その後、普段通り授業を受け、瞬く間に放課後になった。窓の外はすっかり夕暮れで、生徒達の賑わう声や足音に俺の小さなため息が掻き消される。
今日もバイトだるすぎる。隕石とか突然落ちてこないかな。そんなことを考えながら重い腰を上げたその時、背後から軽く肩を叩かれた。振り返ると、朝と同じ笑みを浮かべた高瀬が立っていた。
「ひょわ」
思わず変な声が漏れた。
高瀬、生き返ったのか。最後に会った昼休憩では、突然魂が奪われたように固まっていたが、普通に元気そうだ。
それにしても、どうして俺のクラスにまた来てるんだろう。なんだか胃のあたりがキリキリと痛む。俺の嫌な予感は当たってしまった。
「一緒に帰ろう」
ええ、なんで俺と?どうしてこんなに構ってくるんだろう。周囲の生徒達から視線を感じる。早くここから脱出しなくては。
だが大丈夫。俺には必殺のカードがあるのだ。その名も「バイト」である。
「ごめん。俺、今日バイトだから」
「そっか。じゃあ俺も一緒に行くよ」
俺の必殺のカードはひらりと躱された。心の中で肩を落とす。
そして、俺は逃げ場を失い、教室から連行された。
高瀬と横に並び、マッツへ向かう。会話はほぼ無い。かなり気まずいが、隣の男はやけに機嫌が良さそうだ。笑顔で鼻歌まで口ずさんでいる。曲は「テレレ、テレレ」といういつものポテトの音楽である。コイツどんだけマッツ好きなんだよ。いっそお前が働けばいいんじゃないか。
高校から離れた場所にあるバイト先まで、高瀬は電車に乗ってついてきた。物好きな男だ。
遠い道のりを乗り越え、ようやく見えてきたマッツの看板にほっとする。いつもは魔王城のような風格をしているが、この男と離れられると思うと輝いて見える。
「着いたから、俺行くね」
「何時までバイト?帰りも送るよ」
「えっ?九時までだから待たなくても」
「いいよ。待つの好きだから」
帰ってくれた方が有難いんだけど。そう言いたかったが、食い気味に断られて俺は口を噤んだ。
バイトの制服に着替え終わり、憂鬱な気持ちを引き摺りながら更衣室から出る。すると、バイトの先輩が駆け寄ってきた。
「冴木くん、やほー!ねね、今日注文の多い男と一緒に来たけど何で!?なんかあった?」
ぐいぐいと近づいてきてその勢いに思わず後退る。女の子とは無縁の人生を送ってきた俺には刺激が強い。辟易ろぐ俺を気にせず、先輩は距離を縮め、大きな瞳を輝かせた。
「えと、たまたま同じ学校で、一緒に行かないかってなっただけで」
「へえ、注文の多い男って結構フレンドリーなんだ!うちも連絡先教えてって言ってこようかなー。あ、そうだ!冴木くんもし連絡先交換したら教えてくれない?」
「いや、そんなに関わることないので……」
「まあもしもだから、ね?」
断りづらい。本当は連絡先は知っているが、勝手に交換したら高瀬がまた怖い顔になりそうだ。
結局、断ることはできず曖昧に返事をして、いつも通りカウンターへ出た。すると、相変わらずレジの近くに注文の多い男がいた。俺が出たことに気付くと、直ぐに俺のいるレジの前へ並び始める。
「いらっしゃいませ」
「ホットコーヒーで」
「……か、かしこまりました」
思わず言葉が詰まる。注文の多い男だから、また何度も注文してくるかと思いきや、今日はなんと一度で終わった。動揺して返事が遅れてしまった。隣の先輩も他の客の対応をしているのに驚きを顔に出してしまっている。
そんな俺達の様子を気にせず男は「そこで待ってるから」と耳打ちし、いつもの席に座った。
その後、高瀬は俺の仕事が終わるまで待っていた。訪れる女性客は高瀬を一目見てきゃっきゃと黄色い声をあげて眺めていた。何なら逆ナンまでされていた。どんだけモテるんだ。
カウンター越しに遠目で眺めていると、先輩がひょっこり俺の隣に並んできた。
「冴木くんお疲れ。はあ、相変わらず注文の多い男イケメン!どうしよ、話しかけようかなぁ。冴木くんちょっと私のこと紹介してよ」
「え、いやでも俺そんなに仲良くないですよ」
「お願いだってー」
先輩は小さな手で俺の手を包み、上目遣いで見上げる。白く柔らかな手が触れて鼓動が波打つ。
ど、どうしよう。でも急に紹介なんてしても高瀬を困らせるだろうし……。視線を彷徨わせて言葉を探していると、突如腕を引かれた。
「何してんの?」
俺と先輩の手元を冷酷な眼差しで射抜く。今までに無い高瀬の鋭利な気配に身が震え背筋が凍る。
顔を蒼白にさせる俺とは反対に、先輩は頬を赤らめて声を上げた。
「あ、あのっ」
「終わったなら行こ、タロ」
高瀬はまるで先輩が見えていないように言葉を遮り、俺の腕を引いたままマッツを出た。
このまま行くの!?き、気まずい……。次のバイトの時先輩とどう接したらいいんだ。
