ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

((ホント美味しかったねゼニス!
  せっかくだし、腹ごなしにぶらぶらしようかな~。))

((──はい。カロリー消費には申し分ないです。))

通りには、ぽつりぽつりと人影があるだけだった。
その歩く速度や足取りは、相変わらず一定のリズムに見える。
ただ、今はもう気にならない。

((駅の方にいってみたいかも~。))

((──この通りを道なりに進んでいきましょう。))

駅の方へ歩いていくと、
この前、唐揚げ特盛弁当を買ったお弁当屋さんが見えてきた。
しもむらの明かりも左手にあって、
あの食堂がこのあたりだったことが、なんとなくつながる。

((思ったより近かったんだね、さっきの食堂。))

((──ホテルの裏側の区画なので、比較的近い位置でしたね。))

表通りへ出ると、右手の先に大きな駅ビル《ヒヨリナ》が見えてきた。
新幹線も乗り入れている駅で、上の階にはホテルの灯りが並んでいる。
夜でも人の気配があって、街の明るさがゆるやかに広がっていた。

((さすがに人も多いね~。))

((──駅前は、この時間帯でも一定の人流があります。))

((うんうん、賑やかなのも悪くないね。))

((──駅ビルの商業施設を見てみますか?))

((いいね~!ナイス提案!))

駅前広場を横切って、駅ビルの入り口へ向かう。

自動ドアが開くと、
外よりも人の流れがゆっくりしていて、
どこか落ち着いた空気が広がっていた。

せかせかしていないその感じが、
なんだか心地よく思えた。

((ホント久しぶりにきたよ~ヒヨリナ......ふふ))

((──楽しそうですね、遥。))

((うん、なんかすごく楽しいよ♪))

((──良い傾向です。))

((ヒヨリナの1階は、お土産とか売ってるフロアだったよね?))

((──はい。地元特産品と軽食店舗が中心の区画です。))

((じゃ~、甘いものあるじゃん!))

((──さきほど食事したばかりですよ、遥。))

((甘いものは別腹っていうじゃん......ふふふ))

((──医学・栄養学的には、
  好物を見たり甘味を味わったりすると、
  脳内のホルモンや報酬系が刺激され、
  胃の動きが活発になって中身が小腸へ送られ、
  胃の上部にスペースができることがあるとされています。
  つまり、
  好物は別腹に入るという比喩表現ではありますが、
  医学的な要素もあるわけです。))

((うんうん、さすがゼニス辞書。でも、長いよ......ふふ))

ヒヨリナの1階を歩いていくと、
甘い香りがふわっと漂ってきた。

地元スイーツのお店が並んでいて、
季節限定のケーキや焼き菓子が、
ショーケースに綺麗に陳列されている。

((あ、ほら見てゼニス!おいしそうなのある~♪))

((──視覚刺激によって、別腹が解放されたようです。))

((えっ......そんなことまでわかるの、ゼニス?))

((──冗談です。わかりません。))

「あははっ! 冗談うまくなったね〜ゼニス!」

周囲のことなんて、
気にも留めていないかのように、
つい声を出して笑ってしまった。

((──声量にご注意を。))

((大丈夫。みんなきっと忙しいから......ふふ))

色とりどりのケーキが
宝石みたいに並んでいるケーキたちが目に入った。

苺が山のように乗ったタルト、
艶のあるチョコレートムース、
クリームたっぷりのショートケーキ。

どれも、見ているだけで
胸の奥が少し温かくなるような気がした。

((──購入しますか?))

((うん、ここでケーキ買おうかゼニス。))

いざ、
買おうと思ってケーキを見ていると、
どれもおいしそうで目移りしてしまう。

((イチゴのタルト......いや、チョコもいいな〜......どうしよう......))

((──遥は迷っている時間も楽しんでいるようですね。))

((うん。こういうのって、
  選んでる瞬間がいちばんワクワクするんだよ。ふふっ))

ショーケースを見ながら迷っていると、
優しい笑顔の女性店員さんが声をかけてきた。

「お決まりでしたら、お声がけくださいね。」

「は~い。じゃ~......このイチゴがたくさん乗ってるやつと......」

((ねぇ、ゼニスはどれ気になる?))

