「じゃあ、今回は正直に認めてくれたし志田に悪いような措置は取らないよ。けどまあ、反省文かな。ほいまた明日」
放課後の職員室で担任から作文用紙を受け取り、軽く頭を下げてその場をあとにする。
竹中にバイト先の制服をうっかり見られた数週間後、俺が校則を破って働いていることは流れるように学校に知られ、このように呼び出しを食らう羽目になった。内申点には響かないらしいが、もちろん辞めるのが前提だ。
竹中がバラしたのかどうかはこの際どっちでもいい。俺は自業自得で稼ぐ場所を失った。二度目はさすがに許されないだろうし、もうすっぱり諦めるしかないんだけど、
──かなり厳しくなるなぁ……。
反省文はいいとして、現実的な金銭面の問題がある。下宿までの帰り道、俺はこの先のやりくりを想像してうなだれながら歩いた。
「あぁ志田くん、お疲れさま。そんなに下を見てると転んでしまうよ」
下宿に帰ってきた俺を、そんな風に出迎えてくれたのは管理人の照夫さん。下の名前で認識しているのは、皆がそう呼んでいるから他を知らないだけだ。面倒見のいい人だけど、もれなく俺はちゃんと会話したことがない。
「……どうも」
「聞いたよ。学校さんから電話がきて、バイトのこと」
「あぁ、はい……すみません」
「お茶淹れるからちょっとだけ話さないかい」
どうやら俺を叱る気はないようだ。
いつもの目尻に皺を寄せた柔和な笑顔で言われ、俺はおずおず頷いた。
「ええ、そうか。週にどのくらい?」
「週3でした。行けるときはもう少し……」
基本生徒が立ち入ることのないキッチンにイスを運び込み、俺は照夫さんに質問されたことをぽつりぽつりと答えていた。
今までもこうして、たくさんの相談や世間話に耳を傾けてきたんだろう。常に人から遠ざかってばかりいるこの俺でも、少しだけ本音を口にしやすいような安心感がある。
「でも……どうして稼ぎたかったんだ? 何か困っていたんじゃないのかい?」
そう問われ、俺はどう言おうか迷って手元の湯呑みに目線を落とした。だって、細かい理由は担任にさえ聞かれていない。
けれど「志田くんは遊びのためにお金を欲しがるような子じゃないだろう。これでも皆のこと見てるんだ」という照夫さんの言葉が降ってきて、
「……母子家庭で、母さんのパートだけじゃ余裕がないので」
と、俺は気付けば本当のことを打ち明けていた。
それからも、家賃は母さんにも援助してもらっているけど昼食代やテキスト代などにあてるお小遣いは貰えず自分で賄ってきたこと、弟もいるから余った分のバイト代は実家に送っていたことなど、色々話すうちに照夫さんは「大変だったね」「頑張ったね」とこんな俺を労ってくれた。
「僕だけじゃあんまり力になれないかもしれないけど……そうだ、ときどきでいいから、ここのお手伝いをしてくれないかい」
加えて、そんな提案もしてくれた。
お手伝いというのは、いつも照夫さんが一人でやっている下宿全体の掃除や皿洗いだ。ときには買い出し係、夕飯の下ごしらえとして大根を切ったりも。どれも簡単な作業なのでそれでお金を頂いてしまうのはどうかと思ったが、
「ただのお駄賃だと思って」
と、勧められるままに俺はありがたく受け取るようになった。実際、バイトができないとなると下宿で出る朝晩以外の食費問題は深刻だったので、厚意に甘える他なかったともいえる。
「いやあ、それにしても志田くんは何を頼んでも丁寧にやってくれるよね」
「……そう、ですか? 普通にやってるだけなんですけど……」
「そんなことないよ。細かいところの埃を見つける、お皿を大切に扱う、どれも繊細な感覚を持ってないと自然にできないことだ。きっと部屋も一番綺麗に使ってくれてるんじゃないかな」
そんな“お手伝い”を繰り返す中で、照夫さんは俺の生活ぶりについてもよく褒めた。
「志田くんみたいな子は珍しいけど、僕は気に入ってるんだよ。ほら、他の子たちはちょっと元気すぎるというか……ドタバタしていることも多いだろう」
苦笑いする照夫さんに、俺も合わせて微笑んだ。