頭を悩ませながら高瀬に連れられると、ふと高瀬の足が止まる。
腕を掴んでいた高瀬の手が、次は俺の手へ滑る。俺の細く情けない指に、骨張った指が絡められ逃げ場を塞がれる。高瀬の瞳は鋭さがまだ残っていた。
「消毒」
どういう意味だろうか。首を傾げたが、高瀬は微笑んだまま何を言わない。そして何事も無かったかのように手に触れる温もりが消えた。
意味が分からない。何がしたいんだこいつ。考えても高瀬の思考はきっと一生理解出来ないだろう。悩むだけ無駄だと理解した俺は足を進めた。
さて、少し前に初めて会話を交わしたばかりの二人の帰り道となると、やはり何一つ言葉を発することはない。そもそも俺と高瀬は性格も顔も何もかもが違いすぎて、何を話せばいいのか分からない。
夜の冷たい風が、俺たちの気まずい空気を表すかのように頬を撫でる。すると、その空気が伝わったのか高瀬が声を出した。
「タロは普段家で何してるの?」
「アニメ見たり、ゲームしたり、かな」
「どんなアニメ?」
一応アニメのタイトルを言うものの、やはり高瀬は知らない様子だ。まあマイナーなアニメだし。今度見るね、なんて言ってるがどうせ社交辞令だという事は分かってる。
その後も高瀬の話にぼそぼそと言葉を返し、いつの間にか最寄り駅まで着いた。
「タロ、コンビニの新商品食べた?たこ焼き味の肉まん」
「初めて聞いた。見た目がたこ焼きってこと?」
「うん。味もたこ焼きっぽい感じ。ちゃんとタコも入ってたし結構美味しいから今度食べてみて。あ、電車きた」
もうそろそろでバイバイかと思いきや、高瀬まで一緒に乗ってきた。まさか家まで送る気か?そんな訳ない、と自分の馬鹿げた考えを心の中で笑い飛ばした。しかし、本当に高瀬は俺と同じ駅で降りてきた。
「えっと、高瀬もここら辺に住んでるの?」
高瀬はこくりと頷いた。凄い偶然だ。てっきり高瀬は学校の近くで住んでるのかと思ったけど、そういえばこの前同じ電車に乗っていたしそんなもんか。
「タロって家どこら辺?送るよ」
「送らなくていいよ。女の子じゃないし」
「タロは女の子より弱そうだから心配だよ」
こいつ、さりげなく失礼なことを言うな。
結局、家の近くのコンビニまで送って貰うことになった。
人に送られることなんて初めてで不思議な感覚だ。今まで友達だった奴にもそんなことされなかったし、自分がしたことも無かった。イケメンって普段から行動もイケメンなのか。
「タロって結構高校から遠い所に住んでるんだね。大変じゃない?」
「そっちも同じだと……」
「はは、まあね。タロ以外ここから通ってる奴って見た事ないし。あ、今度から一緒に学校行かない?」
「ぐえ」
む、無理だ!一緒に行くということは高瀬だけじゃなくて高瀬のあのキラキラフレンズも一緒ってことだろ!?無理。無理無理。
首を高速横振りすると、高瀬はわずかに眉を顰めて「どうして?」と聞いてきた。高瀬みたいな陽キャには、俺の気持ちは分からないだろう。俯き、ぎゅっと唇を噛んだ。
「だって、俺あんまり話すのとか上手くないし。俺なんかより他の人達と話した方が楽しいでしょ」
今日だって高瀬が話題出して俺がそれに答えるだけだった。自分から何か言えば良いんだろうけど、何も思い付かない。仮に思いついたとしても、きっとつまらない話題だ。
こんな俺と話しても面白くないだろう。鬱々とした感情が俺の心を蝕み、視界が暗くなる。
「……まあ、楽しくないって思う人もいるかもね」
ぐさりと胸に刺さる。いや、自分で言い出したことだけど、改めて言われたら傷つく。
だが次の瞬間、まるで月が照らしたように暗闇が晴れる。
「でも俺は楽しいって思った。タロは違う?」
高瀬は屈んで俺の顔を覗く。どこか確信めいたように口元は弧を描いていた。
違う、と言って離れるのが陰キャとして正解だ。高瀬と俺は生きる世界が違って、共通点も少ない。本来なら関わらないべき人間だ。
そう、中学の頃のようにまた馬鹿にされるかもしれない。
だが、俺の口は思いとは反対に動いた。
「違く、ない」
その言葉を聞き、高瀬は顔を綻ばせた。
「良かった」
月光に照らされる高瀬は、夜の闇に溶けてしまいそうなほど綺麗だった。
高瀬はそのまま機嫌良さげに鼻歌を歌いながら歩く。変なやつ。俺と登下校するだけで喜ぶなんて、意味が分からない。だが、高瀬の適当な鼻歌に揺られるように、俺の胸も軽くなった。
しかし、ふと思い出して俺は足を止めた。
「そういえば、いつもの友達は?一緒に行ってるならそっち優先した方がいいんじゃない?」
「友達って誰?」
真顔で聞き返した高瀬に目を丸くする。
こいつ、やば。電車の中陽キャに囲まれてなかったっけ?あれは友達じゃないの?
