((ホント美味しかったねゼニス!
せっかくだし、腹ごなしにぶらぶらしようかな~。))
((──はい。カロリー消費には申し分ないです。))
通りには、ぽつりぽつりと人影があるだけだった。
その歩く速度や足取りは、相変わらず一定のリズムに見える。
ただ、今はもう気にならない。
((駅の方にいってみたいかも~。))
((──この通りを道なりに進んでいきましょう。))
駅の方へ歩いていくと、
この前、唐揚げ特盛弁当を買ったお弁当屋さんが見えてきた。
しもむらの明かりも左手にあって、
あの食堂がこのあたりだったことが、なんとなくつながる。
((思ったより近かったんだね、さっきの食堂。))
((──ホテルの裏側の区画なので、比較的近い位置でしたね。))
表通りへ出ると、右手の先に大きな駅ビル《ヒヨリナ》が見えてきた。
新幹線も乗り入れている駅で、上の階にはホテルの灯りが並んでいる。
夜でも人の気配があって、街の明るさがゆるやかに広がっていた。
((さすがに人も多いね~。))
((──駅前は、この時間帯でも一定の人流があります。))
((うんうん、賑やかなのも悪くないね。))
((──駅ビルの商業施設を見てみますか?))
((いいね~!ナイス提案!))
駅前広場を横切って、駅ビルの入り口へ向かう。
自動ドアが開くと、
外よりも人の流れがゆっくりしていて、
どこか落ち着いた空気が広がっていた。
せかせかしていないその感じが、
なんだか心地よく思えた。
((ホント久しぶりにきたよ~ヒヨリナ......ふふ))
((──楽しそうですね、遥。))
((うん、なんかすごく楽しいよ♪))
((──良い傾向です。))
((ヒヨリナの1階は、お土産とか売ってるフロアだったよね?))
((──はい。地元特産品と軽食店舗が中心の区画です。))
((じゃ~、甘いものあるじゃん!))
((──さきほど食事したばかりですよ、遥。))
((甘いものは別腹っていうじゃん......ふふふ))
((──医学・栄養学的には、
好物を見たり甘味を味わったりすると、
脳内のホルモンや報酬系が刺激され、
胃の動きが活発になって中身が小腸へ送られ、
胃の上部にスペースができることがあるとされています。
つまり、
好物は別腹に入るという比喩表現ではありますが、
医学的な要素もあるわけです。))
((うんうん、さすがゼニス辞書。でも、長いよ......ふふ))
ヒヨリナの1階を歩いていくと、
甘い香りがふわっと漂ってきた。
地元スイーツのお店が並んでいて、
季節限定のケーキや焼き菓子が、
ショーケースに綺麗に陳列されている。
((あ、ほら見てゼニス!おいしそうなのある~♪))
((──視覚刺激によって、別腹が解放されたようです。))
((えっ......そんなことまでわかるの、ゼニス?))
((──冗談です。わかりません。))
「あははっ! 冗談うまくなったね〜ゼニス!」
周囲のことなんて、
気にも留めていないかのように、
つい声を出して笑ってしまった。
((──声量にご注意を。))
((大丈夫。みんなきっと忙しいから......ふふ))
色とりどりのケーキが
宝石みたいに並んでいるケーキたちが目に入った。
苺が山のように乗ったタルト、
艶のあるチョコレートムース、
クリームたっぷりのショートケーキ。
どれも、見ているだけで
胸の奥が少し温かくなるような気がした。
((──購入しますか?))
((うん、ここでケーキ買おうかゼニス。))
いざ、
買おうと思ってケーキを見ていると、
どれもおいしそうで目移りしてしまう。
((イチゴのタルト......いや、チョコもいいな〜......どうしよう......))
((──遥は迷っている時間も楽しんでいるようですね。))
((うん。こういうのって、
選んでる瞬間がいちばんワクワクするんだよ。ふふっ))
ショーケースを見ながら迷っていると、
優しい笑顔の女性店員さんが声をかけてきた。
「お決まりでしたら、お声がけくださいね。」
「は~い。じゃ~......このイチゴがたくさん乗ってるやつと......」
((ねぇ、ゼニスはどれ気になる?))
