「お前さあ、昨日の夜一体どこに隠れてたわけ」
桧琉の部屋で一夜を明かして、次の日の朝。自室の鍵はなぜかドアに差しっぱなしの状態で返ってきたけど、決して何かが解決したわけではなかった。
学校に行く準備を済ませて、玄関で靴を履いていたときだ。機嫌の悪そうな竹中にそう声をかけられ、俺はビクっと静止する。
「誰かの部屋に入れてもらってたんじゃねえの? ……志田に対してそんな親切な奴がいるとは思えないけど」
「……」
「答えろよ、ん?」
わざわざ聞いてくるなんて、やっぱり鍵を盗んだのはこいつで間違いない。しかしここで桧琉の名前を出すわけにはいかず、俺は俯いて口を引き結んだ。すると竹中はチッと舌打ちして、
「──その、誰とも喋れないみたいな設定いい加減見飽きたわ。生意気だから罰ゲーム。お前今日の放課後おれの部屋掃除しに来い」
と、言い捨てて去っていった。
俺は学校にいる間色々考えて、結局竹中の部屋に行くことにした。もちろん気なんて乗らないけど、言う通りにしなかったら何が起こるか分からない。もしかしたら本当は俺が昨日桧琉の部屋に入れてもらっていたことを知っていて、命令に従わなければバラすつもりでいるとか、そういう可能性もゼロではないからだ。
また照夫さんのときみたいに、桧琉が俺のせいで悪く言われるようなことだけは避けなければならない。
授業が全て終わり下宿に戻ってきた放課後、俺はまるで操られているように、竹中の部屋のドアを二回ノックした。
「へぇ、意外と言われたことは守るんだ」
中から出てきた竹中は、満足そうに笑みを浮かべた。俺は今すぐこの場から立ち去りたい衝動に駆られるが、今更逃がれようとしてももう遅い。掃除くらいなんてことはないと、自分に言い聞かせて諦めをつける。
「突っ立ってないでさっさと入れよ」
「……はい」
「ああもう──まじで気持ち悪い」
ところが俺が大人しく部屋に上がった途端、竹中の様子は一変した。入れと言われたから入ったのに、まるで想定外のことが起きたみたいにうろうろと歩き回って落ち着かなくなる竹中。そして俺に背を向けたかと思えばいきなり振り返ってこちらを睨みつけたりして、いかにも挙動がおかしかった。
「竹中……?」
叶うなら掃除を一刻も早く終わらせて出て行きたいけど、まず指示がないと何をすべきか分からない。俺が恐る恐る呼びかけると、竹中は肩をピクっと反応させ、
「……お前のせいだ……」
と、震えるような声で呟いた。これは少しまずい。そう思ったときには既に視界を何かが横切っていて、直後、頭部へ鈍い衝撃を受けたと同時に俺は床に崩れ落ちた。
「っ……!」
その痛みに、思わず目を瞑る。人に殴られたことなんてなかったから、そうと理解するまでには時差があった。気付くと竹中は俺に馬乗りになっていて、手首を拘束されてしまいどうにも動くことができない。
「なんなんだよ。うぜぇんだよ。っとに、お前見てると調子狂う…………」
竹中は苦しそうに顔を歪め、そのまま二発目、三発目と俺を殴った。殴り続けた。
腹を中心に、太腿、腕。再び頭にも拳が振りかかり、俺は咄嗟に顔を背ける。キーンと強い耳鳴りがしてやっと、その拳がどこに当たったのかを知った。
「はぁー……どうせおれの部屋にも、掃除すれば金貰えると思って来たんだろ」
違う。そう言い返せるはずもなくて、俺はただされるがままの玩具になる。
自分より大きな体格で荒々しい呼吸をする男が真上にいると、次の衝撃を食らうことより抵抗することの方が怖い。「やめて」とか、「助けて」とか、そんな風に叫べたらいいんだろうけど、
──大きい声って、どうやって出すんだっけ……。
それすら思い出せない俺は、竹中の気が済むのを待つしかなかった。
