初恋ストックルーム



「ここに入ってるやつは好きに飲んでいい」
「どうも……」

夏を迎えた。うだるような熱に押し負けそうだけど、変わらず立ち上がる日々。
( エナドリ全部同じフレーバーなんだ…… )
バイトを始めて二ヶ月。俺と奈村さんの関係も、初めて会った頃に比べれば前進してる(と思う)。

奈村さんは小型冷蔵庫を開け、中に入ってる大量のエナドリを一本取り出した。
どうやらこの冷蔵庫は社長が奈村さんの為に買ったらしい。エナドリも箱で買ってあげてるみたいだ。彼の働きっぷりを評価した手当てなんだろうけど、健康面を考えるとやめた方が良い気が……。
「あの、一日一本までにした方が良いですよ。二本以上は体壊します」
一応袖を引いたけど、彼はごくごく飲みながら社内の申し送りに目を通している。
聞く耳を持たないスタイルを一貫してるのは強いと思う。隣に座り、俺も缶を開けてパソコンを眺めた。
大セールを終え、やっと一息つけた。空いた時間でやりたかった仕事に着手できるし、地味に嬉しい。
( 今日は絶対商品の一覧表を完成させる……! )
仕様や使い方を事細かに記載した大事なマイファイルを開き、ケーブルで繋いだ別モニターに表示させた。途中までは楽しく作業していたけど、不意に机の下で彼の足先があたってしまった。

「あ。すみません」
「……」

返事なし。でもそれもすっかり慣れたので、気にせず画面に視線を戻した。
しかし、直後にメッセージの通知音が鳴った。
( ……“いつから夏休み?” )
奈村さんからのメッセージだ。すぐにキーを打ち、「再来週からです」と返信する。
( シフトできたら送る。……か )
高校生の大イベント、夏休み。部活や遊び、勉強に精を出しそうなところ、俺達はバイトに全振りする。
ふと気になって、彼の方を見た。
「何」
「えっ」
思わず声が裏返る。奈村さんは俯いてるのに、俺の視線に気付いたようだ。
迷いまくったものの、エナドリを飲みながら小声で零す。

「え、と……な、夏休み中もよろしくお願いします」

本当は、色々訊きたい。仕事じゃなくて、プライベートのことを。
どこかに遊びに行かないのか。進路はどうするのか。
好きなものやハマってるもの。友人や、想い人はいるのか。
さして気になったことがないのに、何も喋らない彼のことは興味津々。我ながら可笑しくて笑える。
勿論そんな話ができる関係じゃないことは百も承知だ。同じ高校生だけど、関わる場所が“職場”というだけで踏み込めない。
目を泳がせながら俯くと、反対に奈村さんは顔を上げ、低い声を紡いだ。
「よろしく。……もしかして、夏休みは一日オールで入れる?」
「は、はい」
「助かる」
彼はそう言うと、再び他の社員とチャットでやり取りを始めた。
「……」
仕事を覚えてきたとはいえ、俺はあくまでバイト。特別に鍛えられた彼のサポートをするには力不足だ。
ここ最近、前より周りが見えるようになって。より一層、彼がこなしてる仕事量も理解してきた。
だからこそ強く感じる。俺が、その負担を軽くできたらいいのに……と。
でも、思うだけだ。実際は何もできない。じたばた足掻いて失敗したら、むしろ迷惑をかけるだけ。
余計なことはしない方が良い。ため息を飲み込んで前を見ると、何故か奈村さんは少し揺れていた。
最初は上司に無茶振りでもされて貧乏揺すりしてるのかと思ったけど、下を見ると脚は動いてなかった。頬杖をつき、やや口端が上がってる。

あれっ。もしかして、笑ってる?

多分だけど、上機嫌っぽい。マウスに乗せてる人さし指がリズム良く動いてるし。
( 何か嬉しいことでもあったのかな…… )
何にせよ、機嫌が良いのは良いことだ。卓上カレンダーに夏休みのマークを記し、残りのエナドリを平らげた。



「はあぁ……暑い……」

冷房なんてないも同然。調子が悪すぎて、さっきから汗が止まらない。
夏休みに入り、朝からバイト三昧。クールリングをつけて会社の空調付ジャケットを羽織ったものの、今にも倒れそう。
そもそも、年々暑くなり過ぎなんだ。今までなら通用した防暑対策じゃ太刀打ちできない。
「泡瀬君、奈村君。社長がアイス買ってきてくれたから食べな」
「あ……ありがとうございます……」
アイスを受け取り、倉庫の奥で奈村さんと立ちながら涼む。高校生には手が出せないお高めのアイスは本当に美味しかったけど、食べ終わるとまたすぐに暑くなった。
「奈村さん……」
奈村さんがすごい勢いでキーボードを叩いていたのでチラッと見ると、家電量販店のサイトで小型冷蔵庫を見ていた。
「この冷蔵庫は冷凍室がない。次は冷凍室付を買ってもらう」
「良いですね……でもその前に、エアコンお願いできますか。全然冷風が出ないんです」
「冷蔵庫が先。アイスが買えない」
「アイスは最悪デリバリーできますから」
いつもはしっかりしてるくせに、何でこういうところで優先順位を間違えるんだろう。
実は天然だよな……。
手を団扇代わりにして風を送ってると、彼はチャットを開いた。