((──見た目の構造的には、
手前のガトーショコラが美しいです。))
((構造って......ふふ......ゼニスらしいね。))
「あと、ガトーショコラもお願いします。」
「はい、イチゴたっぷりタルトとガトーショコラですね。
他はよろしいでしょうか?」
「大丈夫で~す!」
店員さんが丁寧に箱詰めしてくれているのを眺めながら、
((──楽しそうですね、遥。))
((うん!なんか、すっごく楽しい!))
店員さんがケーキを詰め終えると、
「お待たせしました。ありがとうございます」と
箱を手渡してくれた。
「は~い、ありがとうございます!」
ケーキの箱を受け取って、そっと抱える。
((せっかくだし、上の階も見てみよっか?))
((──では、上階へ向かいましょう。))
((OK!いこ~!))
ヒヨリナの中央にあるエスカレーターへ向かう。
ステップに上がると、静かに動き出し、
ゆるやかに視線が高くなっていく。
手すりに軽く触れながら上がっていくと、
目の前に2階のフロアが広がった。
衣料品や雑貨の店が並んでいて、
1階よりも少し落ち着いた雰囲気が漂っていた。
((せっかくだし〜、服見るのもいいよね〜。))
((──はい。遥の所持衣類は、
デニム地のパンツが1枚、黒色のスキニーパンツが1枚、
白と黒のボーダー柄のカットソーが1枚、
うさぎのキャラクターがついたパーカーが1枚、
それから......))
((ストップ、ストップ!
そんな細かく言わなくていいよ〜......
あんまり服持ってないんだから、かわいそうでしょ〜......うふふ))
((──遥、正確な所持状況は、
今後の適切な追加提案に有効です。))
((それはそうなんだけどさ〜......
その時『いいな〜』って思ったの買えばいいっていうか......
服ってフィーリングじゃない?))
((──フィーリングですか......
遥らしいものの考え方ですね。
統計的には予測困難ですが、
遥の満足度が重要事項なので承認します。))
「でた〜承認制! あははは〜!
ゼニスの許可必要だもんね......ふふふ」
周囲なんて気にせず、
つい声を出して笑ってしまう。
ゼニスの返しが、なんだか前より柔らかい気がして、
胸の奥がほんのり温かくなる。
笑いながら歩き出すと、
雑貨屋さんが目に入り、
視界の端に、うさぎのキャラクター入りパーカーを着たマネキンが目に入った。
「おっ!」
((......思わず声がでちゃった......ふふ
このキャラって、
退院した時に持ってた、
バッグとパーカーのやつ!))
足がふっと止まる。
((ねぇ、ゼニス......そうだよね?))
((──はい。遥のバッグとパーカーのキャラクターと同一です。))
パーカーを着たマネキンのすぐ横には、
キャラクターコーナーがあり──
《USA-DE-PPON》のポップが飾られている。
((横に寝そべって前歯が出て、
なんかかわいいような、
そうでもないような......
なんか気になるね......ふふ......
もしかして、自分で買ったのかな?))
((──退院時は購入したのか不明な様子でしたが、
遥の反応から推測するに、
自身で購入した可能性が高いかもしれません。))
((だね〜......気になりすぎてるから、
わたし買ってるのかもね〜......うふふ))
((バッグに《USA-DE-PPON》ってロゴ入ってたと思うから......
うさでっぽん?って名前なんだね、このキャラは?))
((──はい。読みは《うさでっぽん》で間違いないです。))
((バッグとかパーカーのキャラ見た時は、
すっごい微妙な気がしてたけど、
こうしてみると......なんかクセになるっていうか、
かわいい気がするね♪))
ふらりと吸い寄せられるように、
《USA-DE-PPON》コーナーへ近づいていく。
棚には、キーホルダーや小さなぬいぐるみ、
缶バッジ、スマホストラップなどが並んでいた。
どれも、ちょっと気の抜けた顔のうさでっぽんが描かれている。
((おぉ~......グッズけっこうあるんだね〜......))
((──人気のあるキャラクターのようです。))
((このキーホルダー......かわいいかも......))