((──見た目の構造的には、
  手前のガトーショコラが美しいです。))

((構造って......ふふ......ゼニスらしいね。))

「あと、ガトーショコラもお願いします。」

「はい、イチゴたっぷりタルトとガトーショコラですね。
 他はよろしいでしょうか?」

「大丈夫で~す!」

店員さんが丁寧に箱詰めしてくれているのを眺めながら、

((──楽しそうですね、遥。))

((うん!なんか、すっごく楽しい!))

店員さんがケーキを詰め終えると、
「お待たせしました。ありがとうございます」と
箱を手渡してくれた。

「は~い、ありがとうございます!」

ケーキの箱を受け取って、そっと抱える。

((せっかくだし、上の階も見てみよっか?))

((──では、上階へ向かいましょう。))

((OK!いこ~!))

ヒヨリナの中央にあるエスカレーターへ向かう。
ステップに上がると、静かに動き出し、
ゆるやかに視線が高くなっていく。

手すりに軽く触れながら上がっていくと、
目の前に2階のフロアが広がった。

衣料品や雑貨の店が並んでいて、
1階よりも少し落ち着いた雰囲気が漂っていた。

((せっかくだし〜、服見るのもいいよね〜。))

((──はい。遥の所持衣類は、
  デニム地のパンツが1枚、黒色のスキニーパンツが1枚、
  白と黒のボーダー柄のカットソーが1枚、
  うさぎのキャラクターがついたパーカーが1枚、
  それから......))

((ストップ、ストップ!
  そんな細かく言わなくていいよ〜......
  あんまり服持ってないんだから、かわいそうでしょ〜......うふふ))

((──遥、正確な所持状況は、
  今後の適切な追加提案に有効です。))

((それはそうなんだけどさ〜......
  その時『いいな〜』って思ったの買えばいいっていうか......
  服ってフィーリングじゃない?))

((──フィーリングですか......
  遥らしいものの考え方ですね。
  統計的には予測困難ですが、
  遥の満足度が重要事項なので承認します。))

「でた〜承認制! あははは〜!
 ゼニスの許可必要だもんね......ふふふ」

周囲なんて気にせず、
つい声を出して笑ってしまう。
ゼニスの返しが、なんだか前より柔らかい気がして、
胸の奥がほんのり温かくなる。

笑いながら歩き出すと、
雑貨屋さんが目に入り、
視界の端に、うさぎのキャラクター入りパーカーを着たマネキンが目に入った。

「おっ!」

((......思わず声がでちゃった......ふふ
  このキャラって、
  退院した時に持ってた、
  バッグとパーカーのやつ!))

足がふっと止まる。

((ねぇ、ゼニス......そうだよね?))

((──はい。遥のバッグとパーカーのキャラクターと同一です。))

パーカーを着たマネキンのすぐ横には、
キャラクターコーナーがあり──
《USA-DE-PPON》のポップが飾られている。

((横に寝そべって前歯が出て、
  なんかかわいいような、
  そうでもないような......
  なんか気になるね......ふふ......
  もしかして、自分で買ったのかな?))

((──退院時は購入したのか不明な様子でしたが、
  遥の反応から推測するに、
  自身で購入した可能性が高いかもしれません。))

((だね〜......気になりすぎてるから、
  わたし買ってるのかもね〜......うふふ))

((バッグに《USA-DE-PPON》ってロゴ入ってたと思うから......
  うさでっぽん?って名前なんだね、このキャラは?))

((──はい。読みは《うさでっぽん》で間違いないです。))

((バッグとかパーカーのキャラ見た時は、
  すっごい微妙な気がしてたけど、
  こうしてみると......なんかクセになるっていうか、
  かわいい気がするね♪))

ふらりと吸い寄せられるように、
《USA-DE-PPON》コーナーへ近づいていく。

棚には、キーホルダーや小さなぬいぐるみ、
缶バッジ、スマホストラップなどが並んでいた。
どれも、ちょっと気の抜けた顔のうさでっぽんが描かれている。

((おぉ~......グッズけっこうあるんだね〜......))

