憂鬱な月曜日が始まってしまった……。遊園地の疲れで体はヘトヘトで動けず、日曜日はずっとベッドに沈んで過ごしていた。
相変わらず月曜日は嫌いだが、土曜日の高瀬の態度も気にかかり更に憂鬱だ。最寄りのコンビニへ向かうと、高瀬と目が合った。
「お、おはよう」
「おはよう、タロ」
穏やかな笑みを浮かべる高瀬に少しほっとする。まだ変な様子だったらどうしようと気にかけていたが、気にし過ぎだったようだ。
高瀬は変わらない様子世間話を始めた。
「LIMEで送ったけど、遊園地で撮った写真見た?」
「見た。いつの間に撮ってたの?俺の顔とか」
「可愛くて残したくて、ほらこれ」
そう言って高瀬がスマホの画面を見せてくると、乱れた髪の毛で魂が抜けたような顔をした俺がいた。こいつふざけるな。
遊園地後、高瀬はLIMEでアトラクションや食べ物、着ぐるみなど色んな写真を送ってきたが、断トツで多いのは俺の写真だった。それも少し変な顔ばかり。その中でもこの写真は一段と酷い。
「まだこんなの撮ってたのかよ。消して」
「えーでもこんなに可愛いのに」
「可愛くないって。ほぼ死んでるじゃん」
口を尖らせる俺に対して、高瀬はふはっと相好を崩した。これのどこが可愛いんだ。高瀬の感性ってやっぱりズレてる。そうして話していると、駅に辿り着いた。ICカードを改札機に翳した瞬間、不意に背後から声をかけられた。
「あれ、太郎とイケメンくん!」
振り向くと、そこには茶髪のくせっ毛を揺らす誠がいた。満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている。驚いて足を止めると、そのまま誠は俺たちの方へ駆け寄ってきた。
「今から学校?」
「うん。誠も?」
「俺も!てかもしかして同じ電車?一緒に行こうぜ」
誠の勢いに飲まれて頷いた。誠はそんな俺を見て目を輝かせたと同時に、再びよく回る舌で休む間もなく話す。
す、凄い。全く面識の無い高瀬と、今まで疎遠だった俺に対して、こんなフレンドリーに話せるなんて。俺と同じ人間なのか、疑うほどだ。
誠は電車に揺られながらも全く舌を噛む様子はなく、吊り革を掴みながら話し続ける。
「二人仲良いな。いつも一緒に行ってんの?確か太郎って家から結構遠い学校だったもんな。この時間間に合うのか?結構遅くね?俺家から学校近いから良いけどさ」
「ギリギリ間に合うから大丈夫。誠もいつも同じ時間?」
「いや、俺はもうちょいでテストだから。前めっちゃ悪くてさ、テスト前だけど自主補習で早めに行ってんの」
誠は大きなため息を吐いた。誠は確か昔から勉強が苦手でよく補習の対象になっては騒いでいた。
それくらい勉強が苦手な誠が自主補習をするなんて珍しい。何かあったのだろうか。
疑問をぶつけると、誠は口を引き攣らせた。
「次赤点取ったら留年って言われてさ、マジ最悪」
誠の言葉に俺まで顔が引き攣った。てっきり勉強にやる気を出したのかと思いきや、相変わらず勉強は嫌いなんだな……。
すると誠は突然口を閉じて俺の顔を見つめた。俺が首を傾げると、誠は瞳をキラキラと輝かせる。
吊り革から手を離して、俺の手を力強く掴んだ。
「そうだ!太郎さ、俺に教えてくんね?」
「え、俺?」
「そうそう!家近いし太郎俺より頭良いだろ?母ちゃんも太郎の顔知ってるし」
誠はまるで名案を思いついたかのような表情だが、俺にとっては勘弁して欲しい提案だ。勉強はそこまで得意では無いし、誠の母親とも知り合いだが別に仲良いわけではない。
しかし誠は完全に乗り気になっていて、空いてる時間や教えて欲しい科目まで話してきた。勘弁してくれ。俺にはバイトもある。そうだ、今こそ俺の必殺のカードの出番だ。
「わ、悪いけど俺バイトあるから」
「え!バイトしてんの?どこ?」
「マッツで」
「マジ!マッツならそのままバイト終わりにそこで教えてもらえるじゃん!集まりやすいし!どこのマッツ?」
更にやる気になってしまった。最悪だ。しかもよりにも寄ってマッツは俺の家から近くにある店でバイトしてる。学校から離れた場所で通うのが仇になってしまった。
どうしよう。まあ俺もテスト近いし別に教えても良いけど。誠の家じゃないし……。
誠の提案に乗ろうとした瞬間、突然第三者が会話に入ってきた。
「俺が教える」
相変わらず仏頂面の高瀬が、誠と俺の手を離して間に入ってきた。
突然口を開いた高瀬に対して、誠は全く動揺せずむしろ嬉しそうに声を弾ませた。
「マジ!?めっちゃ助かる!そういやイケメンくんの名前何?」