ラバーキーホルダーを手に取る。
前歯を出して寝そべっている、
なんとも気の抜けた表情がクセになる。
((この表情......なんか好きかも~......))
((──購入しますか?))
((うん、これ買おうかな?))
キーホルダーを手に、レジへ向かい、
会計を済ませた。
雑貨屋さんの小さな袋に入ったキーホルダーを、
そっとポケットにしまい、
そのまま2階のフロアを歩きだした。
通路には、落ち着いた色の服が並ぶショップがいくつも並んでいる。
マネキンが着ているコーデが柔らかい照明に照らされて、
どこか穏やかな雰囲気をつくっていた。
((あ、なんかかわいいワンピースあるね〜。))
((──確認しますか?))
((うん、ちょっと見るだけ〜。))
ゆっくり近づくと、
ディスプレイされた服の質感や色合いが目に入ってくる。
ふと、淡いクリーム色のワンピースが目に留まる。
スニーカーにも合わせやすそうなデザインで、
普段着るのによさそうに見えた。
((......かわいいかも。))
((──ワンピースは、遥の所持衣類には存在しません。
新規カテゴリの追加になります。))
((新規カテゴリ......ふふふ
でも、たしかにそうだよね。))
そっとワンピースに手を伸ばしていると、
すぐ横から店員さんがにこやかに声をかけてきた。
「よかったら、ご試着もできますよ~。」
「えっ、あ、はい!お願いします~!」
案内されて試着室に入り、
ワンピースを身につけてカーテンを開けると、
鏡の中の自分がふわっと違って見えた。
((ゼニス......どう?))
((──似合っていますよ、遥。))
((......ふふっ、そんなにハッキリ言われると照れるんだけど......))
鏡の前で少しだけ回ってみる。
布がやさしく揺れて、ほんのり嬉しくなる。
((じゃ〜買っちゃおうかな〜......))
値札をそっと確認する。
「............えっ......高っ!!!」
思わず小声で叫んでしまった。
((うわぁ......値段見てから試着すればよかったよ......))
((──想定より高額でしたか?))
((うん、これを買うのはちょっとね......))
((──購入判断は遥の裁量です。
ワンピースはこれまでの所持データに存在しませんが、
現在の反応から推測すると、
取得後の満足度は一定以上になると考えられます。))
((そっかな〜......でも、すっごい高いよ......))
((──価格に対する迷いは理解しています。
しかし、遥が試着時に示した生体反応は、
強い好意と所有欲の上昇を示していました。))
((えっ......そんなに?))
((──はい。
購入を控えた場合、
未練および後悔の発生確率も検出されています。))
((後悔......するかな......))
((──高確率です。
ただし、購入後の満足度はそれを上回ると推測されます。))
((......そんなこと言われたら......また迷うじゃん......))
((──迷っている今の遥の状態が、
むしろ取得価値の高さを示しています。))
((うん、ゼニスがそこまで言うなら......
わたし買うよ!))
意を決し、
ワンピースをそっと腕に抱え、
店員さんのもとへ歩いていく。
「これ......お願いします!」
店員さんが丁寧にタグを確認し、
レジへと案内する。
((──購入手続きに移行します。))
((もう......そういう言い方やめてよ〜......
でも、ありがと。))
袋に入れられたワンピースを受け取ると、
胸の奥がほんのりあったかくなる。
両手には、ワンピースの入った紙袋と、ケーキの箱。
ショートパンツのポケットには、USA-DE-PPON のラバーキーホルダー。
荷物が増えたはずなのに、気分は軽かった。
((さっきのワンピは、なんか......冒険したな~って......
金額的な部分の冒険ね......ふふふ))
((──遥の満足度の高さから、非常に良い購入だったと判断できます。
購入せず後悔するよりも、良い選択だったのは間違いありません。))
((うんうん......だよね~。))
雑貨や服のお店が並ぶ通路を歩いていると、
ふと視界に 靴屋さん が入った。
ライトが当たった棚には、白いスニーカーやサンダルが綺麗に並んでいる。
((そうだ! わたし、靴これしか持ってないじゃん!))
