「西園会長と別れたの?」
二週間ほど経ったある日の昼休み、またもや僕は高原さんたち生徒会役員の三人に呼び出されていた。
「別れるもなにも、そういった結果になる前提がまずありませんので……」
三人は長机の向こうに並んでいて、僕はひとりだ。なにひとつ後ろめたいことはないのに、まるで尋問を受けているような構図に背筋が丸くなる。
「『エンゲルの旋風』のオタだったってあれ、カモフラージュでしょ?」
「まさか! ……いえ、事実だと思いますけど」
「だったら最近の会長の態度はなに? 藤川と目も合わせないし、話しかけもしない。会議があってもさっさと帰っちゃうし、前とぜんぜん違うじゃん」
高原さんの言うとおり、二度めにコスプレをしてココアをもらった日の翌日から西園はぱったり僕に近づかなくなっていた。
「……恥ずかしくなったんじゃないんですか? さすがに」
「あり得ない」
三人から一斉に言われて怯む。
「これまで、会長が誰か特定の相手を避けるようなこと、あった?」
片平さんが言い、高原さんが首を振った。
「わたしの知る限りない。会長がそんなことしたら噂になるし」
そうだな、と笹森くんも同意する。
「そもそも西園が誰かと噂になるってこと自体が藤川と以外になかった」
「うん。だから藤川だけが『西園生徒会長のお気に入り』で、特別なんだよ」
高原さんが総括した言葉に二人も頷いている。
「恥ずかしさを感じるキャラじゃないし、オタ活に飽きたのか藤川と別れたのか以外に考えられない」
オタ活に飽きたというのは、マホロへの興味を失ったことで僕に対するのも同様だと言いたいのだろう。生粋のエンオタである西園に限っては、まずエン旋に飽きるということ自体があり得ない。
「それは暴論すぎません?」
「じゃあ他に理由をあげられる?」
あげられるけど、とてもではないが打ち明けられない。
「そもそもの話ですが、僕は西園会長から避けられていません。たまたま最近顔を合わせないだけで、僕としては以前とまったく変わっていないと思います」
「てことは、別れてないんだ?」
「ですから、その前提がないので……」
「ふうん」
結局のところ信じてくれなかったようだ。直後に僕は解放されたのだけど、三人の不服な顔つきを見るにこれ以上聞いても埒があかないからとでも言いたい様子が窺えた。
こんなことになるくらいなら、へたに手を打たなければよかった。
なにもかも西園のせいなのに、なぜ僕がこんな目に遭い、悔やまなければならないのだろう。いや、西園だけというのは言いすぎか。僕にも多少の責任はある。嬉々としてポーズを決めて、猫舌さんから向けられたスマホに笑みを返したのは僕なのだ。
彼女がキャタンと言うSNS活動をしているレイヤーだと知りながらなのだから、いくら流されたといっても全部が西園のせいじゃない。
「うう……」
僕は頭を抱えたいのをなんとか堪え、そわそわとしながら二コマの授業を受けたあと、放課を告げるチャイムが鳴った瞬間に教室を飛び出した。
「西園会長はいらっしゃいますか?」
向かった先は西園のクラスだ。急ぎすぎたからか、生徒のほとんどが教室に残っている。めちゃくちゃ注目を浴びてしまったけれど、気にしている余裕はない。
「真穂路? どうしたんだ?」
「生徒会のことで……」
西園は驚きつつも、リュックを持ってドアのところにまで来てくれた。
「なんかあった?」
「……ここではちょっと……別の場所でお話しします」
小声で言うと、西園はじゃあ家でと誘ってくれて、すぐに西園の家へ向かった。
「もしかして、今度は話さなくなったことがおかしいって話をされた?」
到着するがいなや西園はおかしげに言い、僕は項垂れつつ肯定した。
「だからやめておけばよかったのに、とかはやめてください」
「あ、俺のことわかってくれてる。まさに言おうとしてた、それ」
けらけらとした態度の西園からはすでに反省の色がなく、完全にいつもの調子だ。二週間も経ってなお殊勝な態度を取れとは言わないけど、僕のほうはいまだ尾を引いているので少し腹立たしい。
「事故みたいなものだし、よっぽど詮索好きなやつじゃないとたどり着かないって。真穂路のコス写真なんか」
なんか、とは言われたくはないけど、事実だから仕方がない。
いかに褒めてくれようと所詮僕は素人で、三人とは比較にもならない平凡な顔立ちなのだから。