「ほら、いつも朝一緒に行ってる人とかいない?」
「あー、いるけど、アイツらは俺がいてもいなくても大して変わらないだろうし」
いやいや、絶対あの子達は高瀬と一緒が良いだろう。クラスも同じだし仲良くしておいた方が良い。
ていうか俺と高瀬が一緒に登校している姿を見られたら何か言われそうだ。何で雅くんがあんな陰キャと、みたいに文句を言われそう。む、無理。目立ちたくないし高瀬も馬鹿にされたりするだろうし、お互いの為を思ったらやめた方が良いんじゃ……。
考え込んでいると、高瀬は突然俺の顔を両手で掴んで顔を向かい合わせにした。
「タロ、あんまり他の人のこと考えないで。俺といる時は俺のこと考えて」
急なドアップの顔面に思考が停止する。反射的に頷くと、高瀬はにっこりと口端を上げた。
「じゃあ決まりね。明日から楽しみ」
勝手に決められた。断る間も無かったし、本当に強引な男だ。こっちが不安に思っているのが馬鹿らしく思えてくるくらい。
隣にいる高瀬の嬉しそうな様子を見ると不安な気持ちが消えていく。
「……ほんと、意味分かんない」
高瀬の言動が全く想像つかなくて理解が追いつかない。だが、そんな高瀬の言動に心が動かされる自分が、一番よくわからない。
冷たい夜風が吹く。なのに、頬の熱は冷めなかった。
「タロ、おはよう」
翌日、約束の十分前に着いたが、高瀬は既にコンビニの前で待っていた。慌てて駆け寄ると白い息がこぼれる。肌寒い中待ってもらって申し訳ない。
「おはよう。遅れてごめん」
「謝らなくて良いよ。待つの好きって言ったし。あ、これ。ちょっと冷めたけど昨日言ってた肉まん」
渡してきたものは、噂のたこ焼きまん。昨日どんな味かと話していたものだ。わざわざ買ってくれるなんて良い男だ。受け取り「ありがとう」と言うと高瀬は微笑んだ。
そして駅へ向かいながら、高瀬と並んでたこ焼きまんを頬張る。
「あ、ほんとにたこ焼きだ」
「だよね」
柔らかい皮の中に沢山タコや紅しょうが、ネギが入ってて美味しい。冷たい体も温まり、あっという間に食べ終わってしまった。
「美味しかった。ありがとう」
「意外と美味しいよね。タロは好きな食べ物とかある?」
「割と何でも食べるけど、たこ焼き好きかも」
「そっか。じゃあ明日からは弁当にたこ焼き入れてくるね」
ん?どういうこと?意味が理解できず固まる俺に対して、高瀬は平然と俺を見つめる。
まさか昨日みたいに作ってくるのか?高瀬の作るご飯は美味しいが、申し訳ないし大丈夫なんだけど。
「え、また弁当くれるの?」
「うん。もちろん」
「俺パン持ってきてるし悪いからいいよ」
「タロのご飯作りたいのに。今日も持ってきたよ?昨日喜んでた金平ごぼうも入れてきた」
何度も断っても高瀬はなかなか首を縦に振らない。こいつ、なんて強情な男なんだ。
「タロ、俺のご飯好みじゃない?」
「う、いやそういうわけじゃ……」
「好き?」
溶かした砂糖のような甘い声色で高瀬は聞いてくる。俺が小さく頷くと、高瀬は唇の端を吊り上げた。
その笑みに見蕩れそうになるものの、ぶんぶんと首を横に振り正気に戻る。
「なんで、俺にそんな構うの?マッツで会ってただけなのに」
「なんか放っておけなくて。タロ、直ぐに泣いちゃいそうだから」
「えっ?な、泣く?」
泣くってどういうこと?俺、そんな泣きそうに見える?そんなに泣かないんだけど。
理由を聞きたいが、ヒョロくてすぐに泣きそうとか言われたらショックだから聞かないことにした。
高瀬は宣言通り毎日弁当を持ってくるようになった。それも特進科からわざわざ俺のクラスまで足を運んでくる。
俺は知らなかったが、高瀬は学校でもかなりの有名人だったらしい。昼休憩に女子に囲まれどういう仲だと問い詰められる羽目になってしまった。
「冴木さぁ、高瀬くんと今日一緒に登校してきてたけど、どういう仲なの?昨日も一緒にご飯食べてたし」
「バ、バイト先で会っただけで」
「ええ、でもあんな仲良くなる?あの絶対零度の王子様があんなに嬉しそうなの見たことないんだけど!」
絶対零度の王子様ってなんだ。急に謎の二つ名が出てきて困惑していると、俺の動揺が顕になっていたのか、女子は説明してくれた。
「高瀬くんはね、いつも無表情なんだよ。どんな時もクールで、笑うのも滅多にないの。それなのに昨日はすっごい表情がコロコロ変わってたし、あんなの見たことない!」
「ね。あのめっちゃ可愛い白崎さんにアプローチされてもガン無視してたのにね」
そんな有名人だったのか。陰キャの情報網はあまりにも狭いため知らなかった。確かに電車で初めて見かけた時は無表情だったけど割と感情表現はする。よく怖い顔になったりするし。