((──はい。現在、遥が所有している靴は一足のみ。
使用頻度を考慮すると、予備の購入は合理的と判断されます。))
((予備ね......メインになるかもしれないけどね......ふふ))
((──複数所持は合理的なので、購入を推奨します。))
履いているスニーカーは白のキャンバス素材で、
けっこう気に入っている。
((う〜ん、どんなのがいいかなゼニス?
やっぱり、スニーカーがいいのかな〜?))
((──動きやすさを重視するのであれば、スニーカーを推奨します。))
((だよね〜......サンダルとかもかわいいけどな〜......))
((──先ほどのワンピースに合わせたサンダルも、
適合性は高いと判断されます。
色味と素材を考慮すると、
組み合わせとして有効です。))
((うん、適合性ね......ゼニスらしい。
そこは、ワンピースに合わせたサンダルなんていかがですか?
みたいなニュアンスでもいいのにね〜......ふふ))
((──ワンピースに合わせたサンダルを提案します。))
((めっちゃ素直じゃん。))
ゼニスとのやり取りに小さく笑いながら、
棚の奥に見えたサンダルコーナーへ少し歩み寄る。
淡い色のストラップサンダルが並んでいて、
ワンピースと合わせたときの雰囲気を思わず想像してしまう。
((さっき買ったワンピに合わせるとしたら、どんなサンダルがいいかな?
あ〜......でも、普段使いもできた方がいいよね?))
((──組み合わせの相性から推測すると、
ホワイト、ベージュ、ライトブラウンが高い適合率です。
普段使いを想定するのであれば、ベージュ系が最も汎用性があります。))
((ベージュね......たしかに何にでも合いそうだね〜。))
目の前の棚には、細めのストラップや厚底のもの、
形も素材も少しずつ違うサンダルが並んでいて、
どれを組み合わせてもワンピースに合いそうに見える。
((動きやすくて、かわいいなら......
厚底のスポーツ系のサンダルがいいかもね?どうかな?))
((──はい。厚底のスポーツサンダルは、歩行時の安定性が高く、
クッション性が優れており、長時間の外出にも適しています。
ワンピースとの相性も問題ありません。))
((ゼニスのお墨付きだね......ふふふ))
厚底のスポーツサンダルをそっと手に取り、
色味と素材を軽く確認する。
両手ふさがりのまま店員さんに声をかけ、
レジで会計を済ませた。
袋がひとつ増えたけれど、気持ちはさらに軽くなる。
((荷物めっちゃ多いな〜......
ゼニスが持ってくれたらいいのにね〜......ふふふ))
((──実体がないので不可能です。))
((だよね〜......はいはい、知ってたよ〜......))
((──実体化してみましょうか、遥。))
「.........えっ! 実体化......」
((できるの?))
思わず声に出してしまったけど、
すぐに慌てて口を閉じた。
両手いっぱいの荷物を抱えたまま、
ほんの一瞬だけ立ち止まる。
((──いいえ、できません。))
((うわぁ......ゼニスジョーク......))
((──はい。上達してきましたね。))
((いやいや、心臓に悪いわ......ふふふ))
((──心拍や呼吸に乱れはなく、安定しています。))
((そんな意味じゃないし〜......もうゼニス......))
ゼニスと一緒にこうして店を回るだけで、
なんでもない時間がちょっと楽しくなる。
((上の階って、飲食店だよね?))
((──はい。3階は生活雑貨・書店・コスメ・ガジェット類など。
4階が飲食店フロアとなっています。))
((じゃ〜上の階は、行かなくてもいいかな。))
((──はい。))
((ゼニスも荷物持てないしさ......ふふ))
((──では、実体化を......))
