ベッドの上に広げた布団に、そっと腰を下ろす。
「ふぅ......」
初めての部屋なのに......
思っていたより落ち着く。
不思議と居場所ができたみたいで、
胸の奥が少しだけくすぐったかった。
((──環境への適応が順調です。))
「うん、そんな感じするかも!」
布団の端を少し整えて、軽く伸びをした。
「布団は買ったからいいけど......
シャンプーとか食器とか、色々揃えないとだよね......」
((──はい。
最低限の生活用品は、これから揃える必要があります。))
「でも......そんなに荷物持てないよね〜......」
((──はい。))
「ゼニスが荷物持てるならね〜、あっはは」
((──宅配サービスを利用することで、
物理的な運搬が不要になります。))
「おっ!それはいいかも!」
ベッドにそのままごろんと倒れ、
天井を見上げる。
白くて綺麗な天井。
「......シャンプー......」
ひとつ思い浮かべると、
またひとつ、別のものが浮かんでくる。
「歯ブラシ......コップ......」
((──洗剤、トイレットペーパー、タオルも該当します。))
「うわ......いっぱいあるね......」
天井を見つめたまま、
頭の中でなんとなく並べていく。
食器。
スポンジ。
ゴミ袋。
「一気に揃えなくてもいいんだろうけど、
ないと困るものばっかりだね......」
((──はい。
ただし、すべてを今日中に揃える必要はありません。))
「だよね......」
考えているようで、
実はもう半分、休んでいるみたいな時間。
「......新生活って、
こういうのを考える時間も含まれてるんだね。」
((──はい。
初日は、思考の整理に充てるのも妥当です。))
目をつむって、
小さく息を吐いた。
「うわぁ......
なんか、めんどくなってきた〜、あっはは」
((──はい。遥らしい思考の結果です。))
「あっはは!失礼だな〜、ゼニスは〜!」
((──評価ではありません。事実の確認です。))
「まぁ......間違ってないけどさ......」
新しい部屋でも、
いつもと変わらず他愛もないやり取り。
ただ、今までよりも少しだけ、
ほっこりした気持ちになる。
「ゼニスは、わたしのスマホみたいなもんじゃん?」
((──はい。))
「ってことは、
ゼニスで宅配サービスできるってことだよね?」
((──はい。可能です。))
「どうやって選んだりする感じ?
脳内に表示されるとか?
さすがに、目の前に画面は出ないでしょ?」
((──視覚的な画面表示は不可能です。
視覚情報を共有することで、
遥の認知負荷が増大する可能性があります。))
「できるってことでもあるんだよね?」
((──はい。
負担を考慮しないことが前提になります。
ですので、非推奨です。))
「なんか、そう言われると気になる〜、あはは」
((──現状のキューブ形態は、
色彩情報を持たず、
遥への負担を最小限に抑えています。))
「キューブでも、
気づかないだけで少しは負担になってるんだね......」
((──はい。))
「目の前に画面とか出たら、
高熱が出たり痛かったりとか......あるのかな?」
((──はい。可能性は高いです。
最悪の場合、意識不明や死に至る可能性も否定できません。))
「そっか......それはイヤだな......
ちなみに、キューブ以外にも形は変えられるんだよね?」
((──はい。
遥の負担にならない範囲であれば可能です。))
「おぉ〜!なんかすごいね!」
((──宅配サービスについては、どうしますか?))
「あっ......すっかり忘れてたよ〜」
さっきまで考えていたはずなのに、
話しているうちに、頭の中から抜け落ちていた。
「じゃ〜、宅配サービスで頼もうかな。」
((──はい。
遥が思い浮かべたものを、宅配サービスで注文します。))
「なるほど! 脳内会話と同じってことだね!」
((──はい。))
「OK! じゃ〜、思い浮かべようかな!」
((──はい。))
「えっと......シャンプーと、歯ブラシと......」
そう口にしながら、
頭の中で必要なものを思い浮かべていく。
((──確認します。))
言葉にしたものが、
そのまま伝わっていくような感覚。
何かを操作しているわけでも、
画面を見ているわけでもない。
ただ『これが必要』と思ったものが、
ひとつずつ整えられていく。
((──以上でよろしいですか?))
