生徒会室の黒板には、厳しくも公正な結果が提示されていた。
『手品ショー』には一。横に並んだ『猫舌みあおライブ』には、はっきりと正の字が書かれてある。
「じゃ、正式に決まったってみあおさんに連絡しておくから」
西園弓弦生徒会長は僕の肩に手を置くと、生徒たちがきゃあきゃあ騒ぎそうなほど美麗な笑みを向けてきた。近くで見ると本当に綺麗で、天は二物を与えないというのは嘘だなと思った。
「ですが、音楽を聞かない生徒もいるわけですし、手品ショーと半々にするってのはどうでしょうか?」
僕としてみれば、誰もが必ず楽しめる手品ショーのほうがいいと思う。生徒会役員はどうやら全員がたまたまファンだったようだけど、だとすれば偏った決定となってしまうのではないかとの不安があった。
「真穂路は手品が得意なんだ?」
名前を呼ばれ、まだぐずぐずと僕のそばにいた西園を睨みつけた。西園は目を合わせてほっと口をタコみたいにすぼめ、目を三日月形に細めた。綺麗な顔が台無しだ。僕には関係ないし、まったく構わないけど。
「得意なわけじゃありません。楽しませるという点から見て、これ以上ないと導き出しました」
「……へえ。練習とかした?」
「しましたけど……」
「じゃ、見せて。この後真穂路の家に行ってもいい?」
なんで?
西園は僕の顔を見て、ぷっと吹き出した。
「がちで嫌そう!」
「……嫌ですよ」
「その顔!」
西園は腹を抱える勢いで笑い出した。人の顔を見て笑うなんて失礼極まりない。
だから嫌だってことがわからないのだろうか?
去年の秋、生徒会役員選挙が始まったあたりからこういった誘いをしつこいくらいにされてきた。無理強いしようとはしないけど、どれだけ断ってもくじけず同じ誘いを繰り返してくるものだから、かなり辟易している。
「お姉さんって、なんで猫みあと知り合いなの?」
いまだ笑い転げている西園に口元をひくつかせていると、書記の高原さんが、焦れたように西園のほうへ近寄ってきた。
「……同じ塾だったらしいよ。気が合ってよく一緒に勉強とかしてたんだって。みあおさんがV始める前」
「てことは、猫みあは年上か」
庶務の笹森くんがぼそりと言う。
「でも、ギャラ……っていうか、お礼金を渡さなきゃいけないわけでしょ? 予算的に大丈夫かな」
ひとり現実的な視点で指摘してくれたのは、会計の片平さんだけど、結局は誰もが僕の話をスルーしてくれている。
「さすがにそこは最初に話したって。でも、交通費と当日の食事代くらいでオッケーだってさ」
「うそ?」
「ほんと。なんでも、姉貴に恩返せんなら無償でもいいって言ってくれて」
「西園、おまえ猫みあと会ったのか?」
「……何度か会ってるよ。たまに家で飯食っていくし」
ざわ、と生徒会室の空気が変わり、会議どころじゃなくなってしまった。猫舌みあおとは、ボカロ曲を歌った動画が200万再生したばかりの動画配信者だ。人気がうなぎのぼりの有名人を新入生歓迎会に召喚できるなんて、どこまで規格外なやつなのか。
さすがと思うものの、感心を表に出したくはない。調子に乗られたら嫌だし、なにより西園を褒めたりなどの好意的な態度を見せるのは絶対に嫌だ。
あちこち駆けずり回って手品の道具を集めたというのに、無駄になる。それも少し無念で、僕は黒板に書かれた無様な結果を消し去って、音もなく生徒会室を後にした。
「お疲れ様です」
体育会系らしき野太い声をかけられて、振り返った。
「部活、頑張って」
すると真横から西園の声が聞こえて飛び上がりそうになった。
「あざーす」
下級生はにやにやと含むような笑みを浮かべて去っていった。
「ほら、真穂路も声をかけないと、副会長なんだからさ」
西園は言いながらなぜか僕の肩を抱き、青ざめた僕は全身で不快感を表すように思いっきり頭を下げて後退した。
「なに? 今の動き」
また笑い出している。確かに奇妙な動きをしたとの自覚はあったけれど、それほど嫌だったのだ。笑うより理解れよ!
