「てことで、俺は六時に来るけど、来れるやつもなるべく早く来てくれよな」
生徒会室にて、西園が役員たちを見渡しながら言った。メンバーたちは「はーい」と答えて帰り支度をして、前日の会議は解散となった。
とうとう明日は新入生歓迎会だ。体育祭や文化祭とは違って一時間もない催しなので、大した規模ではない。準備は滞りなく済んでいるし、あとはスケジュールどおり事が運べば成功だ。
「藤川は何時に来る?」
生徒会室を出て昇降口へと向かう道すがら、高原さんが聞いてきた。
「何時でも平気ですけど、六時に行くべきでしょうか?」
「行ったら、会長は嬉しいんじゃない?」
「またその話ですか?」
「うん。だってさ、やっぱ藤川たち何かあるでしょ?」
「……なにもないですよ」
「じゃ、会長に彼女がいるってほんとなの?」
「僕に聞かないでください」
「……会長と仲のいい柏木や持田に聞いてもみんな知らないって言うんだよ? 藤川に聞くしかないじゃん」
「その二人が知らないことを僕が知ってるはずないですよ」
「二人も同じこと言ってたけど……」
「てか、本人に聞けばいいじゃないですか」
「聞いたよ。当然。いないって言われた」
「じゃあ、僕に聞く必要ないじゃないですか」
「でもさ、前はフリーだったことないんだよ?」
「えっ?」
「相手がいれば振られても納得できるじゃん? 付き合ってなくても片思いだけでもさ。公にするかは個人の自由だけど、リアコしてる友達がかなり参っちゃってて、見てられないんだよね」
「……誰か振られたんですか?」
「振られてるよ。何人も。フリーだって言うから何人も告ってるけど、みんな玉砕」
「へえ……」
モテることは知っていたけど、頻繁に告白されていたとまでは知らなかった。最近は少なくとも二日に一度は西園の家へ遊びに行っているし、頻繁にメールもしている。話題のほとんどがエン旋のことだからかもしれないけど、にしてもそんな素振りはまったくなかった。
「やっぱあのアニメのコスプレ写真に写ってた子が彼女なのかな」
「……さあ。そもそもが西園会長ってこと自体決まったわけじゃないんですし、てことでお疲れ様です」
「は? え? ちょっと逃げるつもり? ……やっぱ知ってるんじゃないの?」
憤慨したような高原さんの声が聞こえてきたけど、僕は聞こえないふりをして昇降口を駆け出ていった。
一週間前に西園の家で話していたときに届いたメールは、高原さんからのものだった。
内容は、キャタンのアカウントに時折現れるユージーンは西園なのでは、との疑念が広まりつつあるというものだった。
キャタンと猫舌さんを同一人物とするSNSのポストがバズったことで、生徒のひとりがユージーンと西園を結びつけて検証してみたのが発端だという。エンオタであることが事前に広まっていたことと、西園姉弟がそっくりだったこと、そして猫舌さんと繋がっていることから推測したとの経緯らしい。
メイクをしているけど似ているといって話題になり、また高画質であったことがわざわいし、拡大して比較したら西園にしか見えないと言って、またたく間に生徒たちの間で拡散された。
西園は否定し、はぐらかしたが、信じる人は少なかった。確信には至らないまでも、ほぼ事実として今や公然の秘密となっている。
「僕ってバレるのも時間の問題な気がしてきました……」
新入生歓迎会当日、六時五分前に到着した僕は西園と二人で職員玄関から入って生徒会室へと向かっていた。
「いっそ堂々と宣言しちゃう?」
「勘弁してくださいよ」
「だって、そうしたらすっきりするんだろ?」
「しませんよ。僕はエンオタってこと打ち明けていませんし、バレたくないんですから」
「……そっちじゃなくて、俺らのこと」
ん?
返答としての違和感を覚えて、僕は足を止めた。
「僕らのことって、エンオタ仲間ってことですよね?」
「違うよ。俺と真穂路がラブラブカップルってこと」
「はあ?」
ラブラブカップルってどういう意味……って、ひとつしかない。何を言ってるんだ、こいつは!