「高瀬雅」
「雅!名前までなんかかっけーな。てか良いのか?全然俺ら初対面みたいな感じだけど」
「俺特進科だしテストも上位にいるからタロより頭良い」
「めっちゃすげえじゃん!」
高瀬の手を取りぶんぶん上下に振る。一方、高瀬は全く表情が無いままだ。なんだこの二人。つかさり気なく俺にマウントを取るな。
正反対な性格の二人が仲良く勉強なんて出来るだろうか。全く想像はつかないが、二人は話を進める。
「じゃあ太郎のバ先で集まろうぜ。空いてる時間ある?」
「いつもタロとマッツまで向かうから、タロのシフトの時間にいる」
「お前らマジ仲良いな。じゃあ俺も合わせて行くわ。あーでもそれだったら太郎序盤バイトで勉強出来ないなぁ。まあ、太郎はバイト終わり次第合流してやるって形でいっか。太郎、それでも大丈夫?」
何故二人だけではなく俺も勉強する前提で話してるんだ。俺がバイトをしている間、二人で勉強すれば良いだけの話なのに。
そのまま二人はトントン話を進めていると、車内に駅名のアナウンスが流れた。
「おっと、俺ここで降りねえと。じゃあまた夕方会おうな!太郎、雅!」
そしてひらひらと手を振りながら誠は背中を向けて降りていった。まるで台風のように現れて去っていく男だ。誠が消えた途端、車内は静寂に包まれる。
この前の遊園地の様子を見た感じ、誠と高瀬の相性は最悪かと思いきや、高瀬から名乗り出たということはやはり誠に対して好印象を抱いたということだろうか。まあ、誠はいつも人から囲まれる天性の陽キャだし、陽キャの高瀬も惹かれるものがあるのか。
「高瀬と誠、仲良くなるの早いね」
「仲良く?どこが?」
「え、一緒に勉強会開くくらいだし」
高瀬は眉を顰め、俺を鋭い目で睨む。こ、怖。こいつ急に怖い顔をする癖、どうにかならないのか。最近は見なかったのに。
「別にタロと二人で勉強会するみたいだったから声をかけただけ」
「お、俺?」
「うん。幼馴染みたいだけど、タロこそそんなに仲良いの?」
「昔は仲良かったけど今はそんなに」
そう呟き、目を伏せた。
俺は高瀬に出会うまではずっと誠達が陰口を叩いていたことを気にしていたけれども、誠は全く気にしていない様子だった。誠は俺が誠の周りから嫌がらせを受けていたことに、気付かなかったのか。押し潰されるように胸の奥が重く苦しい。
「それにしては、誠って呼び捨てだし俺よりも砕けた話し方だね」
「昔そう呼んでたから」
「じゃあ俺も、名前で呼んでよ」
えっ?なんで名前で?よく分からないが、俺は呼んでみた。
「み、みやび?」
なんだか照れくさくて首の後ろを手で抑える。すると、目の前の雅はほんのり頬を染めた。
目をパチパチと瞬かせる。え、なんでこんな初々しい反応してるんだ?ただ名前で呼んだだけだぞ!過剰に反応されると、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。
そうして、俺たちはなんだか気まずい雰囲気のまま、学校へ向かった。
ようやく教室の扉の前に辿り着き、小さく息を吐いた。まだ授業も始まっていないのに、朝から早速体力を消費した気がする。これからまた授業が始まると想像すると、気絶しそうだ。もう家に帰りたい。
憂鬱を引き摺るようにして扉を開くと、中から聞き慣れた声がした。
「おっ、冴木氏!今日も高瀬氏と連れ立って登校ですか?」
変わらない塩谷のオタク口調がなぜだか胸に染みる。そう、これだよ。この塩谷の安心感。実家に帰ったような気持ちになる。こんなキャラ、両親とは全く違うけども、ここ最近陽キャのキラキラオーラを浴びせられていたからか、とてつもなく安心感がある。衝動のままに駆け寄ってしまいそうになったが、ぐっと堪えて俺は塩谷へ近づいた。
「おはよう。さっきまで一緒にいたけど、今はもういないよ」
「いやはや、仲良いですなぁ。朝から充実していて何よりでござる」
「別にそこまで仲良いって訳ではないけど」
「いえいえ、あの高瀬氏と普通に話して普通に一緒に登校するなんて羨ましいと相変わらず女子達も羨ましがってましたぞ」
またか。相変わらず高瀬の女子人気は高い。
「でも冴木氏も変わりましたな」
「え?何が?」
「高瀬氏の話になるとデバフ入った顔で拒否反応を示しておられましたが、今はそんなことなく、むしろ楽しそうだと拙者には見えますぞ」
「え、そんなこと、ないと思うけど」
否定するが、塩谷はニヨニヨとよく分からない笑みを浮かべている。なんだよその反応。塩谷は一頻り笑みを浮かべていたあと、いつもと変わらない様子で推しについて語り始めた。相槌を打っているとチャイムが鳴り、席に戻った。
