終電みたいな恋だった

彼が結婚したと知ったとき、「おめでとう」と思った。
嘘じゃない。心からそう思えた。

――それなのに。

心にずっと触れないようにしていた場所があって、そこに細い棘を押し込まれたみたいに、かすかな痛みが走った。

***

彼は、同じ営業部の同期だった。

鳴海翔真、24歳。それは私の中での「チャラ男」の代名詞だった。

「ねえ、鳴海どこ行った?」

午後3時。西日が差し込むオフィスで、私は山のような資料を抱え、周囲に聞いて回る。

「たぶん喫煙所ですよー」

「……また!?」

非常階段そばの喫煙スペース。

扉を開けると、白く濁った煙の向こうに彼がいた。

壁にもたれて、女と電話をしながらタバコを吸う。

整いすぎた顔立ちのせいか、こういう不真面目な姿さえ悔しいくらいに絵になった。

そんな彼をオフィスへ連れ戻しに行くのは、同期である私の、不本意極まりない日課だった。

「もうすぐ会議始まるんだけど」

「うわ、出た。風紀委員」

「出た、じゃないでしょ」

「まだ5分あるし」

「その5分で席に着いて、資料に目を通すのが社会人ってもんなのよ!」

「紗瑛は厳しいよな~」

鳴海は目を細めヘラヘラと笑う。

「……あと会社で『紗瑛』って呼ぶのやめて。周りに変な勘違いされるから」

私が大きなため息をつくと、彼は煙を細く吐き出し、意地悪く口角を上げた。

「いいじゃん、勘違いさせとけば。……俺と紗瑛の仲だし?」

「はあ? ふざけないでよ! あんたなんかと、何もないわ!」

私が資料の束で軽く小突くと、彼は「ははは!」と声を立てて笑った。

周りからはよく茶化された。

「付き合ってるの?」

「またケンカ? 仲良すぎでしょ」

そのたび、私は一秒の迷いもなく即答した。

「あいつだけは、絶対にないです!」

――本当に、そういう関係のはずだったのに。