俺にだけ注文の多い客から逃げられない

 テレレ、テレレ、といつものポテトの揚がる音が響く。香ばしい匂いと賑わう客の声が店内に広がる。いつもと変わらないマッツの風景。そして、相変わらずカウンターの横にはあの男がいる。

「タロ、頑張ってるね」
 
 笑みを浮かべてひらりと手を振る。少女漫画ならば背後に花が咲くような華やかな笑みだ。

 雅と付き合い始めてからも、雅は俺のシフトの時間になると必ず店内に現れた。以前よりも甘い雰囲気で話しかけてくるものだから、付き合ってることが周囲にバレないか心配だ。既に数人にはバレてしまったし。
 テーブルを拭きながら、話しかけるな!とジェスチャーで伝えていると、横から別の男に声をかけられた。
 
「冴木氏、バーガー追加でお願いしたいでござる」
 
 バレた人1号が現れた。まあ塩谷はそもそも相談していたしバレるのは当然だ。もうかなり食べてると思うのにまだバーガーを頼むなんて、流石塩谷。
 すると、今度は誰かが塩谷に顔を近づけた。
 
「めっちゃ食うじゃん!美怜ちょっと食べてるとこ撮ってもいい?」

 バレた人2号だ。眩しい笑みでスマホを取り出している。
 美怜さんに至ってはどうしてバレたのか分からない。全然そんな素振り見せたつもりはなかったのに、雅が勝手にクラスでペラペラ話してるのかもしれない。本気でやめて欲しい。
 
「じゃあ俺もポテト食おっかな!太郎、よろしく!」
 
 バレた人3号……。誠には手を繋いで歩いているところを見られてしまった。口が軽そうだから厳重に口止めしておいたが、ちゃんと内緒にしてくれているか心配だ。

 今日は俺と雅の付き合ったことのお祝いパーティーとしてマッツにみんなで集まっている。謎の面子だがみんなほぼ初対面だというのに盛り上がっている。なんてコミュ力だ。
 ていうか俺がお祝いされる側なのにバイト中っておかしくないか?一人だけ仲間外れな気分だ。
 
「雅は、注文ある?」
「ないよ」
 
 雅はあっさり断り、片手でジュースを飲む。
 そういえば電車で出会う前まではあんなに何度も注文していたのに、今ではジュースとかポテトくらいしか頼まない。お腹空かないのかな。毎日来ていたら飽きるだろうけど「注文の多い男」がいなくなった感じでちょっぴり寂しい気持ちもある。
 少し哀愁に浸っていると、そんな気持ちが漂っていたのか雅が気にしてきた。
 
「タロ、何かあった?」
「え、いや大したことは」
「言って」
 
 どうでもいいことだしわざわざ言うほどじゃない。だが、雅が圧をかけてきたため仕方なく口を割った。

「あー、昔雅が一日に何度も注文してたけど、無くなったなって思って」
「俺の顔が見れなくて寂しいの?それなら何回だって行くけど」
「いやっ、別にそんな来なくてもいい!」

 なんか勘違いされてる。雅はレジ近くのカウンターにいるから、接客中いつでも顔を合わせる。もう充分雅の顔は見てるのだ。
 雅は慌てる俺の様子を見て口角を上げた。ああ、もう。いつも雅は余裕があるのに、俺はあわあわしてばかり。悔しくて口を尖らせる。
 
「注文の多い男がいなくなったな、って思っただけだから」
「注文の多い男?」
 
 きょとんと目を丸くする。そういえば雅自身はこのあだ名のことを知らないのか。
 
「雅が注文を何度もするからバイトであだ名つけてて」
「タロがつけたんだ」
 
 気まずげに話す俺とは反対に、曇りなく笑う雅の様子に俺は苦笑を浮かべた。変なあだ名を付けられてたのに、嬉しそうにするなんて変わってる。
 
「もう頼まなくていいの?」
「うん。別にバーガーが特別好きってわけでもないし」
「え、そうなの?」
「何回も注文したら俺のこともしかして思い出すかもしれないって思って」
 
 そう言って、雅が俺を見た。透き通るようなオニキスの瞳に俺が映る。

「あの時みたいな笑顔が見たくて、何度も通ったんだ」
 
 何度も注文してきた変な客だと思っていた。だけど、そんな真意があったなんて。
 今まで何も考えずにバイトしていて申し訳なくなった。
 
「ごめん。俺バイトの時何も気づかなくて」
「ううん。今はタロの笑顔いつでも見れるし」
 
 伏せられた睫毛の影が頬に落ちる。
 その言葉に胸がきゅっと締め付けられた。俺の笑顔のどこがいいのか分からない。雅は余程趣味が悪いんだろう。雅の笑顔の方が絶対綺麗なのに。
 唇を噛み締める。俺は他の三人や客に見られないように、雅の耳許に唇を近づけた。片手を添えて、小声で囁く。
 
「……お、俺も、雅の笑顔が好き」
 
 自分なりに精一杯の笑顔を浮かべてみたが、目の前の雅は全くの無反応だ。目を見開き無言で俺を見詰める雅の姿に、俺は顔を逸らす。

 は、はず……!なんかギャグが滑ったみたいで、めちゃくちゃ辛い。逃げるように踵を返そうとしたが、後ろから腕を強い力で引かれ、あたたかいものに包まれた。
 
「……可愛すぎ。タロ、バイトやめてデートでも行く?」
「いやダメだから!」

 熱い吐息が耳許に触れて、心臓が大きく鼓動する。皮膚越しに雅にも振動が伝わりそうで、逃げようと体を動かすが、雅の腕から全く出られない。こんな人前で何するんだコイツ!塩谷達はニヤニヤとこっちを見て助けてくれないし、周囲の客の注目も浴びてるし。
 
「離れろ、もう!」
「んー、今日バイト終わりにデートしてくれるなら」
「わかったわかった」

 何度も頷き、離れてくれるかと思いきや、雅は言葉を続けた。
 
「あとは、タロと美味しい物食べに行って、夜景見ながら散歩して、タロからキスを」
「いやいや、多すぎる!」
 
 真っ赤になりながらそう叫ぶと、雅は軽快に笑った。細められた瞳には愛おしさが滲んでいる。そんな顔をされたら、揶揄われているのに、怒るに怒れないじゃないか。
 雅が腕の力を弱めてくれた隙に、離れてレジへ向かう。すると、背後から声をかけられた。
 
「じゃあタロ、楽しみにしてるね」
「っ、ぐ……」
 
 「注文の多い男」がいなくなったというのは前言撤回。やっぱりこいつは注文が多い。
 こいつと出会ってから心臓が激しく鼓動して毎日忙しい。だけど、そんな毎日も悪くはない、なんて思う自分がいる。
 
 その日、雅の注文を受けたかどうかはご想像にお任せします。