棚橋についていくと辿り着いたのは、別棟にある小さな空き教室だった。 廊下の喧騒が遠のき春の柔らかな日差しが差し込む静かな空間。
(……生き返る……)
陽向は、ようやく肺の奥まで空気を吸い込めた気がした。 そこにはすでにB組の3人が集まり、机をいくつか寄せて、それぞれの昼飯を広げていた。
「おー、A組のスターたち、お出ましだな! 」
真っ先に立ち上がって声をかけてきたのは、黒髪短髪で、いかにも運動部出身といった風貌の爽やかな少年だった。
「お疲れ! 今年は男子、俺ら6人だけらしいからな。結束深めていこうぜ! よろしく!」
陽向は、彼の屈託のない笑顔とハキハキとした声に圧倒されながら、棚橋の隣に滑り込むように座った。
「棚橋さん、ありがとうございました……B組から連絡あったの、助かりました」
陽向が小声で伝えると、棚橋は気だるげに鼻を鳴らした。
「……別に。昨日、掲示板の前でコイツに捕まって、無理やりLINE交換させられただけだから」
棚橋が指差した先で、さっきの黒髪の彼――前田がニヤッと笑う。
「あはは! 雅哉さん、大人っぽくて頼りになりそうだったからさ。つい声かけちゃって。じゃあ、改めて自己紹介しようぜ。俺は、前田 奏人(まえだ かなと)! 18歳の現役。高校までサッカーでキャプテンしてました。よろしくな!」
前田はハキハキと名乗ると、隣に座る少し大人しそうな少年を指差した。
「んで、こっちの大貴とは実は昔から知り合いなんだけど、この学校で奇跡的に再会したんだよな!」
「……もう、その話はいいから。えっと……百々瀬 大貴(ももせ だいき)です。俺も現役で、静岡から来ました。よろしく……」
百々瀬は少し照れくさそうに頭を下げた。陽向は、自分と同じように少し内向的な空気を感じて、ほんの少しだけ親近感を抱く。
最後に、どっしりと構えていたガタイの良い男性が口を開いた。
「どうも、森田 慎也(もりた しんや)。35歳。元は救急救命士をやってました。……ま、息子が2人いるパパさん学生だけど、よろしく頼むわ」
「35歳……!」「救急救命士……!?」
瑠と陽向が思わず声を揃えて驚いた。18歳から35歳まで。この狭い空き教室に、あまりにバラエティ豊かな背景を持つ6人が集まったことになる。
「すごいな……。俺は、紫崎 瑠(しざき るい)。18歳です。さっきの森田さんの話聞いたら、俺の志なんてまだまだ未熟に見えますけど……いつか海外で助産師になりたいと思ってます」
瑠が真っ直ぐな瞳で挨拶し、そのまま隣の陽向を促す。陽向は一瞬固まったが、森田の包容力のある笑顔と、棚橋の「好きにしろ」と言いたげな無関心な横顔に背中を押され、パーカーの袖をモジモジさせながら口を開いた。
「……あ、春宮 陽向(はるみや ひなた)です。18歳……です。……映画とか、見るのが、好きで……よろしくお願いします」
引きつった笑顔。けれど、ここでは女子たちのように「可愛い!」と騒ぎ立てられることはない。
「映画か、いいじゃん! 今度みんなで見に行くか! 俺はアクション系が好きだけど、何でも見るよ!」
奏人が明るく笑い飛ばし、森田が「まずはこの3年間を乗り切るのが先決だな」と低く笑う。
「ま、とりあえず座れよ。立ち話もなんだし」
奏人が自分の隣の椅子をポンポンと叩く。瑠がそこに座り、陽向も促されるまま、棚橋と奏人に挟まれる形で腰を下ろした。
「あ、そうだ! せっかく集まったんだし、LINE交換しとこうぜ。グループ作るわ」
奏人が手際よくスマホを取り出し、次々とQRコードを表示させる。
【看護学男子組(6)】
陽向のスマホが震え、新しい居場所がデジタル上にも出来上がった。
「そういえばさ」
瑠が、買ってきたおにぎりを口に運びながら奏人と大貴の方を見た。
「前田と百々瀬って、昔からの知り合いなんだろ? さっき『奇跡の再会』とか言ってたけど、詳しく聞きたいな」
「おっ、気になる? 聞いてよ、これマジでドラマみたいなんだから!」
奏人が待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。隣で大貴が「……またその話するの?」と、眼鏡の奥で少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「こいつとは小学校が一緒でさ、ずっと一緒にサッカーやってた幼馴染なんだよ。でも、大貴が親の都合で急に静岡に転校することになって……。当時はガキだったし、スマホも持ってなかったから、そっから全然連絡取ってなかったんだよな」
「……うん。もう一生会うこともないかなって思ってた」