「フリーじゃないってわかれば高原の友達も納得できるんだろ?」
「だからって嘘ついちゃだめですよ! しかも僕となんて……」
「……やっぱだめ?」
西園はにやりと笑った。冗談だったとわかり、かーっと頬が熱くなる。一瞬でも本気に取ってしまった自分が恥ずかしい。
「ふざけるのはやめてください!」
「ふざけてないよ。はっきり振られるのが怖くて冗談っぽくしてるだけで」
ほら、と西園は言いながら硬直していた僕の手を掴んで自分の胸に当てた。
「やめてください!」
手を振りほどくと、西園の笑みがくしゃりと歪み、見たこともないほど切なげな顔になった。
ふざけてるはずが、あの顔はなんだ? まるで本当に痛みを感じているみたいじゃないか。
「ん?」
ばくばくと鼓動を逸らせていたら、西園はなにかに気がついたようにはっとし、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「……はい」
電話だったらしく、西園はスマホを耳に当て話し始めた。朝の六時に電話をかけてくるなんて、よっぽど親しい仲に違いない。
「……ちょ、落ち着いて。がちで?」
まさか本当に彼女がいるのか、と思っていたら西園の顔がみるみる青くなっていく。もしかしたら家族に不幸でもあったのだろうか。
「何言ってんの? いやいや、こっちはなんとでもなる。気にしなくていいから、みあおさんは病院行って。つーか、俺に電話なんかしてる場合じゃないだろ? こっちのことはいいから。……うん。いいって。切るよ?」
西園は憔悴した様子で通話を切り、僕に青ざめた顔を向けてきた。
「猫舌さんだったんですか?」
「そう。マンションが火事になったらしい」
「えっ?」
「怪我はないみたいだけど、隣の部屋だったみたいで……一応病院行けって言って……」
「それは……大変な……」
命に別状はないようだけど、自宅が火事になるなんて考えるだけでもつらい。一度しか会っていないけれどキャタンとしての活動は追っていたし、他人事とは思えず心配だ。
「ああ。でも実家は近くだし、しっかりしてる人だから大丈夫だと思う」
「そうですか……」
確かに、高校生の僕らが騒いだところでなんにもならない。それに、僕らは僕らで火事の余波を受けたことがある。
「……あと四時間か」
四時間後には新入生歓迎会が始まってしまう。猫舌さんが出演する予定で今日まで準備万端整えてきた。
「やむを得ない事態ですよね……」
「……天災みたいなもんなんだし、ドタキャンも致し方なしだろう」
「納得してもらえるのでしょうか」
「観客っていっても生徒だけだし、部活動の紹介もあるから、出し物くらい中止になってもわかってもらえると思う……」
けど、と西園は続けたいのだろうと思った。
外部から観客を呼んだわけでもなく、大掛かりな体育祭や文化祭とも違う。本来は生徒会役員がコントをしたり上級生が合唱したりするような規模としては小さなイベントだ。
でも生徒たちはだいぶ前から楽しみにしていて、僕ら生徒会にとっては初めての仕事だ。
全部なしにしてしまっていいのか? どうにかできないものか。
僕は考えて、西園と目を合わせた。西園も同じことを考えている。目を見てわかった。
キャンセルするならギリギリでも同じことだ。まだ四時間あるのだから、直前までやれるだけのことはやろう。
僕らは頷き合い、どちらともなく生徒会室へ足を踏み出した。
生徒会室にて、西園が役員たちを見渡しながら言った。メンバーたちは「はーい」と答えて帰り支度をして、前日の会議は解散となった。
とうとう明日は新入生歓迎会だ。体育祭や文化祭とは違って一時間もない催しなので、大した規模ではない。準備は滞りなく済んでいるし、あとはスケジュールどおり事が運べば成功だ。
「藤川は何時に来る?」
生徒会室を出て昇降口へと向かう道すがら、高原さんが聞いてきた。
「何時でも平気ですけど、六時に行くべきでしょうか?」
「行ったら、会長は嬉しいんじゃない?」
「またその話ですか?」
「うん。だってさ、やっぱ藤川たち何かあるでしょ?」
「……なにもないですよ」
「じゃ、会長に彼女がいるってほんとなの?」
「僕に聞かないでください」
「……会長と仲のいい柏木や持田に聞いてもみんな知らないって言うんだよ? 藤川に聞くしかないじゃん」
「その二人が知らないことを僕が知ってるはずないですよ」
「二人も同じこと言ってたけど……」
「てか、本人に聞けばいいじゃないですか」
「聞いたよ。当然。いないって言われた」
「じゃあ、僕に聞く必要ないじゃないですか」
「でもさ、前はフリーだったことないんだよ?」
「えっ?」
「相手がいれば振られても納得できるじゃん? 付き合ってなくても片思いだけでもさ。公にするかは個人の自由だけど、リアコしてる友達がかなり参っちゃってて、見てられないんだよね」
「……誰か振られたんですか?」
「振られてるよ。何人も。フリーだって言うから何人も告ってるけど、みんな玉砕」
「へえ……」
モテることは知っていたけど、頻繁に告白されていたとまでは知らなかった。最近は少なくとも二日に一度は西園の家へ遊びに行っているし、頻繁にメールもしている。話題のほとんどがエン旋のことだからかもしれないけど、にしてもそんな素振りはまったくなかった。
「やっぱあのアニメのコスプレ写真に写ってた子が彼女なのかな」
「……さあ。そもそもが西園会長ってこと自体決まったわけじゃないんですし、てことでお疲れ様です」
「は? え? ちょっと逃げるつもり? ……やっぱ知ってるんじゃないの?」
憤慨したような高原さんの声が聞こえてきたけど、僕は聞こえないふりをして昇降口を駆け出ていった。
一週間前に西園の家で話していたときに届いたメールは、高原さんからのものだった。
内容は、キャタンのアカウントに時折現れるユージーンは西園なのでは、との疑念が広まりつつあるというものだった。
キャタンと猫舌さんを同一人物とするSNSのポストがバズったことで、生徒のひとりがユージーンと西園を結びつけて検証してみたのが発端だという。エンオタであることが事前に広まっていたことと、西園姉弟がそっくりだったこと、そして猫舌さんと繋がっていることから推測したとの経緯らしい。
メイクをしているけど似ているといって話題になり、また高画質であったことがわざわいし、拡大して比較したら西園にしか見えないと言って、またたく間に生徒たちの間で拡散された。
西園は否定し、はぐらかしたが、信じる人は少なかった。確信には至らないまでも、ほぼ事実として今や公然の秘密となっている。
「僕ってバレるのも時間の問題な気がしてきました……」
新入生歓迎会当日、六時五分前に到着した僕は西園と二人で職員玄関から入って生徒会室へと向かっていた。
「いっそ堂々と宣言しちゃう?」
「勘弁してくださいよ」
「だって、そうしたらすっきりするんだろ?」
「しませんよ。僕はエンオタってこと打ち明けていませんし、バレたくないんですから」
「……そっちじゃなくて、俺らのこと」
ん?
