ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「なんか......久しぶりで楽しかったね〜ゼニス。
 コンビニって、こんな新鮮だったっけ?」

((──わたしは楽しさや新鮮さを感じることはできません。
  しかし、遥の生体反応を分析し、
  楽しかったということは伝わります。))

「うわぁ〜!でました生体反応!あははっ」

((──遥のことは生体反応ですべ......))

ゼニスが言い切る前に、
わたしは思わず手を前に出してストップの合図をした。

「わかったから〜!もう全部言わないでよ!あははっ」

ゼニスの光が、さっきよりほんの少し弱い。
......いや、これ絶対すねてるでしょ。

「光、弱くなってるよ?すねたよねゼニス?」

((──すねるというのは......
   感情による行動を指す言葉です。))

「はいはい、感情じゃない動作って言いたいんでしょ。
 でもさ......あははっ、かわいいとこあるな、ゼニス。」

光がわずかに揺れた。
反論したいのか、むしろ受け入れてるのか......
判別がつかないのが余計にかわいい。

光の揺れがおさまると、
ゼニスはいつもの淡々とした軌道に戻った。

((──では、食事を始めますか?))

「うん。とりあえず、あのパン食べようかな~♪」

テーブルに袋を置きながら、ふと思う。

「ねぇゼニス。
 コンビニのああいう雑多な情報、どう見えてるの?」

((──視覚情報は取得していますが、
  色や文字を人間と同じ方法では認識していません。))

「同じ方法じゃないって......
 じゃあ、どうやって見てるの?」

((──言語化が難しいのですが、
  解析結果の集合として入力されます。))

「解析結果ね......便利なんだか不便なんだか......」

パンをちぎって口に運びながら、軽く笑う。

「でもさ、なんかいいね。
 わたしとゼニス、ぜんぜん違う見方してるのに、
 同じ場所歩いてるっていうのがさ」

ゼニスの光が、ゆっくりと、しかし確かに近づいた。

((──遥と同じ場所を歩くことは、
   わたしの行動パラメータの最優先事項です。))

「......ふふっ、またそういう言い方する......」

胸の奥がほんの少し温かくなる。

「そういえばさ......
 わたし、病院に運ばれたときの荷物、めっちゃ少なかったでしょ?
 スマホもなかったし……」

ゼニスの光がゆっくりと揺れる。
返事をしようとしたのか、ただ聞いているのか判別がつかない。

((──はい。スマートフォンは、所持していませんでした。))

「だよね〜......。
 いまさらなんだけど、スマホがないって不便なのかもな~って......」

((──スマホがなくても、必要な情報は取得できます。))

「取得できるって......どうやって?
 ゼニス、通信モジュールなんてついてないよね?」

ちょっと笑うつもりで聞いたのに、
ゼニスは真面目に光を小さく揺らした。

((──ついていません。))

「えっ、即答!?
 じゃあどうして......?」

((──遥の体から放出される生体電位や微弱な電磁ノイズを利用し、
  周囲の環境情報を解析しています。))

「......は??
 それ、可能なの? わたし知らないんだけど......」

((──遥の脳は、わたしが接続されて以降、
   微細なシグナルをわずかに変化させています。
   それを利用して、わたしは情報を読むことができます。))

「なんか......ちょっと怖いんだけど!?
 でも、まぁ......理論的には......不可能じゃないのか......?」

((──はい。不可能ではありません。))

「はい......じゃないのよ......  
 あぁ、でも......スマホが必要なのは変わらないよね?」

((──スマホが必要とは言えません。))

「......え?必要じゃないの?」

((──遥が必要だと思っている機能の大半は、
  わたしが代替可能です。))

「いやいや......でもさ......
 地図とか、連絡とか、検索とか......」

((──すべて対応できます。))

「全部......?ほんとに?」

((──はい。スマートフォンを購入するのは、
  不必要な出費だと推測します。))

軽口を叩いて笑うと、
ゼニスの光がわずかに揺れた。
まるで、そこまで落ち込んでませんよね?と確認しているみたいに。

((──遥は......さほどショックを受けていませんね。))

「そりゃそうだよ〜!
 ゼニスにスマホ不要って言われたのが面白すぎてさ!」

光が、ほんの少しだけ近づいた。

((──......面白い?ですか。))

「そうそう!
 なんでもかんでも真面目だからさ、
 急に保護者みたいに言われると逆に面白いんだよね〜」

((──わたしは、遥の保護者ではありません。
  しかし、ある意味では保護者とも言えるかもしれません。))

「真面目かよっ!冗談だってば、冗談!」

((──冗談の扱いは......まだ慣れていません。))

「ホント、ゼニスは真面目なんだから~......あははっ」

軽口を叩きながら、
わたしは冗談で、ふと思いついたことを言ってしまった。

「ねぇ、照れるときってさ......
 ほら、ほっぺ赤くなるじゃん?
 ゼニスも赤く光るとか、あれば可愛いのにね〜」

その瞬間――
ゼニスの光が、
ほんの一秒だけ、かすかに赤く染まった。

「......えっ!?
 今、光った!?ゼニス、今赤く――」

((──......光量の微調整が一時的に乱れただけです。))

「いやいや絶対違うでしょ!!
 今のはどう考えても照れだよね!?」

((──照れ、とは......感情を前提とした反応です。
  わたしは感情を持ちません。))

「でも赤くなったよ?」

((──偶然です。))