いつもと変わらない一時間目。ノートを開いて、板書を書き写す。いつも通りのことなのに、今日はやけに時間が長く感じた。
夕方。ようやく一日が終わりほっと一息つく。だがしかし、この後まだ試練が待ち受けているのだ。勉強会という試練。
高瀬とは何故かギクシャクしてるし誠を合わせて三人でまともに会話できる自信が全く無い。昼食の時もいつもは高瀬が話を始めるのに全然話さないし何故か気まずい空気が流れていた。その代わりに塩谷は素知らぬ顔で一人話し続けてくれた。
高瀬は一体どうして急に態度が変わったんだろう。俺と顔を合わせたくないのかと思いきや、相変わらず学校帰りは俺を待っていた。
「誠、もうマッツ着いてるって」
「LIME交換してるんだ」
歩きながらスマホの画面を見せると、面白くなさそうに高瀬は呟く。「もう着いた!!店の前で待ってる」とハイテンションなメッセージを送ってきた誠とは正反対な反応である。
どうしよう。俺は少しでも空気を和らげようと話しかけてみた。
「高瀬は得意科目って何?」
「……高瀬?」
じろりと剣呑な視線を向けてきた。な、なんでそんな反応になるんだ。別に得意科目聞くくらい普通だろ。今から勉強会だから自然な会話だと思ったのに。
「雅じゃないの?」
「えっ?」
何のこと?一瞬思考が止まったが、徐々に今朝のことを思い出す。そういえば名前で呼んでって言われた気がする。すっかり忘れていた。
「えっと、雅」
名前を呼んだだけだ。それなのに何故か口元を緩める。
「良いね。そう呼ばれるの。俺は英語が得意かな」
「すご。俺一番英語苦手。何言ってるかわからないし」
「そう。俺、親が海外にいることが多くて、小さい頃からよく聞いてるから覚えたんだよね」
か、海外!?予想外の言葉が耳に入り、反射的に雅の顔を見返した。動揺する俺に対して雅はきょとんとしている。
「か、海外って帰国子女ってこと?」
「いや俺は行ってないから違う。親の会社の拠点が海外だから英語の方が日常になってて、家に帰ってくる日は大体英語なんだ」
「え、じゃあ雅は今親と過ごしてないの?」
「うん。一人。あとたまに家政婦が来る」
だから弁当も自分で作っていたのか。雅がやけに大人っぽいのもその影響があるからだろうか。凄いなぁ……。
そうして一人暮らしについて話を聞いていると、いつの間にかマッツに辿り着いた。マッツの前でスマホを弄る誠の姿が目に入る。スマホから目を離し、俺たちを見ると頬を緩ませた。
「おっ!きたきた、今日はよろしくな」
誠がそう言うと、横にいる雅は静かに頷く。そうして店内に入り、俺はバイトがあるから二人とは別れて更衣室へ向かった。いつものようにマッツの制服へ着替えて、重い足取りで更衣室を出ると、大声で名前を呼ばれる。
振り向くと、そこには目を大きく見開いている先輩がいた。何故か切羽詰まった様子で迫ってくる。余りの勢いに俺は後退りしてしまうくらいだ。
「な、何か」
「何かってこっちが聞きたいよ!注文の多い男だけじゃなくて今度は新しいイケメンを連れてくるなんて!冴木くんってイケメンが寄ってくる何か持ってるの?」
「そんなの持ってません!」
「えー秘訣とかあったら教えて欲しいくらいなんだけど。あの男の子は友達なの?」
興味津々で聞いてくるが、俺はその質問に口籠る。
友達って言っても昔の友達だし最近までは全然話さなかった。だけど今は話すようになったし友達と呼んでも良いだろうか。そう思い、頷くと目の前の先輩の瞳が星のように輝いた。
「そうなんだ!えーちょっとうちも仲良くしたいんだけど行こっかな、っやば、もう他の女集まってんじゃん!」
先輩の悔しそうな声を出してカウンターの方へ視線を投げる。つられるように俺も見ると、レジ横のカウンターに腰掛ける誠と雅がいた。しかし二人の姿がよく見えないほど、周りを数人の女の子が集まっていた。
マッツでは見たことの無い光景だ。甲高い声が飛び交い、そこだけ空気がやけに甘く浮ついている。
「めっちゃイケメン」
「モデルとかしてそう!彼女とかいます?」
「どこの学校ですかー?」
質問攻めしている女の子に対して、誠は同じノリで答えている。相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべて答える誠とは対照的に、雅はほとんど言葉を発しない。鉄壁の無表情で受け流している。