返答としての違和感を覚えて、僕は足を止めた。
「僕らのことって、エンオタ仲間ってことですよね?」
「違うよ。俺と真穂路がラブラブカップルってこと」
「はあ?」
ラブラブカップルってどういう意味……って、ひとつしかない。何を言ってるんだ、こいつは!
「フリーじゃないってわかれば高原の友達も納得できるんだろ?」
「だからって嘘ついちゃだめですよ! しかも僕となんて……」
「……やっぱだめ?」
西園はにやりと笑った。冗談だったとわかり、かーっと頬が熱くなる。一瞬でも本気に取ってしまった自分が恥ずかしい。
「ふざけるのはやめてください!」
「ふざけてないよ。はっきり振られるのが怖くて冗談っぽくしてるだけで」
ほら、と西園は言いながら硬直していた僕の手を掴んで自分の胸に当てた。
「やめてください!」
手を振りほどくと、西園の笑みがくしゃりと歪み、見たこともないほど切なげな顔になった。
ふざけてるはずが、あの顔はなんだ? まるで本当に痛みを感じているみたいじゃないか。
「ん?」
ばくばくと鼓動を逸らせていたら、西園はなにかに気がついたようにはっとし、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「……はい」
電話だったらしく、西園はスマホを耳に当て話し始めた。朝の六時に電話をかけてくるなんて、よっぽど親しい仲に違いない。
「……ちょ、落ち着いて。がちで?」
まさか本当に彼女がいるのか、と思っていたら西園の顔がみるみる青くなっていく。もしかしたら家族に不幸でもあったのだろうか。
「何言ってんの? いやいや、こっちはなんとでもなる。気にしなくていいから、みあおさんは病院行って。つーか、俺に電話なんかしてる場合じゃないだろ? こっちのことはいいから。……うん。いいって。切るよ?」
西園は憔悴した様子で通話を切り、僕に青ざめた顔を向けてきた。
「猫舌さんだったんですか?」
「そう。マンションが火事になったらしい」
「えっ?」
「怪我はないみたいだけど、隣の部屋だったみたいで……一応病院行けって言って……」
「それは……大変な……」
命に別状はないようだけど、自宅が火事になるなんて考えるだけでもつらい。一度しか会っていないけれどキャタンとしての活動は追っていたし、他人事とは思えず心配だ。
「ああ。でも実家は近くだし、しっかりしてる人だから大丈夫だと思う」
「そうですか……」
確かに、高校生の僕らが騒いだところでなんにもならない。それに、僕らは僕らで火事の余波を受けたことがある。
「……あと四時間か」
四時間後には新入生歓迎会が始まってしまう。猫舌さんが出演する予定で今日まで準備万端整えてきた。
「やむを得ない事態ですよね……」
「……天災みたいなもんなんだし、ドタキャンも致し方なしだろう」
「納得してもらえるのでしょうか」
「観客っていっても生徒だけだし、部活動の紹介もあるから、出し物くらい中止になってもわかってもらえると思う……」
けど、と西園は続けたいのだろうと思った。
外部から観客を呼んだわけでもなく、大掛かりな体育祭や文化祭とも違う。本来は生徒会役員がコントをしたり上級生が合唱したりするような規模としては小さなイベントだ。
でも生徒たちはだいぶ前から楽しみにしていて、僕ら生徒会にとっては初めての仕事だ。
全部なしにしてしまっていいのか? どうにかできないものか。
僕は考えて、西園と目を合わせた。西園も同じことを考えている。目を見てわかった。
キャンセルするならギリギリでも同じことだ。まだ四時間あるのだから、直前までやれるだけのことはやろう。
僕らは頷き合い、どちらともなく生徒会室へ足を踏み出した。