女子たちは高瀬の話で盛り上がる。やれ通学時に見かけたやら全国模試でも上位やら。俺が呆気にとられていると、急に女子たちの甲高い声が悲鳴へと変わった。
「何してんの?」
気怠げな表情で見下ろす。そんな姿にすら女子達はキャーキャー騒ぎ始めた。高瀬の手元へ視線を落とすと相変わらず弁当袋をぶら下げていた。
うう、また持ってきたのか。俺と目が合うと、高瀬は俺の手を引いた。
「タロ、行こう」
「え、でも塩谷は?」
「拙者はここに」
後ろからいつも聞いてる声がして振り向いたらなんとそこには大量に汗をかいている塩谷がいた。
ぜ、全然気付かなかった。いつもはその大きな体に気付かないなんてことは無い。塩谷は汗をハンカチで拭きながら小さくため息を吐いた。
「ふぅ……冴木氏の周りに女子がわらわら群がって詰んでましたが、そこに高瀬氏が颯爽と降臨した途端、女子が秒で散りましたな」
「そ、そうなんだ。ごめん」
「いえいえ!冴木氏は悪くないので」
塩谷はヘラりと笑ってくれて安心したが、何故か隣にいる高瀬は口を尖らせている。そして不満そうに呟いた。
「なんでタロの周りに人いたの?」
お前のせいだよ。思わず口から飛び出そうになったがギリギリ心の中に留めた。
「まさかの無自覚とは!高瀬氏にメロついてる女子達が冴木氏を問い詰めてたんですよ」
「何それ。何をタロに聞くわけ?」
「それは高瀬氏の情報ですよ」
塩谷が解説しても高瀬はさっぱり理解できていないようで納得いかない顔を浮かべている。自分の影響力を自覚していないようだ。これは何を言っても分かってくれ無さそうだ。諦めて俺達は昨日と同じ空き教室で昼食をとった。
その後、気づけば俺と高瀬は毎日のように顔を合わせるようになった。女子にいつ怒られるかと肝を冷やしたが、何故かあの一度以降何も言ってこないようになった。
……正直それを理由に高瀬から離れることも出来るんじゃないかなんて考えていたから、ちょっぴり残念。
そして今日も相変わらず高瀬がマッツにいる。窓際の席で頬杖をつきながらこっちを見ている。マッツには似合わない雰囲気を纏っているが、どうしてか絵になる。最近高瀬が話題になりマッツも女性客が増えているし店としては良いことなのかもしれない。しかし、レジにいるとやたら視線を感じてやりづらい。
「タロ、終わった?」
「うん、いつも待たせてごめん」
「全然」
いつもの帰り道を二人で並んで歩く。街灯は少なく、月明かりだけ頼りだ。
雑談をぽつぽつ交わしながら駅へ向かっていると、高瀬がふと足を止めた。
「タロ」
「どうかした?」
「今度、二人で出かけない?」
一瞬何を言われたか理解が追いつかなかった。
ふ、二人で?なんで?毎日登下校もしてるのに休みの日まで俺と会いたいなんてどんな物好きなんだろう。
「いいけど……」
「良かった。最寄り駅の近くに遊園地あるじゃん?行かない?」
胸の奥で何かが軋んだ音がした。錆びた観覧車が頭に過ぎる。あそこは遊具は少ないのに嫌な記憶がこびりついていて、暫く足を運んでいない。
昔、遊園地前で待ち合わせだと言われて誰も来なかったことがあった。もう少しで着く、と言われて待っていたのに、ずっと誰の影もなくて、一人佇んでいた。反対にキラキラと夜空を彩る星のように煌めく観覧車や楽しそうな弾むような声が、余計俺を惨めにさせた。
あまり行きたくない。だが、そこなら知り合いもいないだろうし高瀬といても変に噂がたたないだろう。
「うん。いつ行く?」
「今度の土曜日とかって空いてる?」
頷くと、高瀬は目を細めた。楽しみだと呟いて、笑みを浮かべながら足を進めた。
なんで俺なんかに構うんだろう。いつもいる連中と違って新鮮だからかな。それなら良いけど……
『ほんとおもんないよな。場違いだって分からねえの?』
血流、心臓がピタリと止まったようだ。
視界の端が黒で滲む。まるで足だけが床に飲み込まれたように動けない。
揺れる視界の向こうに、扉の隙間から笑い声が漏れる。友達だと思っていた奴らの笑みが網膜を突き刺す。突如、その輪の中にいる幼馴染の瞳に俺が映った気がしてーーー
「タロ、大丈夫?」
「えっ」
「怖がってない?何かあった?」
その声が視界が一気に元に戻った。目の前には、眉を下げた高瀬の姿が目に入った。
「だ、大丈夫だから!心配させてごめん」
「全然。何かあったら言って」
高瀬は大丈夫だと言ってるのに、まだ気にかけている様子だ。もう過去の話で、あいつらと会うことは無い。それに俺はもう期待しないことにしたのだ。俺なんて嫌われて当然な存在だ。だから何を言われても大丈夫。
