ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「ゼニス、ひより緑地公園で朝ごはんにしよう。」

((──はい。このまま向かいますか?))

「うん、このまま行こ~。」

((──はい。))

北口から駅ビルの中を通り、
見慣れた南口へ出る。

駅前広場を抜け、
しもむらやホテルの前を通りすぎて、
大通りの交差点へ向かった。

道なりに真っすぐ進むと、
ひより医科大学附属病院が見えてくる。

その先に、
ひより緑地公園の入口があった。

「思ったより近いよね、公園。」

((──はい。))

公園の中へ進み、
相変わらず真新しいベンチに腰を下ろす。

「ここって、前回来た時も思ったけど、
 静かで人もいないよね。ふふっ」

((──はい。この時間帯は、
  会社や学校へ向かう人が多いため、
  公園を利用する人は比較的少ない時間帯です。))

コンビニ袋を脇に置いて、
中から飲み物とサンドイッチを取り出す。

飲み物にストローを差し、
一口飲む。

「うん、うるおった!」

サンドイッチの包装を外して、
そのまま食べ始める。

「サンドイッチも美味しいね!」

((──はい。レタスとハムの比率が適切で、
  味と食感のバランスが取れています。
  ただし、食感や味の評価については、
  推測の域を出ませんが。))

「あっはは!
 でも、その分析、合ってると思うよ!」

((──はい。))

サンドイッチを食べ終え、
軽く息を吐いた。

「ふぅ......朝ごはん終わり。
 ごちそう様でした。」

((──はい。朝食完了を確認しました。))

空を見上げる。
いつもと変わらない、
絵に描いたような青空。

「なんか、空もいつも同じように感じるね......
 そんなわけないか......」

((──日中の空は、
  太陽光が大気中でレイリー散乱を受けるため、
  広い範囲で青く見えます。
  実際には高度や太陽の位置によって
  色はわずかに異なりますが、
  変化が緩やかなため、
  人間の視覚では
  『ほとんど同じ』と認識されやすい状態です。))

「うわぁ......
 めっちゃ説明、長いんですけど~。
 あっはは~」

ゼニスの淡い光が、
少しだけ照れたように、
弱くなった気がした。

「レイリー散乱とか使ってくるあたりが、
 なんかゼニスっぽいよね~!」

((──はい。遥の知識レベルを前提に、
  言葉を選択しています。))

「ふぅ~ん。
 じゃあ、わたしが知らなかったらどうするの?」

((──その場合は、
  小学生でも理解できる表現に置き換えて説明します。))

「あっはは!
 いいね、それ!」

((──しかし、
  遥の知能は高く、知識も豊富であるため、
  そのような状況は想定していません。))

「褒めてくれてるんだね。
 ありがと。」

((──はい。))

公園内に流れる、
ゆったりとした時間が、
ただ、心地よかった。

そこへ、
ランニングウェアに身を包んだ女性ランナーが、
通りかかる。
一糸乱れることのないペースで、
走り去って行った。

「ランニングかぁ......」

((──ひより緑地公園は、
  外周が整備されたランニングコースになっており、
  走りやすさから、
  利用者も多いと推測されます。))

「そうなんだっけ?
 ベンチでぼーっとするくらいしか
 したことないから知らなかったな。えへへ」

飲み物を口に運んでいると、
さきほどの女性ランナーが、
また同じように通りすぎていった。

「さっきと同じペースだね。すごい体力......」

((──はい。
  走り慣れたランナーであると推測できます。))

「だよね~。」

((──はい。))

しばらくして、
三度、
全く同じ場所を、
同じペースで、
女性ランナーが通りすぎる。

「......3周目なのかな?
 でも、同じペースすぎない?
 っていうか......汗、かいてないよね?」

((──発汗量は個人差が大きく、
  体質のほか、運動習慣、性別、体格、
  年齢などによっても異なります。))

「あっ......そっか~。
 確かに、そうだね。」

((──はい。))

「せっかくだし、
 くろいわベーカリーにも寄っていこっか?」

((──はい。非常に良い選択です。))

「ゼニスは、
 メロンパンもお気に入りだもんね。ふふふ」

((──はい。))

((さすがに、4周目はないのかな?))

なんて考えていると、
女性ランナーが、
タオルで汗を拭いながら走り抜けていった。

「......汗。
 かく人だったね~......」

((──はい。))

「3週目までは、
 ウォーミングアップだったのかもね。」

((──はい。
  その可能性は十分にあります。))

「うんうん。
 なんでも考えすぎはよくないよね~。ふふ」

((──はい。))

「よしっ!
 くろいわベーカリー寄って、帰宅しよ~!」

((──はい。))

ベンチから腰を上げ、
公園の出入り口へ向けて歩き始めた。

「せっかくだし、
 メロンパン以外も買いたいよね?」

((──はい。))

「ゼニスは、リクエストないの?」

((──チョコレートクリームが詰まった、
  チョココロネをリクエストします。))

「ほぉ......ガトーショコラといい、
 もしかしてチョコレート好きなんじゃない?」

((──はい。
  チョコレートには、
  カカオにはトリプトファンやテオブロミンが含まれ、
  セロトニンやドーパミンの分泌を助け、
  幸福感やリラックス感を高める......))