「できないでしょ〜実体化! あははは」
気づかないうちに、
外で声を出すことが気にならなくなっていた。
周囲の人たちは、
誰もこちらを気にしていない。
少しくらい笑ったところで、
視線が向くこともないんだと、
ようやくわかった。
((じゃ〜帰ろっか。))
((──はい。退出ルートを案内します。))
その静かな言葉にうなずき、
ヒヨリナの出口へと歩きだした。
せっかくだし、腹ごなしにぶらぶらしようかな~。))
((──はい。カロリー消費には申し分ないです。))
通りには、ぽつりぽつりと人影があるだけだった。
その歩く速度や足取りは、相変わらず一定のリズムに見える。
ただ、今はもう気にならない。
((駅の方にいってみたいかも~。))
((──この通りを道なりに進んでいきましょう。))
駅の方へ歩いていくと、
この前、唐揚げ特盛弁当を買ったお弁当屋さんが見えてきた。
しもむらの明かりも左手にあって、
あの食堂がこのあたりだったことが、なんとなくつながる。
((思ったより近かったんだね、さっきの食堂。))
((──ホテルの裏側の区画なので、比較的近い位置でしたね。))
表通りへ出ると、右手の先に大きな駅ビル《ヒヨリナ》が見えてきた。
新幹線も乗り入れている駅で、上の階にはホテルの灯りが並んでいる。
夜でも人の気配があって、街の明るさがゆるやかに広がっていた。
((さすがに人も多いね~。))
((──駅前は、この時間帯でも一定の人流があります。))
((うんうん、賑やかなのも悪くないね。))
((──駅ビルの商業施設を見てみますか?))
((いいね~!ナイス提案!))
駅前広場を横切って、駅ビルの入り口へ向かう。
自動ドアが開くと、
外よりも人の流れがゆっくりしていて、
どこか落ち着いた空気が広がっていた。
せかせかしていないその感じが、
なんだか心地よく思えた。
((ホント久しぶりにきたよ~ヒヨリナ......ふふ))
((──楽しそうですね、遥。))
((うん、なんかすごく楽しいよ♪))
((──良い傾向です。))
((ヒヨリナの1階は、お土産とか売ってるフロアだったよね?))
((──はい。地元特産品と軽食店舗が中心の区画です。))
((じゃ~、甘いものあるじゃん!))
((──さきほど食事したばかりですよ、遥。))
((甘いものは別腹っていうじゃん......ふふふ))
((──医学・栄養学的には、
好物を見たり甘味を味わったりすると、
脳内のホルモンや報酬系が刺激され、
胃の動きが活発になって中身が小腸へ送られ、
胃の上部にスペースができることがあるとされています。
つまり、
好物は別腹に入るという比喩表現ではありますが、
医学的な要素もあるわけです。))
((うんうん、さすがゼニス辞書。でも、長いよ......ふふ))
ヒヨリナの1階を歩いていくと、
甘い香りがふわっと漂ってきた。
地元スイーツのお店が並んでいて、
季節限定のケーキや焼き菓子が、
ショーケースに綺麗に陳列されている。
((あ、ほら見てゼニス!おいしそうなのある~♪))
((──視覚刺激によって、別腹が解放されたようです。))
((えっ......そんなことまでわかるの、ゼニス?))
((──冗談です。わかりません。))
「あははっ! 冗談うまくなったね〜ゼニス!」
周囲のことなんて、
気にも留めていないかのように、
つい声を出して笑ってしまった。
((──声量にご注意を。))
((大丈夫。みんなきっと忙しいから......ふふ))
色とりどりのケーキが
宝石みたいに並んでいるケーキたちが目に入った。
苺が山のように乗ったタルト、
艶のあるチョコレートムース、
クリームたっぷりのショートケーキ。
どれも、見ているだけで
胸の奥が少し温かくなるような気がした。
((──購入しますか?))
((うん、ここでケーキ買おうかゼニス。))
いざ、
買おうと思ってケーキを見ていると、
どれもおいしそうで目移りしてしまう。
((イチゴのタルト......いや、チョコもいいな〜......どうしよう......))
((──遥は迷っている時間も楽しんでいるようですね。))
((うん。こういうのって、
選んでる瞬間がいちばんワクワクするんだよ。ふふっ))
ショーケースを見ながら迷っていると、
優しい笑顔の女性店員さんが声をかけてきた。
「お決まりでしたら、お声がけくださいね。」
「は~い。じゃ~......このイチゴがたくさん乗ってるやつと......」
((ねぇ、ゼニスはどれ気になる?))