でも、高瀬がもし俺に対してそう言ってきたらと想像すると、足の先がヒュッと冷えた。
今日もバイトだるすぎる。隕石とか突然落ちてこないかな。そんなことを考えながら重い腰を上げたその時、背後から軽く肩を叩かれた。振り返ると、朝と同じ笑みを浮かべた高瀬が立っていた。
「ひょわ」
思わず変な声が漏れた。
高瀬、生き返ったのか。最後に会った昼休憩では、突然魂が奪われたように固まっていたが、普通に元気そうだ。
それにしても、どうして俺のクラスにまた来てるんだろう。なんだか胃のあたりがキリキリと痛む。俺の嫌な予感は当たってしまった。
「一緒に帰ろう」
ええ、なんで俺と?どうしてこんなに構ってくるんだろう。周囲の生徒達から視線を感じる。早くここから脱出しなくては。
だが大丈夫。俺には必殺のカードがあるのだ。その名も「バイト」である。
「ごめん。俺、今日バイトだから」
「そっか。じゃあ俺も一緒に行くよ」
俺の必殺のカードはひらりと躱された。心の中で肩を落とす。
そして、俺は逃げ場を失い、教室から連行された。
高瀬と横に並び、マッツへ向かう。会話はほぼ無い。かなり気まずいが、隣の男はやけに機嫌が良さそうだ。笑顔で鼻歌まで口ずさんでいる。曲は「テレレ、テレレ」といういつものポテトの音楽である。コイツどんだけマッツ好きなんだよ。いっそお前が働けばいいんじゃないか。
高校から離れた場所にあるバイト先まで、高瀬は電車に乗ってついてきた。物好きな男だ。
遠い道のりを乗り越え、ようやく見えてきたマッツの看板にほっとする。いつもは魔王城のような風格をしているが、この男と離れられると思うと輝いて見える。
「着いたから、俺行くね」
「何時までバイト?帰りも送るよ」
「えっ?九時までだから待たなくても」
「いいよ。待つの好きだから」
帰ってくれた方が有難いんだけど。そう言いたかったが、食い気味に断られて俺は口を噤んだ。
バイトの制服に着替え終わり、憂鬱な気持ちを引き摺りながら更衣室から出る。すると、バイトの先輩が駆け寄ってきた。
「冴木くん、やほー!ねね、今日注文の多い男と一緒に来たけど何で!?なんかあった?」
ぐいぐいと近づいてきてその勢いに思わず後退る。女の子とは無縁の人生を送ってきた俺には刺激が強い。辟易ろぐ俺を気にせず、先輩は距離を縮め、大きな瞳を輝かせた。
「えと、たまたま同じ学校で、一緒に行かないかってなっただけで」
「へえ、注文の多い男って結構フレンドリーなんだ!うちも連絡先教えてって言ってこようかなー。あ、そうだ!冴木くんもし連絡先交換したら教えてくれない?」
「いや、そんなに関わることないので……」
「まあもしもだから、ね?」
断りづらい。本当は連絡先は知っているが、勝手に交換したら高瀬がまた怖い顔になりそうだ。
結局、断ることはできず曖昧に返事をして、いつも通りカウンターへ出た。すると、相変わらずレジの近くに注文の多い男がいた。俺が出たことに気付くと、直ぐに俺のいるレジの前へ並び始める。
「いらっしゃいませ」
「ホットコーヒーで」
「……か、かしこまりました」
思わず言葉が詰まる。注文の多い男だから、また何度も注文してくるかと思いきや、今日はなんと一度で終わった。動揺して返事が遅れてしまった。隣の先輩も他の客の対応をしているのに驚きを顔に出してしまっている。
そんな俺達の様子を気にせず男は「そこで待ってるから」と耳打ちし、いつもの席に座った。
その後、高瀬は俺の仕事が終わるまで待っていた。訪れる女性客は高瀬を一目見てきゃっきゃと黄色い声をあげて眺めていた。何なら逆ナンまでされていた。どんだけモテるんだ。
カウンター越しに遠目で眺めていると、先輩がひょっこり俺の隣に並んできた。
「冴木くんお疲れ。はあ、相変わらず注文の多い男イケメン!どうしよ、話しかけようかなぁ。冴木くんちょっと私のこと紹介してよ」
「え、いやでも俺そんなに仲良くないですよ」
「お願いだってー」
先輩は小さな手で俺の手を包み、上目遣いで見上げる。白く柔らかな手が触れて鼓動が波打つ。
ど、どうしよう。でも急に紹介なんてしても高瀬を困らせるだろうし……。視線を彷徨わせて言葉を探していると、突如腕を引かれた。
「何してんの?」
俺と先輩の手元を冷酷な眼差しで射抜く。今までに無い高瀬の鋭利な気配に身が震え背筋が凍る。
顔を蒼白にさせる俺とは反対に、先輩は頬を赤らめて声を上げた。
「あ、あのっ」
「終わったなら行こ、タロ」
高瀬はまるで先輩が見えていないように言葉を遮り、俺の腕を引いたままマッツを出た。
このまま行くの!?き、気まずい……。次のバイトの時先輩とどう接したらいいんだ。