「いちいち触るのやめてもらえますか?」
「なんで?」
キモいし、噂になりたくないからだよ!
「逆になんでべたべた触ってくるんですか?」
「触りたいから。てか男同士だし、仲間なんだからいいだろ?」
「よくありません。不快ですし、不服です」
きっぱり言うと、また西園はバカみたいに笑い出した。なにがおかしいのか、僕のほうがバカにされてるみたいで本当に面白くない。
「不服って、あの噂のこと? まさしくだからいいじゃん」
ふざけやがって。目に涙まで浮かべながらにやにやとする西園を見ていられず、僕は無視して歩き出した。
西園のいう噂とは、僕が『西園生徒会長のお気に入り』などと呼ばれていることだ。
生徒会役員選挙が始まるまでひと言も喋ったことがなかったというのに、西園は選挙中からいきなり話しかけてくるようになり、なぜか真穂路と呼び捨てにし、そればかりか馴れ馴れしくも触ったり抱きついたりの辱めをするようになった。
こんなことになるなら立候補しなければよかったと何度も後悔している。
僕は地味に目立たず生きていくために努力をしてきた。髪を伸ばしてバカみたいに大きな目を隠し、休み時間は読書か予習復習をして優等生キャラを演じていた。そうすればいじめられることもなく、かといって親しく声をかけてくるでもない絶妙なポジションを狙えると思ったからだ。
生徒会役員に立候補したのは、ついでとばかりに上がった成績のよさから教師に勧められたからで、務めれば内申もよくなるとの打算もあった。
平の役員はそれほど目立つ存在じゃない。生徒会長は別として、平はイベントで壇上にあがろうと名前すら覚えられないくらい地味な存在だと思い、そのくらいならいいかと内申のほうをとったのだ。
なのに今では不服極まりないことに目立ってしまっている。役員として慕われるのはまだしも、さっきの後輩のように僕らが一緒にいるとにやにやとした笑みを向けられたり、ひとりのときでも『西園会長は一緒じゃないんですか?』なんて声をかけられるようになったのだ。
西園はなぜ僕をこう苦しめるのか。意図がまるでわからず困惑するし、高校生の身空で胃に穴が開きそうだ。
「明日の午後、空いてる?」
靴を履き替えて昇降口を出たはずが、西園は内履きのまま追いかけてきやがった。
「空いてません」
何度誘われたのか数えてもいないが、一度として肯定的な答えを返したことはない。断られるとわかっているだろうにしつこいやつだ。
「バイト始めた?」
「……始めていません」
「じゃ、いいよな? みあおさんとの打ち合わせ」
「打ち合わせ?」
思わぬことを言われてはたと足を止める。
「俺だけだと確認漏れがあるかもしれないし」
もっともらしいことを言う。でもその手には乗らないぞ。
「だったら、笹森くんや福原さんをお連れしたらいかがですか? 猫舌さんのことをご存知でいらしたようですし」
「だからだよ。ファンだと話しづらいじゃん? みあおさんを困らせたくないからさ。てか、副会長なんだから真穂路が来るべきだよ」
またこれだ。いちいち副会長であることを持ち出してくるのにはいい加減うんざりしてきた。
生徒会長役員選挙は生徒会長とその他役員だけが決定される。副会長以下役員は会長が指名するのがこの学校の習わしで、書紀か会計あたりを狙っていた僕は西園によって副会長に任命されてしまった。選挙中の態度から嫌な予感はしていたけど、こんなふうに常々引っ張り出されるようになるとまでは思わなかった。
「予定があるので無理です」
「なんの?」
「プライベートなことなので」
「あ、そういうこと言う? 聞くだけいいじゃん」