((──見た目の構造的には、
手前のガトーショコラが美しいです。))
((構造って......ふふ......ゼニスらしいね。))
「あと、ガトーショコラもお願いします。」
「はい、イチゴたっぷりタルトとガトーショコラですね。
他はよろしいでしょうか?」
「大丈夫で~す!」
店員さんが丁寧に箱詰めしてくれているのを眺めながら、
((──楽しそうですね、遥。))
((うん!なんか、すっごく楽しい!))
店員さんがケーキを詰め終えると、
「お待たせしました。ありがとうございます」と
箱を手渡してくれた。
「は~い、ありがとうございます!」
ケーキの箱を受け取って、そっと抱える。
((せっかくだし、上の階も見てみよっか?))
((──では、上階へ向かいましょう。))
((OK!いこ~!))
ヒヨリナの中央にあるエスカレーターへ向かう。
ステップに上がると、静かに動き出し、
ゆるやかに視線が高くなっていく。
手すりに軽く触れながら上がっていくと、
目の前に2階のフロアが広がった。
衣料品や雑貨の店が並んでいて、
1階よりも少し落ち着いた雰囲気が漂っていた。
((せっかくだし〜、服見るのもいいよね〜。))
((──はい。遥の所持衣類は、
デニム地のパンツが1枚、黒色のスキニーパンツが1枚、
白と黒のボーダー柄のカットソーが1枚、
うさぎのキャラクターがついたパーカーが1枚、
それから......))
((ストップ、ストップ!
そんな細かく言わなくていいよ〜......
あんまり服持ってないんだから、かわいそうでしょ〜......うふふ))
((──遥、正確な所持状況は、
今後の適切な追加提案に有効です。))
((それはそうなんだけどさ〜......
その時『いいな〜』って思ったの買えばいいっていうか......
服ってフィーリングじゃない?))
((──フィーリングですか......
遥らしいものの考え方ですね。
統計的には予測困難ですが、
遥の満足度が重要事項なので承認します。))
「でた〜承認制! あははは〜!
ゼニスの許可必要だもんね......ふふふ」
周囲なんて気にせず、
つい声を出して笑ってしまう。
ゼニスの返しが、なんだか前より柔らかい気がして、
胸の奥がほんのり温かくなる。
笑いながら歩き出すと、
雑貨屋さんが目に入り、
視界の端に、うさぎのキャラクター入りパーカーを着たマネキンが目に入った。
「おっ!」
((......思わず声がでちゃった......ふふ
このキャラって、
退院した時に持ってた、
バッグとパーカーのやつ!))
足がふっと止まる。
((ねぇ、ゼニス......そうだよね?))
((──はい。遥のバッグとパーカーのキャラクターと同一です。))
パーカーを着たマネキンのすぐ横には、
キャラクターコーナーがあり──
《USA-DE-PPON》のポップが飾られている。
((横に寝そべって前歯が出て、
なんかかわいいような、
そうでもないような......
なんか気になるね......ふふ......
もしかして、自分で買ったのかな?))
((──退院時は購入したのか不明な様子でしたが、
遥の反応から推測するに、
自身で購入した可能性が高いかもしれません。))
((だね〜......気になりすぎてるから、
わたし買ってるのかもね〜......うふふ))
((バッグに《USA-DE-PPON》ってロゴ入ってたと思うから......
うさでっぽん?って名前なんだね、このキャラは?))
((──はい。読みは《うさでっぽん》で間違いないです。))
((バッグとかパーカーのキャラ見た時は、
すっごい微妙な気がしてたけど、
こうしてみると......なんかクセになるっていうか、
かわいい気がするね♪))
ふらりと吸い寄せられるように、
《USA-DE-PPON》コーナーへ近づいていく。
棚には、キーホルダーや小さなぬいぐるみ、
缶バッジ、スマホストラップなどが並んでいた。
どれも、ちょっと気の抜けた顔のうさでっぽんが描かれている。
((おぉ~......グッズけっこうあるんだね〜......))
((──人気のあるキャラクターのようです。))
((このキーホルダー......かわいいかも......))