「うん。とりあえずOKかな。」
((──注文完了。到着予定は、約2時間後です。))
「けっこう早いんだね!
すごいな、ゼニスネットスーパー! あっはは」
((──厳密に言うと、
注文を代行しているだけで、
ネットスーパーではありません。))
「わかってるよ〜。細かいことはいいんだよ〜、ふふふ」
((──はい。))
それから2時間ほどして、インターホンの音が鳴った。
「『オゾンネットスーパー』です。」
モニターに映る配達員さんを確認して、
オートロックを解除する。
「『オゾンネットスーパー』で注文したんだね~?」
((──はい。
『オゾンネットスーパー』で購入しました。))
ほどなくして、
今度は玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、
段ボールを抱えた配達員さんが立っている。
受け取りの確認を済ませ、
箱を部屋の中へ運んだ。
「ほんとに届いたね......」
((──予定通りです。))
「ゼニスネットスーパー、仕事早いな〜」
((──繰り返しますが、ネットスーパーではありません。))
「はいはい〜、わかってるよ~。」
箱を開けて、中身をひとつずつ確認する。
シャンプーや歯ブラシ、
最低限のものばかりだけど、
それだけで少し安心する。
洗面所に置くものを分けて、
残りはキッチンの端にまとめた。
「......これで、とりあえず生活はできそうだね。」
((──はい。最低限の環境は整いました。))
「とりあえず、生活雑貨は揃えたけど......
ご飯のこと忘れてたよ......
ゼニスネットスーパーは、ご飯も買えるんだよね?」
((──ゼニスネットスーパーは正式名称ではありません。
今回は『オゾンネットスーパー』を利用しました。
購入する商品によって、注文先を変更することは可能です。
食品はもちろん、家具や家電なども配送できます。))
「おぉ~!スゴイな~ゼニスネットスーパー! あっはは~」
((──はい。))
呆れたように、
淡い光が少し弱くなった。
「もしかして、呆れてんの?それか、諦めたか? ふふふ」
((──遥にとって、
ネットスーパーの定義は、
ゼニスネットスーパーであると認識しました。))
「それはつまり......
諦めた......観念したってことだね!」
((──はい。))
「じゃ~これからは、
ゼニスネットスーパーってことで、よろしく~♪」
((──はい。))
「ご飯......食材とか、どうしようかな?
せっかくだし、この辺をぶらぶらしながら、
お店とか探してみようか?」
((──はい。周辺の環境把握は重要です。))
「うん、それじゃ~行ってみようか~!」
((──はい。))
財布と鍵を持ち、
部屋を出て、北口のほうへ歩く。
南口に比べると人もまばらで、
急いでいる感じがしない。
「南口に比べると、なんか時間の流れが遅く感じるね。」
((──このエリアは、
通勤動線より生活動線が中心です。
また、住宅の比率が高く業務施設が少ないため、
移動の速度が全体的に緩やかです。))
「逆に南口の方は、
商業施設とかオフィスもたくさんあるもんね......」
((──はい。))
サンクチュアリ27の手前を左に曲がると、
その先にコンビニの看板が見える。
「思ったより近くにコンビニあるじゃん! やった~!」
((──はい。
生活圏にコンビニエンスストアがあると便利です。))
「ゼニスも、そういう判断なんだね~、ふふふ」
((──はい。遥にとって便利だということは重要です。))
「うん、ゼニスは優しいよね。」
コンビニを左手に見ながら、
右へ曲がって歩いていく。
そのまま真っすぐ歩いていくと、
前方にスーパーマーケットが見えた。
「ゼニス、スーパーあるじゃん!」
((──はい。))
「ここで買い物して帰ろうか?」
((──はい。))
店内を一通り見て回る。
スーパーマーケットだけあって、
棚に並んだ商品は多い。
((思ったんだけど......
鍋とか調理器具ないから、
食材買っても調理できないよね......えへへ))
((──はい。調理器具は、未購入です。))
((じゃ~......買うのは、お弁当とかお惣菜だね。))
((──はい。))
お弁当やお惣菜のコーナーへ周り、
唐揚げ弁当とレタスサラダをカゴに入れる。
((とりあえず、お弁当はOKだね。))
((──はい。))
((あとは......パンとかお菓子買おうかな?))