「エアコンは高い」
「承知してます」
「……」

奈村さんは瞼を伏せ、少し考えた後キーボードを叩いた。
「社長にエアコンの修理依頼をした」
「奈村さん……」
社長もかなりの倹約家だ。経費とは言え、あれこれ頼むのに気が引けるのはわかる。
でもエアコンは俺達従業員の命がかかってるし、妥協しちゃいけない。奈村さんの机に手をつき、その場に屈んで彼を見上げた。

「ありがとうございます。奈村さん、何だかんだ優しいですよね」
「……そりゃ勘違いだな」
「勘違いなんかじゃないですよ。全然知らないけど、わりと最初から気付いてます」

俺が集荷を忘れた時も、当たり前のように届けてくれた。コミュニケーションが少ないのは事実だけど、とにかく責任感が強いんだ。
「好きにやらせてもらえる環境……だから、俺もここまで頑張れました」
「……お前は意外と根性あるよな」
椅子が軋む音がする。彼は方向を変え、俺を見下ろした。
「正直に言うと、あまり期待してなかった。お前がどうこうっていうより、ここは覚えることが馬鹿みたいに多いから。続かなくても仕方ないと思ってた」
奈村さんは汗にぬれた前髪をかき上げると、柔らかい笑みを浮かべた。

「だからすごいと思ってる。……頑張ったな」
「……っ」

彼から初めてもらった、労いの言葉。
下手したら、上司や社員のひと達に褒められた時より嬉しかった。
俺が仕事で一番認めてもらいたかったひとは、やっぱり……。
「来てくれたのがお前で本当に良かった」
そのまま床に座り込むと、頭に手を置かれた。
どうしよう。こんなに喜んでたら仕事が手につかない。
両の頬を叩き、慌てて気持ちを切り替える。

「俺、奈村さんの役に立ちたいです」

視線は床に向けたまま、膝立ちして本音を零した。
「貴方がすごいことも、すごい仕事量を抱えてることも知ってるから。……少しでも支えたい。し、頼ってほしい」
最初の敵対心に似たやる気は、彼を知る為の原動力だった。
俺と年が変わらないのに、皆から頼られてる彼は理想そのもの。でもそれなりに周りに仕事を振って、ミスはリカバリーしてくれた。
「周りに頼っていいって教えてもらいました。仕事はひとりでするものじゃないって、奈村さんのおかげで気付けた」
「お前……」
奈村さんは目を見開き、言葉を詰まらせていた。
どこか辛そうにも見えたから、変なことを言ったなら謝ろうと思った。でも。

「わ」
「……お前、何でそんな素直なんだ」

頭をがしがしと撫でられ、驚いて見返す。奈村さんはまた頬をわずかに赤らめ、解せない様子でこちらを見ていた。
素直……なんて、初めて言われた。
俺もあまり喋る方じゃない。喋っても、自分の意見を言ったりはしなかった。
何なら、家族以外に色々言ったのは数年ぶりだ。
( そうか )
意味がないから言おうとも思わなかった。なのに、彼に対してはびっくりするほど想いを打ち明けていた。

「俺は腹黒いですよ。初めて会ったときは、奈村さんが苦手でしたもん」
「それは普通。俺は周りを跳ね除けてるから」

彼はあっけらかんと言い放つ。あまりにも堂々としてるから、吹き出してしまった。
「何で跳ね除けてるんですか」
「……深く関わると、面倒なことにしかならなかったから」
パソコンを閉じ、彼はゆっくり立ち上がる。その場に屈み、俺と同じ目線になった。

「仕事でもプライベートでも、人間関係が一番疲れる。お前もそうだろ」
「何でそう思うんです?」
「やっかみ買いそうな顔してるから」

何だそりゃ。
思わず怪訝な表情になると、彼は自身の膝に頬杖をついた。
「泡瀬。今も、俺のこと苦手?」
「……」
机の下に隠れて、不思議な会話をしている。
でも目の前にいるのにチャットでやり取りしたことに比べれば、ずっと自然。誰かがここに来ても、堂々と迎える自信がある。
( 名前……初めて呼ばれた )
以前とは違う。俺はもう、どうしようもないほど彼を信頼してしまっているから。

「……第一印象って覆ることあるんだ。っていうのも、奈村さんで知りました」
「ははっ」

多くを語らない彼は、俺が知らない景色をたくさん見せてくれる。
新鮮で、気持ちいい。冷たい炭酸を一気飲みしたときみたいな清涼感に包まれている。

俺はもう、彼から目を離せない。
ちょっと苦いけど、この感情の大部分は胸焼けしそうなほど甘いものだ。