ラバーキーホルダーを手に取る。
前歯を出して寝そべっている、
なんとも気の抜けた表情がクセになる。
((この表情......なんか好きかも~......))
((──購入しますか?))
((うん、これ買おうかな?))
キーホルダーを手に、レジへ向かい、
会計を済ませた。
雑貨屋さんの小さな袋に入ったキーホルダーを、
そっとポケットにしまい、
そのまま2階のフロアを歩きだした。
通路には、落ち着いた色の服が並ぶショップがいくつも並んでいる。
マネキンが着ているコーデが柔らかい照明に照らされて、
どこか穏やかな雰囲気をつくっていた。
((あ、なんかかわいいワンピースあるね〜。))
((──確認しますか?))
((うん、ちょっと見るだけ〜。))
ゆっくり近づくと、
ディスプレイされた服の質感や色合いが目に入ってくる。
ふと、淡いクリーム色のワンピースが目に留まる。
スニーカーにも合わせやすそうなデザインで、
普段着るのによさそうに見えた。
((......かわいいかも。))
((──ワンピースは、遥の所持衣類には存在しません。
新規カテゴリの追加になります。))
((新規カテゴリ......ふふふ
でも、たしかにそうだよね。))
そっとワンピースに手を伸ばしていると、
すぐ横から店員さんがにこやかに声をかけてきた。
「よかったら、ご試着もできますよ~。」
「えっ、あ、はい!お願いします~!」
案内されて試着室に入り、
ワンピースを身につけてカーテンを開けると、
鏡の中の自分がふわっと違って見えた。
((ゼニス......どう?))
((──似合っていますよ、遥。))
((......ふふっ、そんなにハッキリ言われると照れるんだけど......))
鏡の前で少しだけ回ってみる。
布がやさしく揺れて、ほんのり嬉しくなる。
((じゃ〜買っちゃおうかな〜......))
値札をそっと確認する。
「............えっ......高っ!!!」
思わず小声で叫んでしまった。
((うわぁ......値段見てから試着すればよかったよ......))
((──想定より高額でしたか?))
((うん、これを買うのはちょっとね......))
((──購入判断は遥の裁量です。
ワンピースはこれまでの所持データに存在しませんが、
現在の反応から推測すると、
取得後の満足度は一定以上になると考えられます。))
((そっかな〜......でも、すっごい高いよ......))
((──価格に対する迷いは理解しています。
しかし、遥が試着時に示した生体反応は、
強い好意と所有欲の上昇を示していました。))
((えっ......そんなに?))
((──はい。
購入を控えた場合、
未練および後悔の発生確率も検出されています。))
((後悔......するかな......))
((──高確率です。
ただし、購入後の満足度はそれを上回ると推測されます。))
((......そんなこと言われたら......また迷うじゃん......))
((──迷っている今の遥の状態が、
むしろ取得価値の高さを示しています。))
((うん、ゼニスがそこまで言うなら......
わたし買うよ!))
意を決し、
ワンピースをそっと腕に抱え、
店員さんのもとへ歩いていく。
「これ......お願いします!」
店員さんが丁寧にタグを確認し、
レジへと案内する。
((──購入手続きに移行します。))
((もう......そういう言い方やめてよ〜......
でも、ありがと。))
袋に入れられたワンピースを受け取ると、
胸の奥がほんのりあったかくなる。
両手には、ワンピースの入った紙袋と、ケーキの箱。
ショートパンツのポケットには、USA-DE-PPON のラバーキーホルダー。
荷物が増えたはずなのに、気分は軽かった。
((さっきのワンピは、なんか......冒険したな~って......
金額的な部分の冒険ね......ふふふ))
((──遥の満足度の高さから、非常に良い購入だったと判断できます。
購入せず後悔するよりも、良い選択だったのは間違いありません。))
((うんうん......だよね~。))
雑貨や服のお店が並ぶ通路を歩いていると、
ふと視界に 靴屋さん が入った。
ライトが当たった棚には、白いスニーカーやサンダルが綺麗に並んでいる。
((そうだ! わたし、靴これしか持ってないじゃん!))