桧琉の部屋で一夜を明かして、次の日の朝。自室の鍵はなぜかドアに差しっぱなしの状態で返ってきたけど、決して何かが解決したわけではなかった。
学校に行く準備を済ませて、玄関で靴を履いていたときだ。機嫌の悪そうな竹中にそう声をかけられ、俺はビクっと静止する。
「誰かの部屋に入れてもらってたんじゃねえの? ……志田に対してそんな親切な奴がいるとは思えないけど」
「……」
「答えろよ、ん?」
わざわざ聞いてくるなんて、やっぱり鍵を盗んだのはこいつで間違いない。しかしここで桧琉の名前を出すわけにはいかず、俺は俯いて口を引き結んだ。すると竹中はチッと舌打ちして、
「──その、誰とも喋れないみたいな設定いい加減見飽きたわ。生意気だから罰ゲーム。お前今日の放課後おれの部屋掃除しに来い」
と、言い捨てて去っていった。
俺は学校にいる間色々考えて、結局竹中の部屋に行くことにした。もちろん気なんて乗らないけど、言う通りにしなかったら何が起こるか分からない。もしかしたら本当は俺が昨日桧琉の部屋に入れてもらっていたことを知っていて、命令に従わなければバラすつもりでいるとか、そういう可能性もゼロではないからだ。
また照夫さんのときみたいに、桧琉が俺のせいで悪く言われるようなことだけは避けなければならない。
授業が全て終わり下宿に戻ってきた放課後、俺はまるで操られているように、竹中の部屋のドアを二回ノックした。
「へぇ、意外と言われたことは守るんだ」
中から出てきた竹中は、満足そうに笑みを浮かべた。俺は今すぐこの場から立ち去りたい衝動に駆られるが、今更逃がれようとしてももう遅い。掃除くらいなんてことはないと、自分に言い聞かせて諦めをつける。
「突っ立ってないでさっさと入れよ」
「……はい」
「ああもう──まじで気持ち悪い」
ところが俺が大人しく部屋に上がった途端、竹中の様子は一変した。入れと言われたから入ったのに、まるで想定外のことが起きたみたいにうろうろと歩き回って落ち着かなくなる竹中。そして俺に背を向けたかと思えばいきなり振り返ってこちらを睨みつけたりして、いかにも挙動がおかしかった。
「竹中……?」
叶うなら掃除を一刻も早く終わらせて出て行きたいけど、まず指示がないと何をすべきか分からない。俺が恐る恐る呼びかけると、竹中は肩をピクっと反応させ、
「……お前のせいだ……」
と、震えるような声で呟いた。これは少しまずい。そう思ったときには既に視界を何かが横切っていて、直後、頭部へ鈍い衝撃を受けたと同時に俺は床に崩れ落ちた。
「っ……!」
その痛みに、思わず目を瞑る。人に殴られたことなんてなかったから、そうと理解するまでには時差があった。気付くと竹中は俺に馬乗りになっていて、手首を拘束されてしまいどうにも動くことができない。
「なんなんだよ。うぜぇんだよ。っとに、お前見てると調子狂う…………」
竹中は苦しそうに顔を歪め、そのまま二発目、三発目と俺を殴った。殴り続けた。
腹を中心に、太腿、腕。再び頭にも拳が振りかかり、俺は咄嗟に顔を背ける。キーンと強い耳鳴りがしてやっと、その拳がどこに当たったのかを知った。
「はぁー……どうせおれの部屋にも、掃除すれば金貰えると思って来たんだろ」
違う。そう言い返せるはずもなくて、俺はただされるがままの玩具になる。
自分より大きな体格で荒々しい呼吸をする男が真上にいると、次の衝撃を食らうことより抵抗することの方が怖い。「やめて」とか、「助けて」とか、そんな風に叫べたらいいんだろうけど、
──大きい声って、どうやって出すんだっけ……。
それすら思い出せない俺は、竹中の気が済むのを待つしかなかった。