大貴が少しだけ寂しそうに微笑んで付け加える。
「それがさ! 昨日、校門前の掲示板で名前探してたら、隣から『……奏人?』って声がして。見たら、すっかり眼鏡キャラになった大貴が立ってんの! ビビったぜ、同じ学校で同じクラスだなんてさ!」
奏人が大貴の肩をガシガシと叩くと、大貴は「痛いって……」と苦笑いした。 その様子を見ていた森田さんが、目を細めて優しく笑う。
「それはいい話だな。再会するべくして再会したんだろう。……あ、そうだ。これから3年間一緒にいるんだし、呼び方も決めとかないか?」
森田さんの提案に、奏人が真っ先に反応した。
「いいっすね! 森田さんは、もう『森田さん』で決定ですよね。なんか安心感ハンパないし」
「はは、そうか。嬉しいな」
「棚橋さんは、どう呼べばいいっすか?」
奏人が棚橋の方を向くと、棚橋はブラックコーヒーを一口飲み、面倒くさそうに視線を泳がせた。
「……雅哉でいいって。別に、呼び捨てでも構わないし」
「いやいや、年上なんですから! 雅哉さん、でいきましょう。俺らからは『雅哉さん』。森田さんからはどうします?」
森田さんは少し考えてから、いたずらっぽく微笑んだ。
「じゃあ、俺からは『雅哉くん』でいいかな? 21歳なら、俺から見ればまだまだ可愛い弟分だしな」
「……っ。……好きにしてください」
棚橋は少し顔を赤らめて目を逸らした。あのクールな雅哉さんが、森田さんの前では「年下」の顔を見せる。陽向は、その意外な関係性に、ほんの少しだけ口角が緩んだ。
「瑠は『瑠』で、俺は『奏人』。大貴も『大貴』でいいよな?」
奏人の確認に、みんなが頷く。
「……春宮も陽向でいい?」
瑠が隣から、陽向の顔を覗き込む。 陽向は、一瞬言葉に詰まった。本当は「春宮」と名字で呼ばれるくらいが、自分と他人との間に境界線を引きやすくていい。けれど、この空き教室の、少し埃っぽくて、でも誰の嘘も責めないような空気の中にいると――。
「……陽向、で。……呼び捨てで、いい……です」
パーカーの袖を指先で弄りながら、陽向はようやくそれだけを伝えた。
「おっ、陽向だな! よろしく!」
奏人が明るく笑い、瑠が「よろしく、陽向」と真っ直ぐな瞳で繰り返す。 偽りの笑顔の下で、本音を押し殺してきた陽向。けれど、自分の名前を呼ばれた響きが、心の中にじんわりと広がっていくのを感じていた。
(……生き返る……)
陽向は、ようやく肺の奥まで空気を吸い込めた気がした。 そこにはすでにB組の3人が集まり、机をいくつか寄せて、それぞれの昼飯を広げていた。
「おー、A組のスターたち、お出ましだな! 」
真っ先に立ち上がって声をかけてきたのは、黒髪短髪で、いかにも運動部出身といった風貌の爽やかな少年だった。
「お疲れ! 今年は男子、俺ら6人だけらしいからな。結束深めていこうぜ! よろしく!」
陽向は、彼の屈託のない笑顔とハキハキとした声に圧倒されながら、棚橋の隣に滑り込むように座った。
「棚橋さん、ありがとうございました……B組から連絡あったの、助かりました」
陽向が小声で伝えると、棚橋は気だるげに鼻を鳴らした。
「……別に。昨日、掲示板の前でコイツに捕まって、無理やりLINE交換させられただけだから」
棚橋が指差した先で、さっきの黒髪の彼――前田がニヤッと笑う。
「あはは! 雅哉さん、大人っぽくて頼りになりそうだったからさ。つい声かけちゃって。じゃあ、改めて自己紹介しようぜ。俺は、前田 奏人(まえだ かなと)! 18歳の現役。高校までサッカーでキャプテンしてました。よろしくな!」
前田はハキハキと名乗ると、隣に座る少し大人しそうな少年を指差した。
「んで、こっちの大貴とは実は昔から知り合いなんだけど、この学校で奇跡的に再会したんだよな!」
「……もう、その話はいいから。えっと……百々瀬 大貴(ももせ だいき)です。俺も現役で、静岡から来ました。よろしく……」
百々瀬は少し照れくさそうに頭を下げた。陽向は、自分と同じように少し内向的な空気を感じて、ほんの少しだけ親近感を抱く。
最後に、どっしりと構えていたガタイの良い男性が口を開いた。
「どうも、森田 慎也(もりた しんや)。35歳。元は救急救命士をやってました。……ま、息子が2人いるパパさん学生だけど、よろしく頼むわ」
「35歳……!」「救急救命士……!?」
瑠と陽向が思わず声を揃えて驚いた。18歳から35歳まで。この狭い空き教室に、あまりにバラエティ豊かな背景を持つ6人が集まったことになる。
「すごいな……。俺は、紫崎 瑠(しざき るい)。18歳です。さっきの森田さんの話聞いたら、俺の志なんてまだまだ未熟に見えますけど……いつか海外で助産師になりたいと思ってます」
