ミッドウェー・バースデー

「あ……これ」

 B罫のノートを買い足しに立ち寄った文房具屋で、ふとあるものが目に留まった。
 箱に入った色とりどりのそれは、オイルパステル。外側のデザインを見る限り、美術の時間に文世が使っていたのと同じ商品だ。前に偶然見たスケッチブックの絵も、おそらくこれで描かれていたと思う。

 ──無駄遣いはするなって言われてるけど、でも……。

 オレはその箱を手に取って、興味本位に値段を確認してみる。あれ、思っていたより安い。自分に使いこなせるかどうかは分からないけど、これが文世のお気に入りなら、オレも一つ手元に欲しくなってきた。

「文世、オレも持ってるって知ったらびっくりするかな」

 一度欲しいと思ったものは手に入らないと気が済まない。悩むまでもなくレジに直行し、文世との“お揃い”を下宿に持ち帰った。
 特定の人を目で追って、少しでも近付こうと自分に重ねてしまう感覚。その相手の持ち物まで真似したくなるなんて、誕生日が一緒とか、部屋が隣だとか、それだけの関係では満ち足りなくなっている証拠だ。そうしてオレは恋心を自覚した。
 まず最初に心配したのは、相手が同性だということじゃない。感情に素直すぎる自分の性格だ。好きと気付いたのならその日のうちに好きと言いたい……オレはそういう人間だったけど、

「……文世? そんなとこでどうしたの」
 
 度重なる嫌がらせに少しずつ弱っていく文世の姿を見て、ブレーキをかけなければと危機感を覚えた。

 ──あいつらも、なんで下着なんか盗むかな。

 その日は、脱衣場の付近で竹中たちが「ノーパンの奴がいる」と騒いでいたのを耳にして、不穏な空気を感じた直後。階段を上がると部屋の前でうずくまっている文世を見かけて、大体の状況を理解した。しかも鍵までないと言う。オレはチームメイトの馬鹿さにうんざりしながら、そんな文世を自分の部屋へと招き入れた。
 そこで代わりの下着をオレが差し出すと、文世は「今すぐ消えたい」みたいな顔をした。渋々受け取ってくれたけど、それにはお礼が必要だと思っているらしい。せっかく安心させたかったのにオレの部屋でも萎縮し続ける文世を見て、どうにかリラックスさせる方法はないかと考える。

「じゃあ、そうだ。文世にオレの絵描いてほしい」

 思いついたのが、それだった。真似して買った16色入りのオイルパステルを見せると、少しだけ文世の顔色がよくなったように見える。オレは真剣に絵を描く姿を眺めながらも、一緒にいる時間を感じたくて話を振った。
 そのとき初めて、文世は母親のことを口に出した。母親のために自分は家を出たのだと。その悲しい笑顔に胸が締め付けられ、

「色々考えて一人でここまで来て、バイトとか勉強とか自分にできること精一杯やって。それなのに全部否定されるみたいに嫌な目に遭って。きっと悲しかったよね」

 気付けば文世を泣かせていた。
 びっくりしたけど、もっと泣いてほしいと思った。だけど同時に湧き上がってくる罪悪感。なぜなら文世を傷つけている奴らは、オレが常に行動を共にする部活仲間だからだ。一緒に辛いこと楽しいことを味わって築いてきた友情は確かにあって、すぐには嫌いになんてなれない。

「……手を差し伸べる側はいつも気楽だよ」
「え?」
「可哀想って感情に、責任は伴わないんだから」

 そんな取捨選択のできないオレを見透かしたように、文世は冷たく言い放った。でも、でも、文世のためならオレは変われる気がする。
 急に男から「好き」と言われて文世が追い詰められることのないよう、自重すること。全員の味方でいるのではなく、ときには誰か一人を特別にすること。

「……オレも皆と同じだと思うの?」

 まだ、子どもの頃からの考え方を急に変えていける自信はなかった。だから矛盾を生むこともある。
 想いを伝えないままキスをして、文世だけの味方になる覚悟が決まっていないのにそんな台詞を吐いて。オレはずるいし滅茶苦茶だ。
 こんなに調子が狂うのは、恋をするのが初めてだからだろうか。