す、すごい。あんなにテンションの高い女の子に囲まれてあそこまで塩対応ができるなんて。普段からモテてるからだろうか。俺ならきっと吃って視線を泳がせているだろう。
茫然と立ち尽くしていると、ふとパチリと雅と目が合う。眉が少し下がり、不機嫌そうな表情に変わった。
どうしたんだろう。やっぱりこういうの苦手なのかもしれない。可愛い女の子に囲まれて普通は羨ましがられそうなことだろうに。何も抵抗せず反応もしない雅を良いことに、一人の女の子が雅の服の袖を引き、頬が触れ合いそうなほど顔を近づけた。
その瞬間、俺の足が動いた。
「あ、あの!」
突然現れた俺に、全員の視線が集まる。こんなに顔面偏差値の高い集団に見られるのは初めてだ。特に女の子たちは明らかに鋭い目で睨みつけている。
嫌がってるからやめてって言わないと。それなのに俺の口は少ししか開かない。
「て、店内ではお静かに……」
足がすくみ、語尾が徐々に小さくなる。ああああ、俺の馬鹿!せっかく意を決して来たのに、何をしてるんだろう。
女の子はやはり納得いかない様子で「そんなうるさいですかぁ?」と首を傾げて抗議した。口を開いてもなんて返せばいいか思い浮かばない。口を開閉させ情けない姿を晒している俺の横で、雅は冷え切った声で言い放った。
「煩い。勉強の邪魔だから」
更に追い打ちをかけるように淡々と続けた。
「それに彼女はいないけど、好きな子がいるから興味無い」
心臓を矢で射抜かれたような衝撃に襲われる。雅の言葉にその場にいた誰もが息を呑んだ。それには俺も含まれている。
女の子達は顔を赤くした後、まるで蜘蛛の子を散らすように一斉に散った。無事静かになったはものの、なんとも言えない空気になっている。そんな空気を読まず、誠は弾んだ声を飛ばした。
「え!好きな子ってだれだれ?同じクラス?他校?」
「静かに勉強して。留年するよ」
再び無表情に戻った雅の様子を見て諦めたのか「はーい雅せんせ」と大人しく誠は勉強に戻った。俺はバイトもあるしそこから何事も無かったかのように離れたが、頭の片隅には雅の言葉がずっと残っていた。
す、好きな子……。いや、いるだろうけど、なんでこんな胸が痒いような痛いような変な気持ちになるんだ。やけに雅の様子が気になり、接客中もチラチラと横目で見てしまう。すると、また雅と目が合う。今度は不機嫌な表情ではなく、柔らかい笑顔で首を傾げる。その瞬間、かあっと耳許まで顔が熱くなり咄嗟に視線を逸らした。
その後も俺の体はおかしく、バイトもいつもより集中出来なくて時間が過ぎるのが遅く感じた。
バイトが終わり、二人の元へ向かったが、既に誠はギブアップなのか机に顔を突っ伏していた。
「もう無理。雅超スパルタ。全然休憩させてくんねえし、永遠英語英語英語……頭がおかしくなる」
「ポテト食べたり休んでなかった?」
「あれは休みとは言わねえよ!つか俺には厳しいくせに自分はめっちゃ太郎のこと見てんじゃん!」
誠は頬を膨らませて、雅を指差す。そんな誠に対して雅は素知らぬ顔で「俺は勉強しなくても別にいいから」と返した。ナチュラルに煽ってくるなこいつ。
そうして誠のギブアップにより、今日はお開きにしてそのまま三人で帰ることになった。いつもは二人で歩く帰り道も、誠が加わると、いつもより賑やかだ。
「雅って家近いんだな。どこ中?」
「県外に住んでたから多分知らないよ」
「えっ、マジ?引っ越してきたってこと?」
「うん。両親の出張と合わせて一人暮らしすることにした」
まるで朝同じ話を聞いた時の俺のように、誠は声にならない感嘆をこぼして、まじまじと雅の顔を見た。
「なんでこんな田舎に?」
「小さい頃来たことがあって、思い出があったから」
「えぇ、こんなとこ何もねえし……あ、もしかして好きな子がいたとか!」
誠はニヤッと笑い、名探偵の真似でもするように人差し指を雅の前に突き立てる。すると雅は誠を避けるように、視線を泳がせた。
その反応に誠は案の定テンションが高くなり、好きな子に関する質問をあれこれ聞いていくが、雅はずっと口を結んだままだった。この口を破ることができないと諦めた誠は話題を変えることにしたようだが、俺の胸の奥には重たいモヤモヤが居座ったままだった。
そんなに雅が好きな子って、一体誰なんだろう。特定の人といる様子を見かけたことがないし、友達ならそれくらい話してくれてもいいだろうに……。しかし、今の登下校やお昼ご飯を食べる時間から雅が消えて、再び元の生活に戻ることを想像すると、さらに胸に重くのしかかる。
俺は二人よりも遅い足取りで、背中を追った。