「必要ないと思います」
「なに? 真穂路のことだから塾とか?」
「違います」
「親の用事?」
「違います」
「まさか、デート?」
ぎょっとした声がして、鼻を鳴らしてやりたくなった。僕に遊ぶ相手なんていないと思ってるんだろう。事実だけど西園にだけは指摘されたくない。なんかむかつく。
「……違います」
「よかった。真穂路に彼女とかいたらビビる」
なんだあの心底安堵した顔は。西園に彼女がいないようには思えないし、先を越されてむかつくみたいに思う必要はないだろうに、僕みたいなぼっちにいたら問題あるのだろうか。
「てことはひとりでする用事? 真穂路のことだから勉強とか?」
ビンゴだけど答えたくない。なおも無視して歩いていると、西園は校門を出てもまだついてくる。……内履きのまま。
「生徒会の仕事はプライベートに勝るんじゃないの?」
「……校内に於いてのことなら同意しますが、休日までは含まれないと思います」
「そんなことないよ。だって責任あるじゃん? みあおさんはギャラなしで出てくれるわけで、向こうも休みを削って打ち合わせに来てくれるんだよ? なのに頼む側が無責任なことしていいっていうの?」
正論にぐうの音も出ない。
「てことで、南沢駅の東口にあるスタバ。一時な」
西園は僕の肩を軽く叩くと、隣からいなくなってしまった。振り切るために早歩きをしていた僕は慌てて振り返り、長い足でずんずん校舎へ戻っていく西園を見て血の気が引いた。
このタイミングで去られたら行くしかなくなるじゃないか。なんとか他の役員で納得してもらわなきゃ。
駆け出そうとしたそのとき、すでに昇降口あたりにまで到達していた西園が片手をあげた。足が早すぎる、というか長すぎる。
相手はバスケ部の集団だったらしい。ジャージ姿の彼らは休憩時間なのかドリンクを飲みつつ西園に近づき、会話をし始めた。西園に声をかけるには、あそこへ割ってはいらなければならない。
十人はいるであろう騒がしい体育会系たちの前で声をかけるなど、無理だ。想像しただけで目まいがする。
僕はうなだれるしかなく、敗者のように西園から目を逸らして駅への道を歩き始めた。
『手品ショー』には一。横に並んだ『猫舌みあおライブ』には、はっきりと正の字が書かれてある。
「じゃ、正式に決まったってみあおさんに連絡しておくから」
西園弓弦生徒会長は僕の肩に手を置くと、生徒たちがきゃあきゃあ騒ぎそうなほど美麗な笑みを向けてきた。近くで見ると本当に綺麗で、天は二物を与えないというのは嘘だなと思った。
「ですが、音楽を聞かない生徒もいるわけですし、手品ショーと半々にするってのはどうでしょうか?」
僕としてみれば、誰もが必ず楽しめる手品ショーのほうがいいと思う。生徒会役員はどうやら全員がたまたまファンだったようだけど、だとすれば偏った決定となってしまうのではないかとの不安があった。
「真穂路は手品が得意なんだ?」
名前を呼ばれ、まだぐずぐずと僕のそばにいた西園を睨みつけた。西園は目を合わせてほっと口をタコみたいにすぼめ、目を三日月形に細めた。綺麗な顔が台無しだ。僕には関係ないし、まったく構わないけど。
「得意なわけじゃありません。楽しませるという点から見て、これ以上ないと導き出しました」
「……へえ。練習とかした?」
「しましたけど……」
「じゃ、見せて。この後真穂路の家に行ってもいい?」
なんで?
西園は僕の顔を見て、ぷっと吹き出した。
「がちで嫌そう!」
「……嫌ですよ」
「その顔!」
西園は腹を抱える勢いで笑い出した。人の顔を見て笑うなんて失礼極まりない。
だから嫌だってことがわからないのだろうか?
