どうしてサマーセールなんてものが存在するんだろう。
テレビCMで大々的に宣伝してるのを見ると殺意が湧くようになった。頼むから買うな。会社的には売れてほしいけど、程々でいい。
「午前はこれで全部?」
「はぁ……はい」
いつもより早く出勤したのに、いつもの倍注文数があった。配送会社のドライバーさんに引き渡し、タオルで汗を拭う。
新商品の充電スタンドを触ってる奈村さんの元へ戻り、パソコンのシフト表を開く。
「あの、他のひと達全然来ませんね。むしろ勤務時間減ってません?」
「夏休みだから」
「あ……お子さんがいるから、逆に来られないってことですか」
奈村さんは頷く。不思議だったけど、腑に落ちた。主婦のひと達は子どもが小さいひとばかりで、家にいないといけない。だから夏休みは俺と奈村さんの超地獄級シフトで回すことになる。
( 夏休みの方が余裕あると思ったのに )
ぬか喜びしてた自分を殴りたいけど、つまりまだしばらく奈村さんと二人きりで過ごせるってことか。
それは何か……悪くないかも。
「これ、時計とスマホとタブレット全部充電できる。ただし給電するときは45ワット以上のアダプタ使って。でないと2デバイス以上同時充電ができない。問い合わせが来るかもしれないから覚えといて」
「わかりました」
新作の充電スタンドに自分の時計をセットしてみる。これも値段は高いけど、良い感じだ。
それにしても、疲れて頭が働かない。
「このハブは6in1。充電とHDMI出力、SDカードの読み込みとデータ転送ができる。USBは3.0。PDポートがあるから急速充電も対応」
「はい……」
「このハブを使って、カメラ内の写真をパソコンに転送するとき。3.0の通信速度が出なかったら、何が原因だと思う?」
「供給元の電力が弱過ぎるか……介してるケーブルが劣化してるか……そもそも3.0規格対応のケーブルじゃない、とか」
「OK」
奈村さんはUSBハブをパッケージに戻し、手袋を脱いだ後時計を見た。
「昼休憩」
「あ、はい」
一旦商品を整理し、パソコン画面をロックする。
時々抜き打ちテストをされるから油断ならない。おかげで、わからないことはその場で調べる癖がついた。
鞄から弁当を取り出し、いつものように休憩室へ行こうとしたけど……。
( 奈村さん、今日も昼食べないのか )
夏休みに入って一週間。俺は休憩が来たら休憩室に行って弁当を食べるけど、奈村さんは一度も休憩室に行かなかった。
俺が休憩行ってる間にちゃんと食べてるなら良いけど。
心配だから、ここで食べてみるか。
パソコンのモニターに隠れながら、弁当を早食いした。密かに見ていたところ、やっぱり奈村さんは一切食事をとってなかった。
「あの、お昼食べないんですか?」
「忘れた」
「コンビニに買いに行かれたら」
「めんどくさい」
「デリバリー」
「勿体ない」
……で、エナドリで済ますと。
マジで体壊すぞ、このひと。全力でツッコみたかったけど、恐らく彼も俺と同じで、バリバリ稼ぎたい理由があるみたいだ。
「奈村君? あ〜、彼が休憩室にいるところ見たことないよ」
「……」
退勤時、事務所へ行くと主任の岡部さんは顎に手を添えて呟いた。
「最初の頃はちゃんと休憩とって、って皆声掛けてたんだけどね。少食みたい」
「そうですか……」
少食。……とまではいかない気がする。確かにエナドリが体内に流れてそうなひとだけど、ラーメンは普通に食べてたし。
食に関心がないのか、用意する時間も惜しいのか。とにかく心配だ。
次の日の早朝、台所で弁当箱とにらめっこした。
「おはよ、真己。あら、お弁当いつもより多いじゃない」
母は眠たげに隣に並んだ。視線の先には俺と母の弁当、それからもうひとつ大きめの弁当箱がある。
「……ちょっと、いつも昼食べないひとがバイト先にいて。た、試しに持っていってみる」
「あら〜。良いじゃない」
母は大賛成だったけど、正直かなり不安だ。手作り弁当って、潔癖だと受け付けられないものだし。
「いらないって言われたら自分で食べる」
「ん? そうねぇ……そう言いそうなひとなの?」
「わからない」
だって、何にも知らない。優しいひとだと思うけど、重要な部分は掠めてすらいない。
