「巨大段ボール迷路やってまーす!」
「チョコバナナはいかがですかー?」
快晴の秋空の下、カラフルな装飾で彩られた学校。虹色の門を多くの来場者が潜る。若者の明るい声があちこちから響き、校内には生徒だけではなく外部からの来場者も集まり賑わっていた。
そんな中、俺は一人虚ろな顔で立っていた。
「あ、受付はあちらです……」
枯葉が宙を舞って、俺の微かな声とともに静かに消えた。
そう、俺は一人、校門近くで警備案内係を行っていた。
本当は警備の担当じゃなかったし、したくなかった。だが、突然警備の方で体調不良の生徒が出たみたいで、俺に押し付けられてしまった。
はあ、なんでこんなことに……。まあ確かにあの陽キャ実行委員たちの中で、当日暇なのは俺くらいしかいなかったけどさ。
「冴木氏、乙」
ぬっと隣に現れた塩谷に心臓が大きく跳ねる。胸元を抑えながら息を吐いた。
「塩谷もお疲れ。仕事終わったの?」
「はい。拙者はフランクフルトの達人として焼きまくりましたぞ!」
いつから達人の称号を得たんだ。
俺と塩谷のクラスはフランクフルト屋になった。茹でて焼くだけだし、カフェと違って接客も少数で良いから仕事が少ない。満場一致で賛成が出て、俺は胸を撫で下ろした。隣のクラスみたいなメイド・執事喫茶だったらどうしようかと頭を抱えていたから。因みに塩谷は何故かそっちの方をゴリ押ししていたが、隣と被っているということで無事流れた。
てっきり希望じゃない店で塩谷は不満を抱いているかと思いきや、意外と乗り気な様子だ。
「お客さん入ってる?」
「ええ、もう100本は売れましたぞ」
「そんなに!?」
キラリと眼鏡を輝かせる塩谷に、俺は唖然と口を開いたままだ。みんなそんなにフランクフルト食べたかったのか?
「もう大分在庫が無くなりそうですが、拙者冴木氏に差し入れとして一本持ってきましたぞ!」
「いいの?ありがとう!」
塩谷からフランクフルトを受け取り一口齧る。朝からずっと外で警備をしていたから、温まる。
朝に比べて大分来場者も減ってきたし、警備の仕事も落ち着いてきた。あんなに賑わっていた教室周辺も人が減っている。きっと、全員同じ場所に集まっているのだろう。
「いやぁ、高瀬氏の劇、凄い人気ですなぁ。拙者通りかかったけど人の波に飲まれそうでしたぞ」
「凄いよね。フライヤーも全部無くなったってお客さんが話してた」
もう少しで雅と美怜さんの劇が始まる。文化祭の目玉ということもあり、全校生徒の殆どが講堂に集まっているだろう。外部の来場者もこの劇を目当てに来ている人が多く、劇について案内を何度も頼まれた。
「冴木氏は観なくて良いんですか?拙者、仕事代わりますぞ」
「いいよ。そんなに観たいわけじゃないし」
不安の滲む瞳で、気遣わしげに見つめる塩谷に笑って返す。
本当は少し気になっていた。あんなに雅が練習していたし、美怜さんも可愛らしい衣装が似合って綺麗だろう。でも、二人を見ると胸の奥に禍々しいものが生まれる。吐き出してしまいたいのに、それが何か分からないからどうしようもない。
だから、このままここで警備をしていた方が落ち着く。
「フランクフルト、ありがとう。塩谷は劇観に行かなくていいの?」
「拙者は空いているうちに色々食べに行こうかと」
「いいね。楽しんで」
手を振り、徐々に遠ざかる塩谷の背中を見つめる。フランクフルトを食べ終わり、再び警備に戻った。
一時間後、劇が終わったからか雅目当ての来場客が帰り、人がかなり減った。屋台の前の列も、食事時を過ぎて疎らになっている。警備の仕事も不要になったが、今度は物品の仕事が残っている。俺に文化祭を楽しむ権利は無いんだろうか。まあそもそも仕事が無かったとしてもこの陽キャの群れの中ではどこにも行けず校舎裏で隠れるしかないだろうし、仕事をしていた方が良いかもしれない。
廊下を歩きながら倉庫へ向かう。すると、背後で何やら騒ぎ声が聞こえた。やっと人が落ち着いたと思ったのに、どうしたんだろう。足を止めて様子を伺うと突然腕を掴まれた。