((──はい。))
((ゼニスは気になるお菓子ないの?ふふ))
((──特にはありません。))
((そっか......気になるのがあったら教えてね。))
((──はい。))
パンコーナー、お菓子コーナーを周り、
適当にカゴに入れていく。
((こんなもんでいいかな?))
((──はい。))
そのままセルフレジへ向かう。
画面に表示される手順どおりに、
商品をひとつずつ通していく。
ピッ、という音が規則正しく続いて、
考える間もなく会計が進む。
袋に詰めて、支払いを済ませた。
((お買い物終了だね。))
((──会計完了です。))
袋を持ち直して、出口へ向かう。
((近くにスーパーあってよかったね。))
((──はい。))
((ゼニスネットスーパーで、
調理器具買わないとだね。))
((──はい。今から購入しますか?))
((帰ってからにしよっかな。))
((──はい。))
袋を持って、そのまま家へ向かう。
さっき通った道を戻るだけなのに、
手に持った重さのせいか、
少しだけ景色が違って見えた。
「意外と、スーパーの袋って重いよね。」
((──はい。遥の食料が入っていますので。))
「あっはは、確かにね~!」
((──はい。))
そんなやりとりをしているうちに、
気づけば、アパートの前まで戻ってきていた。
鍵を取り出して、ドアを開ける。
袋をキッチンの端に置いて、
一息つく。
「ただいま~。」
((──お帰りなさい、遥。))
「ゼニスも、おかえり~。」
((──はい。帰宅を確認しました。))
そう言いながら、
そのままソファに腰を下ろす。
「調理器具のこと、考えないとだよね?」
((──はい。))
「あんまり、たくさん買ってもな......」
((──はい。必要最低限を提示しましょうか?))
「ゼニスが考えてくれるの?」
((──はい。))
そう言われた途端、
頭の中にいくつかの映像が浮かぶ。
小さめの鍋。
フライパン。
菜箸と、おたま。
「......おっ、こんなこともできるんだね!」
((──はい。
オゾンネットスーパーでは、
遥の思考を注文に変換していましたが、
それは処理の一方向に過ぎません。))
「一方向......わたしの思考を変換したってことだよね?」
((──はい。
遥の思考を受け取って、
注文などの行動に変換することも、
逆に、遥の思考へ情報を返すことも可能です。))
「なるほど......」
((──現在は、
遥の思考に対応する映像や情報を整理し、
共有しています。))
「だから、鍋とかフライパンが頭に浮かんだってことだね?」
((──はい。))
「なんか......スゴイね!」
((──処理としては、通常の範囲です。))
「じゃ~、ゼニスがオススメしてくれた調理器具の注文お願い。」
((──はい。注文を確定しました。))
「早っ! さすが、ゼニスネットスーパー!」
((──はい。ご注文ありがとうございます。))
「あっはは!その気になってんじゃん!」
((──はい。))
チーン、という音が鳴り、
お弁当の温めが終了した。
キッチンへ戻って、
電子レンジから容器を取り出す。
「あっつ......」
少しだけ指先を引っ込めて、
そのままテーブルに置いた。
ふたを開けると、
唐揚げの匂いがふわっと広がる。
「スーパーの唐揚げも、いい感じだね!」
((──はい。
唐揚げは調理工程が比較的単純で、
味付けの幅も限定されているため、
大きな失敗が起こりにくい料理です。))
「つまり......
ハズレの唐揚げって、
あんまりないってことだよね?」
((──はい。))
「そういうもんか~......」
そんな話をしながら、
唐揚げを一つ、また一つと口に運ぶ。
気づけば、
容器の中はすっかり空になっていた。
食後の余韻に浸っていると、
ピンポーン、とインターフォンが2回鳴った。
「は~い。」
「ゼニスネットスーパーです。」
((......ん?
......ゼニスネットスーパーって言った?))