頭を悩ませながら高瀬に連れられると、ふと高瀬の足が止まる。
腕を掴んでいた高瀬の手が、次は俺の手へ滑る。俺の細く情けない指に、骨張った指が絡められ逃げ場を塞がれる。高瀬の瞳は鋭さがまだ残っていた。
「消毒」
どういう意味だろうか。首を傾げたが、高瀬は微笑んだまま何を言わない。そして何事も無かったかのように手に触れる温もりが消えた。
意味が分からない。何がしたいんだこいつ。考えても高瀬の思考はきっと一生理解出来ないだろう。悩むだけ無駄だと理解した俺は足を進めた。
さて、少し前に初めて会話を交わしたばかりの二人の帰り道となると、やはり何一つ言葉を発することはない。そもそも俺と高瀬は性格も顔も何もかもが違いすぎて、何を話せばいいのか分からない。
夜の冷たい風が、俺たちの気まずい空気を表すかのように頬を撫でる。すると、その空気が伝わったのか高瀬が声を出した。
「タロは普段家で何してるの?」
「アニメ見たり、ゲームしたり、かな」
「どんなアニメ?」
一応アニメのタイトルを言うものの、やはり高瀬は知らない様子だ。まあマイナーなアニメだし。今度見るね、なんて言ってるがどうせ社交辞令だという事は分かってる。
その後も高瀬の話にぼそぼそと言葉を返し、いつの間にか最寄り駅まで着いた。
「タロ、コンビニの新商品食べた?たこ焼き味の肉まん」
「初めて聞いた。見た目がたこ焼きってこと?」
「うん。味もたこ焼きっぽい感じ。ちゃんとタコも入ってたし結構美味しいから今度食べてみて。あ、電車きた」
もうそろそろでバイバイかと思いきや、高瀬まで一緒に乗ってきた。まさか家まで送る気か?そんな訳ない、と自分の馬鹿げた考えを心の中で笑い飛ばした。しかし、本当に高瀬は俺と同じ駅で降りてきた。
「えっと、高瀬もここら辺に住んでるの?」
高瀬はこくりと頷いた。凄い偶然だ。てっきり高瀬は学校の近くで住んでるのかと思ったけど、そういえばこの前同じ電車に乗っていたしそんなもんか。
「タロって家どこら辺?送るよ」
「送らなくていいよ。女の子じゃないし」
「タロは女の子より弱そうだから心配だよ」
こいつ、さりげなく失礼なことを言うな。
結局、家の近くのコンビニまで送って貰うことになった。
人に送られることなんて初めてで不思議な感覚だ。今まで友達だった奴にもそんなことされなかったし、自分がしたことも無かった。イケメンって普段から行動もイケメンなのか。
「タロって結構高校から遠い所に住んでるんだね。大変じゃない?」
「そっちも同じだと……」
「はは、まあね。タロ以外ここから通ってる奴って見た事ないし。あ、今度から一緒に学校行かない?」
「ぐえ」
む、無理だ!一緒に行くということは高瀬だけじゃなくて高瀬のあのキラキラフレンズも一緒ってことだろ!?無理。無理無理。
首を高速横振りすると、高瀬はわずかに眉を顰めて「どうして?」と聞いてきた。高瀬みたいな陽キャには、俺の気持ちは分からないだろう。俯き、ぎゅっと唇を噛んだ。
「だって、俺あんまり話すのとか上手くないし。俺なんかより他の人達と話した方が楽しいでしょ」
今日だって高瀬が話題出して俺がそれに答えるだけだった。自分から何か言えば良いんだろうけど、何も思い付かない。仮に思いついたとしても、きっとつまらない話題だ。
こんな俺と話しても面白くないだろう。鬱々とした感情が俺の心を蝕み、視界が暗くなる。
「……まあ、楽しくないって思う人もいるかもね」
ぐさりと胸に刺さる。いや、自分で言い出したことだけど、改めて言われたら傷つく。
だが次の瞬間、まるで月が照らしたように暗闇が晴れる。
「でも俺は楽しいって思った。タロは違う?」
高瀬は屈んで俺の顔を覗く。どこか確信めいたように口元は弧を描いていた。
違う、と言って離れるのが陰キャとして正解だ。高瀬と俺は生きる世界が違って、共通点も少ない。本来なら関わらないべき人間だ。
そう、中学の頃のようにまた馬鹿にされるかもしれない。
だが、俺の口は思いとは反対に動いた。
「違く、ない」
その言葉を聞き、高瀬は顔を綻ばせた。
「良かった」
月光に照らされる高瀬は、夜の闇に溶けてしまいそうなほど綺麗だった。
高瀬はそのまま機嫌良さげに鼻歌を歌いながら歩く。変なやつ。俺と登下校するだけで喜ぶなんて、意味が分からない。だが、高瀬の適当な鼻歌に揺られるように、俺の胸も軽くなった。
しかし、ふと思い出して俺は足を止めた。
「そういえば、いつもの友達は?一緒に行ってるならそっち優先した方がいいんじゃない?」
「友達って誰?」
真顔で聞き返した高瀬に目を丸くする。
こいつ、やば。電車の中陽キャに囲まれてなかったっけ?あれは友達じゃないの?