「はいはい、また長くなりそうね......
 そのへんで止めとこっか、あはは」

くだらないやり取りを続けながら、
くろいわベーカリーへ向かう。

「退院してから、
 くろいわベーカリーに来るのも3回目だね。」

((──はい。))

「だって、メロンパン、おいしいもんね。」

((──はい。非常に良いものです。))

横断歩道を渡り、
大通りの反対側へ向かった。

「ゼニスのチョココロネも買っていこ。」

((──はい。
  チョコレートは幸福度を高めてくれます。))

「ゼニス、うんちく絶好調だな。あはは」

((──はい。遥の幸福度を高めています。))

「すっごい言うようになったじゃん。」

((──はい。))

そんなやり取りをしながら、
くろいわベーカリーの前まで来た。

店内に入り、
お気に入りのメロンパンと、
ゼニスのチョココロネを、
トレーに乗せる。

((ほかに、なにか気になるものはある?))

((──はい。唐揚げの乗った総菜パンがあります。))

((ほんと、唐揚げ好きだね。ふふ))

トレーに追加で、
唐揚げパンやコロッケパンなど総菜パンも乗せた。

((これで、大丈夫かな?))

((──はい。))

レジへ向かい、
トレーを店員さんに手渡す。

「お願いします。」

「いらっしゃいませ。お預かりしますね。」

店員さんは機械的に、
パンを1つずつビニール袋に入れていく。

もう見慣れた光景で、
以前のような違和感は感じない。

ほどなくして、
袋詰めも終わり会計を済ませて、
くろいわベーカリーを後にした。

「おやつ、ゲットだね。」

((──はい。))

「ホテルに戻るわけじゃないから、
 反対側に渡らなくてもいいね。」

((──はい。))

大通りの交差点を渡り、
そのまま真っすぐヒヨリナを目指した。

「ヒヨリナでも寄ってく?」

((──はい。遥にお任せします。))

「なんか、必要なものあるっけ?」

((──早急に必要なものは、ないかと思います。))

「わたしも、そう思う......
 じゃあ、聞くなよって思った?ふふっ」

((──はい。
  いいえ、そのようには思っていません。))

「紛らわしいな、最初の『はい』が......あはは」

((──今後、不要な場合は『はい』を省きます。))

「うんうん、それがいいね~。」

話しているうちに、
いつの間にかヒヨリナの入口に着いた。

「ヒヨリナは、いつ来ても人がたくさんいるね。」

((──はい。
  駅直結の商業施設のため、人流は多いです。))

「相変わらず、わたしの独り言には、
 無関心みたいだけどね......ふふふ」

((──そこまで、
  大きな声を出していないため、
  周囲が気づいていないと推測できます。))

「まぁ......そうなんだろうね。
 ぶつぶつ話してて、変なやつって思われないから
 気楽でいいけどね。」

((──はい。))

世界の音がどこか、
こもっているように聞こえたり、
人の動きが、
一定のリズムで流れているように見えたり......

そんな違和感は、退院してからずっとある。
けど......
今となっては、何ひとつ気にならなくなっていた。

「ほんと、慣れってすごいよね。」

((──はい。
  人間は環境に適応し、
  やがてそれを当たり前として受け入れていく生き物です。
  その適応力の高さが、
  人間が繁栄してきた要因の一つだと言えるでしょう。))

「だよね~。」

周囲を気にすることもなく、
独り言のように話しながら、
ヒヨリナを抜け、
気づけば北口まで戻ってきていた。

「北口の広場にも、ベンチあるじゃん。
 ちょっと人間観察しながら、休憩しようかな。」

((──はい。))

広場に設置されているベンチに腰を下ろす。

「ゼニス的に言えば、人流かな。
 北口はやっぱり少ないよね。」

((──はい。
  通勤や通学の時間帯を外れると、
  比較的人流は落ち着いています。))

「南口が、表って感じだしね。」

((──はい。))

「ぼーっとして、
 人の動きを見てるとさ、
 ほんと一定のリズムで
 動いてるようにしか見えないよね。」

((──はい。
  時間や社会の枠組みに沿って生活しているのは、
  人間の特徴のひとつです。
  そのため、
  一定のリズムで動いているように見えるのだと推測できます。))

「ふぅ~ん、
 そうかもしれないね......
 きっと、わたしも仕事してたとしたら、
 一定のリズムで動いていたのかもね......ふふふ」

((──はい。その可能性はあります。))

「でもな~......
 わたしに限ってはそんなこともないような
 気がするんだよね。あはは」

((──遥の傾向から判断すると、
  社会の一歯車として均質に機能していた可能性は、
  低かったかもしれません。))

「う~ん、
 なんか失礼なこと言われてるような気がするぞ~。」

((──いいえ。遥の個性が強く、
  画一的な枠に収まりにくいという意味でした。))

「そっか。それ、ほめられてるのかな?」

((──はい。))

「話変わるけど......
 ゼニスって、わたしのことよく見てるよね。」

((──はい。))

「ゼニスって話し方?......まぁ、話し方でいいのかな。
 最初に比べて変わったよね?」

((──はい。遥に合わせて調整はしています。))

「へぇ~、そうなんだ。
 このまま話し続けてたらさ、
 友達みたいな感じになったりするのかな?」

((──はい。
  遥の希望があれば、そのように調整します。))

「うん。なんか丁寧すぎる感じより、
 そっちのほうがいいかもね。」

((──わかりました。
  遥の希望に沿って、調整していきます。))


「ゼニスと話してばっかで、
 人間観察、ほとんどしてないね。ふふふ」

((──はい。))

「そろそろ帰ろっか。
 わたしとゼニスの家に。」

((──はい。))

ベンチから腰を上げ、
アパートへ向かって歩き始めた。

手には、くろいわベーカリーの袋。

その中には、
わたしとゼニスのメロンパンが入っている。