「え!」
腕を引かれたまま、風を切るように連れ去られる。戸惑いながらその強い力に抗えず、走らされた。
何故か目的の倉庫に連れ込まれ、やっと足が止まった。息を切らして肩で呼吸する。喉に血が粘りつくような感覚がした。全く運動しない陰キャにとってこんなダッシュは体に堪える。
激しく空気を吸い込みながら見上げると、目を見張った。氷のように冷たい眼差しで扉を見る雅が立っていた。しかし、いつもと雰囲気が全く違う。
中世ヨーロッパ風の衣装を身に纏い、すらりと伸びた手足がよく映える。その姿はさながら王子のようだ。普段とは違い髪のサイドは耳許で丁寧に編み込まれていて、それもまた似合っている。
「み、みや」
名前を呼びかけたが、シーと雅は人差し指を立てた。息を潜めると、扉の向こうから誰かの話し声が聞こえる。
「高瀬王子どこ行ったー?」
「見失っちゃった……。他教室の方行こ!」
乱れた足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。雅は小さく吐息を洩らた。
「ごめん。急に連れ出して。タロと早く仕事したかったけど、さっきから人がうるさくて」
「い、いや全然。凄い人気だもんね」
「ほんと疲れる。美怜に弱み握られてなかったらこんな劇なんてしなかったのに」
弱み?雅の口から零れた単語に首を傾げた。
「弱みって?」
「……タロと登下校するってなった時よく分からないけど周りが揉めてその時仲裁してくれたのが美怜だったんだ。それで借り一つあるから、劇で王子やれって」
やっぱり揉めてたのか。今まで他の子達と帰っていたのにあっさり変えて良いのか疑問だったけど、そりゃあ急に自分達じゃなくて地味男と連むってなったら衝撃だろう。
「ご、ごめん、俺のせいで」
「別にタロは悪くない。俺はそのままアイツらと縁切っても良かったけど美怜が気にかけてきたんだ」
「そっか。良い人だね」
気さくな性格で、雅のことを心配してくれて良い人だな。雅ともお似合いだ。二人の和やかな姿を想像すると、チクリと胸が痛む。
美怜さんは俺にも明るく話しかけてくれる良い人なのに、また醜い感情が溢れてしまいそうで唇をぎゅっと噛む。ダメだ。どうしてこんな嫌な感情が芽生えてしまうのだろう。
「良い人だったら無理やり劇の役やれなんて言わないと思うけど」
「いや、でも雅と仲良いから一緒に劇したかったんだと思うよ」
そう伝えても雅はまだピンとしてない様子だ。付き合ってるやら両思いやら言われてたけど、思ったより冷めた反応だ。
どっちなんだろう。付き合ってるのか気になるけど、聞いて良いのか。でも、聞いたら雅はすんなり教えてくれるかもしれない。タイミングを見計らって聞いてみた。
「二人はきっとお似合いだね……あのさ、付き合ってるの?」
「は?」
地を這うような声が返ってきた。かつてないほど雅は怖い顔をしている。それはまるで悪魔のような形相だ。
ひょえ、思ってたのと違う。名前で呼んだ時みたいに照れ始めるのかと思ってたのに。
後退り逃げようとしたが、それを阻むように雅が手を強く握る。眉を深く顰める雅の顔が近づき、鼻が触れ合う距離まで迫ってきた。
「なんでそう思ったの?」
「え、いや、この前二人って付き合ってるみたいな話聞いて……仲も良いし」
「そんな訳ない。美怜は他校に彼氏いるし」
その雅の言葉に、今まで抱いていた胸の奥の霧が晴れたような感覚がする。肩の荷がおりたように、何故だかほっとしてしまった。
なんだ。付き合ってないんだ。でも、それなら雅の好きな人って誰なんだろう。雅も他校にいるのかな。
「そ、そっか」
「うん。だからもう二度とそんな勘違いしないで」
「ごめん」
余程勘違いされたくないのか釘をさしてきた。友達同士なのにそんな風に勘違いされたら嫌だろう。悪いことを聞いてしまった。俺は大人しく頷いた。