ずっと息を潜めるように過ごしてきた下宿で、俺はやっと少しだけ肩の力を抜ける場所を見つけた──はずだった。
放課後の職員室で担任から作文用紙を受け取り、軽く頭を下げてその場をあとにする。
竹中にバイト先の制服をうっかり見られた数週間後、俺が校則を破って働いていることは流れるように学校に知られ、このように呼び出しを食らう羽目になった。内申点には響かないらしいが、もちろん辞めるのが前提だ。
竹中がバラしたのかどうかはこの際どっちでもいい。俺は自業自得で稼ぐ場所を失った。二度目はさすがに許されないだろうし、もうすっぱり諦めるしかないんだけど、
──かなり厳しくなるなぁ……。
反省文はいいとして、現実的な金銭面の問題がある。下宿までの帰り道、俺はこの先のやりくりを想像してうなだれながら歩いた。
「あぁ志田くん、お疲れさま。そんなに下を見てると転んでしまうよ」
下宿に帰ってきた俺を、そんな風に出迎えてくれたのは管理人の照夫さん。下の名前で認識しているのは、皆がそう呼んでいるから他を知らないだけだ。面倒見のいい人だけど、もれなく俺はちゃんと会話したことがない。
「……どうも」
「聞いたよ。学校さんから電話がきて、バイトのこと」
「あぁ、はい……すみません」
「お茶淹れるからちょっとだけ話さないかい」
どうやら俺を叱る気はないようだ。
いつもの目尻に皺を寄せた柔和な笑顔で言われ、俺はおずおず頷いた。
「ええ、そうか。週にどのくらい?」
「週3でした。行けるときはもう少し……」
基本生徒が立ち入ることのないキッチンにイスを運び込み、俺は照夫さんに質問されたことをぽつりぽつりと答えていた。
今までもこうして、たくさんの相談や世間話に耳を傾けてきたんだろう。常に人から遠ざかってばかりいるこの俺でも、少しだけ本音を口にしやすいような安心感がある。
「でも……どうして稼ぎたかったんだ? 何か困っていたんじゃないのかい?」
そう問われ、俺はどう言おうか迷って手元の湯呑みに目線を落とした。だって、細かい理由は担任にさえ聞かれていない。
けれど「志田くんは遊びのためにお金を欲しがるような子じゃないだろう。これでも皆のこと見てるんだ」という照夫さんの言葉が降ってきて、
「……母子家庭で、母さんのパートだけじゃ余裕がないので」
と、俺は気付けば本当のことを打ち明けていた。
それからも、家賃は母さんにも援助してもらっているけど昼食代やテキスト代などにあてるお小遣いは貰えず自分で賄ってきたこと、弟もいるから余った分のバイト代は実家に送っていたことなど、色々話すうちに照夫さんは「大変だったね」「頑張ったね」とこんな俺を労ってくれた。
「僕だけじゃあんまり力になれないかもしれないけど……そうだ、ときどきでいいから、ここのお手伝いをしてくれないかい」
加えて、そんな提案もしてくれた。
お手伝いというのは、いつも照夫さんが一人でやっている下宿全体の掃除や皿洗いだ。ときには買い出し係、夕飯の下ごしらえとして大根を切ったりも。どれも簡単な作業なのでそれでお金を頂いてしまうのはどうかと思ったが、
「ただのお駄賃だと思って」
と、勧められるままに俺はありがたく受け取るようになった。実際、バイトができないとなると下宿で出る朝晩以外の食費問題は深刻だったので、厚意に甘える他なかったともいえる。
「いやあ、それにしても志田くんは何を頼んでも丁寧にやってくれるよね」
「……そう、ですか? 普通にやってるだけなんですけど……」
「そんなことないよ。細かいところの埃を見つける、お皿を大切に扱う、どれも繊細な感覚を持ってないと自然にできないことだ。きっと部屋も一番綺麗に使ってくれてるんじゃないかな」
そんな“お手伝い”を繰り返す中で、照夫さんは俺の生活ぶりについてもよく褒めた。
「志田くんみたいな子は珍しいけど、僕は気に入ってるんだよ。ほら、他の子たちはちょっと元気すぎるというか……ドタバタしていることも多いだろう」
苦笑いする照夫さんに、俺も合わせて微笑んだ。
ずっと息を潜めるように過ごしてきた下宿で、俺はやっと少しだけ肩の力を抜ける場所を見つけた──はずだった。