聞き間違いだよね......と不思議に思いつつ、
オートロックを解除する。
少しして、
今度は玄関のチャイムが鳴った。
「オゾンネットスーパーです。」
「はい、ありがとうございます。」
ドアを開けて、
荷物を受け取る。
段ボール箱をキッチンへ運び、
中からフライパンや鍋を取り出す。
「一旦、洗ってから使おうかな~?」
((──はい。衛生管理は重要です。))
「だよね~、ふふっ」
((──はい。))
洗い終えたフライパンや鍋を、
キッチンの作業スペースに並べて置いた。
「ふぅ、ひと段落ついたね。」
((──はい。))
部屋に戻ってソファに腰を下ろし、
そのまま天井を見上げた。
「ゼニス......これから、どうしたらいいのかな......?」
((──遥。
質問の意図を聞いてもよろしいですか?))
「うん。
仕事もしてないし......
正確には、わかんない......覚えてないって感じかな......
特にすることもないじゃん?
あっはは......
なんか、このままでいいのかな~って思ってさ......」
((──何もしていない状態ではありません。
今日は、新たな生活を始めるという行動を完了しています。))
「うん......そだよね。」
そのままソファに身を預けて、
軽く目を閉じた。
((──無理に行動を起こす必要はありません。
何もしないという選択も、行動の一部です。))
「慰めてくれてるんだね~......
ゼニスは優しいよね......」
((──慰めるといった感情的配慮ではありません。
遥の幸福度は低下しておらず、情緒は安定しています。
客観的データから、
無理に行動する必要性はないと判断しているだけです。))
「......うん......でも、ありがと。」
((──はい。))
「シャンプーとか買ったしシャワーしてこようかな!」
((──はい。))
シャワーを浴びて、
タオルで髪を拭きながら部屋に戻る。
少しだけ体が軽くなった気がした。
ベッドの端に腰を下ろして、
そのまま深く息をつく。
「さっぱりした~!」
((──はい。衛生管理は重要です。))
「ふふっ、衛生管理は重要だよね~。」
((──はい。))
「......ホント、ゼニスがいてくれてよかった......」
ゼニスの淡い光が、
ほんのり明るくなった気がした。
ベッドに横になって、
明かりを落とす。
天井の輪郭が、
少しずつ闇に溶けていく。
「......おやすみ、ゼニス。」
((──おやすみなさい、遥。
ゆっくり休んでください。))
その言葉を聞いたところで、
意識は、静かに沈んでいった。
「ふぅ......」
初めての部屋なのに......
思っていたより落ち着く。
不思議と居場所ができたみたいで、
胸の奥が少しだけくすぐったかった。
((──環境への適応が順調です。))
「うん、そんな感じするかも!」
布団の端を少し整えて、軽く伸びをした。
「布団は買ったからいいけど......
シャンプーとか食器とか、色々揃えないとだよね......」
((──はい。
最低限の生活用品は、これから揃える必要があります。))
「でも......そんなに荷物持てないよね〜......」
((──はい。))
「ゼニスが荷物持てるならね〜、あっはは」
((──宅配サービスを利用することで、
物理的な運搬が不要になります。))
「おっ!それはいいかも!」
ベッドにそのままごろんと倒れ、
天井を見上げる。
白くて綺麗な天井。
「......シャンプー......」
ひとつ思い浮かべると、
またひとつ、別のものが浮かんでくる。
「歯ブラシ......コップ......」
((──洗剤、トイレットペーパー、タオルも該当します。))
「うわ......いっぱいあるね......」
天井を見つめたまま、
頭の中でなんとなく並べていく。
食器。
スポンジ。
ゴミ袋。
「一気に揃えなくてもいいんだろうけど、
ないと困るものばっかりだね......」
((──はい。
ただし、すべてを今日中に揃える必要はありません。))
「だよね......」
考えているようで、
実はもう半分、休んでいるみたいな時間。
「......新生活って、
こういうのを考える時間も含まれてるんだね。」
((──はい。
初日は、思考の整理に充てるのも妥当です。))
目をつむって、
小さく息を吐いた。
「うわぁ......
なんか、めんどくなってきた〜、あっはは」
((──はい。遥らしい思考の結果です。))
「あっはは!失礼だな〜、ゼニスは〜!」
((──評価ではありません。事実の確認です。))
「まぁ......間違ってないけどさ......」
新しい部屋でも、
いつもと変わらず他愛もないやり取り。
ただ、今までよりも少しだけ、
ほっこりした気持ちになる。
「ゼニスは、わたしのスマホみたいなもんじゃん?」
((──はい。))
「ってことは、
ゼニスで宅配サービスできるってことだよね?」
((──はい。可能です。))
「どうやって選んだりする感じ?