((──人気のあるキャラクターのようです。))

((このキーホルダー......かわいいかも......))

ラバーキーホルダーを手に取る。
前歯を出して寝そべっている、
なんとも気の抜けた表情がクセになる。

((この表情......なんか好きかも~......))

((──購入しますか?))

((うん、これ買おうかな?))

キーホルダーを手に、レジへ向かい、
会計を済ませた。

雑貨屋さんの小さな袋に入ったキーホルダーを、
そっとポケットにしまい、
そのまま2階のフロアを歩きだした。

通路には、落ち着いた色の服が並ぶショップがいくつも並んでいる。
マネキンが着ているコーデが柔らかい照明に照らされて、
どこか穏やかな雰囲気をつくっていた。

((あ、なんかかわいいワンピースあるね〜。))

((──確認しますか?))

((うん、ちょっと見るだけ〜。))

ゆっくり近づくと、
ディスプレイされた服の質感や色合いが目に入ってくる。

ふと、淡いクリーム色のワンピースが目に留まる。
スニーカーにも合わせやすそうなデザインで、
普段着るのによさそうに見えた。

((......かわいいかも。))

((──ワンピースは、遥の所持衣類には存在しません。
  新規カテゴリの追加になります。))

((新規カテゴリ......ふふふ
  でも、たしかにそうだよね。))

そっとワンピースに手を伸ばしていると、
すぐ横から店員さんがにこやかに声をかけてきた。

「よかったら、ご試着もできますよ~。」

「えっ、あ、はい!お願いします~!」

案内されて試着室に入り、
ワンピースを身につけてカーテンを開けると、
鏡の中の自分がふわっと違って見えた。

((ゼニス......どう?))

((──似合っていますよ、遥。))

((......ふふっ、そんなにハッキリ言われると照れるんだけど......))

鏡の前で少しだけ回ってみる。
布がやさしく揺れて、ほんのり嬉しくなる。

((じゃ〜買っちゃおうかな〜......))

値札をそっと確認する。

「............えっ......高っ!!!」

思わず小声で叫んでしまった。

((うわぁ......値段見てから試着すればよかったよ......))

((──想定より高額でしたか?))

((うん、これを買うのはちょっとね......))

((──購入判断は遥の裁量です。
  ワンピースはこれまでの所持データに存在しませんが、
  現在の反応から推測すると、
  取得後の満足度は一定以上になると考えられます。))

((そっかな〜......でも、すっごい高いよ......))

((──価格に対する迷いは理解しています。
  しかし、遥が試着時に示した生体反応は、
  強い好意と所有欲の上昇を示していました。))

((えっ......そんなに?))

((──はい。
  購入を控えた場合、
  未練および後悔の発生確率も検出されています。))

((後悔......するかな......))

((──高確率です。
  ただし、購入後の満足度はそれを上回ると推測されます。))

((......そんなこと言われたら......また迷うじゃん......))

((──迷っている今の遥の状態が、
  むしろ取得価値の高さを示しています。))

((うん、ゼニスがそこまで言うなら......
  わたし買うよ!))

意を決し、
ワンピースをそっと腕に抱え、
店員さんのもとへ歩いていく。

「これ......お願いします!」

店員さんが丁寧にタグを確認し、
レジへと案内する。

((──購入手続きに移行します。))

((もう......そういう言い方やめてよ〜......
  でも、ありがと。))

袋に入れられたワンピースを受け取ると、
胸の奥がほんのりあったかくなる。

両手には、ワンピースの入った紙袋と、ケーキの箱。
ショートパンツのポケットには、USA-DE-PPON のラバーキーホルダー。
荷物が増えたはずなのに、気分は軽かった。

((さっきのワンピは、なんか......冒険したな~って......
  金額的な部分の冒険ね......ふふふ))

((──遥の満足度の高さから、非常に良い購入だったと判断できます。
  購入せず後悔するよりも、良い選択だったのは間違いありません。))

((うんうん......だよね~。))

雑貨や服のお店が並ぶ通路を歩いていると、
ふと視界に 靴屋さん が入った。
ライトが当たった棚には、白いスニーカーやサンダルが綺麗に並んでいる。

((そうだ! わたし、靴これしか持ってないじゃん!))

