俺にだけ注文の多い客から逃げられない

 文化祭が終わり、日常に戻った。校内は華やかな装飾が無くなりすっかり落ち着いて、いつもの穏やかな雰囲気が流れている。そして、文化祭前と同じように朝も放課後も雅がいる。
 だが、俺の心だけが日に日に騒がしくなっていた。
 
「おはよう。ふっ、タロ、タコみたいに顔が赤い」
 
 不意に覗き込まれて心臓が跳ねる。相変わらず雅は朝から目が覚めるようなイケメンだ。
 視線を逸らし、よく分からない理由で誤魔化す。
 
「あ、いや、さ、寒くて」
「可愛い」
 
 その言葉にぼっと顔が燃えたように熱くなる。
 よくこいつは告白した後も平然とした顔でそんなセリフが吐けるものだ。俺ばかり翻弄されている気がする。
 
 告白されてから変に雅を意識してしまう。最近まともに会話できていない気がする。しかし、雅は何故かそれを楽しんでいる様子だ。

 雅は告白後も普段通り接してきて、まるで告白なんてなかったのかのように振る舞う。だが、今みたいに可愛いと言う回数が増えて、雅が本気だということをその度自覚させられる。
 
 一方、俺はまだ返事が決められなかった。恋愛経験も無いし、雅と恋人同士になる想像がつかない。恋人ってあれだよな。二人で一緒に学校から帰ったり、デートしたり……。今と特に変わらない気がする。
 
 だが、恋人だったら雰囲気が変わるのだろうか。アニメや漫画の世界のカップルを俺と雅に置き換えて思い浮かべる。砂糖菓子のような笑みを浮かべた雅が、甘い言葉を囁く。そして徐々に雅の顔が近付いてきてーー
 刹那、顔が熱くなり思わず手で顔を抑える。
 ああああ、無理だ!恥ずかし過ぎる。
 
 脳内で慌てふためくが、すれ違った人に一瞥された気がする。周囲から不審者に見られているのかもしれない。俺はなるべく意識せず、早歩きで学校へ向かった。
 
 ようやく雅と別れ、急いで教室の机に突っ伏す。ずっと変な顔をしている気がする。この調子じゃまともに生活できない。ぐるぐる頭を悩ませていると、塩谷が普段と同じように話しかけてきた。
 
「おはよう、冴木氏」
「おはよう……」
 
 顔を上げないまま返事をすると、椅子が軋む音がした。このまま突っ伏してやり過ごそうと考えていたが、俺の考えは瞬く間に崩された。
 
「今日は心ここに在らず、といった顔ですな。何かありました?」
 
 バレた!塩谷にも見破られてしまった。顔を見られないよう机に突っ伏していたのに。
 
 どうしよう。このまま俺一人で悩んでもきっと決断出来ない。塩谷に聞いてみたら気持ちが楽になるかもしれない。だけど恥ずかしいし男同士だし、俺と雅ということは伏せておいた方が良いな。
 俺は周囲に聞こえないように、小さな声で話し始めた。
 
「あの、俺の友達の友達の話なんだけど」
「ふむふむ」
「こ、告白をされたらしくて」
「ふぁっ!?」
 
 予想外の大声に肩が大きく跳ねる。な、なんで友達の友達の話でこんなにリアクションが大きいんだ。塩谷は悪いけど恋とかに免疫なさそうだしこういう話題嫌かも。この続きは話さない方が良いかな。
 口を閉じて迷っていると、塩谷は一度咳払いをして眼鏡をかけ直した。
 
「つ、続きを」
「え、大丈夫?い、言うよ?その、告白してきた相手は自分よりも顔が良くて釣り合わないような人で、1回考えさせて欲しいって言ったんだ」
「ほうほう」
「どうしようか迷ってるらしくて、塩谷ならどう思う?」
 
 塩谷は俺の話を聞き終わったあと、顎に手を当てて悩み始めた。真面目に恋愛相談に乗ってくれて良い奴だ。
 眉根を寄せたまま塩谷は首を傾げる。
 
「うーん、釣り合わないのが気にかかるだけで他は別に嫌じゃないってことですか?」
「うん、た、多分」
「じゃあ付き合った方が良いのでは?」

 はや!塩谷の決断の早さに、俺は唖然と口を開いたまま固まった。
 付き合うって結構大きいことじゃないか?塩谷がそんな軽いノリで付き合うタイプとは思っていなかったぞ。流石にこれには言い返さずにはいられない。
 