そんな僕の写真がキャタンのアカウントに載ったところで、気にしているのはこの世界で僕しかいない。と、何度も指摘されて耳はもうタコでいっぱいだ。
『俺はかわいいと思うし、大好きだけど……スマホの壁紙にしたいくらい』
なんて西園の言葉も慰めだとわかっている。
二週間前、僕がマホロのコスプレをした写真が一時間十六分もの間ネットにあがるという最悪な事件が起きた。猫舌さんがキャタンのアカウントにコスプレ写真をアップした際、僕と西園の写ったものも選択してしまったのだという。猫舌さんは自覚もなく気づいてさえおらず、ファンがコメントしてくれたことで発覚した。マホロのコス自体は珍しくないもののキャタンのアカウントでは初めてのことだったらしく、だからと言及してくれたファンには足を向けて寝られない。
「ですが、保存されてどこかにアップされているかもしれませんし」
「可能性はゼロじゃないけど、そうそうないよ。あったとしても真穂路を知ってるやつの目には止まらないって」
さらには、見たところで僕だとは気づかない。と続くのはもう何度も聞いた。猫舌さんと西園から平謝りされたあと、絶望した僕を慰めようとして繰り返し説いてくれた文言だ。
「……わかってますけど、極端なことをすると目を引いてしまうようですので、明日からはほどほどにしてもらおうと、それをお話したかったのです」
「わかった。いいよ。そのほうが俺は嬉しいし」
「すみません……行動を強いるようなことばかりお願いして」
「別に。俺のせいだし、それにユージーンはマホロの尻に敷かれるのが普通じゃん?」
「僕はマホロじゃありませんし、尻に敷いた覚えもありません」
「敷いてくれてもいいし、敬語もやめて欲しいんだけど」
「……マホロみたいにってことですか?」
マホロはいわゆるツンデレキャラというやつで、年下なのに生意気な口調で突っかかり、恋人のユージーに対しても基本は素気ない態度を取るのが常なのだ。
「ただ俺の好みってだけ」
「本当にマホロオタなんですね」
「マホロはいま関係ないだろ。真穂路の話をしてるんだから」
僕に無理やりコスプレの衣装を渡してきたくせに、今も西園は僕とマホロは分けて見ていると口にする。
真穂路だから抱きしめるし、愛おしみたくなると言って二人きりになると相変わらずくっついてくる。
校内でやらなくなったのは僕が写真の件で責めたせいだけど、だからといって密室という状況下でするのはいかがなものか。まずいと思うし、恥ずかしさと戸惑いは以前と比較にならないくらいあって困り果てている。
『俺とユージーンが結びついたら、真穂路だって見る目が変わっただろ?』
真穂路のコスを渡されたときは、すごくショックを受けた。信じかけていたのに、まるで逆のことをされて嘘じゃないかとの怒りが湧いた。
でもその強引なところや、僕の気持ちをこれっぽっちも気にしない態度は、むしろ気が楽になるものだと気がついた。気持ちを窺わずとも本音がダダ漏れだし、僕のほうも気を遣うことなく本音をぶつけられるとわかったのだ。
それに、西園のユージーンを見て心を躍らせたのも事実だった。あれほど嫌だったのに、西園と並んで撮った写真を毎日見ずにはいられない。
完璧ともいえるマホロとユージーンを見ていると誇らしくすら思えてきて、いつの間にやら西園への怒りは感謝へと変わり、こんなふうにして放課後は遊びに来るようにもなっていた。
でもそんなことを西園には絶対に言えない。
強引に誘われて渋々ついてくる。そのスタンスを変えたら、抱きしめられたり、マホロオタじゃない目で僕を見ているというのを受け入れているように思われてしまう。そしたら僕らの関係はどうなる? 今なら同じ生徒会の仲間で、エンオタの同士だと言えばいい。けれど、どう形容すべきかを考えなきゃならないことになったら、今までと同じではいられない。考えるだけでも、絶対に無理だと青ざめることだった。
「あれ? 真穂路のスマホ鳴った?」
西園に言われて意識を外に向けると、スマホの振動音がかすかに聞こえた。
「僕ですか?」
親はまだ仕事の時間で、友人のいない僕のスマホが鳴るのは珍しい。驚きつつリュックの近くに投げ出していたスマホを手に取ると、メールの通知が届いていた。
「緊急事態?」
「……です。ユージーンが西園会長だって、バレたみたいです」