そして、気を取り直して二人で仕事を始めた。紙のリストを広げ、各クラスに貸した物品が戻っているか数える。地味な仕事だが、今までとは違い雅と雑談を交わしながらするため、いつもより時間の流れが早く感じた。
「タロ、俺の仕事代わってくれたんでしょ?別に良かったのに」
「いや雅大変そうだったからさ、俺は暇だしどうせ仕事が無くても一人でいただろうから」
自嘲気味に力なく笑う。
実行委員をしてなかったとしても、俺には校内に塩谷しか友達がいない。塩谷はフランクフルトを焼くのに気合を入れていたから、長い間一緒にまわることは出来なかっただろう。
「そう。それなら実行委員なんてしないで、タロと文化祭回りたかったな」
「雅は劇に出ないといけないし、実行委員じゃなくても遊ぶ暇なさそう」
「まあね。劇が終わった後もイソスタに載せるから写真撮ってやらで煩くて、もう二度と出たくない」
ゲッソリとした様子の雅に苦笑が零れる。余程疲れたようだ。元々雅目当てのお客さんも来るくらいだ。一日中注目を浴びたら疲れるのも当然だろう。
「似合ってるからね、その衣装。みんなが写真撮りたくなる気持ちもちょっとわかる」
「ほんと?撮る?」
「いや俺は大丈夫!撮っても見せる相手いないし……」
自分で言ってて寂しくなる。そもそもイソスタみたいな陽キャのアプリいれてないし、写真を撮っても俺のスマホの中に残るだけだろう。
雅は僅かに拗ねたように眉を顰めた。
「そう。タロがせっかく褒めてくれたのに」
「あはは……でも、そんなに衣装似合ってたらステージですごそう。劇、ちょっと観たかった」
雅があんなに練習していた劇。これだけ衣装も似合っているならば、ステージ上で演じている姿を見たら圧巻だろう。美怜さんとの関係でなんだか見に行く気持ちにはなれなかったが、誤解も解けて気になってしまった。
俺が思わず零れた言葉に、雅は荷物を降ろした。
「観せようか、ここで」
そう言って目を細める雅に、俺もきょとんと荷物を置いた。
「え、いいの?」
「うん。俺も、タロに見せたい」
雅は袋に入っていたヴェールを俺に被せた。視界が淡い白に染まる。
え、お、俺が姫って設定?全然姫じゃないんだけど、劇の流れ的に必要なのか?
困惑する俺を置いて、雅は跪いた。こんな所で跪いたら衣装が汚れてしまうのではないか。口を開こうとしたが、驚きで声が引っ込んだ。
雅が俺の手を取り、甲に唇を落としたからだ。
な、急に何をするんだ!他人の唇なんて触れたこと無かったのに、衝撃で口を開閉する。
手を引っ込めようとしたが、雅は決して離さず、そのまま俺の手の甲に自身の額を載せた。
「愛してる。貴方が私を見てくれなくても、私の中は常に貴方で満たされている」
顔を上げ、俺の目を真っ直ぐ見る。切なげに細められた瞳に吸い込まれそうになる。
「一生、貴方を愛することを誓います。私と、一生を共にしてくれませんか」
凛とした雅の姿に、まるで本当に雅にそう言われているような気分になる。物語に入り込んだような、ここが倉庫じゃないみたいだ。
すると突如、轟音が響く。雅の背後にある窓の向こうに大輪の花が咲いていた。夜空を彩る鮮やかな光が、こちらを照らす。文化祭の終わりを知らせる花火だ。破裂するような音が続けて鳴る。
ただでさえ物語の王子のような風貌の雅と花火が相まって、幻想的な美しさだ。その姿に目を奪われ、頬が熱を持つ。
しかし、もう一度花火が打ち上げられて意識を取り戻した。慌てて俺は口を開く。
「す、すごいね。こんなに良い演技なら本番も凄い感動しただろうね」
「演技じゃないよ」
「え?」
「これは本心」
そう言うと、雅は立ち上がり、俺のヴェールを外した。
「好きだよ。ずっと一緒にタロといたい」
「……え?」
その言葉と同時に、最も大きな花火が夜空で弾けた。
俺は口を大きく開いたまま、声が出なかった。まるで時間が止まったように感じる。だが、現実だと告げるように鼓膜に花火の爆音が響く。
す、好き……?好きって、友達としてだよな?
