奈村さんも新しいエナドリを開けてごくごく飲んでいる。飲み過ぎで倒れないか心配だったけど、有り難く受け取ることにした。
「ありがとうございます。次からは本当に気をつけます」
「もういい。……真面目だな」
彼は目を細め、ため息をついた。
「今からそんな真面目だと続かないぞ」
「だ、だけど……迷惑かけたから」
迷惑をかけて平気でいられる方がおかしい。目頭が熱くなってると、彼は振り返って笑った。
「入ったばっかなんだから、迷惑かけんのが普通だろ」
「……!」
何でも完璧にこなせる人だから……失望されそうで怖かった。
実際イラつかれてそうだと思ったのに。本当は、そんな風に考えていたのか。
喋らないから全然わからなかった。怖くて、てっきり感情のない人だと。
……あ。
馬鹿だ、俺。
感情がない人なんて存在しない。
俺が言われて一番辛かった言葉を、奈村さんに対して抱いていたのか。
あんなに嫌だったのに。苦しかったのに。喋らないだけで、ほんとは違うって心の中で叫んでたのに。
「……っ」
本当はもっと、周りみたいに上手くやりたかったんだ。
不安や緊張の糸がぷつりと切れ、気付けば大粒の涙をこぼしていた。
「すみません……花粉症で」
彼からすれば突然泣かれて大迷惑だろう。言い訳下手過ぎるけど、目元を袖で拭う。ところがその手はやんわり止められてしまった。
「そのジャンバー……汚れてるから、それで拭くな」
「はぁ……」
「待ってろ」
彼はティッシュ箱を持ってきて、俺の目元を優しく拭いてくれた。
「落ち着いた?」
小さく頷くと、彼は可笑しそうに笑った。
そういえば、初めて笑顔を見た。笑うと印象変わるもんだな。
( 綺麗……かもしれない )
思わず見惚れていると、また目元を撫でられた。
「俺がいるうちに色んな経験しろ。ミスはリカバリーするから気にしなくていい」
「……」
心強い言葉だった。ある意味誰よりも頼り甲斐のある、応援の言葉。
色々限界で頷くのが精一杯だったけど、さっきより視界が色づいた気がした。これまではとても暗くて狭かったのに、不思議と全て鮮やかに見える。
やっぱ目にゴミでも入ってたんだろうか。
「ありがとうございます。頑張ります」
「真面目」
奈村さんはまた苦笑していたが、ハッとして振り返った。
「それじゃ早く帰んな」
「あ。じ、邪魔してすみません」
「そうじゃなくて……もう遅いだろ」
彼は椅子に座り、壁にかかってる時計を見た。親が心配してるんじゃないかと思われてそうだから、慌ててかぶりを振る。
「大丈夫です。俺の親、いつも夜中まで帰ってこないんで」
「……そう」
彼は短く答えると、パソコンの電源を落とした。
あれ。今日はもう帰るのか?
デスク周りを片付ける彼を見ていると、外へ出るよう言われた。
「何か食ってこう」
「え」
思いがけない誘いにフリーズする。いつもなら「いや悪いですよ」とか言って断った。でもこのときは感情ぐちゃぐちゃで、少しでも誰かといたかった。
いや……“誰か”じゃない。一番迷惑かけて、それでも優しく笑ってくれたひと。奈村さんと、まだ話していたかった。
「タバスコ」
「どうも」
職場から一番近くのファミレスへ向かい、彼と夜ご飯を食べることにした。
昼には考えられなかったシチュエーションだ。非現実的だけど緊張する。ついついピザに大量のタバスコをかけてしまった。
「かけ過ぎじゃない?」
「……はい」
ピザを切り分け、無言で咀嚼する。奈村さんは品よくパスタを食べていたので、少し盗み見した。
ずっと帰宅部だったから先輩と関わる機会が少なかったし、色々新鮮だ。
コーラを飲んでると、チキンやらサラダやら色々差し出された。
もっと食えということらしいが、彼も体格的には自分と変わらない。肉を食べた方が良いと思う。
昼になにか食べてるところも見たことないから、少食なのかもしれない。
「慣れた?」
「はい?」
何のことかと思い、顔を上げる。しかし彼は瞼を伏せ、静かに食べている。
慣れた? 何の話だ……?
少し考えて、仕事のことだと察した。
「初日に比べれば……?」
「……」
「……ちょっと慣れました」
「……」
盛り上げる必要はない。ただ、自分が投げた玉は返してほしいと切に願う。
ても返事とか期待しちゃいけないな。彼は彼で、これでもかなり気を遣ってくれてるみたいだし。
寡黙で口下手だから勘違いしたけど、本当は優しいんだ……。
無事に完食し、店を出る。割り勘にしましょうと訴えたものの、奈村さんはまるで引かず、全部出してくれた。
「すみません。ご馳走さまでした」
「ん」
涼しい夜風に吹かれ、彼が停めてるスクーターの前にへ向かう。
「家まで送る」
「いやいや、大丈夫です」
女子じゃないんだし、そこまでしてもらうわけにはいかない。スマホを翳し、静かに告げる。
「いざとなれば緊急通報もあるし」
「……ふっ」
彼はまた笑った。
今のどこに笑う要素があるんだ。心底解せずに見返すと、目の前にスマホを差し出された。
連絡先交換しようってことか?
すぐさまスマホを操作し、友達申請する。恐る恐る見ると、彼は眼鏡を外し、微笑んだ。
「家着いたら連絡して」
「あ。……ハイ」
お疲れ様でしたの台詞は棒読みになった。ドキドキしていたからだ。
「それじゃ、また。失礼します」
お辞儀をし、早足でその場から離れる。
眼鏡外すと破壊力やばいな、あの人……。
イケメン過ぎて若干引いた。
もっと知りたいと思ってたけど、やっぱあまり関わらない方がいいかもしれない。俺の心臓がもたない。
( 男相手に何コレ )
額を手で押さえ、前に傾く。胸の中で否応なしに高まる熱に震えた。
気持ちとは反対に、親しくなるべきではないと頭の中で警鐘が鳴ってる。
その夜は結局家に着くまでため息が止まらなかった。