こんなんでよく弁当を持っていこうなんて思うよな。我ながら驚きだ。
鞄に詰めて帽子を被ると、母は玄関まで見送りに来た。
「わからないけど、お弁当作ってあげたくなるようなひとなのね」
「……」
彼女の言うとおり。不器用で口下手。……だからこそ、放っておけないひと。
「お弁当ありがとね。行ってらっしゃい!」
「……行ってきます」
軽く手を振り、夏の日差しを防ぐ為にサングラスをつける。世界がモノクロになっても、不思議と鮮やかな色彩が見えた。彼と出会ってから、足取りが軽くて仕方ないんだ。
「昼休憩」
十二時を回り、奈村さんはいつものように冷蔵庫へ向かった。
あ、くるぞ。本日二本目のエナドリが。
悩みに悩んで、足早に彼の元へ向かう。冷蔵庫の扉を開けようとした彼の手首を掴み、制止した。
「あ。すみません。あの……」
「……?」
「た、たまには食べませんか。弁当作ってきたので」
言えた。言えたぞ。
もうこれだけですごい達成感。このままクルッと身を翻して退勤してもいいぐらいだ。
でもそういうわけにもいかないから、冷蔵庫の中に入れておいた弁当箱を二つ取り出した。
「すみません。迷惑かなって思ったんですけど……いつも何も食べてないみたいだから」
若干手が震えそうになった。声も。
取り出したものの、彼の顔が見られない。拒否されたらどうしようという不安が先行し、より挙動不審になる。
もごもごしてると、奈村さんは肩に掛けてたタブレットをテーブルに置き、踵を返した。
あれ、どこに……。
不思議に思って顔を上げると、彼は俺の方に振り向き、先を指差した。
「休憩室行くんだろ」
「あ。は、はいっ!」
行く気っていうか、食べる気満々みたいだ。切り替え速すぎてびっくりしたけど、────良かった。
彼の後について、初めて一緒に休憩室に入った。
やった。何でこんなに嬉しいのか自分でもわからないけど、めちゃくちゃ嬉しい。
休憩室はクーラーががんがん効くから熱いほうじ茶を淹れた。紙コップと割り箸、レンジで温めた弁当を彼に手渡す。
「苦手なものとかあったら残してください」
「……ありがと」
奈村さんは膝に乗せた弁当箱を凝視してる。相変わらず無表情なので、何を考えてるかわからない。
「!」
弁当箱の蓋を開けようとした瞬間、彼の社用のスマホが鳴った。俺も見えるグループだったけど、社長から奈村さん宛てに新商品についてメッセージが届いている。
「……」
彼は一度そのメッセージを見たものの、返事はせずにスマホを脇に放った。
「あの、社長に返事しなくていいんですか」
心配になって尋ねると、彼は頷き、スマホの通知をオフにした。
「ほっといていい」
「あはは……」
いつもはあれほど仕事至上主義なのに、可笑しい。
後は弁当が彼の口に合うか。どきどきしながら、彼が玉子焼きを頬張る瞬間を見守る。
彼はごくんと飲み込んだ後、口元を隠して俺の方を見た。
「美味い」
「本当ですか? 良かった……!」
勇気を出し、誘って良かった。嬉しくて俺も自分の弁当箱を開け、唐揚げを頬張る。
「いつも自分で作ってるのか」
「はい。家では炊事担当なんで」
「……片親?」
箸が止まる。思わず視線を向けると、彼は静かにほうじ茶を飲んだ。
「俺は、父親だけ」
「……!」
初めて、プライベートな話を聞いた。
手を止め、自然と耳を傾ける。
「学費の為にバイトを始めた。……お前と同じ」
「あれ、何で俺が進学の為に働いてること知ってるんですか」
「社長から聞いた。口軽いから、言っていいのはバレていいことだけだ」
彼は鶏つくねを頬張り、速いペースでもぐもぐと食べてる。
奈村さんの話した感じだと、社員含め皆知ってそうだな。だからやけに優しかったんだろうか……。
こそばゆい気持ちで弁当箱を膝に置く。
「あまり自分を追い詰めるなよ。……働けるのは健康あってこそだし」
「ですね。でもそれを言うなら、エナドリ控えてください。早死にします」
「ははっ」
彼は全部食べ終えた後、可笑しそうに肩を揺らした。
……ほら、やっぱり。
こんな可愛い顔で笑えるひとじゃないか。
「ご馳走さま。ありがとな。……泡瀬」



