俺にだけ注文の多い客から逃げられない

 昼休憩、近くのコンビニで買ってきたパンをいつも通り塩谷と食べようと、椅子を後ろ向きにしている時だった。急に教室の空気が一変したのだ。休憩時間なんて元々うるさいものだが、明らかに雰囲気が変わった。笑い声が消え、誰もが同じ方向を見ている。
 
 俺も同じように視線を移すと、クラスの入口で長身の男が立っていた。彼の顔を見て、目を見開く。
 
 ちゅ、注文の多い男……。何故ここにいるんだ。男は教室の中へ侵入し、何かを探しているのかキョロキョロと周囲を見回している。俺はその様子を見た瞬間、塩谷の後ろへ隠れた。
 
 やばいやばい。アイツなんでここに居るんだよ。何考えているか分かんないし正直苦手だ。それに目立つし関わりたくない。絶対目が合ったら「あ、タロじゃん」とか言って俺がマッツでバイトしてることまでクラス中にバラしそうだ。頼む。早く目的の何かを見つけて帰ってくれ。
 
「何隠れてんの」

 ビクッと肩が大きく上がった。見上げると、眉間に皺を寄せた男と目が合う。
 朝と変わらず顔が怖い。どうしてこんなに圧を感じるんだろう。恐ろしいが、こんな教室のド真ん中で揉め事なんて起こしたくない。俺は慌てて塩谷の後ろから飛び出した。
 
「か、隠れるなんて滅相もない!お、お久しぶりです」
「敬語やめてよ。あのさ、お昼一緒に食べよって誘いに来たんだけどいい?」
 
 タロの席どこ?なんて言っているが冗談でしょ。ここで食べる気?百歩引いて一緒に食べるのは良いが、ここは絶対無理。公開処刑だろ。
 
「ご、ごめん。俺、他の人と食べるからまた今度で良い?」
「他の人ってそいつ?」
 
 温度の無い目で塩谷を見る。何故そんな噛み付くような目をしているのか。塩谷も塩谷だ。睨まれてるのに何でへらりと笑みを返すんだ。尚更彼は威嚇するだろう。相手はお前のようなほのぼのとした草食動物とは程遠いライオンとかチーターのような生き物だぞ!
 男は塩谷の頭の天辺から足の爪先までじっとりと見て、鼻を鳴らす。
 
「ふぅん。じゃあ俺も混ぜてよ」
「拙者は全く構いませんが冴木氏は?」
 
 断ってくれよ!だが温厚な塩谷が断るはずがない。俺は渋々頷いた。
 
「じゃあ他の所行かない?」
 
 縋り付くように目線で訴えると、彼は笑みを浮かべた。
 
 よ、良かった。機嫌が元に戻ったようだ。ただでさえ注目を集めているのに、これ以上いるのはしんどい。ほっと一息つき、良さそうな場所を探しに教室を出た。
 
 廊下をただ歩いていても、まだ周囲から視線を感じる。きっとアンバランスな三人だから物珍しいのだろう。超絶イケメンと、地味男と、オタク。はあ、早く解放されたい。パンの袋をぎゅっと握りしめると、男がそれに気付いた。

「タロっていつもパンだけ?足りるの?」
「あ、うん。ちょっとお腹空いたら飴舐めるから」
「冴木氏、あの林檎の飴を常備してますな」

 安いし小腹にちょうど良いからな。塩谷にも時々分けてあげている。
 そう言うと、注文の多い男は「ずるい」と呟いた。それを聞いてポケットに入ってる飴を渡す。
 
「いる?」
「いいの?ありがとう。じゃ、お礼にこれ貰って」
 
 そう言って渡してきたのは紺色の袋。中を覗くと弁当箱が入っていた。
 えっ?いやいや対価おかしいだろ!
 
「いやこんないらないって!」
「ああ、気にしないで。俺、他の所でご飯買うし。ね?」
 
 そう言って彼は俺に袋を押し付けてくる。友達でも無いのになんで急に?
 断りたいが、有無を言わせない勢いで押し付ける彼に気圧され、受け取った。その代わりに手に余ったパンを彼に渡した。
 
 そして俺達三人は人気のない空き教室に入った。落書きが刻まれ、どこか傾いている机に荷物を置く。散らばっていた椅子を寄せ腰掛けるとぎしりと軋んだ。
 
「タロ、食べて食べて」
 
 分かった分かった、今食べるから待て。
 彼が持ってきた弁当箱の蓋を開くと、中には彩りの良いおかずが並んでいた。取り敢えず金平ごぼうを箸でつまみ口へ入れる。美味しい……。気づけばそのままパクパクと食べてしまった。
 
「美味しい?」

 頷くと、男は嬉しそうに微笑む。そして衝撃の事実を告げた。
 
「俺が作ったんだけど気に入ってもらって良かった」
「自分で作ってるの!?」
 
 目を丸くする。イケメンに加えて料理も出来るとかお前は何を目指しているんだ。スペック高すぎだろ。
 てっきり親が作ったのか、それとも好意を寄せる女子から貰ったものかと思っていた。いつもマッツ食べてるのに、意外な特技だな。
 