しかし雅の様子は到底その「好き」には見えない。真剣な目で俺を射抜く。
「え、えっと」
言葉を探すが、何も浮かんでこない。どうしよう。花火と同じくらい鼓動が煩い。
雅が俺を好きなんて、そんなことある?美怜さんでもなく、他の女の子達でもなく、俺なんて、信じられない。男だし、地味で平凡なのに。
だが、雅の熱を持った瞳が雄弁に語っていた。冗談でもなく、本気だということを。
俺は何度も口を開いては閉じ、ようやく声を絞り出した。
「……ご、ごめん。考えさせてくれない?その、俺、ちょっとまだ」
「うん。考えて。俺、いつでも待ってるから」
その言葉に頷くと、雅は柔らかく微笑んだ。
そして、窓の前を二人で並び、花火を眺めた。大きな花火が次々と打ち上げられるが、雅の言葉が頭を埋め尽くす。隣に立つ雅の顔へ視線を移すと、目が合う。
「タロ、可愛い」
「はっ!?何言って」
「顔真っ赤」
「っ、俺のことはいいから、は、花火見ないと」
顔が熱い。まるで自分まで花火の熱気が移ったみたいだ。手で仰ぎながら窓の外を見るが、やっぱり集中出来ない。胸はずっと花火の轟音に揺さぶられてばかり。
そうしてざわめきは消えないまま、文化祭は幕を降ろした。
「チョコバナナはいかがですかー?」
快晴の秋空の下、カラフルな装飾で彩られた学校。虹色の門を多くの来場者が潜る。若者の明るい声があちこちから響き、校内には生徒だけではなく外部からの来場者も集まり賑わっていた。
そんな中、俺は一人虚ろな顔で立っていた。
「あ、受付はあちらです……」
枯葉が宙を舞って、俺の微かな声とともに静かに消えた。
そう、俺は一人、校門近くで警備案内係を行っていた。
本当は警備の担当じゃなかったし、したくなかった。だが、突然警備の方で体調不良の生徒が出たみたいで、俺に押し付けられてしまった。
はあ、なんでこんなことに……。まあ確かにあの陽キャ実行委員たちの中で、当日暇なのは俺くらいしかいなかったけどさ。
「冴木氏、乙」
ぬっと隣に現れた塩谷に心臓が大きく跳ねる。胸元を抑えながら息を吐いた。
「塩谷もお疲れ。仕事終わったの?」
「はい。拙者はフランクフルトの達人として焼きまくりましたぞ!」
いつから達人の称号を得たんだ。
俺と塩谷のクラスはフランクフルト屋になった。茹でて焼くだけだし、カフェと違って接客も少数で良いから仕事が少ない。満場一致で賛成が出て、俺は胸を撫で下ろした。隣のクラスみたいなメイド・執事喫茶だったらどうしようかと頭を抱えていたから。因みに塩谷は何故かそっちの方をゴリ押ししていたが、隣と被っているということで無事流れた。
てっきり希望じゃない店で塩谷は不満を抱いているかと思いきや、意外と乗り気な様子だ。
「お客さん入ってる?」
「ええ、もう100本は売れましたぞ」
「そんなに!?」
キラリと眼鏡を輝かせる塩谷に、俺は唖然と口を開いたままだ。みんなそんなにフランクフルト食べたかったのか?