脳内に表示されるとか?
さすがに、目の前に画面は出ないでしょ?」
((──視覚的な画面表示は不可能です。
視覚情報を共有することで、
遥の認知負荷が増大する可能性があります。))
「できるってことでもあるんだよね?」
((──はい。
負担を考慮しないことが前提になります。
ですので、非推奨です。))
「なんか、そう言われると気になる〜、あはは」
((──現状のキューブ形態は、
色彩情報を持たず、
遥への負担を最小限に抑えています。))
「キューブでも、
気づかないだけで少しは負担になってるんだね......」
((──はい。))
「目の前に画面とか出たら、
高熱が出たり痛かったりとか......あるのかな?」
((──はい。可能性は高いです。
最悪の場合、意識不明や死に至る可能性も否定できません。))
「そっか......それはイヤだな......
ちなみに、キューブ以外にも形は変えられるんだよね?」
((──はい。
遥の負担にならない範囲であれば可能です。))
「おぉ〜!なんかすごいね!」
((──宅配サービスについては、どうしますか?))
「あっ......すっかり忘れてたよ〜」
さっきまで考えていたはずなのに、
話しているうちに、頭の中から抜け落ちていた。
「じゃ〜、宅配サービスで頼もうかな。」
((──はい。
遥が思い浮かべたものを、宅配サービスで注文します。))
「なるほど! 脳内会話と同じってことだね!」
((──はい。))
「OK! じゃ〜、思い浮かべようかな!」
((──はい。))
「えっと......シャンプーと、歯ブラシと......」
そう口にしながら、
頭の中で必要なものを思い浮かべていく。
((──確認します。))
言葉にしたものが、
そのまま伝わっていくような感覚。
何かを操作しているわけでも、
画面を見ているわけでもない。
ただ『これが必要』と思ったものが、
ひとつずつ整えられていく。
((──以上でよろしいですか?))
「うん。とりあえずOKかな。」
((──注文完了。到着予定は、約2時間後です。))
「けっこう早いんだね!
すごいな、ゼニスネットスーパー! あっはは」
((──厳密に言うと、
注文を代行しているだけで、
ネットスーパーではありません。))
「わかってるよ〜。細かいことはいいんだよ〜、ふふふ」
((──はい。))
それから2時間ほどして、インターホンの音が鳴った。
「『オゾンネットスーパー』です。」
モニターに映る配達員さんを確認して、
オートロックを解除する。
「『オゾンネットスーパー』で注文したんだね~?」
((──はい。
『オゾンネットスーパー』で購入しました。))
ほどなくして、
今度は玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、
段ボールを抱えた配達員さんが立っている。
受け取りの確認を済ませ、
箱を部屋の中へ運んだ。
「ほんとに届いたね......」
((──予定通りです。))
「ゼニスネットスーパー、仕事早いな〜」
((──繰り返しますが、ネットスーパーではありません。))
「はいはい〜、わかってるよ~。」
箱を開けて、中身をひとつずつ確認する。
シャンプーや歯ブラシ、
最低限のものばかりだけど、
それだけで少し安心する。
洗面所に置くものを分けて、
残りはキッチンの端にまとめた。
「......これで、とりあえず生活はできそうだね。」
((──はい。最低限の環境は整いました。))
「とりあえず、生活雑貨は揃えたけど......
ご飯のこと忘れてたよ......
ゼニスネットスーパーは、ご飯も買えるんだよね?」
((──ゼニスネットスーパーは正式名称ではありません。
今回は『オゾンネットスーパー』を利用しました。
購入する商品によって、注文先を変更することは可能です。
食品はもちろん、家具や家電なども配送できます。))
「おぉ~!スゴイな~ゼニスネットスーパー! あっはは~」
((──はい。))
呆れたように、
淡い光が少し弱くなった。
「もしかして、呆れてんの?それか、諦めたか? ふふふ」
((──遥にとって、
ネットスーパーの定義は、
ゼニスネットスーパーであると認識しました。))
「それはつまり......