「えっ?」
二週間ほど経ったある日の昼休み、またもや僕は高原さんたち生徒会役員の三人に呼び出されていた。
「別れるもなにも、そういった結果になる前提がまずありませんので……」
三人は長机の向こうに並んでいて、僕はひとりだ。なにひとつ後ろめたいことはないのに、まるで尋問を受けているような構図に背筋が丸くなる。
「『エンゲルの旋風』のオタだったってあれ、カモフラージュでしょ?」
「まさか! ……いえ、事実だと思いますけど」
「だったら最近の会長の態度はなに? 藤川と目も合わせないし、話しかけもしない。会議があってもさっさと帰っちゃうし、前とぜんぜん違うじゃん」
高原さんの言うとおり、二度めにコスプレをしてココアをもらった日の翌日から西園はぱったり僕に近づかなくなっていた。
「……恥ずかしくなったんじゃないんですか? さすがに」
「あり得ない」
三人から一斉に言われて怯む。
「これまで、会長が誰か特定の相手を避けるようなこと、あった?」
片平さんが言い、高原さんが首を振った。
「わたしの知る限りない。会長がそんなことしたら噂になるし」
そうだな、と笹森くんも同意する。
「そもそも西園が誰かと噂になるってこと自体が藤川と以外になかった」
「うん。だから藤川だけが『西園生徒会長のお気に入り』で、特別なんだよ」
高原さんが総括した言葉に二人も頷いている。
「恥ずかしさを感じるキャラじゃないし、オタ活に飽きたのか藤川と別れたのか以外に考えられない」
オタ活に飽きたというのは、マホロへの興味を失ったことで僕に対するのも同様だと言いたいのだろう。生粋のエンオタである西園に限っては、まずエン旋に飽きるということ自体があり得ない。
「それは暴論すぎません?」
「じゃあ他に理由をあげられる?」
あげられるけど、とてもではないが打ち明けられない。
「そもそもの話ですが、僕は西園会長から避けられていません。たまたま最近顔を合わせないだけで、僕としては以前とまったく変わっていないと思います」
「てことは、別れてないんだ?」
「ですから、その前提がないので……」
「ふうん」
結局のところ信じてくれなかったようだ。直後に僕は解放されたのだけど、三人の不服な顔つきを見るにこれ以上聞いても埒があかないからとでも言いたい様子が窺えた。
こんなことになるくらいなら、へたに手を打たなければよかった。
なにもかも西園のせいなのに、なぜ僕がこんな目に遭い、悔やまなければならないのだろう。いや、西園だけというのは言いすぎか。僕にも多少の責任はある。嬉々としてポーズを決めて、猫舌さんから向けられたスマホに笑みを返したのは僕なのだ。
彼女がキャタンと言うSNS活動をしているレイヤーだと知りながらなのだから、いくら流されたといっても全部が西園のせいじゃない。
「うう……」
僕は頭を抱えたいのをなんとか堪え、そわそわとしながら二コマの授業を受けたあと、放課を告げるチャイムが鳴った瞬間に教室を飛び出した。
「西園会長はいらっしゃいますか?」
向かった先は西園のクラスだ。急ぎすぎたからか、生徒のほとんどが教室に残っている。めちゃくちゃ注目を浴びてしまったけれど、気にしている余裕はない。
「真穂路? どうしたんだ?」
「生徒会のことで……」
西園は驚きつつも、リュックを持ってドアのところにまで来てくれた。
「なんかあった?」
「……ここではちょっと……別の場所でお話しします」
小声で言うと、西園はじゃあ家でと誘ってくれて、すぐに西園の家へ向かった。
「もしかして、今度は話さなくなったことがおかしいって話をされた?」
到着するがいなや西園はおかしげに言い、僕は項垂れつつ肯定した。
「だからやめておけばよかったのに、とかはやめてください」
「あ、俺のことわかってくれてる。まさに言おうとしてた、それ」
けらけらとした態度の西園からはすでに反省の色がなく、完全にいつもの調子だ。二週間も経ってなお殊勝な態度を取れとは言わないけど、僕のほうはいまだ尾を引いているので少し腹立たしい。
「事故みたいなものだし、よっぽど詮索好きなやつじゃないとたどり着かないって。真穂路のコス写真なんか」
なんか、とは言われたくはないけど、事実だから仕方がない。
いかに褒めてくれようと所詮僕は素人で、三人とは比較にもならない平凡な顔立ちなのだから。