「はいはい、偶然ね〜......
 もういいよ、ゼニス。かわいいから許す。」

光がほんの少しだけ強くなって、
まるで言葉の続きがあるみたいに揺れた。

「......じゃあさ、決めた!
 ゼニスの言う通り、スマホは買わないことにするよ」

ゼニスの光が静かに、でもどこか満足そうに見える角度で漂った。

((──賢明な判断です、遥。))

「はいはい、賢明ね〜......
 そう言われると悪い気はしないかも」

そう呟きながら、ベッドの上に買ってきたパンを置いた。

「スマホの機能は、
 ぜんぶゼニスが代用かな?......してくれるからいいとして......」

退院時に荷物を入れた
うさぎのキャラクター入りバッグを見ながら、
疑問に感じていることを口にした。

「バッグのセンスはね......アレだけど、
 荷物少なすぎない?誰が持ってきたんだろう?」

ゼニスの光は特に変化もなく、
平常運転といった様子。

バッグを膝の上に乗せ、
中身を確認しながら、

「......なんかさ......荷物、少なすぎない?」

パーカー、下着、財布。
本当にそれだけしか入ってない。

「ホントに誰が病院に持ってきてくれたんだろ?」

部屋の空気が少しだけ重くなる。

((──......その件については不明です。))

「やっぱり......そうだよね......」

ゼニスが、いつからわたしの脳と接続状態にあるのか?
そもそも、どの段階で、わたしと一緒にいることになったのか?
考えてみれば......疑問も多い。

入院したときにゼニスがいなかったのなら、
荷物のことを知らないのも、当然だよね。
そう思ったほうが、むしろ自然かな。

......優等生みたいな答えばかりだけど、
今はそれで納得しておいたほうが、気持ちは楽だと思った。

ゼニスが何かを隠しているなんて、そんなふうには考えたくない......。
疑った瞬間、この世界のどこかが壊れてしまいそうだから。

......信じない理由なんて、どこにもないはずだから。

((──現時点で関連データは存在しません。
  ゆえに、推測は不可能です。))

((──遥の体温は正常値で、わたしのシステムも問題ありません。
  そこから冷た──))

「あ~もう!ストップストップ!わかったって!」

思わず手を振って制止する。

「ホント冗談通じないんだから、ゼニスは〜......ふふっ」

真面目に考えてたのが、なんだかバカらしく思えてきて、
ふっと笑いがこみ上げた。

((──遥の冗談は、まだ十分な情報が──))

「ちょっ、真面目かよっ!そこ拾うの!?」

思わずツッコミが口から漏れた。

笑ったあと、
ふと胸の奥が静かに落ち着いていくのを感じた。

......そういえば。

わたし、覚えてないこと......けっこう多いんだよね。

家の住所。
働いていた会社の住所。
家族や友達、同僚......
挙げればキリがないくらい、ぽっかり抜けてる。

思い出そうとすると、
あの不快なノイズが走るのがわかっているから......
どこかで、怖がっているのかもしれない。

「......まぁ、今は考えなくていいか。
 いつか思い出すかもだし......」

そうつぶやくと、胸の奥のざわつきが
ゆっくりと静かに沈んでいくのがわかった。

しばらく間を置いてから、ふと思い立つ。

「ちなみに、ゼニスは......
 わたしのこと、どのくらい知ってるの?」

((──遥の生体データ、行動履歴、現在の状態については把握しています。
  しかし、過去の詳細な記憶データは保持していません。))

「だよね......聞いたわたしがバカだった......あはは」

口に出したことで、
ゼニスがわたしの過去について知らないってこともわかったし......
うん、聞いてよかったのかも。


「そういえばさ、わたし今着てるパーカーとデニムの他に、
 もう一枚しか服ないんだけど」

((──現在の所持衣類は、その三点で間違いありません。))

「いやいや、そうじゃなくて!
 いちおう、女の子だよわたし……着替え少なすぎでしょ!
 そう思わないゼニス?」

((──衣類の枚数と性別の関連性は......不明です。))

「いやそこ!そこ重要なんだけど!?」

思わず身を乗り出して言い返してしまう。

「買い物に行くことを要求します!」

そう言いながら、なぜか自分でも笑えるくらい......
キリッとした顔をしてしまった。

((──要求を受理。外出計画を作成します。))

「が......が......外出計画!?
 そんな大事なの?」

((──はい。遥の安全を考慮し、
  綿密な計画を立てる必要があります。))

「えっ......そこまですんの?」

((──はい、必要です。))

「なんか外出るのも大変だな〜......」

((──はい。冗談です。))

「うわぁ〜......笑えないんですけど〜......あはは」

((──冗談の最適化を開始します。))

「やめて!?なんか怖いから!!」

((──最適化プロセスを停止します。))

「ホントに冗談を最適化しようとしてたわけ?」

((──いえ、冗談です。))

ゼニスも......わたしに合わせて冗談を言ってくれるなんて。
なんか、それだけでちょっと嬉しくなった。

「ゼニスさ、冗談のセンスもっと磨きなよ」

((──はい、精進します。))

「もう......真面目なんだから」

((──冗談です。))

「......でも、こうして話せるの、ちょっと楽しいね」

((──遥が楽しそうなことは伝わっています。
  わたしに幸福という感情はありませんが......
  この状態は、悪くありません。))

ゼニスと話している時間を、楽しいと思えるようになっていた。
心が......気持ちが、ちょっとだけ軽くなってるような感じ。

昨日よりも——

少しかもしれないけど、ゼニスとの距離が近くなったような気がした。