その好きな子が誰か分かるのはすぐだった。
相変わらず月曜日は嫌いだが、土曜日の高瀬の態度も気にかかり更に憂鬱だ。最寄りのコンビニへ向かうと、高瀬と目が合った。
「お、おはよう」
「おはよう、タロ」
穏やかな笑みを浮かべる高瀬に少しほっとする。まだ変な様子だったらどうしようと気にかけていたが、気にし過ぎだったようだ。
高瀬は変わらない様子世間話を始めた。
「LIMEで送ったけど、遊園地で撮った写真見た?」
「見た。いつの間に撮ってたの?俺の顔とか」
「可愛くて残したくて、ほらこれ」
そう言って高瀬がスマホの画面を見せてくると、乱れた髪の毛で魂が抜けたような顔をした俺がいた。こいつふざけるな。
遊園地後、高瀬はLIMEでアトラクションや食べ物、着ぐるみなど色んな写真を送ってきたが、断トツで多いのは俺の写真だった。それも少し変な顔ばかり。その中でもこの写真は一段と酷い。
「まだこんなの撮ってたのかよ。消して」
「えーでもこんなに可愛いのに」
「可愛くないって。ほぼ死んでるじゃん」
口を尖らせる俺に対して、高瀬はふはっと相好を崩した。これのどこが可愛いんだ。高瀬の感性ってやっぱりズレてる。そうして話していると、駅に辿り着いた。ICカードを改札機に翳した瞬間、不意に背後から声をかけられた。
「あれ、太郎とイケメンくん!」
振り向くと、そこには茶髪のくせっ毛を揺らす誠がいた。満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている。驚いて足を止めると、そのまま誠は俺たちの方へ駆け寄ってきた。
「今から学校?」
「うん。誠も?」
「俺も!てかもしかして同じ電車?一緒に行こうぜ」
誠の勢いに飲まれて頷いた。誠はそんな俺を見て目を輝かせたと同時に、再びよく回る舌で休む間もなく話す。
す、凄い。全く面識の無い高瀬と、今まで疎遠だった俺に対して、こんなフレンドリーに話せるなんて。俺と同じ人間なのか、疑うほどだ。
誠は電車に揺られながらも全く舌を噛む様子はなく、吊り革を掴みながら話し続ける。
「二人仲良いな。いつも一緒に行ってんの?確か太郎って家から結構遠い学校だったもんな。この時間間に合うのか?結構遅くね?俺家から学校近いから良いけどさ」
「ギリギリ間に合うから大丈夫。誠もいつも同じ時間?」
「いや、俺はもうちょいでテストだから。前めっちゃ悪くてさ、テスト前だけど自主補習で早めに行ってんの」
誠は大きなため息を吐いた。誠は確か昔から勉強が苦手でよく補習の対象になっては騒いでいた。
それくらい勉強が苦手な誠が自主補習をするなんて珍しい。何かあったのだろうか。
疑問をぶつけると、誠は口を引き攣らせた。
「次赤点取ったら留年って言われてさ、マジ最悪」
誠の言葉に俺まで顔が引き攣った。てっきり勉強にやる気を出したのかと思いきや、相変わらず勉強は嫌いなんだな……。
すると誠は突然口を閉じて俺の顔を見つめた。俺が首を傾げると、誠は瞳をキラキラと輝かせる。
吊り革から手を離して、俺の手を力強く掴んだ。
「そうだ!太郎さ、俺に教えてくんね?」
「え、俺?」
「そうそう!家近いし太郎俺より頭良いだろ?母ちゃんも太郎の顔知ってるし」
誠はまるで名案を思いついたかのような表情だが、俺にとっては勘弁して欲しい提案だ。勉強はそこまで得意では無いし、誠の母親とも知り合いだが別に仲良いわけではない。
しかし誠は完全に乗り気になっていて、空いてる時間や教えて欲しい科目まで話してきた。勘弁してくれ。俺にはバイトもある。そうだ、今こそ俺の必殺のカードの出番だ。
「わ、悪いけど俺バイトあるから」
「え!バイトしてんの?どこ?」
「マッツで」
「マジ!マッツならそのままバイト終わりにそこで教えてもらえるじゃん!集まりやすいし!どこのマッツ?」
更にやる気になってしまった。最悪だ。しかもよりにも寄ってマッツは俺の家から近くにある店でバイトしてる。学校から離れた場所で通うのが仇になってしまった。
どうしよう。まあ俺もテスト近いし別に教えても良いけど。誠の家じゃないし……。
誠の提案に乗ろうとした瞬間、突然第三者が会話に入ってきた。
「俺が教える」
相変わらず仏頂面の高瀬が、誠と俺の手を離して間に入ってきた。
突然口を開いた高瀬に対して、誠は全く動揺せずむしろ嬉しそうに声を弾ませた。
「マジ!?めっちゃ助かる!そういやイケメンくんの名前何?」
「高瀬雅」
「雅!名前までなんかかっけーな。てか良いのか?全然俺ら初対面みたいな感じだけど」