「いやでもさ、顔だけじゃなくて性格とかスペックが違いすぎる高嶺の花的な存在なんだよ。だから自信はないし、周りからもなんて言われるか……」 
「それでも、高嶺の花はその人を選んだってことですよね?告白するくらい魅力があるってことでは?」

 俺の言葉は遮られてしまったが、塩谷の言葉胸に強く刺さった。
 塩谷の理論は正しい。だけど、俺にそんな魅力はない。雅が好きになったきっかけがさっぱり分からないのだ。
 始まりはマッツで変な注文をする客だった。その後、急に距離を縮めてきたが、そもそもどうして雅が俺に近づいてきたのかもまだ分からない。だから、正直雅がどうして俺を選んだのか分からないから不安なんだ。
 そんな悩みが言葉となって喉から溢れ出た。

「その魅力が分からないんだよ……」
 
 まるでため息を吐くように、言葉が落ちる。すると、目の前の塩谷は唇を綻ばせた。
 
「聞いてみたらどうです?高瀬氏ならきっと答えてくれますよ。お昼拙者席外すんで」
「そっか……って、え!?いつの間に俺と雅の話になってるの?」
 
 思わず目を見開き、立ち上がった。周囲のクラスメイトからの視線が一気に俺に集まる。しかし、それすらもどうでもいいと思うほど動揺していた。
 目の前の塩谷は、俺を見て吹き出した。
 
「デュフフ、冴木氏分かりやすすぎますぞ!それに拙者、ギャルゲーとラノベを長年履修してきた古参オタクゆえ、恋愛理論はもはや完全理解なので」
 
 塩谷はキラリとメガネを輝かせた。力が抜けたようにへなへなと椅子に崩れ落ちる。
 塩谷に恋愛免疫が無いと侮っていた俺にバチが当たってしまったのか。俺と雅って理解した上で聞かれたとか最悪だ。穴があったら本気で入りたい。だが、一番可哀想なのは雅だ。地味男に告白したことが知らない間にバラされるなんて嫌だろう。
 俺はせめてもの力を振り絞り、消え入りそうな声で念を押した。
 
「だ、誰にも言わないで」
「もちろん。応援しますぞ」
 
 拳を握る塩谷にほっとしたと同時に胸が温かくなる。男同士ということもあり偏見もありそうなのに、応援してくれて心強い。
 
 塩谷の応援を聞き、勇気が湧いてきた。今までは誰にも打ち明けず、自分の中で消化していた。だけど、聞いてみるのも大事かもしれない。いつも優しく俺の話を聞いて、信頼してくれる雅なら、きっと大丈夫。
 
 そして、昼休憩になり塩谷に背中を押され、俺は雅の元へ自ら向かった。
 特進科の方は普通科と雰囲気が違い、なんだか落ち着かない気分だ。特進科に辿り着き、視線を彷徨わせていると、パチリと大きな瞳が俺を捉えた。そこにはなんと美怜さんがいたのだ。
 
「あれ、また太郎くんじゃん」
「美怜さん」
「さん呼び?あははっ美怜と同級生でしょ?呼び捨てでいーよ。何かあった?」
 
 美怜さんは腹を抱えているが、俺がこんなカーストランク上位の女子を呼び捨てなんてできるわけが無い。烏滸がまし過ぎる。
 
「雅に用があって」
「だろうね。もう雅ったら口開けばタロタロ言ってるもん!」
「そ、そんなに?」
「うん。文化祭の時とか喋る度に一回はタロって言っててさ、ガチ引いた。真面目にこっちは雅の衣装の話してるのにだよ?タロはどっちが好みだろ、とか言ってんの」
 
 雅、何言ってるんだ……。これ以上美怜さんに迷惑をかけるな。

「なんかごめん。そういえば、俺と帰ることで揉めた時も雅を庇ってくれたんだよね。ありがとう」
「いいよいいよ!むしろ太郎くんこそあんなに執着されて大変じゃない?彼ピにならされたいけどさ、あんなにずっとだと疲れそう」
「いや、そんなことはないよ。まあちょっと謎なとこあるけど、俺も雅といるの楽しいし」
 