「もう大分在庫が無くなりそうですが、拙者冴木氏に差し入れとして一本持ってきましたぞ!」
「いいの?ありがとう!」
塩谷からフランクフルトを受け取り一口齧る。朝からずっと外で警備をしていたから、温まる。
朝に比べて大分来場者も減ってきたし、警備の仕事も落ち着いてきた。あんなに賑わっていた教室周辺も人が減っている。きっと、全員同じ場所に集まっているのだろう。
「いやぁ、高瀬氏の劇、凄い人気ですなぁ。拙者通りかかったけど人の波に飲まれそうでしたぞ」
「凄いよね。フライヤーも全部無くなったってお客さんが話してた」
もう少しで雅と美怜さんの劇が始まる。文化祭の目玉ということもあり、全校生徒の殆どが講堂に集まっているだろう。外部の来場者もこの劇を目当てに来ている人が多く、劇について案内を何度も頼まれた。
「冴木氏は観なくて良いんですか?拙者、仕事代わりますぞ」
「いいよ。そんなに観たいわけじゃないし」
不安の滲む瞳で、気遣わしげに見つめる塩谷に笑って返す。
本当は少し気になっていた。あんなに雅が練習していたし、美怜さんも可愛らしい衣装が似合って綺麗だろう。でも、二人を見ると胸の奥に禍々しいものが生まれる。吐き出してしまいたいのに、それが何か分からないからどうしようもない。
だから、このままここで警備をしていた方が落ち着く。
「フランクフルト、ありがとう。塩谷は劇観に行かなくていいの?」
「拙者は空いているうちに色々食べに行こうかと」
「いいね。楽しんで」
手を振り、徐々に遠ざかる塩谷の背中を見つめる。フランクフルトを食べ終わり、再び警備に戻った。
一時間後、劇が終わったからか雅目当ての来場客が帰り、人がかなり減った。屋台の前の列も、食事時を過ぎて疎らになっている。警備の仕事も不要になったが、今度は物品の仕事が残っている。俺に文化祭を楽しむ権利は無いんだろうか。まあそもそも仕事が無かったとしてもこの陽キャの群れの中ではどこにも行けず校舎裏で隠れるしかないだろうし、仕事をしていた方が良いかもしれない。
廊下を歩きながら倉庫へ向かう。すると、背後で何やら騒ぎ声が聞こえた。やっと人が落ち着いたと思ったのに、どうしたんだろう。足を止めて様子を伺うと突然腕を掴まれた。
「え!」
腕を引かれたまま、風を切るように連れ去られる。戸惑いながらその強い力に抗えず、走らされた。
何故か目的の倉庫に連れ込まれ、やっと足が止まった。息を切らして肩で呼吸する。喉に血が粘りつくような感覚がした。全く運動しない陰キャにとってこんなダッシュは体に堪える。
激しく空気を吸い込みながら見上げると、目を見張った。氷のように冷たい眼差しで扉を見る雅が立っていた。しかし、いつもと雰囲気が全く違う。
中世ヨーロッパ風の衣装を身に纏い、すらりと伸びた手足がよく映える。その姿はさながら王子のようだ。普段とは違い髪のサイドは耳許で丁寧に編み込まれていて、それもまた似合っている。
「み、みや」
名前を呼びかけたが、シーと雅は人差し指を立てた。息を潜めると、扉の向こうから誰かの話し声が聞こえる。
「高瀬王子どこ行ったー?」
「見失っちゃった……。他教室の方行こ!」
乱れた足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。雅は小さく吐息を洩らた。
「ごめん。急に連れ出して。タロと早く仕事したかったけど、さっきから人がうるさくて」
「い、いや全然。凄い人気だもんね」
「ほんと疲れる。美怜に弱み握られてなかったらこんな劇なんてしなかったのに」
弱み?雅の口から零れた単語に首を傾げた。
「弱みって?」
「……タロと登下校するってなった時よく分からないけど周りが揉めてその時仲裁してくれたのが美怜だったんだ。それで借り一つあるから、劇で王子やれって」
やっぱり揉めてたのか。今まで他の子達と帰っていたのにあっさり変えて良いのか疑問だったけど、そりゃあ急に自分達じゃなくて地味男と連むってなったら衝撃だろう。
「ご、ごめん、俺のせいで」
「別にタロは悪くない。俺はそのままアイツらと縁切っても良かったけど美怜が気にかけてきたんだ」