そんな僕の写真がキャタンのアカウントに載ったところで、気にしているのはこの世界で僕しかいない。と、何度も指摘されて耳はもうタコでいっぱいだ。
『俺はかわいいと思うし、大好きだけど……スマホの壁紙にしたいくらい』
なんて西園の言葉も慰めだとわかっている。
二週間前、僕がマホロのコスプレをした写真が一時間十六分もの間ネットにあがるという最悪な事件が起きた。猫舌さんがキャタンのアカウントにコスプレ写真をアップした際、僕と西園の写ったものも選択してしまったのだという。猫舌さんは自覚もなく気づいてさえおらず、ファンがコメントしてくれたことで発覚した。マホロのコス自体は珍しくないもののキャタンのアカウントでは初めてのことだったらしく、だからと言及してくれたファンには足を向けて寝られない。
「ですが、保存されてどこかにアップされているかもしれませんし」
「可能性はゼロじゃないけど、そうそうないよ。あったとしても真穂路を知ってるやつの目には止まらないって」
さらには、見たところで僕だとは気づかない。と続くのはもう何度も聞いた。猫舌さんと西園から平謝りされたあと、絶望した僕を慰めようとして繰り返し説いてくれた文言だ。
「……わかってますけど、極端なことをすると目を引いてしまうようですので、明日からはほどほどにしてもらおうと、それをお話したかったのです」
「わかった。いいよ。そのほうが俺は嬉しいし」
「すみません……行動を強いるようなことばかりお願いして」
「別に。俺のせいだし、それにユージーンはマホロの尻に敷かれるのが普通じゃん?」
「僕はマホロじゃありませんし、尻に敷いた覚えもありません」
「敷いてくれてもいいし、敬語もやめて欲しいんだけど」
「……マホロみたいにってことですか?」
マホロはいわゆるツンデレキャラというやつで、年下なのに生意気な口調で突っかかり、恋人のユージーに対しても基本は素気ない態度を取るのが常なのだ。
「ただ俺の好みってだけ」
「本当にマホロオタなんですね」
「マホロはいま関係ないだろ。真穂路の話をしてるんだから」
僕に無理やりコスプレの衣装を渡してきたくせに、今も西園は僕とマホロは分けて見ていると口にする。
真穂路だから抱きしめるし、愛おしみたくなると言って二人きりになると相変わらずくっついてくる。
校内でやらなくなったのは僕が写真の件で責めたせいだけど、だからといって密室という状況下でするのはいかがなものか。まずいと思うし、恥ずかしさと戸惑いは以前と比較にならないくらいあって困り果てている。
『俺とユージーンが結びついたら、真穂路だって見る目が変わっただろ?』
真穂路のコスを渡されたときは、すごくショックを受けた。信じかけていたのに、まるで逆のことをされて嘘じゃないかとの怒りが湧いた。
でもその強引なところや、僕の気持ちをこれっぽっちも気にしない態度は、むしろ気が楽になるものだと気がついた。気持ちを窺わずとも本音がダダ漏れだし、僕のほうも気を遣うことなく本音をぶつけられるとわかったのだ。
それに、西園のユージーンを見て心を躍らせたのも事実だった。あれほど嫌だったのに、西園と並んで撮った写真を毎日見ずにはいられない。
完璧ともいえるマホロとユージーンを見ていると誇らしくすら思えてきて、いつの間にやら西園への怒りは感謝へと変わり、こんなふうにして放課後は遊びに来るようにもなっていた。
でもそんなことを西園には絶対に言えない。
強引に誘われて渋々ついてくる。そのスタンスを変えたら、抱きしめられたり、マホロオタじゃない目で僕を見ているというのを受け入れているように思われてしまう。そしたら僕らの関係はどうなる? 今なら同じ生徒会の仲間で、エンオタの同士だと言えばいい。けれど、どう形容すべきかを考えなきゃならないことになったら、今までと同じではいられない。考えるだけでも、絶対に無理だと青ざめることだった。
「あれ? 真穂路のスマホ鳴った?」
西園に言われて意識を外に向けると、スマホの振動音がかすかに聞こえた。
「僕ですか?」
親はまだ仕事の時間で、友人のいない僕のスマホが鳴るのは珍しい。驚きつつリュックの近くに投げ出していたスマホを手に取ると、メールの通知が届いていた。
「緊急事態?」
「……です。ユージーンが西園会長だって、バレたみたいです」
「えっ?」