 そう呟くと、美怜さんの眉が上がる。そして何故か口元を緩ませ、よく分からない笑みを浮かべた。
 
「ふーん、なるほどね!二人の関係、分かってきた!」
「な、何か?」
「ううん。美怜ちょっと気づいちゃっただけ。あ、雅探してたんだっけ。あそこにいるよ。みーやーびー!」
 
 美怜さんは教室中に大きな声を響かせて、手を振った。そんな大声で呼ばなくてもいいんだけど!お陰で雅だけでなく、特進科の人達がこっちを見ている。か、勘弁してくれ。今日は何回注目を浴びているんだろう。そろそろ俺は干からびて死んでしまう。

 流石にこちらに気づいた雅は、俺達の方へ真っ直ぐ足早に向かってきた。俺の傍に来て、嬉しそうに目を細める。
 
「タロが来てくれるなんて」
「う、うん。ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「ふ、二人になった時に」
 
 こんな人通りの多い廊下で話すことなんてできない。ただでさえ雅は注目を集めるのだから。
 雅は俺の言葉に不審がらずにすぐに頷いてくれた。そして美怜さんと別れを告げ、いつもの空き教室へ向かった。
 
 
 空き教室は電気も暖房もなく、静寂に包まれていた。暗い教室に窓から差し込む太陽の光真っ直ぐ降り注ぐ。
 すっと息を吸う。冷たい風が身体に入り込む。それはまるで俺の熱を冷ますように。
 
「聞きたいことなんだけど、その、雅がどうして俺を好きになったのか聞きたかったんだ」
 
 ごくりと生唾を呑む。

 俺が雅を好きになるのは不思議じゃない。男同士だが、雅はそれを気にならないほどの美男で優しい。
 しかし、相手の俺はどうだ。取り柄はない平凡な地味男。雅がやけに俺に執着していたことも疑問を抱いていた。可愛いなんて言うけど、可愛い子なんて山ほどいるし、俺の話が面白いと言ってくれたけど、俺より面白い人なんて沢山いる。
 
 どうして、俺を好きになったのかさっぱり分からなかった。
 
 緊張からか手に汗が滲む。雅は徐に口を開いた。
 
「タロを好きになったのは、結構前。中一くらいかな」
 
 想定外の言葉に目を見開いた。
 俺たちが出会ったのはマッツだ。少なくとも高校に入ってからで、中学の頃に会った記憶なんてない。
 
「ど、どこで?」
「遊園地。親と来たけどみんな乗り気じゃなくて、俺は一人でいたんだ。その時、泣きそうなタロと目が合った」
 
 その言葉に、記憶が徐々に蘇る。誰も来なかった遊園地。電話も繋がらず一人佇んでいたあの日。思い出さないように蓋をしていた記憶。

 そうだ。待っていた時に話していた人がいた。裏切られた記憶が強いせいでほとんど忘れてしまっていた。閉じていた蓋がゆっくりと開く。
 
「俺がずっとタロのこと見てたからかな、タロがどうしたのか聞いてきてね」
 
 同い年くらいだし、もしかして知り合いかと思って話しかけたのだ。だが、全くの他人で恥ずかしかった記憶がある。
 そのまま勘違いだから逃げようとしたが、彼は俺に話を続けてくれた。どうしてここに来たのかとか、好きな遊具は何かとか、周囲の犬の話とか、ぽつぽつと話していたっけ。
 
「思い出してきた……タロってその時出てなかった?」
「そう。もし犬を飼って名前をつけるならって話になった時、タロが「俺の名前みたい。俺太郎っていうんだ。変な名前だろ?今どき」って笑ってた」
「よく覚えてるね」
「まあその時好きになったからね」
 
 ……え?
 あっさりと好きになったきっかけを言ってきたが、そんなことで好きになるのか!?俺その時結構適当に話していたのに。面白くもなければ、ときめきもない会話だったはず。
 何度も目を瞬かせ、思わず聞いてしまった。
 