「ほら、いつも朝一緒に行ってる人とかいない?」
「あー、いるけど、アイツらは俺がいてもいなくても大して変わらないだろうし」
いやいや、絶対あの子達は高瀬と一緒が良いだろう。クラスも同じだし仲良くしておいた方が良い。
ていうか俺と高瀬が一緒に登校している姿を見られたら何か言われそうだ。何で雅くんがあんな陰キャと、みたいに文句を言われそう。む、無理。目立ちたくないし高瀬も馬鹿にされたりするだろうし、お互いの為を思ったらやめた方が良いんじゃ……。
考え込んでいると、高瀬は突然俺の顔を両手で掴んで顔を向かい合わせにした。
「タロ、あんまり他の人のこと考えないで。俺といる時は俺のこと考えて」
急なドアップの顔面に思考が停止する。反射的に頷くと、高瀬はにっこりと口端を上げた。
「じゃあ決まりね。明日から楽しみ」
勝手に決められた。断る間も無かったし、本当に強引な男だ。こっちが不安に思っているのが馬鹿らしく思えてくるくらい。
隣にいる高瀬の嬉しそうな様子を見ると不安な気持ちが消えていく。
「……ほんと、意味分かんない」
高瀬の言動が全く想像つかなくて理解が追いつかない。だが、そんな高瀬の言動に心が動かされる自分が、一番よくわからない。
冷たい夜風が吹く。なのに、頬の熱は冷めなかった。
「タロ、おはよう」
翌日、約束の十分前に着いたが、高瀬は既にコンビニの前で待っていた。慌てて駆け寄ると白い息がこぼれる。肌寒い中待ってもらって申し訳ない。
「おはよう。遅れてごめん」
「謝らなくて良いよ。待つの好きって言ったし。あ、これ。ちょっと冷めたけど昨日言ってた肉まん」
渡してきたものは、噂のたこ焼きまん。昨日どんな味かと話していたものだ。わざわざ買ってくれるなんて良い男だ。受け取り「ありがとう」と言うと高瀬は微笑んだ。
そして駅へ向かいながら、高瀬と並んでたこ焼きまんを頬張る。
「あ、ほんとにたこ焼きだ」
「だよね」
柔らかい皮の中に沢山タコや紅しょうが、ネギが入ってて美味しい。冷たい体も温まり、あっという間に食べ終わってしまった。
「美味しかった。ありがとう」
「意外と美味しいよね。タロは好きな食べ物とかある?」
「割と何でも食べるけど、たこ焼き好きかも」
「そっか。じゃあ明日からは弁当にたこ焼き入れてくるね」
ん?どういうこと?意味が理解できず固まる俺に対して、高瀬は平然と俺を見つめる。
まさか昨日みたいに作ってくるのか?高瀬の作るご飯は美味しいが、申し訳ないし大丈夫なんだけど。
「え、また弁当くれるの?」
「うん。もちろん」
「俺パン持ってきてるし悪いからいいよ」
「タロのご飯作りたいのに。今日も持ってきたよ?昨日喜んでた金平ごぼうも入れてきた」
何度も断っても高瀬はなかなか首を縦に振らない。こいつ、なんて強情な男なんだ。
「タロ、俺のご飯好みじゃない?」
「う、いやそういうわけじゃ……」
「好き?」
溶かした砂糖のような甘い声色で高瀬は聞いてくる。俺が小さく頷くと、高瀬は唇の端を吊り上げた。
その笑みに見蕩れそうになるものの、ぶんぶんと首を横に振り正気に戻る。
「なんで、俺にそんな構うの?マッツで会ってただけなのに」
「なんか放っておけなくて。タロ、直ぐに泣いちゃいそうだから」
「えっ?な、泣く?」
泣くってどういうこと?俺、そんな泣きそうに見える?そんなに泣かないんだけど。
理由を聞きたいが、ヒョロくてすぐに泣きそうとか言われたらショックだから聞かないことにした。
高瀬は宣言通り毎日弁当を持ってくるようになった。それも特進科からわざわざ俺のクラスまで足を運んでくる。
俺は知らなかったが、高瀬は学校でもかなりの有名人だったらしい。昼休憩に女子に囲まれどういう仲だと問い詰められる羽目になってしまった。
「冴木さぁ、高瀬くんと今日一緒に登校してきてたけど、どういう仲なの?昨日も一緒にご飯食べてたし」
「バ、バイト先で会っただけで」
「ええ、でもあんな仲良くなる?あの絶対零度の王子様があんなに嬉しそうなの見たことないんだけど!」
絶対零度の王子様ってなんだ。急に謎の二つ名が出てきて困惑していると、俺の動揺が顕になっていたのか、女子は説明してくれた。
「高瀬くんはね、いつも無表情なんだよ。どんな時もクールで、笑うのも滅多にないの。それなのに昨日はすっごい表情がコロコロ変わってたし、あんなの見たことない!」
「ね。あのめっちゃ可愛い白崎さんにアプローチされてもガン無視してたのにね」
そんな有名人だったのか。陰キャの情報網はあまりにも狭いため知らなかった。確かに電車で初めて見かけた時は無表情だったけど割と感情表現はする。よく怖い顔になったりするし。
