初恋ストックルーム



ある日の休憩時間、主任の青年、岡部さんが笑いながら缶珈琲をくれた。
「あんなスーパー高校生、彼ぐらいだと思ってたけど。叶うなら泡瀬君も卒業後入社してほしいぐらい」
「……奈村さんって、入った時からあんな感じだったんですか?」
「うん。でも彼は別枠かな。人手が足りないときに入って、社長に随分引っ張り回されてたから」
なるほど。だからあんなバイト以上のことをしてるのか。
珈琲を飲み、再び業務に戻る。戻りました、と言っても反応はないんだけど、一応言う。その部分だけ俺の方が大人ということを暗に伝えるために。
でも、本当に働き過ぎだとは思う。
彼は定時になっても絶対帰らない。何時まで残ってるのか知らないが、社員並みに会社に貢献してる。

仕事量がおかしいのは間違いない。いつも大量のエナドリを飲んでるし、キャパオーバーならそう言えばいいのに、弱音も文句も吐かない。
すごいとは思うけど、わかり合えそうにない。

────わかり合う必要もないか。
ここが年中冬の国なら、雪解けなんてないから。
その日もいつも通り。十八時半を回り、最後の集荷が終了した。安堵のため息をついて戻ろうとすると、シャッター付近に大量の荷物が積まれてることに気付いた。
あれ。
さっきまではなかったよな。一応確認しに行くか。
「あの、奈村さん。あそこにある荷物って入庫するやつですか?」
パソコンを見てる彼に話しかける。すると大事な作業中だったのか、彼は強い力でキーを叩いた。

「見ればわかるだろ」
「なっ」

わかるか!! こんな時間に荷物届いたの初めてだし!!

さすがに失礼過ぎて頭に血が上った。今日クビになってもいいから、本気で彼の眼鏡を叩き割ってやりたい。
「入荷……検品します……っ」
でも落ち着け。こらえるんだ。初めて愛想笑いが成功した職場を逃すわけにはいかない。
それに俺が働いて、家計を少しでも楽にしないと。

シャッターに戻り、箱の中から製品を慎重に取り出していく。
冷静になった自分を褒めたい。けどやっぱりムカつく。というか、もはや憎い!

名前しか知らない相手だ。どうでもよかったけど、憎しみのおかげで逆に興味がわいてきた。どこの高校に通ってるのか? 趣味はあるのか。友達はいるのか(←失礼)知りたい。時事ネタはどこまで把握してるのか問い詰めたい。
「ん?」
タブレットの通知音が鳴る。こんな時でもご丁寧に、納品書の明細が送られてきた。検品が終わったらこの明細通りの品と数か確認しろということらしい。最近は言葉がなくても彼の言いたいことがわかるようになってきた。

あの根暗野郎。心の中で罵詈雑言を吐き、ひたすら検品作業をした。終わるころにはヘトヘトで、抜け殻状態で事務スペースに戻った。
「……」
そこには、まだ明細とにらめっこしてる奈村さんがいた。
「お疲れ様です」
案の定返事はないが、通常運転。集中し過ぎて周りが見えてないパターンだろう。
新米の俺なんて彼からすれば空気同然だし、上手く関わろうと思うだけ無駄だ。
「……ん?」
もう定時なので帰ろうとしたが、足元にある集荷箱を見た瞬間、心臓が止まった。

「やばいっ!!」
「うわっ。何」

俺が真後ろで大声を出した為、奈村さんも手を止めて振り返った。
「今日出荷しないといけない荷物……一個だけ別の箱に分けて、そのままになってました……!」
箱の中から荷物を取り出し、青ざめながら彼に見せる。
多分サイズ分けしてるときに急ぎ過ぎてもれてしまったんだ。
やばい。
今日の集荷は終了してる。加えて少ない社員は早上がりしていた。職場にいるのは俺と彼だけ。
「本当にすみません! ど、どうしよう……っ」
最悪なことに、明日到着指定の便。今日中に出荷しないと間に合わない荷物だ。
入って早々やらかしてしまった。手が震えて、思わず瞼を瞑る。
前の職場でミスしたときのことが頭をよぎった。
まずは上司に説明して、謝って。もう一度ドライバーのひとに引き取りに来てもらうことになるか。頭の中で必死に考えてると、手から荷物がすり抜けた。

「大丈夫だ。俺が営業所まで持っていく」
「え」

────嘘だろ。
瞼を開けると、彼はジャンバーを羽織って引き出しから鍵を取り出した。
「スクーターだから間に合う」
「で、でも」
俺のミスなのに。慌てて後を追いかけるも、手で制されてしまった。
「もう遅い。帰りな」
「……っ」
奈村さんは外へ出ると、エンジンをかけて本当に行ってしまった。

ああ……。
近くの壁に手をつき、額を押さえる。心臓を握り潰されるようなあの嫌な感覚に、気が遠くなった。
でも、今一番大変なのは奈村さんだ。そして俺が彼を困らせた。
両手を握り、必死に祈る。彼が戻ってくるまでの一秒一秒は、頭がおかしくなりそうなほど遅かった。

「まだいたのか」
「行ってもらってるのに帰れませんよ……」

三十分ほどして、奈村さんは帰ってきた。彼は俺を認めると、不思議そうに首を傾げた。
「二十時までに行けば間に合うから心配しなくていい」
そう言われましても……知らないから心配するって。
物申したいのをぐっと堪え、改めて彼に頭を下げた。

「本当に、申し訳ありませんでした」
「……」

中々返事がない。足音が遠ざかっていくし。
あ、これどっか行ったパターンだな。ゆっくり瞼を開けて顔を上げると、再び足音が聞こえた。
「ひゃっ!」
「やる」
額に冷たいものがあたり、思わず高い声を上げてしまう。よく見ると、差し出されたのはとても甘そうなエナドリだった。