「なんで?」
「その時決定的に好きって分かったわけじゃない。それまでずっとタロは沈んだ表情だったけど、眉を下げて唯一笑ったその顔が、ずっと忘れられなかったんだ」
 
 視線が僅かに落ちる。まるで遠い過去を見るような瞳だ。懐かしむように、慈しむように、優しい瞳をしている。

「俺が全く遊具に乗れなかったって話も馬鹿にせず、辛かったねって俺より悲しそうな顔をしてくれたのも、頭から離れない」

 窓際の風で揺れるカーテンの影が、雅に落ちる。噛み締めるように紡がれる言葉の一つ一つが、重く優しく胸に溶けていった。
 
「その次の日もタロに会おうと遊園地に行ったけどタロはいなかった。何度通っても会えないまま。結局親の出張に合わせて引っ越すことになったんだ」
 
 あの日以来、行ってなかったが、まさか待っていたなんて思わなかった。俺にとってあの場所はずっと黒歴史に満ちていて、見たくもなかった。 
 もっと早くに雅のことも思い出せば良かった。こんなに雅が俺を探していたなんて思いもしなかった。
 
「高校に入って一人暮らしする時、この遊園地の近くにしようとしたのも、タロに会いたかったから」
「そ、そんな理由で?」
「俺はタロ以外何も興味無いし」
 
 なんてことないように言うが、かなり大事なことを俺基準で決めてる。
 
「ごめん。そんなに探してくれていたのに、俺、全然思い出せなくて」
「ううん。ちょっと前は思い出してくれないし駄目かと思ったけどさ、遊園地で一緒に行こうって言ってくれたり、誠との会話を聞いて脈アリかと思って告白したんだ」
 
 目を細めた雅は、俺の手を優しくとった。

「俺はずっと、タロのことしか考えてない。優しくて可愛いタロが好き。タロを幸せにしたい」

 その言葉に、胸が高鳴る。
 教室の時計が、カチリと鳴った。パズルのピースがハマったように、答えが決まる。
 窓の向こうから風が吹く。それはまるで俺の背中をそっと押すように。
 
「……俺も、雅に笑って欲しい。俺が雅を笑顔にしたい」
 
 あの遊園地の切なげな表情も、マッツで嫌そうにしていた表情も、変えたい。俺ばかりじゃなくて、俺が雅を笑顔にしたい。
 言葉を紡ぎながら、雅の手を包む。
 
「雅を幸せにしたくて、一番大切で、俺も好きなんだと思う」
 
 すると、目の前の雅は僅かに目を見開いた後、徐々に頬を緩ませた。

「もう、その言葉で十分幸せなんだけど」
 
 雅は紅潮する顔を隠すように片手で顔を覆った。その様子に俺まで照れくさくなり、俯く。告白ってこんなに恥ずかしいのか。ちゃんと想いを伝えることができて良かったけど、これから俺と雅が恋人になるってことか。

 幸せにしたいなんて大口を叩いたものの、これから俺は雅に何をしてあげられるんだろう。満たされていたはずの心に不安が波打つ。
 
「で、でも俺、本当に何も出来ない。顔も平凡だし性格も良くないし」
「可愛い顔だし、性格だって優しいじゃん。文化祭だって俺の仕事変わったり、警備までしてたし」
 
 雅は俺を買いかぶりすぎている。親切でしたわけじゃなくて断れなかっただけだし。うじうじ頭を悩ませる俺とは反対に、雅は迷いなく放つ。
 
「俺は好きな子以外にそんなのしない」
「す、すきっ……もしかして、文化祭の実行委員になったのも俺のため?」
「もちろん。他の奴がタロと一緒にするのも嫌だし」
 
 雅の眉間に小さな皺が寄る。そう思っていたことなんて気付かなかった。
 想像以上に雅って俺のこと好きなんだ。面映ゆくて、頬が緩んでしまう。

「結局劇が忙しくて一緒にいられなくて残念。まあ来年は二人で過ごせば良いけど」
「……雅はすごいね。行動力があって」
 
 小さな感嘆が漏れた。好きだとか、可愛いとか、普通は躊躇しそうな言葉なのに声に出せるのも、すぐに行動に移せるのも、俺には到底できない。

「タロは逆にもっと欲張って。俺、タロのためになんでもするから」

 俺なんて、が口癖でいつも下ばかり見ていた。だが、隣には雅がいる。眩しくて手を伸ばしても掴めないようなのに、その手は確かに俺の手を掴んでいる。指先から伝わる体温が胸の奥へじんわり届く。陽だまりに包まれたように暖かくて、優しい。
 
 もう、一人じゃない。
 
「ありがとう」
 
 視線をそっと上げる。
 甘く蕩けるような笑みを浮かべた雅が瞳に映る。雅は少し屈み、吐息が触れる距離まで顔を近づけてきた。俺は、瞼を閉じて爪先を少しだけ浮かせた。