだって知られても、ほとんどのやつは前と態度を変えなかった」
 ほとんどというか、まったく変わらなかった。知らないところで陰口なんかがささやかれているのかもしれないけど、僕の見た限りでは西園がオタクだと知られても、人気に影響は感じられなかった。むしろ意外な面を知ったと言ってますます増えたようにも思えた。
「惚れた相手に振られても嫌いになれないのと一緒」
 いきなり話が飛躍してぎょっとする。高原さんが話していたように、何人もから告白されているってあの話なのだろうか。
「……好きな人がオタクだって知っても幻滅しないってことですか?」
「そう。本当に惚れてるやつは、相手の新しい面を知って気持ちを変えたりしない。相手が殺人鬼だったとか親の仇だったとかなら別かもしれないけど、趣味くらいで冷めるようなやつは相手が好きなんじゃなくて、惚れてる自分が好きなだけだ。だから告って振られた場合は嫌いになったりする。まあ、そういうやつらは極少数だけど、見る目を変えるようなやつがいた場合にも、そもそも気が合わないやつだろうから、全部気にすんなってこと」
 自慢話をするタイプじゃないのに珍しい、と思っていたら僕を励ますためだったようだ。コスが目的なのはわかっているけど、わかりつつも嬉しく感じてしまう。
「男同士の恋愛も珍しくないし、堂々としてたらむしろ応援してくれると思う」
「……いきなりなんの話ですか?」
「真穂路が俺の胸に飛び込んでくれないのは、そこに抵抗があるのかなって」
「胸に飛び込む?」
「いっそ今日で全部の壁を壊しちゃえよ。本当はクラスメイトのやつらと話したり、ツッコミ入れたりしたいんだろ? 俺と話してるみたいに」
「それと胸に飛び込むのとコスプレに何の関係があるんですか?」
「全部関わってる。コスプレは言わば話の口火を切るネタだ。提供してやれば話しかけやすくなるし、俺はいつだって受け止められるよう待機してるし、真穂路が素直にさえなれば全部の願いが叶う」
 いいアイデアだろと言わんばかりの笑みを見て、脱力してしまう。
「僕の願いは現状のままでいたいだけですので」
「あ、そ。わかった」
「……わかったって、僕がコスをするのを諦めてくれるんですか」
「ああ。そこまで嫌ならいい」
 あっさりと肯定され、逆に背筋がぞっとなる。こんな簡単に折れてくれるはずがない。
「つまり、西園会長がおひとりでやってくれるってことですか?」
「俺もやらない。火事のことは伝えてあるし、ぶっちしても森川がなんとかしてくれるだろ」
 そうきたか! 西園の繰り出す手には慣れていつもりだったけど、まさかあと三時間もないという状況で面倒くさい方向へ舵取りするとは思わなかった。
「そんな無責任なことしちゃだめですよ」
「なんで? 真穂路が嫌なら俺もやめる。真穂路がいなきゃテンション上がらないし」
「本気じゃないですよね?」
「本気だよ。今回の場合、ドタキャンしたって問題はないし、俺にだって優先順位ってものがあるから」
「優先順位?」
「俺がコスをする前提は真穂路の存在があってのことだから」
「はあ? 僕と会う前からしてたじゃないですか。エンオタだからでしょう?」
「前はな。今は違う」
 もはや脅しだ。ふざけてばかりいても、不誠実なやつじゃないと思っていたのに。
「でしたら手品だけするってのはいかがですか?」
「コスは抜きでってこと?」
「はい」
「だったら真穂路ひとりでやれば?」
 頑として聞くつもりはないようだ。今回ばかりは手段を選ばないらしい。僕ひとりで手品ショーをするか、西園とふたりでコスをしてするかの二択になってしまった。
 どちらにせよ僕が壇上にあがることは変わらない。出し物をキャンセルしない限り、僕が恥をかくのは決定事項のようだ。
 恥をかくなんて決まったわけじゃないけど、目立つのを忌避していたのに正反対な事態になるのは確かだ。どうしよう。だったらやめるか?
 西園の言うように、ドタキャンしたところで誰も責めないし、たかがプライドの問題だ。
 あと二時間四十六分。……いや、四十五分になった。キャンセルするにしても早く決めて告知しなければならない。高原さんたちは手品ショーの前提で関係各所に説明するため走り回っている。だから、早くメールをしたほうがいい。
 手品ショーなんてやらないほうがましなのだから。生徒たちは一刻でも早くつまらない会から解放されて、クラスメイトたちとの友好を築いたり楽しいスマホのなかへ戻りたいと思うだろう。だから、迷っている余裕はない。
 コスをしたところでバカにされるだけ。西園のユージーンはかっこいいけれど、真穂路がマホロに扮したらお笑い草だ。笑われてバカにされて、たいして凄くもない手品なんかして。ウケるとか言われて話題になって、ほんのひとときでもネタにされて、そしてしばらくは忘れられないだろう。そんなバカなことをするやつなんていないのだから。きっと、スマホのなかにも見つけられない奇抜なことに違いない。
 だから、よくやったって、西園も笑うだろう。
 バカにするような笑いじゃなくて、頑張ったなって抱きしめてきそうだ。
 やればできるじゃんって言って、さすが俺の真穂路とかまで言うかもしれない。僕はマホロじゃないし、西園の推しではないけれど、きっと西園は喜んでくれる。
 このままキャンセルしたらその笑顔は見られない。見ることができるのは、僕が一歩踏み出した場合だ。小さいけれど僕にとっては大きなその一歩を踏み出すだけで見ることができるのなら、悪くないかもしれない。