女子たちは高瀬の話で盛り上がる。やれ通学時に見かけたやら全国模試でも上位やら。俺が呆気にとられていると、急に女子たちの甲高い声が悲鳴へと変わった。
「何してんの?」
気怠げな表情で見下ろす。そんな姿にすら女子達はキャーキャー騒ぎ始めた。高瀬の手元へ視線を落とすと相変わらず弁当袋をぶら下げていた。
うう、また持ってきたのか。俺と目が合うと、高瀬は俺の手を引いた。
「タロ、行こう」
「え、でも塩谷は?」
「拙者はここに」
後ろからいつも聞いてる声がして振り向いたらなんとそこには大量に汗をかいている塩谷がいた。
ぜ、全然気付かなかった。いつもはその大きな体に気付かないなんてことは無い。塩谷は汗をハンカチで拭きながら小さくため息を吐いた。
「ふぅ……冴木氏の周りに女子がわらわら群がって詰んでましたが、そこに高瀬氏が颯爽と降臨した途端、女子が秒で散りましたな」
「そ、そうなんだ。ごめん」
「いえいえ!冴木氏は悪くないので」
塩谷はヘラりと笑ってくれて安心したが、何故か隣にいる高瀬は口を尖らせている。そして不満そうに呟いた。
「なんでタロの周りに人いたの?」
お前のせいだよ。思わず口から飛び出そうになったがギリギリ心の中に留めた。
「まさかの無自覚とは!高瀬氏にメロついてる女子達が冴木氏を問い詰めてたんですよ」
「何それ。何をタロに聞くわけ?」
「それは高瀬氏の情報ですよ」
塩谷が解説しても高瀬はさっぱり理解できていないようで納得いかない顔を浮かべている。自分の影響力を自覚していないようだ。これは何を言っても分かってくれ無さそうだ。諦めて俺達は昨日と同じ空き教室で昼食をとった。
その後、気づけば俺と高瀬は毎日のように顔を合わせるようになった。女子にいつ怒られるかと肝を冷やしたが、何故かあの一度以降何も言ってこないようになった。
……正直それを理由に高瀬から離れることも出来るんじゃないかなんて考えていたから、ちょっぴり残念。
そして今日も相変わらず高瀬がマッツにいる。窓際の席で頬杖をつきながらこっちを見ている。マッツには似合わない雰囲気を纏っているが、どうしてか絵になる。最近高瀬が話題になりマッツも女性客が増えているし店としては良いことなのかもしれない。しかし、レジにいるとやたら視線を感じてやりづらい。
「タロ、終わった?」
「うん、いつも待たせてごめん」
「全然」
いつもの帰り道を二人で並んで歩く。街灯は少なく、月明かりだけ頼りだ。
雑談をぽつぽつ交わしながら駅へ向かっていると、高瀬がふと足を止めた。
「タロ」
「どうかした?」
「今度、二人で出かけない?」
一瞬何を言われたか理解が追いつかなかった。
ふ、二人で?なんで?毎日登下校もしてるのに休みの日まで俺と会いたいなんてどんな物好きなんだろう。
「いいけど……」
「良かった。最寄り駅の近くに遊園地あるじゃん?行かない?」
胸の奥で何かが軋んだ音がした。錆びた観覧車が頭に過ぎる。あそこは遊具は少ないのに嫌な記憶がこびりついていて、暫く足を運んでいない。
昔、遊園地前で待ち合わせだと言われて誰も来なかったことがあった。もう少しで着く、と言われて待っていたのに、ずっと誰の影もなくて、一人佇んでいた。反対にキラキラと夜空を彩る星のように煌めく観覧車や楽しそうな弾むような声が、余計俺を惨めにさせた。
あまり行きたくない。だが、そこなら知り合いもいないだろうし高瀬といても変に噂がたたないだろう。
「うん。いつ行く?」
「今度の土曜日とかって空いてる?」
頷くと、高瀬は目を細めた。楽しみだと呟いて、笑みを浮かべながら足を進めた。
なんで俺なんかに構うんだろう。いつもいる連中と違って新鮮だからかな。それなら良いけど……
『ほんとおもんないよな。場違いだって分からねえの?』
血流、心臓がピタリと止まったようだ。
視界の端が黒で滲む。まるで足だけが床に飲み込まれたように動けない。
揺れる視界の向こうに、扉の隙間から笑い声が漏れる。友達だと思っていた奴らの笑みが網膜を突き刺す。突如、その輪の中にいる幼馴染の瞳に俺が映った気がしてーーー
「タロ、大丈夫?」
「えっ」
「怖がってない?何かあった?」
その声が視界が一気に元に戻った。目の前には、眉を下げた高瀬の姿が目に入った。
「だ、大丈夫だから!心配させてごめん」
「全然。何かあったら言って」
高瀬は大丈夫だと言ってるのに、まだ気にかけている様子だ。もう過去の話で、あいつらと会うことは無い。それに俺はもう期待しないことにしたのだ。俺なんて嫌われて当然な存在だ。だから何を言われても大丈夫。
でも、高瀬がもし俺に対してそう言ってきたらと想像すると、足の先がヒュッと冷えた。
