床に散らばっていく、トランプのカード。俺は寝そべりながらダイヤの5とハートの6の二枚を持って、「ヒット」と桧琉に向かって言った。
「はいどうぞ」
「桧琉は?」
「うーん、オレもヒット」
二人でやるブラックジャックなので、追加のカードを山から取るのはお互いの役目だ。俺は桧琉に引いてもらった数字を確認する。丁度スペードの10だ。そして「せーの」と同時に手札を見せ合った。
「えー、また文世の勝ち? しかもぴったり21だし」
「なんで桧琉はいつも超えるんだよ」
「勝負師だから?」
「……負けが多い方の勝負師か」
そんなくだらないことを言い合い、部屋に籠もってただのお泊まり会みたいに遊ぶ時間。俺たちは下宿に閉じ込められる前に起こった出来事について振り返った後、暗い空気のまま過ごすのがもったいないと、一度全てを忘れることにしたのだ。
大した内容でもないことで、二人揃って笑ったり意地を張ったり。どこにでもいる高校生として、自然体にいられるのは素直に楽しい。
「だって文世、ポーカーフェイスが上手いからずるいよ」
「あんまり関係ないと思うけど……けほっ」
でも、二人の間にある山がどんどん減っていって、ゲームの終わりが見えてきた頃、俺は少しだけ怠くなってくる。徐々に鮮明になる背中の痛みと、咳による呼吸の苦しさのせいだ。それに、なんだか身体も熱い。
「……文世、どした? ちょっと休もうか」
そういえば俺がこの床に寝そべっているのも、座る姿勢が辛いからだった。桧琉はすぐに体調の悪さを察して、自分のベッドから枕を取ってくる。そしてそれを俺の頭の下にすっと差し込んだ。
「どう? なんか掛けるものもいる?」
「いや、いい……なんか熱っぽいし……」
俺が答えると、「ほんとだ、あっつい」と額に手を当てて驚く桧琉。俺は心配させまいと、横になりながら「けど平気だよ。続きしよう」とトランプに手を伸ばした。
「いいんだよ、もう十分付き合ってもらった」
しかし伸ばした腕を優しく元の位置に戻され、そのまま指を絡められる。手を繋いでいるみたいになって、俺は途端に照れ臭くなった。
「背中も痛い?」
「まあ、痛い」
「しんどいよな」
「多分大丈夫だよ」
正直、身体は風邪をこじらせたとき以上にダメージを受けている気もしたけど、そばに桧琉がいるから不安はない。とあることを思いつき、俺は桧琉を見上げて口を開いた。
「でもさ、桧琉……。俺たちきっとまだ死んでないよ」
「どうして?」
「だって背中の火傷? も、死んでたらこんなに痛みを感じないだろ。だから下宿は死後の世界じゃなくて、あるか分かんないけど中間の世界だ」
「中間?」と、桧琉は俺の言葉に首を傾げた。俺は息を整えて、また喋る。
「生と死の、あいだ。魂みたいなものが彷徨ってる最中だけ、俺たちはここにいるんじゃないかって……」
もちろん確証なんてないけれど、なんとなく俺はそんな気がした。腹が減らないとか汗をかかないとかは明らかにいつもと違うが、背中のこれは生きているからこその現実的な痛みだ。けれど話しているうちに、唐突によくない可能性が見えてくる。
「──でも、ちょっと待って。そういや桧琉は、どこも痛いって言わないよな……」
考えてみればたった一つ、俺たちが閉じ込められている間に体感したことの中で、なぜか共通していなかった点だ。俺だけが異変を訴えて冷たいシャワーを浴びたりしたけど、桧琉だって多少は火傷を負ったはず。
それとも、桧琉も本当は痛いのに、俺の世話を優先して隠していただけか……?