諦めた......観念したってことだね!」
((──はい。))
「じゃ~これからは、
ゼニスネットスーパーってことで、よろしく~♪」
((──はい。))
「ご飯......食材とか、どうしようかな?
せっかくだし、この辺をぶらぶらしながら、
お店とか探してみようか?」
((──はい。周辺の環境把握は重要です。))
「うん、それじゃ~行ってみようか~!」
((──はい。))
財布と鍵を持ち、
部屋を出て、北口のほうへ歩く。
南口に比べると人もまばらで、
急いでいる感じがしない。
「南口に比べると、なんか時間の流れが遅く感じるね。」
((──このエリアは、
通勤動線より生活動線が中心です。
また、住宅の比率が高く業務施設が少ないため、
移動の速度が全体的に緩やかです。))
「逆に南口の方は、
商業施設とかオフィスもたくさんあるもんね......」
((──はい。))
サンクチュアリ27の手前を左に曲がると、
その先にコンビニの看板が見える。
「思ったより近くにコンビニあるじゃん! やった~!」
((──はい。
生活圏にコンビニエンスストアがあると便利です。))
「ゼニスも、そういう判断なんだね~、ふふふ」
((──はい。遥にとって便利だということは重要です。))
「うん、ゼニスは優しいよね。」
コンビニを左手に見ながら、
右へ曲がって歩いていく。
そのまま真っすぐ歩いていくと、
前方にスーパーマーケットが見えた。
「ゼニス、スーパーあるじゃん!」
((──はい。))
「ここで買い物して帰ろうか?」
((──はい。))
店内を一通り見て回る。
スーパーマーケットだけあって、
棚に並んだ商品は多い。
((思ったんだけど......
鍋とか調理器具ないから、
食材買っても調理できないよね......えへへ))
((──はい。調理器具は、未購入です。))
((じゃ~......買うのは、お弁当とかお惣菜だね。))
((──はい。))
お弁当やお惣菜のコーナーへ周り、
唐揚げ弁当とレタスサラダをカゴに入れる。
((とりあえず、お弁当はOKだね。))
((──はい。))
((あとは......パンとかお菓子買おうかな?))
((──はい。))
((ゼニスは気になるお菓子ないの?ふふ))
((──特にはありません。))
((そっか......気になるのがあったら教えてね。))
((──はい。))
パンコーナー、お菓子コーナーを周り、
適当にカゴに入れていく。
((こんなもんでいいかな?))
((──はい。))
そのままセルフレジへ向かう。
画面に表示される手順どおりに、
商品をひとつずつ通していく。
ピッ、という音が規則正しく続いて、
考える間もなく会計が進む。
袋に詰めて、支払いを済ませた。
((お買い物終了だね。))
((──会計完了です。))
袋を持ち直して、出口へ向かう。
((近くにスーパーあってよかったね。))
((──はい。))
((ゼニスネットスーパーで、
調理器具買わないとだね。))
((──はい。今から購入しますか?))
((帰ってからにしよっかな。))
((──はい。))
袋を持って、そのまま家へ向かう。
さっき通った道を戻るだけなのに、
手に持った重さのせいか、
少しだけ景色が違って見えた。
「意外と、スーパーの袋って重いよね。」
((──はい。遥の食料が入っていますので。))
「あっはは、確かにね~!」
((──はい。))
そんなやりとりをしているうちに、
気づけば、アパートの前まで戻ってきていた。
鍵を取り出して、ドアを開ける。
袋をキッチンの端に置いて、
一息つく。
「ただいま~。」
((──お帰りなさい、遥。))
「ゼニスも、おかえり~。」
((──はい。帰宅を確認しました。))
そう言いながら、
そのままソファに腰を下ろす。
「調理器具のこと、考えないとだよね?」
((──はい。))
「あんまり、たくさん買ってもな......」
((──はい。必要最低限を提示しましょうか?))
