ミッドウェー・バースデー

 竹中はそれからも、頻繫に俺を部屋に呼んだ。大抵は部活動を終えた後の夜で、バイトもない俺は逃げ場所がなく、一度捕まると確実に”掃除”の名のもと出向かなければならない。
 最初に俺を殴ったときは、何かに追い詰められたかのように余裕を失った様子の竹中だったが、繰り返すうちに俺の無抵抗さを学習して、完全なるストレス発散の道具として扱うようになった。
 進学校で3年を過ごすための親元から離れた集団生活。皆仲良くやっているようで、実は誰しもが孤独と息苦しさを抱えているのだ。

「女みたいに弱くて何されても騒がなくて、志田ってほんと都合いいよ」

 気が済むまで殴った後、そう言って竹中は俺を解放する。
 俺に直接暴力を振るってきたのは竹中だけだったけど、鬱憤を晴らすようなその時間は、全員が溜め込んできた負の感情を俺一人の身体で受け止めている気分になった。
 次第に、俺は寝付けない夜が増えた。じんじんと痛むあちこちの傷。明日になればまたあの恐怖を味わうという不安。それに、竹中と俺は同じクラスだから、先生の目がある学校では何もされないと分かっていても、日中も常に気を張り詰めている。

 ──もう下宿(ここ)から離れたい。いっそ学校も辞めてしまって実家に帰りたい……。

 そんな現実逃避をし始めると、勝手に眠気が覚めてしまうのだ。だからそういうとき俺は、決まってパステルで絵を描いた。深夜のベッドで一人、無心になってスケッチブックの1ページを完成させ、その疲労感を借りて寝落ちする。運が悪ければ夢の中でも竹中に殴られて、もしくは仲間たちに(はずかし)めを受けて、やっと長い長い一日の終わり。
 そして、朝がやってくる。

「おはよう、文世。まだ寝てる?」

 優しいノックと、隣人の声。ドアの奥に桧琉の気配を感じると、俺は考えるより先に口をゆすいでいて、次にその鍵を開けていた。

「んっ……」

 またキスされると分かっていながら。
 最初の朝はさすがに予想がつかなかった。ただ名前を呼ばれたから、用でもあるのかと思って入れただけ。でも二回目からの俺は多分、何が起きるか十分知っている。
 唇と唇が短く触れ合って、その一瞬に絶望の夜を越えたばかりの俺は救われて、けれどこれからまた始まる現実との差に深く絶望することを。

「じゃあ。嫌じゃなかったら明日も開けて」
「…………」

 殴られるのと一緒で抵抗できない。それはただ意思を表示することに疲れてしまったからなのか、それとも本当に「嫌じゃない」からか。
 竹中からの日常的な暴力が始まったのと同じころ、なぜか桧琉からは毎朝キスをされるようになっていた。