「俺特進科だしテストも上位にいるからタロより頭良い」
「めっちゃすげえじゃん!」
高瀬の手を取りぶんぶん上下に振る。一方、高瀬は全く表情が無いままだ。なんだこの二人。つかさり気なく俺にマウントを取るな。
正反対な性格の二人が仲良く勉強なんて出来るだろうか。全く想像はつかないが、二人は話を進める。
「じゃあ太郎のバ先で集まろうぜ。空いてる時間ある?」
「いつもタロとマッツまで向かうから、タロのシフトの時間にいる」
「お前らマジ仲良いな。じゃあ俺も合わせて行くわ。あーでもそれだったら太郎序盤バイトで勉強出来ないなぁ。まあ、太郎はバイト終わり次第合流してやるって形でいっか。太郎、それでも大丈夫?」
何故二人だけではなく俺も勉強する前提で話してるんだ。俺がバイトをしている間、二人で勉強すれば良いだけの話なのに。
そのまま二人はトントン話を進めていると、車内に駅名のアナウンスが流れた。
「おっと、俺ここで降りねえと。じゃあまた夕方会おうな!太郎、雅!」
そしてひらひらと手を振りながら誠は背中を向けて降りていった。まるで台風のように現れて去っていく男だ。誠が消えた途端、車内は静寂に包まれる。
この前の遊園地の様子を見た感じ、誠と高瀬の相性は最悪かと思いきや、高瀬から名乗り出たということはやはり誠に対して好印象を抱いたということだろうか。まあ、誠はいつも人から囲まれる天性の陽キャだし、陽キャの高瀬も惹かれるものがあるのか。
「高瀬と誠、仲良くなるの早いね」
「仲良く?どこが?」
「え、一緒に勉強会開くくらいだし」
高瀬は眉を顰め、俺を鋭い目で睨む。こ、怖。こいつ急に怖い顔をする癖、どうにかならないのか。最近は見なかったのに。
「別にタロと二人で勉強会するみたいだったから声をかけただけ」
「お、俺?」
「うん。幼馴染みたいだけど、タロこそそんなに仲良いの?」
「昔は仲良かったけど今はそんなに」
そう呟き、目を伏せた。
俺は高瀬に出会うまではずっと誠達が陰口を叩いていたことを気にしていたけれども、誠は全く気にしていない様子だった。誠は俺が誠の周りから嫌がらせを受けていたことに、気付かなかったのか。押し潰されるように胸の奥が重く苦しい。
「それにしては、誠って呼び捨てだし俺よりも砕けた話し方だね」
「昔そう呼んでたから」
「じゃあ俺も、名前で呼んでよ」
えっ?なんで名前で?よく分からないが、俺は呼んでみた。
「み、みやび?」
なんだか照れくさくて首の後ろを手で抑える。すると、目の前の雅はほんのり頬を染めた。
目をパチパチと瞬かせる。え、なんでこんな初々しい反応してるんだ?ただ名前で呼んだだけだぞ!過剰に反応されると、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。
そうして、俺たちはなんだか気まずい雰囲気のまま、学校へ向かった。
ようやく教室の扉の前に辿り着き、小さく息を吐いた。まだ授業も始まっていないのに、朝から早速体力を消費した気がする。これからまた授業が始まると想像すると、気絶しそうだ。もう家に帰りたい。
憂鬱を引き摺るようにして扉を開くと、中から聞き慣れた声がした。
「おっ、冴木氏!今日も高瀬氏と連れ立って登校ですか?」
変わらない塩谷のオタク口調がなぜだか胸に染みる。そう、これだよ。この塩谷の安心感。実家に帰ったような気持ちになる。こんなキャラ、両親とは全く違うけども、ここ最近陽キャのキラキラオーラを浴びせられていたからか、とてつもなく安心感がある。衝動のままに駆け寄ってしまいそうになったが、ぐっと堪えて俺は塩谷へ近づいた。
「おはよう。さっきまで一緒にいたけど、今はもういないよ」
「いやはや、仲良いですなぁ。朝から充実していて何よりでござる」
「別にそこまで仲良いって訳ではないけど」
「いえいえ、あの高瀬氏と普通に話して普通に一緒に登校するなんて羨ましいと相変わらず女子達も羨ましがってましたぞ」
またか。相変わらず高瀬の女子人気は高い。
「でも冴木氏も変わりましたな」
「え?何が?」
「高瀬氏の話になるとデバフ入った顔で拒否反応を示しておられましたが、今はそんなことなく、むしろ楽しそうだと拙者には見えますぞ」
「え、そんなこと、ないと思うけど」
否定するが、塩谷はニヨニヨとよく分からない笑みを浮かべている。なんだよその反応。塩谷は一頻り笑みを浮かべていたあと、いつもと変わらない様子で推しについて語り始めた。相槌を打っているとチャイムが鳴り、席に戻った。