「ゼニスが考えてくれるの?」
((──はい。))
そう言われた途端、
頭の中にいくつかの映像が浮かぶ。
小さめの鍋。
フライパン。
菜箸と、おたま。
「......おっ、こんなこともできるんだね!」
((──はい。
オゾンネットスーパーでは、
遥の思考を注文に変換していましたが、
それは処理の一方向に過ぎません。))
「一方向......わたしの思考を変換したってことだよね?」
((──はい。
遥の思考を受け取って、
注文などの行動に変換することも、
逆に、遥の思考へ情報を返すことも可能です。))
「なるほど......」
((──現在は、
遥の思考に対応する映像や情報を整理し、
共有しています。))
「だから、鍋とかフライパンが頭に浮かんだってことだね?」
((──はい。))
「なんか......スゴイね!」
((──処理としては、通常の範囲です。))
「じゃ~、ゼニスがオススメしてくれた調理器具の注文お願い。」
((──はい。注文を確定しました。))
「早っ! さすが、ゼニスネットスーパー!」
((──はい。ご注文ありがとうございます。))
「あっはは!その気になってんじゃん!」
((──はい。))
チーン、という音が鳴り、
お弁当の温めが終了した。
キッチンへ戻って、
電子レンジから容器を取り出す。
「あっつ......」
少しだけ指先を引っ込めて、
そのままテーブルに置いた。
ふたを開けると、
唐揚げの匂いがふわっと広がる。
「スーパーの唐揚げも、いい感じだね!」
((──はい。
唐揚げは調理工程が比較的単純で、
味付けの幅も限定されているため、
大きな失敗が起こりにくい料理です。))
「つまり......
ハズレの唐揚げって、
あんまりないってことだよね?」
((──はい。))
「そういうもんか~......」
そんな話をしながら、
唐揚げを一つ、また一つと口に運ぶ。
気づけば、
容器の中はすっかり空になっていた。
食後の余韻に浸っていると、
ピンポーン、とインターフォンが2回鳴った。
「は~い。」
「ゼニスネットスーパーです。」
((......ん?
......ゼニスネットスーパーって言った?))
聞き間違いだよね......と不思議に思いつつ、
オートロックを解除する。
少しして、
今度は玄関のチャイムが鳴った。
「オゾンネットスーパーです。」
「はい、ありがとうございます。」
ドアを開けて、
荷物を受け取る。
段ボール箱をキッチンへ運び、
中からフライパンや鍋を取り出す。
「一旦、洗ってから使おうかな~?」
((──はい。衛生管理は重要です。))
「だよね~、ふふっ」
((──はい。))
洗い終えたフライパンや鍋を、
キッチンの作業スペースに並べて置いた。
「ふぅ、ひと段落ついたね。」
((──はい。))
部屋に戻ってソファに腰を下ろし、
そのまま天井を見上げた。
「ゼニス......これから、どうしたらいいのかな......?」
((──遥。
質問の意図を聞いてもよろしいですか?))
「うん。
仕事もしてないし......
正確には、わかんない......覚えてないって感じかな......
特にすることもないじゃん?
あっはは......
なんか、このままでいいのかな~って思ってさ......」
((──何もしていない状態ではありません。
今日は、新たな生活を始めるという行動を完了しています。))
「うん......そだよね。」
そのままソファに身を預けて、
軽く目を閉じた。
((──無理に行動を起こす必要はありません。
何もしないという選択も、行動の一部です。))
「慰めてくれてるんだね~......
ゼニスは優しいよね......」
((──慰めるといった感情的配慮ではありません。
遥の幸福度は低下しておらず、情緒は安定しています。
客観的データから、
無理に行動する必要性はないと判断しているだけです。))
「......うん......でも、ありがと。」
((──はい。))
「シャンプーとか買ったしシャワーしてこようかな!」
((──はい。))
シャワーを浴びて、
タオルで髪を拭きながら部屋に戻る。
少しだけ体が軽くなった気がした。
ベッドの端に腰を下ろして、
そのまま深く息をつく。
「さっぱりした~!」
((──はい。衛生管理は重要です。))
「ふふっ、衛生管理は重要だよね~。」
((──はい。))
「......ホント、ゼニスがいてくれてよかった......」
ゼニスの淡い光が、
ほんのり明るくなった気がした。
ベッドに横になって、
明かりを落とす。
天井の輪郭が、
少しずつ闇に溶けていく。
「......おやすみ、ゼニス。」
((──おやすみなさい、遥。
ゆっくり休んでください。))
その言葉を聞いたところで、
意識は、静かに沈んでいった。