「そっか。良い人だね」
気さくな性格で、雅のことを心配してくれて良い人だな。雅ともお似合いだ。二人の和やかな姿を想像すると、チクリと胸が痛む。
美怜さんは俺にも明るく話しかけてくれる良い人なのに、また醜い感情が溢れてしまいそうで唇をぎゅっと噛む。ダメだ。どうしてこんな嫌な感情が芽生えてしまうのだろう。
「良い人だったら無理やり劇の役やれなんて言わないと思うけど」
「いや、でも雅と仲良いから一緒に劇したかったんだと思うよ」
そう伝えても雅はまだピンとしてない様子だ。付き合ってるやら両思いやら言われてたけど、思ったより冷めた反応だ。
どっちなんだろう。付き合ってるのか気になるけど、聞いて良いのか。でも、聞いたら雅はすんなり教えてくれるかもしれない。タイミングを見計らって聞いてみた。
「二人はきっとお似合いだね……あのさ、付き合ってるの?」
「は?」
地を這うような声が返ってきた。かつてないほど雅は怖い顔をしている。それはまるで悪魔のような形相だ。
ひょえ、思ってたのと違う。名前で呼んだ時みたいに照れ始めるのかと思ってたのに。
後退り逃げようとしたが、それを阻むように雅が手を強く握る。眉を深く顰める雅の顔が近づき、鼻が触れ合う距離まで迫ってきた。
「なんでそう思ったの?」
「え、いや、この前二人って付き合ってるみたいな話聞いて……仲も良いし」
「そんな訳ない。美怜は他校に彼氏いるし」
その雅の言葉に、今まで抱いていた胸の奥の霧が晴れたような感覚がする。肩の荷がおりたように、何故だかほっとしてしまった。
なんだ。付き合ってないんだ。でも、それなら雅の好きな人って誰なんだろう。雅も他校にいるのかな。
「そ、そっか」
「うん。だからもう二度とそんな勘違いしないで」
「ごめん」
余程勘違いされたくないのか釘をさしてきた。友達同士なのにそんな風に勘違いされたら嫌だろう。悪いことを聞いてしまった。俺は大人しく頷いた。
そして、気を取り直して二人で仕事を始めた。紙のリストを広げ、各クラスに貸した物品が戻っているか数える。地味な仕事だが、今までとは違い雅と雑談を交わしながらするため、いつもより時間の流れが早く感じた。
「タロ、俺の仕事代わってくれたんでしょ?別に良かったのに」
「いや雅大変そうだったからさ、俺は暇だしどうせ仕事が無くても一人でいただろうから」
自嘲気味に力なく笑う。
実行委員をしてなかったとしても、俺には校内に塩谷しか友達がいない。塩谷はフランクフルトを焼くのに気合を入れていたから、長い間一緒にまわることは出来なかっただろう。
「そう。それなら実行委員なんてしないで、タロと文化祭回りたかったな」
「雅は劇に出ないといけないし、実行委員じゃなくても遊ぶ暇なさそう」
「まあね。劇が終わった後もイソスタに載せるから写真撮ってやらで煩くて、もう二度と出たくない」
ゲッソリとした様子の雅に苦笑が零れる。余程疲れたようだ。元々雅目当てのお客さんも来るくらいだ。一日中注目を浴びたら疲れるのも当然だろう。
「似合ってるからね、その衣装。みんなが写真撮りたくなる気持ちもちょっとわかる」
「ほんと?撮る?」
「いや俺は大丈夫!撮っても見せる相手いないし……」
自分で言ってて寂しくなる。そもそもイソスタみたいな陽キャのアプリいれてないし、写真を撮っても俺のスマホの中に残るだけだろう。
雅は僅かに拗ねたように眉を顰めた。
「そう。タロがせっかく褒めてくれたのに」
「あはは……でも、そんなに衣装似合ってたらステージですごそう。劇、ちょっと観たかった」
雅があんなに練習していた劇。これだけ衣装も似合っているならば、ステージ上で演じている姿を見たら圧巻だろう。美怜さんとの関係でなんだか見に行く気持ちにはなれなかったが、誤解も解けて気になってしまった。
俺が思わず零れた言葉に、雅は荷物を降ろした。
「観せようか、ここで」
そう言って目を細める雅に、俺もきょとんと荷物を置いた。
「え、いいの?」
「うん。俺も、タロに見せたい」
雅は袋に入っていたヴェールを俺に被せた。視界が淡い白に染まる。
え、お、俺が姫って設定?全然姫じゃないんだけど、劇の流れ的に必要なのか?