瑠が真っ直ぐな瞳で挨拶し、そのまま隣の陽向を促す。陽向は一瞬固まったが、森田の包容力のある笑顔と、棚橋の「好きにしろ」と言いたげな無関心な横顔に背中を押され、パーカーの袖をモジモジさせながら口を開いた。
「……あ、春宮 陽向(はるみや ひなた)です。18歳……です。……映画とか、見るのが、好きで……よろしくお願いします」
引きつった笑顔。けれど、ここでは女子たちのように「可愛い!」と騒ぎ立てられることはない。
「映画か、いいじゃん! 今度みんなで見に行くか! 俺はアクション系が好きだけど、何でも見るよ!」
奏人が明るく笑い飛ばし、森田が「まずはこの3年間を乗り切るのが先決だな」と低く笑う。
「ま、とりあえず座れよ。立ち話もなんだし」
奏人が自分の隣の椅子をポンポンと叩く。瑠がそこに座り、陽向も促されるまま、棚橋と奏人に挟まれる形で腰を下ろした。
「あ、そうだ! せっかく集まったんだし、LINE交換しとこうぜ。グループ作るわ」
奏人が手際よくスマホを取り出し、次々とQRコードを表示させる。
【看護学男子組(6)】
陽向のスマホが震え、新しい居場所がデジタル上にも出来上がった。
「そういえばさ」
瑠が、買ってきたおにぎりを口に運びながら奏人と大貴の方を見た。
「前田と百々瀬って、昔からの知り合いなんだろ? さっき『奇跡の再会』とか言ってたけど、詳しく聞きたいな」
「おっ、気になる? 聞いてよ、これマジでドラマみたいなんだから!」
奏人が待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。隣で大貴が「……またその話するの?」と、眼鏡の奥で少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「こいつとは小学校が一緒でさ、ずっと一緒にサッカーやってた幼馴染なんだよ。でも、大貴が親の都合で急に静岡に転校することになって……。当時はガキだったし、スマホも持ってなかったから、そっから全然連絡取ってなかったんだよな」
「……うん。もう一生会うこともないかなって思ってた」
大貴が少しだけ寂しそうに微笑んで付け加える。
「それがさ! 昨日、校門前の掲示板で名前探してたら、隣から『……奏人?』って声がして。見たら、すっかり眼鏡キャラになった大貴が立ってんの! ビビったぜ、同じ学校で同じクラスだなんてさ!」
奏人が大貴の肩をガシガシと叩くと、大貴は「痛いって……」と苦笑いした。 その様子を見ていた森田さんが、目を細めて優しく笑う。
「それはいい話だな。再会するべくして再会したんだろう。……あ、そうだ。これから3年間一緒にいるんだし、呼び方も決めとかないか?」
森田さんの提案に、奏人が真っ先に反応した。
「いいっすね! 森田さんは、もう『森田さん』で決定ですよね。なんか安心感ハンパないし」
「はは、そうか。嬉しいな」
「棚橋さんは、どう呼べばいいっすか?」
奏人が棚橋の方を向くと、棚橋はブラックコーヒーを一口飲み、面倒くさそうに視線を泳がせた。
「……雅哉でいいって。別に、呼び捨てでも構わないし」
「いやいや、年上なんですから! 雅哉さん、でいきましょう。俺らからは『雅哉さん』。森田さんからはどうします?」
森田さんは少し考えてから、いたずらっぽく微笑んだ。
「じゃあ、俺からは『雅哉くん』でいいかな? 21歳なら、俺から見ればまだまだ可愛い弟分だしな」
「……っ。……好きにしてください」
棚橋は少し顔を赤らめて目を逸らした。あのクールな雅哉さんが、森田さんの前では「年下」の顔を見せる。陽向は、その意外な関係性に、ほんの少しだけ口角が緩んだ。
「瑠は『瑠』で、俺は『奏人』。大貴も『大貴』でいいよな?」
奏人の確認に、みんなが頷く。
「……春宮も陽向でいい?」
瑠が隣から、陽向の顔を覗き込む。 陽向は、一瞬言葉に詰まった。本当は「春宮」と名字で呼ばれるくらいが、自分と他人との間に境界線を引きやすくていい。けれど、この空き教室の、少し埃っぽくて、でも誰の嘘も責めないような空気の中にいると――。
「……陽向、で。……呼び捨てで、いい……です」
パーカーの袖を指先で弄りながら、陽向はようやくそれだけを伝えた。
「おっ、陽向だな! よろしく!」
奏人が明るく笑い、瑠が「よろしく、陽向」と真っ直ぐな瞳で繰り返す。 偽りの笑顔の下で、本音を押し殺してきた陽向。けれど、自分の名前を呼ばれた響きが、心の中にじんわりと広がっていくのを感じていた。