去年の秋、生徒会役員選挙が始まったあたりからこういった誘いをしつこいくらいにされてきた。無理強いしようとはしないけど、どれだけ断ってもくじけず同じ誘いを繰り返してくるものだから、かなり辟易している。
「お姉さんって、なんで猫みあと知り合いなの?」
いまだ笑い転げている西園に口元をひくつかせていると、書記の高原さんが、焦れたように西園のほうへ近寄ってきた。
「……同じ塾だったらしいよ。気が合ってよく一緒に勉強とかしてたんだって。みあおさんがV始める前」
「てことは、猫みあは年上か」
庶務の笹森くんがぼそりと言う。
「でも、ギャラ……っていうか、お礼金を渡さなきゃいけないわけでしょ? 予算的に大丈夫かな」
ひとり現実的な視点で指摘してくれたのは、会計の片平さんだけど、結局は誰もが僕の話をスルーしてくれている。
「さすがにそこは最初に話したって。でも、交通費と当日の食事代くらいでオッケーだってさ」
「うそ?」
「ほんと。なんでも、姉貴に恩返せんなら無償でもいいって言ってくれて」
「西園、おまえ猫みあと会ったのか?」
「……何度か会ってるよ。たまに家で飯食っていくし」
ざわ、と生徒会室の空気が変わり、会議どころじゃなくなってしまった。猫舌みあおとは、ボカロ曲を歌った動画が200万再生したばかりの動画配信者だ。人気がうなぎのぼりの有名人を新入生歓迎会に召喚できるなんて、どこまで規格外なやつなのか。
さすがと思うものの、感心を表に出したくはない。調子に乗られたら嫌だし、なにより西園を褒めたりなどの好意的な態度を見せるのは絶対に嫌だ。
あちこち駆けずり回って手品の道具を集めたというのに、無駄になる。それも少し無念で、僕は黒板に書かれた無様な結果を消し去って、音もなく生徒会室を後にした。
「お疲れ様です」
体育会系らしき野太い声をかけられて、振り返った。
「部活、頑張って」
すると真横から西園の声が聞こえて飛び上がりそうになった。
「あざーす」
下級生はにやにやと含むような笑みを浮かべて去っていった。
「ほら、真穂路も声をかけないと、副会長なんだからさ」
西園は言いながらなぜか僕の肩を抱き、青ざめた僕は全身で不快感を表すように思いっきり頭を下げて後退した。
「なに? 今の動き」
また笑い出している。確かに奇妙な動きをしたとの自覚はあったけれど、それほど嫌だったのだ。笑うより理解れよ!
「いちいち触るのやめてもらえますか?」
「なんで?」
キモいし、噂になりたくないからだよ!
「逆になんでべたべた触ってくるんですか?」
「触りたいから。てか男同士だし、仲間なんだからいいだろ?」
「よくありません。不快ですし、不服です」
きっぱり言うと、また西園はバカみたいに笑い出した。なにがおかしいのか、僕のほうがバカにされてるみたいで本当に面白くない。
「不服って、あの噂のこと? まさしくだからいいじゃん」
ふざけやがって。目に涙まで浮かべながらにやにやとする西園を見ていられず、僕は無視して歩き出した。
西園のいう噂とは、僕が『西園生徒会長のお気に入り』などと呼ばれていることだ。
生徒会役員選挙が始まるまでひと言も喋ったことがなかったというのに、西園は選挙中からいきなり話しかけてくるようになり、なぜか真穂路と呼び捨てにし、そればかりか馴れ馴れしくも触ったり抱きついたりの辱めをするようになった。
こんなことになるなら立候補しなければよかったと何度も後悔している。
僕は地味に目立たず生きていくために努力をしてきた。髪を伸ばしてバカみたいに大きな目を隠し、休み時間は読書か予習復習をして優等生キャラを演じていた。そうすればいじめられることもなく、かといって親しく声をかけてくるでもない絶妙なポジションを狙えると思ったからだ。
生徒会役員に立候補したのは、ついでとばかりに上がった成績のよさから教師に勧められたからで、務めれば内申もよくなるとの打算もあった。
平の役員はそれほど目立つ存在じゃない。生徒会長は別として、平はイベントで壇上にあがろうと名前すら覚えられないくらい地味な存在だと思い、そのくらいならいいかと内申のほうをとったのだ。