困惑する俺を置いて、雅は跪いた。こんな所で跪いたら衣装が汚れてしまうのではないか。口を開こうとしたが、驚きで声が引っ込んだ。
雅が俺の手を取り、甲に唇を落としたからだ。
な、急に何をするんだ!他人の唇なんて触れたこと無かったのに、衝撃で口を開閉する。
手を引っ込めようとしたが、雅は決して離さず、そのまま俺の手の甲に自身の額を載せた。
「愛してる。貴方が私を見てくれなくても、私の中は常に貴方で満たされている」
顔を上げ、俺の目を真っ直ぐ見る。切なげに細められた瞳に吸い込まれそうになる。
「一生、貴方を愛することを誓います。私と、一生を共にしてくれませんか」
凛とした雅の姿に、まるで本当に雅にそう言われているような気分になる。物語に入り込んだような、ここが倉庫じゃないみたいだ。
すると突如、轟音が響く。雅の背後にある窓の向こうに大輪の花が咲いていた。夜空を彩る鮮やかな光が、こちらを照らす。文化祭の終わりを知らせる花火だ。破裂するような音が続けて鳴る。
ただでさえ物語の王子のような風貌の雅と花火が相まって、幻想的な美しさだ。その姿に目を奪われ、頬が熱を持つ。
しかし、もう一度花火が打ち上げられて意識を取り戻した。慌てて俺は口を開く。
「す、すごいね。こんなに良い演技なら本番も凄い感動しただろうね」
「演技じゃないよ」
「え?」
「これは本心」
そう言うと、雅は立ち上がり、俺のヴェールを外した。
「好きだよ。ずっと一緒にタロといたい」
「……え?」
その言葉と同時に、最も大きな花火が夜空で弾けた。
俺は口を大きく開いたまま、声が出なかった。まるで時間が止まったように感じる。だが、現実だと告げるように鼓膜に花火の爆音が響く。
す、好き……?好きって、友達としてだよな?
しかし雅の様子は到底その「好き」には見えない。真剣な目で俺を射抜く。
「え、えっと」
言葉を探すが、何も浮かんでこない。どうしよう。花火と同じくらい鼓動が煩い。
雅が俺を好きなんて、そんなことある?美怜さんでもなく、他の女の子達でもなく、俺なんて、信じられない。男だし、地味で平凡なのに。
だが、雅の熱を持った瞳が雄弁に語っていた。冗談でもなく、本気だということを。
俺は何度も口を開いては閉じ、ようやく声を絞り出した。
「……ご、ごめん。考えさせてくれない?その、俺、ちょっとまだ」
「うん。考えて。俺、いつでも待ってるから」
その言葉に頷くと、雅は柔らかく微笑んだ。
そして、窓の前を二人で並び、花火を眺めた。大きな花火が次々と打ち上げられるが、雅の言葉が頭を埋め尽くす。隣に立つ雅の顔へ視線を移すと、目が合う。
「タロ、可愛い」
「はっ!?何言って」
「顔真っ赤」
「っ、俺のことはいいから、は、花火見ないと」
顔が熱い。まるで自分まで花火の熱気が移ったみたいだ。手で仰ぎながら窓の外を見るが、やっぱり集中出来ない。胸はずっと花火の轟音に揺さぶられてばかり。
そうしてざわめきは消えないまま、文化祭は幕を降ろした。