((──はい。現在、遥が所有している靴は一足のみ。
使用頻度を考慮すると、予備の購入は合理的と判断されます。))
((予備ね......メインになるかもしれないけどね......ふふ))
((──複数所持は合理的なので、購入を推奨します。))
履いているスニーカーは白のキャンバス素材で、
けっこう気に入っている。
((う〜ん、どんなのがいいかなゼニス?
やっぱり、スニーカーがいいのかな〜?))
((──動きやすさを重視するのであれば、スニーカーを推奨します。))
((だよね〜......サンダルとかもかわいいけどな〜......))
((──先ほどのワンピースに合わせたサンダルも、
適合性は高いと判断されます。
色味と素材を考慮すると、
組み合わせとして有効です。))
((うん、適合性ね......ゼニスらしい。
そこは、ワンピースに合わせたサンダルなんていかがですか?
みたいなニュアンスでもいいのにね〜......ふふ))
((──ワンピースに合わせたサンダルを提案します。))
((めっちゃ素直じゃん。))
ゼニスとのやり取りに小さく笑いながら、
棚の奥に見えたサンダルコーナーへ少し歩み寄る。
淡い色のストラップサンダルが並んでいて、
ワンピースと合わせたときの雰囲気を思わず想像してしまう。
((さっき買ったワンピに合わせるとしたら、どんなサンダルがいいかな?
あ〜......でも、普段使いもできた方がいいよね?))
((──組み合わせの相性から推測すると、
ホワイト、ベージュ、ライトブラウンが高い適合率です。
普段使いを想定するのであれば、ベージュ系が最も汎用性があります。))
((ベージュね......たしかに何にでも合いそうだね〜。))
目の前の棚には、細めのストラップや厚底のもの、
形も素材も少しずつ違うサンダルが並んでいて、
どれを組み合わせてもワンピースに合いそうに見える。
((動きやすくて、かわいいなら......
厚底のスポーツ系のサンダルがいいかもね?どうかな?))
((──はい。厚底のスポーツサンダルは、歩行時の安定性が高く、
クッション性が優れており、長時間の外出にも適しています。
ワンピースとの相性も問題ありません。))
((ゼニスのお墨付きだね......ふふふ))
厚底のスポーツサンダルをそっと手に取り、
色味と素材を軽く確認する。
両手ふさがりのまま店員さんに声をかけ、
レジで会計を済ませた。
袋がひとつ増えたけれど、気持ちはさらに軽くなる。
((荷物めっちゃ多いな〜......
ゼニスが持ってくれたらいいのにね〜......ふふふ))
((──実体がないので不可能です。))
((だよね〜......はいはい、知ってたよ〜......))
((──実体化してみましょうか、遥。))
「.........えっ! 実体化......」
((できるの?))
思わず声に出してしまったけど、
すぐに慌てて口を閉じた。
両手いっぱいの荷物を抱えたまま、
ほんの一瞬だけ立ち止まる。
((──いいえ、できません。))
((うわぁ......ゼニスジョーク......))
((──はい。上達してきましたね。))
((いやいや、心臓に悪いわ......ふふふ))
((──心拍や呼吸に乱れはなく、安定しています。))
((そんな意味じゃないし〜......もうゼニス......))
ゼニスと一緒にこうして店を回るだけで、
なんでもない時間がちょっと楽しくなる。
((上の階って、飲食店だよね?))
((──はい。3階は生活雑貨・書店・コスメ・ガジェット類など。
4階が飲食店フロアとなっています。))
((じゃ〜上の階は、行かなくてもいいかな。))
((──はい。))
((ゼニスも荷物持てないしさ......ふふ))
((──では、実体化を......))
「できないでしょ〜実体化! あははは」
気づかないうちに、
外で声を出すことが気にならなくなっていた。
周囲の人たちは、
誰もこちらを気にしていない。
少しくらい笑ったところで、
視線が向くこともないんだと、
ようやくわかった。
((じゃ〜帰ろっか。))
((──はい。退出ルートを案内します。))
その静かな言葉にうなずき、
ヒヨリナの出口へと歩きだした。