なのに今では不服極まりないことに目立ってしまっている。役員として慕われるのはまだしも、さっきの後輩のように僕らが一緒にいるとにやにやとした笑みを向けられたり、ひとりのときでも『西園会長は一緒じゃないんですか?』なんて声をかけられるようになったのだ。
西園はなぜ僕をこう苦しめるのか。意図がまるでわからず困惑するし、高校生の身空で胃に穴が開きそうだ。
「明日の午後、空いてる?」
靴を履き替えて昇降口を出たはずが、西園は内履きのまま追いかけてきやがった。
「空いてません」
何度誘われたのか数えてもいないが、一度として肯定的な答えを返したことはない。断られるとわかっているだろうにしつこいやつだ。
「バイト始めた?」
「……始めていません」
「じゃ、いいよな? みあおさんとの打ち合わせ」
「打ち合わせ?」
思わぬことを言われてはたと足を止める。
「俺だけだと確認漏れがあるかもしれないし」
もっともらしいことを言う。でもその手には乗らないぞ。
「だったら、笹森くんや福原さんをお連れしたらいかがですか? 猫舌さんのことをご存知でいらしたようですし」
「だからだよ。ファンだと話しづらいじゃん? みあおさんを困らせたくないからさ。てか、副会長なんだから真穂路が来るべきだよ」
またこれだ。いちいち副会長であることを持ち出してくるのにはいい加減うんざりしてきた。
生徒会長役員選挙は生徒会長とその他役員だけが決定される。副会長以下役員は会長が指名するのがこの学校の習わしで、書紀か会計あたりを狙っていた僕は西園によって副会長に任命されてしまった。選挙中の態度から嫌な予感はしていたけど、こんなふうに常々引っ張り出されるようになるとまでは思わなかった。
「予定があるので無理です」
「なんの?」
「プライベートなことなので」
「あ、そういうこと言う? 聞くだけいいじゃん」
「必要ないと思います」
「なに? 真穂路のことだから塾とか?」
「違います」
「親の用事?」
「違います」
「まさか、デート?」
ぎょっとした声がして、鼻を鳴らしてやりたくなった。僕に遊ぶ相手なんていないと思ってるんだろう。事実だけど西園にだけは指摘されたくない。なんかむかつく。
「……違います」
「よかった。真穂路に彼女とかいたらビビる」
なんだあの心底安堵した顔は。西園に彼女がいないようには思えないし、先を越されてむかつくみたいに思う必要はないだろうに、僕みたいなぼっちにいたら問題あるのだろうか。
「てことはひとりでする用事? 真穂路のことだから勉強とか?」
ビンゴだけど答えたくない。なおも無視して歩いていると、西園は校門を出てもまだついてくる。……内履きのまま。
「生徒会の仕事はプライベートに勝るんじゃないの?」
「……校内に於いてのことなら同意しますが、休日までは含まれないと思います」
「そんなことないよ。だって責任あるじゃん? みあおさんはギャラなしで出てくれるわけで、向こうも休みを削って打ち合わせに来てくれるんだよ? なのに頼む側が無責任なことしていいっていうの?」
正論にぐうの音も出ない。
「てことで、南沢駅の東口にあるスタバ。一時な」
西園は僕の肩を軽く叩くと、隣からいなくなってしまった。振り切るために早歩きをしていた僕は慌てて振り返り、長い足でずんずん校舎へ戻っていく西園を見て血の気が引いた。
このタイミングで去られたら行くしかなくなるじゃないか。なんとか他の役員で納得してもらわなきゃ。
駆け出そうとしたそのとき、すでに昇降口あたりにまで到達していた西園が片手をあげた。足が早すぎる、というか長すぎる。
相手はバスケ部の集団だったらしい。ジャージ姿の彼らは休憩時間なのかドリンクを飲みつつ西園に近づき、会話をし始めた。西園に声をかけるには、あそこへ割ってはいらなければならない。
十人はいるであろう騒がしい体育会系たちの前で声をかけるなど、無理だ。想像しただけで目まいがする。
僕はうなだれるしかなく、敗者のように西園から目を逸らして駅への道を歩き始めた。