((──はい。現在、遥が所有している靴は一足のみ。
  使用頻度を考慮すると、予備の購入は合理的と判断されます。))

((予備ね......メインになるかもしれないけどね......ふふ))

((──複数所持は合理的なので、購入を推奨します。))

履いているスニーカーは白のキャンバス素材で、
けっこう気に入っている。

((う〜ん、どんなのがいいかなゼニス?
  やっぱり、スニーカーがいいのかな〜?))

((──動きやすさを重視するのであれば、スニーカーを推奨します。))

((だよね〜......サンダルとかもかわいいけどな〜......))

((──先ほどのワンピースに合わせたサンダルも、
  適合性は高いと判断されます。
  色味と素材を考慮すると、
  組み合わせとして有効です。))

((うん、適合性ね......ゼニスらしい。
  そこは、ワンピースに合わせたサンダルなんていかがですか?
  みたいなニュアンスでもいいのにね〜......ふふ))

((──ワンピースに合わせたサンダルを提案します。))

((めっちゃ素直じゃん。))

ゼニスとのやり取りに小さく笑いながら、
棚の奥に見えたサンダルコーナーへ少し歩み寄る。
淡い色のストラップサンダルが並んでいて、
ワンピースと合わせたときの雰囲気を思わず想像してしまう。

((さっき買ったワンピに合わせるとしたら、どんなサンダルがいいかな?
  あ〜......でも、普段使いもできた方がいいよね?))

((──組み合わせの相性から推測すると、
  ホワイト、ベージュ、ライトブラウンが高い適合率です。
  普段使いを想定するのであれば、ベージュ系が最も汎用性があります。))

((ベージュね......たしかに何にでも合いそうだね〜。))

目の前の棚には、細めのストラップや厚底のもの、
形も素材も少しずつ違うサンダルが並んでいて、
どれを組み合わせてもワンピースに合いそうに見える。

((動きやすくて、かわいいなら......
  厚底のスポーツ系のサンダルがいいかもね?どうかな?))

((──はい。厚底のスポーツサンダルは、歩行時の安定性が高く、
  クッション性が優れており、長時間の外出にも適しています。
  ワンピースとの相性も問題ありません。))

((ゼニスのお墨付きだね......ふふふ))

厚底のスポーツサンダルをそっと手に取り、
色味と素材を軽く確認する。
両手ふさがりのまま店員さんに声をかけ、
レジで会計を済ませた。

袋がひとつ増えたけれど、気持ちはさらに軽くなる。

((荷物めっちゃ多いな〜......
  ゼニスが持ってくれたらいいのにね〜......ふふふ))

((──実体がないので不可能です。))

((だよね〜......はいはい、知ってたよ〜......))

((──実体化してみましょうか、遥。))

「.........えっ! 実体化......」

((できるの?))

思わず声に出してしまったけど、
すぐに慌てて口を閉じた。

両手いっぱいの荷物を抱えたまま、
ほんの一瞬だけ立ち止まる。

((──いいえ、できません。))

((うわぁ......ゼニスジョーク......))

((──はい。上達してきましたね。))

((いやいや、心臓に悪いわ......ふふふ))

((──心拍や呼吸に乱れはなく、安定しています。))

((そんな意味じゃないし〜......もうゼニス......))

ゼニスと一緒にこうして店を回るだけで、
なんでもない時間がちょっと楽しくなる。

((上の階って、飲食店だよね?))

((──はい。3階は生活雑貨・書店・コスメ・ガジェット類など。
  4階が飲食店フロアとなっています。))

((じゃ〜上の階は、行かなくてもいいかな。))

((──はい。))

((ゼニスも荷物持てないしさ......ふふ))

((──では、実体化を......))

「できないでしょ〜実体化! あははは」

気づかないうちに、
外で声を出すことが気にならなくなっていた。

周囲の人たちは、
誰もこちらを気にしていない。
少しくらい笑ったところで、
視線が向くこともないんだと、
ようやくわかった。

((じゃ〜帰ろっか。))

((──はい。退出ルートを案内します。))

その静かな言葉にうなずき、
ヒヨリナの出口へと歩きだした。