「料理出来るんだ。すご……。俺全然出来ない」
「タロは出来なくても大丈夫だよ。そうだ!今度からタロのお昼は俺が作るよ」

 彼は名案だとでも言うように放ったが、それは流石に無い。大して仲良くないし、ていうか仲良くても作らせるような真似はしない。
 
 ぶんぶんと首を左右に振ると、彼はスっと顔の喜色を消し「なんで?」と聞いてきた。だから急に怖くなるのやめろよ!やっぱりちょっとズレてる、この人。
 
「め、迷惑だろうし。朝からそんなことさせられないって」
「一人増えたくらいで全然平気だよ」

 だとしても申し訳ないと言うか……。言い返す言葉が見つからず唸っている内に次の話題へと進んでしまった。
 
高瀬(たかせ)氏はいつの間に冴木氏と仲良く?」

 この男の苗字って高瀬だったのか。やっとここで認識した。弁当まで貰ったというのに苗字さえ知らないなんて失礼すぎる。というか塩谷は何故彼の存在を知っていたのか。
 
「ずっと前から知り合いだったけど、ね?」
 
 俺に目配せをして、目を細める。
 知り合いだが単に客と店員という立場だ。もし彼が変な注文方法をしなければ認識もしてなかっただろう。
 苦笑いで返すと塩谷は「ほえー」と呑気に相槌を打った。
 
「余り共通点が無さそうだけど意外ですな」
「バイト先のお客さんと店員ってだけで深い仲じゃないから……」
「これから仲良くなるんだよね?」
 
 肩に腕を回される。別に仲良くならなくてもいいんですけど……。そう思いながら人のいい笑顔を貼り付ける男に合わせて、ぎこちない笑みを作る。
 腕が錆びた鎖のように重く纏わりつく。早くこの腕から逃げたい。弁当を持ち上げ、なんとかその腕から離れることに成功した。相変わらず視線は感じるが。

 じっとり湿ったような視線だ。何考えてんだろ。ていうかパン食べないのかな。普段こんなに美味しい弁当を食べていたら舌が肥えているだらう。そこら辺で買った安いパンなんて要らないのかもしれない。
 おずおずと彼を見ると直ぐに目が合う。もしパンが嫌だったら返して貰おうかな。俺の夜ご飯に出来るし、良いかも。
 
「あのさ、えっと」
「ん?どうしたの?」
「……しっ塩谷はバイトとかしてるの?」
「拙者はネトゲで忙しいので」
 
 ああああ、俺マジでやだ!何で声直ぐに出ないんだよ。「パン食べないの?」って聞くだけで良いのにビビるとか本当に恥ずかしい。
 結局塩谷に全く関係の無いことを聞いて再びご飯を食べ始める。そして数口食べた後、勇気を出して、もう一度彼に声を掛けた。
 
「あ、あの」
「何?」
「食べないの?」
「んー、俺今あんまお腹空いてないから気にしないで。あ、そうだ。じゃあタロの食べてるやつ一口ちょーだい」
 
 そう言い、俺の食べかけの春巻きを指した。
 
「え、食べかけだけど」
「いいよ。はい、あーん」
 
 そうして彼は口を大きく開けて待つ。
 距離感バグってるだろ。戸惑いながらも、口の中に春巻きを放り込む。すると、彼は満足そうに咀嚼した。
 
「もう一個頂戴」

 そしてもう一つ彼に渡し、また強請られて他の具材を口の中に放り込み、と結局弁当の具材が無くなるまで俺は雛鳥に餌をやる親鳥の如く食べ物を運ぶ。最初は抵抗があったが徐々に慣れてきた。
 多分、介護ってこんな感じなんだろうなぁ……。
 食べ終えると、彼は口端を綻ばせた。

「ご馳走様。タロから貰ったらいつもより美味しいな。毎日して欲しいよ」
 
 絶対嫌ですね。というか単にあなたの料理が上手いだけではないかと思う。
 陰キャがイケメンに食べさせるという奇妙な光景を強制的に見せられている可哀想な塩谷には本当に申し訳ない。塩谷に哀れみの視線を向けると、何を勘違いしたのか自分のミートボールを差し出してきた。
 
「冴木氏、食べますか?」

 別に欲しいと思っていなかったが、正直弁当の半分くらいを彼に食べられたせいで小腹は空いている。後で飴でも舐めようかと考えていたが、ナイスタイミング。
 ピックに刺されたミートボールを有難く受け取ろうとしたが、風を切るように横から奪われた。

 俺と塩谷はもぐもぐミートボールを食べる男を見た直後、お互い顔を見合せた。言葉が無くても気持ちは通じる。「なんだ、コイツ……」と思ってるに違いない。
 塩谷がせっかく俺のために渡してくれたのに。俺は思わず口を開いた。

「お腹すいてるの?俺あげたパン食べたら?」
「それは家宝にするから」
「か、家宝?」
 
 わけが分からない。思わず笑いが口から漏れてしまった。すると、高瀬は何故か突然電源を切られたように固まった。瞬きもせず、まるで時間が止まったようだ。
 
「た、高瀬?」

 声を掛けても、手を振っても反応しない。……何この人。不思議キャラ過ぎてついていけない。
 諦めて俺と塩谷は二人で普段通り雑談を続けていると、予鈴が鳴った。

 弁当箱、洗って返した方が良いかな。というか特進クラスまで連れて行くべき?
 疑問がたくさん浮かぶが、彼が全く動かない為どうしようもない。塩谷にも聞いてみると眉を下げて唸った。
 
「うーん。拙者も連れて行きたいのは山々ですが第一拙者と冴木氏で持ち上げられるかが……」
「あ……確かに」
 
 よく考えたら運動してない陰キャ二人が自分よりも背が高い男を持ち上げられるわけが無い。仕方ない。もう帰ろう。俺達は立ち上がり教室へ戻ることに決めた。
 
 だが、せめてメモだけでもと付箋を取り出す。食べておいて弁当箱洗わないとか悪いし、かといって勝手に洗われても嫌かもしれない。

 ポケットに入っていたボールペンを付箋の上に滑らせる。内容は「弁当箱洗わなくてごめん。美味しかった。ありがとう」といった小学生の感想文のようなものだ。まあ、面と向かって話したら吃るし文面の方がまだ良いかも。