「うん、確かにそうだね」
「え……」
「文世を怖がらせると思って言ってなかったんだけど、オレもお揃い。でも、痛みは感じない」
そう言って、桧琉は着ていたTシャツの裾をぺらりと捲ってみせた。突如露わになったのは、俺よりももっとずっと広い範囲で、桧琉の上半身に張り巡る赤黒い爛れ。俺は思わずヒュッと息を呑む。
これで「痛みを感じない」だなんて。どう考えても通常の人体ではあり得ないことだ。
「…………本当に……?」
「──文世が言う通りここが“中間の世界”だとしたら、オレは文世よりもほんの少し深く眠ってるのかもしれない」
聞かなきゃよかった、とすぐに思った。桧琉はどこか寂しそうに笑顔を作って、「まあ分からないけど」と明るく付け足す。それも余計嫌だった。俺は桧琉との違いになんて、目を向けるつもりはなかったのに。
「文世、そんな顔しなくていいから」
いつか終わりはくる。何事もそうだ。
そのことに気付くのは皮肉にも安心する人の手に包まれている瞬間だったりするから、心を許すということは常に切ない。
「はいどうぞ」
「桧琉は?」
「うーん、オレもヒット」
二人でやるブラックジャックなので、追加のカードを山から取るのはお互いの役目だ。俺は桧琉に引いてもらった数字を確認する。丁度スペードの10だ。そして「せーの」と同時に手札を見せ合った。
「えー、また文世の勝ち? しかもぴったり21だし」
「なんで桧琉はいつも超えるんだよ」
「勝負師だから?」
「……負けが多い方の勝負師か」
そんなくだらないことを言い合い、部屋に籠もってただのお泊まり会みたいに遊ぶ時間。俺たちは下宿に閉じ込められる前に起こった出来事について振り返った後、暗い空気のまま過ごすのがもったいないと、一度全てを忘れることにしたのだ。
大した内容でもないことで、二人揃って笑ったり意地を張ったり。どこにでもいる高校生として、自然体にいられるのは素直に楽しい。
「だって文世、ポーカーフェイスが上手いからずるいよ」
「あんまり関係ないと思うけど……けほっ」
でも、二人の間にある山がどんどん減っていって、ゲームの終わりが見えてきた頃、俺は少しだけ怠くなってくる。徐々に鮮明になる背中の痛みと、咳による呼吸の苦しさのせいだ。それに、なんだか身体も熱い。
「……文世、どした? ちょっと休もうか」
そういえば俺がこの床に寝そべっているのも、座る姿勢が辛いからだった。桧琉はすぐに体調の悪さを察して、自分のベッドから枕を取ってくる。そしてそれを俺の頭の下にすっと差し込んだ。
「どう? なんか掛けるものもいる?」
「いや、いい……なんか熱っぽいし……」
俺が答えると、「ほんとだ、あっつい」と額に手を当てて驚く桧琉。俺は心配させまいと、横になりながら「けど平気だよ。続きしよう」とトランプに手を伸ばした。
「いいんだよ、もう十分付き合ってもらった」
しかし伸ばした腕を優しく元の位置に戻され、そのまま指を絡められる。手を繋いでいるみたいになって、俺は途端に照れ臭くなった。
「背中も痛い?」
「まあ、痛い」
「しんどいよな」
「多分大丈夫だよ」
正直、身体は風邪をこじらせたとき以上にダメージを受けている気もしたけど、そばに桧琉がいるから不安はない。とあることを思いつき、俺は桧琉を見上げて口を開いた。
「でもさ、桧琉……。俺たちきっとまだ死んでないよ」
「どうして?」
「だって背中の火傷? も、死んでたらこんなに痛みを感じないだろ。だから下宿は死後の世界じゃなくて、あるか分かんないけど中間の世界だ」
「中間?」と、桧琉は俺の言葉に首を傾げた。俺は息を整えて、また喋る。
「生と死の、あいだ。魂みたいなものが彷徨ってる最中だけ、俺たちはここにいるんじゃないかって……」
もちろん確証なんてないけれど、なんとなく俺はそんな気がした。腹が減らないとか汗をかかないとかは明らかにいつもと違うが、背中のこれは生きているからこその現実的な痛みだ。けれど話しているうちに、唐突によくない可能性が見えてくる。
「──でも、ちょっと待って。そういや桧琉は、どこも痛いって言わないよな……」
考えてみればたった一つ、俺たちが閉じ込められている間に体感したことの中で、なぜか共通していなかった点だ。俺だけが異変を訴えて冷たいシャワーを浴びたりしたけど、桧琉だって多少は火傷を負ったはず。
それとも、桧琉も本当は痛いのに、俺の世話を優先して隠していただけか……?
「うん、確かにそうだね」
「え……」
「文世を怖がらせると思って言ってなかったんだけど、オレもお揃い。でも、痛みは感じない」
そう言って、桧琉は着ていたTシャツの裾をぺらりと捲ってみせた。突如露わになったのは、俺よりももっとずっと広い範囲で、桧琉の上半身に張り巡る赤黒い爛れ。俺は思わずヒュッと息を呑む。
これで「痛みを感じない」だなんて。どう考えても通常の人体ではあり得ないことだ。
「…………本当に……?」
「──文世が言う通りここが“中間の世界”だとしたら、オレは文世よりもほんの少し深く眠ってるのかもしれない」
聞かなきゃよかった、とすぐに思った。桧琉はどこか寂しそうに笑顔を作って、「まあ分からないけど」と明るく付け足す。それも余計嫌だった。俺は桧琉との違いになんて、目を向けるつもりはなかったのに。
「文世、そんな顔しなくていいから」
いつか終わりはくる。何事もそうだ。
そのことに気付くのは皮肉にも安心する人の手に包まれている瞬間だったりするから、心を許すということは常に切ない。