いつもと変わらない一時間目。ノートを開いて、板書を書き写す。いつも通りのことなのに、今日はやけに時間が長く感じた。
夕方。ようやく一日が終わりほっと一息つく。だがしかし、この後まだ試練が待ち受けているのだ。勉強会という試練。
高瀬とは何故かギクシャクしてるし誠を合わせて三人でまともに会話できる自信が全く無い。昼食の時もいつもは高瀬が話を始めるのに全然話さないし何故か気まずい空気が流れていた。その代わりに塩谷は素知らぬ顔で一人話し続けてくれた。
高瀬は一体どうして急に態度が変わったんだろう。俺と顔を合わせたくないのかと思いきや、相変わらず学校帰りは俺を待っていた。
「誠、もうマッツ着いてるって」
「LIME交換してるんだ」
歩きながらスマホの画面を見せると、面白くなさそうに高瀬は呟く。「もう着いた!!店の前で待ってる」とハイテンションなメッセージを送ってきた誠とは正反対な反応である。
どうしよう。俺は少しでも空気を和らげようと話しかけてみた。
「高瀬は得意科目って何?」
「……高瀬?」
じろりと剣呑な視線を向けてきた。な、なんでそんな反応になるんだ。別に得意科目聞くくらい普通だろ。今から勉強会だから自然な会話だと思ったのに。
「雅じゃないの?」
「えっ?」
何のこと?一瞬思考が止まったが、徐々に今朝のことを思い出す。そういえば名前で呼んでって言われた気がする。すっかり忘れていた。
「えっと、雅」
名前を呼んだだけだ。それなのに何故か口元を緩める。
「良いね。そう呼ばれるの。俺は英語が得意かな」
「すご。俺一番英語苦手。何言ってるかわからないし」
「そう。俺、親が海外にいることが多くて、小さい頃からよく聞いてるから覚えたんだよね」
か、海外!?予想外の言葉が耳に入り、反射的に雅の顔を見返した。動揺する俺に対して雅はきょとんとしている。
「か、海外って帰国子女ってこと?」
「いや俺は行ってないから違う。親の会社の拠点が海外だから英語の方が日常になってて、家に帰ってくる日は大体英語なんだ」
「え、じゃあ雅は今親と過ごしてないの?」
「うん。一人。あとたまに家政婦が来る」
だから弁当も自分で作っていたのか。雅がやけに大人っぽいのもその影響があるからだろうか。凄いなぁ……。
そうして一人暮らしについて話を聞いていると、いつの間にかマッツに辿り着いた。マッツの前でスマホを弄る誠の姿が目に入る。スマホから目を離し、俺たちを見ると頬を緩ませた。
「おっ!きたきた、今日はよろしくな」
誠がそう言うと、横にいる雅は静かに頷く。そうして店内に入り、俺はバイトがあるから二人とは別れて更衣室へ向かった。いつものようにマッツの制服へ着替えて、重い足取りで更衣室を出ると、大声で名前を呼ばれる。
振り向くと、そこには目を大きく見開いている先輩がいた。何故か切羽詰まった様子で迫ってくる。余りの勢いに俺は後退りしてしまうくらいだ。
「な、何か」
「何かってこっちが聞きたいよ!注文の多い男だけじゃなくて今度は新しいイケメンを連れてくるなんて!冴木くんってイケメンが寄ってくる何か持ってるの?」
「そんなの持ってません!」
「えー秘訣とかあったら教えて欲しいくらいなんだけど。あの男の子は友達なの?」
興味津々で聞いてくるが、俺はその質問に口籠る。
友達って言っても昔の友達だし最近までは全然話さなかった。だけど今は話すようになったし友達と呼んでも良いだろうか。そう思い、頷くと目の前の先輩の瞳が星のように輝いた。
「そうなんだ!えーちょっとうちも仲良くしたいんだけど行こっかな、っやば、もう他の女集まってんじゃん!」
先輩の悔しそうな声を出してカウンターの方へ視線を投げる。つられるように俺も見ると、レジ横のカウンターに腰掛ける誠と雅がいた。しかし二人の姿がよく見えないほど、周りを数人の女の子が集まっていた。
マッツでは見たことの無い光景だ。甲高い声が飛び交い、そこだけ空気がやけに甘く浮ついている。
「めっちゃイケメン」
「モデルとかしてそう!彼女とかいます?」
「どこの学校ですかー?」
質問攻めしている女の子に対して、誠は同じノリで答えている。相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべて答える誠とは対照的に、雅はほとんど言葉を発しない。鉄壁の無表情で受け流している。
す、すごい。あんなにテンションの高い女の子に囲まれてあそこまで塩対応ができるなんて。普段からモテてるからだろうか。俺ならきっと吃って視線を泳がせているだろう。
