初恋ストックルーム




奈村都人さん。
クールで、美形で、仕事ができる高校生。でも舌足らずでワンマンで、愛嬌はゼロ。……というのが先週までの印象。

「おはようございます」
「……ん」

いつものように出勤すると、午後一のピッキングを終えた奈村さんが台車を押していた。代わりにやるというサインを出して(俺も出勤してすぐに声が出ない)、荷物を乗せた台車を入り口へ移動する。
荷物の集荷忘れの件から、なにかが変わった。
相変わらず無干渉な空間だけど、前より仕事がサクサク進む。
奈村さんが事務仕事に集中できるよう、チェックが必要な作業以外率先してやるようにした。
「これ在庫少ないな……」
出荷作業後在庫整理をして、発注が必要な商品のメモをとっていった。一日を通して売れ行きが激しい商品も大体わかってきたので、パソコンの前にいる奈村さんにそっと近付く。

「…………」

前は忙しい時に話しかけて機嫌を損ねたんだよな。
タイミングを見誤ると舌打ちされかねない。スマホを取り出し、チャットからメッセージを送った。
お手すきの際に発注をお願いしたいのですが……と打った。彼が気付くまで、また整理してよう。踵を返して立ち去ろうとすると、キーを打つ音がやんだ。
「何」
「はい?」
「発注品」
振り返ると、奈村さんは顔を上げてこちらを見ていた。ほんと、メッセージはすぐに見てくれる。
「あ、今エクセルで送ります」
慌ててタブレットを取り出したけど、彼はこちらに手招きした。
「……?」
何だかわからないけど、大人しく近付く。すると今度は立ち上がり、俺に椅子に座れと合図してきた。
「発注の仕方を教える」
「え! いや、俺はまだそこまでできな……」
「大丈夫。最終的にやるのは他の社員だから、その人にデータを送るだけ」
椅子に座って、隣に佇む奈村さんとパソコンの画面を交互に見る。ちょうど彼の胸が俺の顔の横にあって、変な感じだった。
暑い場所でそれなりに汗かいてるはずなのに、むしろ清涼な香りがする。
どきどきしながら、マウスを動かす彼の長い指を見ていた。

「わかった?」
「は」

一瞬フリーズして、彼を見返す。てっきり覚えることを始める前に声を掛けてくれると思ったのに、とっくに始めて、しかも終了したらしい。
やっぱり壊滅的な説明不足……。
「すみません、もう一度だけ……」
見せてください、と蚊が泣くような声でつぶやくと、一応もう一回見せてくれた。
奈村さんは「覚えたよな?」という目で俺を見てきた。
「……ありがとうございます」
覚え……覚えないといけない。死ぬ気で。
頭の中のマニュアルに高速で書き込み、静かに答える。
「俺がいない時はよろしく」
「はい……」
嫌だ。すごく嫌。責任が重い。
でもやっぱり役立たずと思われたくなくて、真顔でハイハイ言ってた。能無しイエスマンの代表のように思えたけど、もう止まれない。
彼の期待を裏切らず、会社に迷惑をかけない方法はひとつ。
俺が仕事をできるようになるしかない。それが一番ハードル高いんだけど、乗り越えたら全て解決だ。シンプルに考えよう。

「……そういえば、それ」
「?」
「パソコン」

彼は空いたデスクに置いてある梱包を指差した。表面には有名なメーカー名が書かれてある。
最新のノートパソコンだ。最近はパソコン自体値上がりしてるから、結構高かったんじゃないだろうか。
「前のパソコン調子悪かったから、新しく買ってもらった」
「へー……そうなんですね」
「……」
「……」
何?
「何ですか?」
またまずいことを言っただろうか。恐る恐る頬を掻くと、彼は俺の前にずいっと身を乗り出し、共有ファイルを開いた。
その中の小分けファイルで、『初期設定』と書かれてあるファイルを選択する。加えて社内で必要なソフトの一覧などを見せてくれた。
「頼んだ」
「え。あ、初期設定を?」
どもりながら訊くと、彼は静かに頷いた。

「パソコン得意みたいだから助かる。教える手間が省けて」
「…………」

あ、これ完全に本音出たな。
奈村さんはとにかく、人になにかを教えるということが億劫で、苦手なんだ。
それならそうと最初に言えばいいんだ。それだけで全然その後の印象違うだろ。

やれやれと思いながら席を立ち、新しいパソコンを取り出す。さすがに新しくて高性能なだけあり、いじっていて楽しかった。初期設定も簡単で、インストールするものも二十分ほどで終わった。
「奈村さん、終わりました」
「ん」
パソコンを閉じて彼の方へ持っていこうとすると、静止がかかった。
「それは自分専用だから」
「自分? ……って、俺の……ですか?」
彼はまた、瞼を伏せて頷いた。
「好きにカスタマイズして」
「あ。ありがとうございます」
それは嬉しい。けど。
それなら先に言ってくれ。パスワードとか考えるのめっちゃ悩んだじゃないか。