茫然と立ち尽くしていると、ふとパチリと雅と目が合う。眉が少し下がり、不機嫌そうな表情に変わった。
どうしたんだろう。やっぱりこういうの苦手なのかもしれない。可愛い女の子に囲まれて普通は羨ましがられそうなことだろうに。何も抵抗せず反応もしない雅を良いことに、一人の女の子が雅の服の袖を引き、頬が触れ合いそうなほど顔を近づけた。
その瞬間、俺の足が動いた。
「あ、あの!」
突然現れた俺に、全員の視線が集まる。こんなに顔面偏差値の高い集団に見られるのは初めてだ。特に女の子たちは明らかに鋭い目で睨みつけている。
嫌がってるからやめてって言わないと。それなのに俺の口は少ししか開かない。
「て、店内ではお静かに……」
足がすくみ、語尾が徐々に小さくなる。ああああ、俺の馬鹿!せっかく意を決して来たのに、何をしてるんだろう。
女の子はやはり納得いかない様子で「そんなうるさいですかぁ?」と首を傾げて抗議した。口を開いてもなんて返せばいいか思い浮かばない。口を開閉させ情けない姿を晒している俺の横で、雅は冷え切った声で言い放った。
「煩い。勉強の邪魔だから」
更に追い打ちをかけるように淡々と続けた。
「それに彼女はいないけど、好きな子がいるから興味無い」
心臓を矢で射抜かれたような衝撃に襲われる。雅の言葉にその場にいた誰もが息を呑んだ。それには俺も含まれている。
女の子達は顔を赤くした後、まるで蜘蛛の子を散らすように一斉に散った。無事静かになったはものの、なんとも言えない空気になっている。そんな空気を読まず、誠は弾んだ声を飛ばした。
「え!好きな子ってだれだれ?同じクラス?他校?」
「静かに勉強して。留年するよ」
再び無表情に戻った雅の様子を見て諦めたのか「はーい雅せんせ」と大人しく誠は勉強に戻った。俺はバイトもあるしそこから何事も無かったかのように離れたが、頭の片隅には雅の言葉がずっと残っていた。
す、好きな子……。いや、いるだろうけど、なんでこんな胸が痒いような痛いような変な気持ちになるんだ。やけに雅の様子が気になり、接客中もチラチラと横目で見てしまう。すると、また雅と目が合う。今度は不機嫌な表情ではなく、柔らかい笑顔で首を傾げる。その瞬間、かあっと耳許まで顔が熱くなり咄嗟に視線を逸らした。
その後も俺の体はおかしく、バイトもいつもより集中出来なくて時間が過ぎるのが遅く感じた。
バイトが終わり、二人の元へ向かったが、既に誠はギブアップなのか机に顔を突っ伏していた。
「もう無理。雅超スパルタ。全然休憩させてくんねえし、永遠英語英語英語……頭がおかしくなる」
「ポテト食べたり休んでなかった?」
「あれは休みとは言わねえよ!つか俺には厳しいくせに自分はめっちゃ太郎のこと見てんじゃん!」
誠は頬を膨らませて、雅を指差す。そんな誠に対して雅は素知らぬ顔で「俺は勉強しなくても別にいいから」と返した。ナチュラルに煽ってくるなこいつ。
そうして誠のギブアップにより、今日はお開きにしてそのまま三人で帰ることになった。いつもは二人で歩く帰り道も、誠が加わると、いつもより賑やかだ。
「雅って家近いんだな。どこ中?」
「県外に住んでたから多分知らないよ」
「えっ、マジ?引っ越してきたってこと?」
「うん。両親の出張と合わせて一人暮らしすることにした」
まるで朝同じ話を聞いた時の俺のように、誠は声にならない感嘆をこぼして、まじまじと雅の顔を見た。
「なんでこんな田舎に?」
「小さい頃来たことがあって、思い出があったから」
「えぇ、こんなとこ何もねえし……あ、もしかして好きな子がいたとか!」
誠はニヤッと笑い、名探偵の真似でもするように人差し指を雅の前に突き立てる。すると雅は誠を避けるように、視線を泳がせた。
その反応に誠は案の定テンションが高くなり、好きな子に関する質問をあれこれ聞いていくが、雅はずっと口を結んだままだった。この口を破ることができないと諦めた誠は話題を変えることにしたようだが、俺の胸の奥には重たいモヤモヤが居座ったままだった。
そんなに雅が好きな子って、一体誰なんだろう。特定の人といる様子を見かけたことがないし、友達ならそれくらい話してくれてもいいだろうに……。しかし、今の登下校やお昼ご飯を食べる時間から雅が消えて、再び元の生活に戻ることを想像すると、さらに胸に重くのしかかる。
俺は二人よりも遅い足取りで、背中を追った。
その好きな子が誰か分かるのはすぐだった。