相変わらずのやり取りに疲れが倍増したけど、パソコンを置いて外の空気を吸いに行く。
( 今日は結構目を見てくれる……かも )
気のせいかもしれないけど。自販機に寄ってから、再び彼の元へ戻った。
「どうぞ」
彼の手元に缶コーヒーを置く。俺もまだ勉強したかったから、向かい合せのデスクでパソコンを開いた。

奈村さんはコーヒーをとり、頬杖をついた。

「ありがと」
「こちらこそ。この前はご馳走さまでした」

薄く笑うと、彼は目を細めた。
一瞬笑ったように見えたけど、勘違いかもしれない。特に何も返さず、再び作業を始めた。
けど。
「…………」
何だろう。さっきからめちゃくちゃ視線を感じる。
意識は画面に向けつつ、手に汗をかいていた。
多分気のせいじゃない。奈村さんがさっきから俺のことをめっちゃ見てる。
何で? また何か気に触わった?
ブラックコーヒーがいけなかったか。いつも激甘エナドリ飲んでるもんな……せめて微糖にすべきだったか。
それなら次からジュースにするから、ガン見攻撃はやめてくれ。
心の中で念じてると、ピロンという通知音が鳴った。
( 奈村さんからだ…… )
目の前にいるけれど。見ると、『二十時』とだけ書かれていた。
顔を上げてチラッと見ると、彼は無表情で作業していた。

「奈村さん。……は、帰らないんですか」
「……」
「は。腹減りません?」

沈黙に耐えかね、自ら話を振ってしまった。何でこんなに歩み寄ろうとしてるのか、マジでわからない。
拒絶されたら普通にショックだし。真顔を保って待っていると、彼は立ち上がった。
「何食べる?」
「え」
ジャンバーを着て、さっさと倉庫内の明かりを消していく。どうやら食べに行く方向で問題ないみたいだ。
俺も慌ててシャットダウンし、戸締まり確認をする。
「えっと……ラ、ララ……ラララーメンとか」
何かの洋画のタイトルみたいになっちゃったけど、彼は無言で頷いた。
変な関係だ。
名前と電話番号しか知らないのに、夜飯は二回目になる。職場近くの家系ラーメンに入り、カウンター席に座った。

「豆板醤」
「どうも」

運ばれてきたラーメンに豆板醤を入れる。おろしにんにくもあったので、無心で乗せた。
「乗せすぎじゃないか?」
「あっ。……すみません」
また緊張して、手元が狂った。
それに俺はにんにくを楽しんだ後に豆板醤を入れる派なのに、順番も間違えてしまった。あり得ない。
奈村さんは青くなった俺の横で、大判チャーシューを頬張った。
「……」
麺をすすりながら、奈村さんを盗み見る。ファミレスのとき同様、食べ方が上品だ。
何をしても絵になる。イケメンは得だな。
メンマを食べながらぼうっと見つめてると、彼は不思議そうにこちらを向いた。

「肉好き?」
「……好きです」

静かに告げると、彼は俺の箸でチャーシューを取り、ラーメンに乗せた。
「腹減ってるなら、追加で頼むけど」
「イェッ。充分です。……ありがとうございます」
そうは言いつつ、結構腹が減ってたからチャーシューにかぶりついた。まだまだ圧倒的肉食だし、時間が遅いからこそ油っぽい食事が沁みる。
無我夢中で食べてると、また隣から視線を感じた。

「……」

あまり見つめられると食べにくいんですけど。
はっきり言うこともできず、そばのピッチャーをとって彼の空のグラスに注いだ。
「どうぞ」
「サンキュー」
笑えるほど会話がない。
周りも仕事帰りの人ばかりだけど、それなりに盛り上がってる。でも俺達の間だけまるでお通夜だ。
幸い俺は沈黙が苦なタイプじゃない。先輩だから気を遣って喋ろうとしてるだけで、無言自体は耐性がある。食事中なら尚さらだ。

沈黙耐性は育った環境、生まれつきの性格で決まる。無言に関しては幼少期から思春期にかけて身につける能力だ。グループディスカッションの場で、そろそろなにか喋らなきゃいけないという局面でも沈黙を貫く強靭なメンタルである。
口は災いの元って言うし……下手なこと言って相手を傷つけるよりは、黙ってた方がずっといい。
奈村さんは水を飲むと、わずかにこちらを向いた。

「お前って、ほんと静かだよな」
「……」

世界中の誰に言われても、彼に言われるとは思わなかった。
せめてもの抵抗で首を傾げると、メニュー表を差し出された。
「アイス食う?」
「食います」
何の変化もないけど、妙に落ち着く時間と、空間。
結局その日も彼に奢られてしまった。