初恋ストックルーム



「泡瀬君、今日もよろしく〜」
「おはようございます。よろしくお願いします」

環境が変わるのは突然だ。
新しいバイト先に出勤して一週間。最初がスパルタ過ぎたせいか、まだ一週間なのにかなりのスピードで仕事を任されていた。
入って数日の高校生がやっていいことではないんじゃ、と思うことも稀にあった。けど皆して期待値高めの目で見てくるからやるしかない。時間がある時は少しでも現物に触れ、商品知識を頭に叩き込んだ。
この会社が特殊なんだろうけど、良く言えば自由で、悪く言えばアバウト。それでも何とかなってるからこの人数で回してるんだろう。
あと倉庫は空調の調子が悪く、埃っぽい。社員に訊くと、片付けたいがそこまで手が回らないとのことだった。だから学校の授業が終わったら早めに会社に入って掃除した。たまりまくった資材や荷物を片付け、非常時に通路が塞がれることだけはないように頑張った。これは会社の為というより、自分が死なない為だ。
「やー、泡瀬君も奈村君と一緒で落ち着いてると思ったけど、社員ばりの活躍をしてくれてほんと助かってるよ!」
「そうそう。クール同士相性良いんだろうね。氷を割るのに氷を使ってる感じ?」
よくわからないけど、上司や同僚は明るく気のいい人ばかり。業務は忙しいけど、雰囲気は前と比べたら天国だ。

充実している。ただし、一名を除いて。

「おはようございます」
「……」

この野郎、無視か。
倉庫へ行くと、奈村さんが高速でデータ入力をしていた。俺は夕方からの入りだが、彼は学校が早く終わるようで午後一からシフトに入ってる。
しばらく俺の教育係として同じシフトにしてくれてるらしい。そこは有り難いけど……教育係って言えるほど仕事について教えてもらってないのも事実。
まさに習うより慣れろの典型。来て早々その日の指示書を置かれ、必要なことはチャットで知らせてくる。目も合わさない。

最初は嫌われてんのかと思ったけど、他の人といるときも似たような感じだから極力気にしないことにした。代わりに俺も彼を視界に入れない。必要なことは全てスマホやタブレットからメッセージを送る(※隣にいても)。

でも挨拶は人として基本だろ。返せや。
後輩だし年下だから強く出られないけど、俺が先輩だったら多分どついてる。

でも無愛想な彼のおかげで、俺はここではかなり“愛想良い方”に認定されてる。これは僥倖かもしれない。

( 自社商品の品番もある程度覚えなきゃいけないのが辛いけど )

社内では基本、商品のことは品番でやり取りしてる。取り扱う商品は何千とある為、覚えてないと咄嗟に訊かれたときに何も返せない。
だから奈村さん的には、俺はまだまだ使えない人材ということ。しかし役立たずと思われるのも悔しいから、打刻した後こっそり残って調べたりしていた。
テスト勉強より頑張ってる。
……何でこんな必死になってんだろ。
前の職場ではどう思われてもかまわなかった。あけすけに陰口を叩かれても全然悔しくなかったのに、奈村さんの視界に入れないことが悔しい。

怒りだけじゃない、やる気に満ちている。

闘うつもりはない。けど、 少しでも彼と同じ世界を見たい。
軽蔑するだけだったらこんな必死にならなかっただろう。俺が彼に抱いてる感情は、多分他にもあるんだ。

指示書と製品を梱包に入れながらぱっぱと倉庫内を移動する。大手ならロボットを導入してる企業もあるが、ここは完全アナログだ。日々手動で対応し、大量に入荷した製品を保管するスペース作りに奔走している。家族経営に近い零細企業だから、個人個人でやり方も異なり、マニュアルが存在しない。
恐らく全員初日から酷い目に遭ってるはずだけど、やっぱり時間がないから作れないんだろう。業務が終わって時間ができると、商品の勉強と一緒にわかりやすいマニュアル作りをするようにした。

「……」

奈村さんは俺が居残りしてることについて何も触れなかった。放任で、良いとも悪いとも言わない。それだけにかなり自由にやらせてもらえた。
「お疲れ〜、泡瀬君。奈村君はシゴデキ過ぎて大変でしょ」
他のパートさんからも、同情に近い言葉を掛けられた。
彼は何でも要領よくこなせてしまうから、仕事ができない人間の気持ちがわからないのかもしれない、と。
確かにできすぎる。彼の業務範囲は学生とかバイトの域を超えてる。海外の業者ともやり取りしてるし、倉庫より事務専門でも良いんじゃないかとすら思った。

問題はコミュニケーションだけ。
ひとつ年上の彼は、今まで会ったことのない人種だ。全てが手探り状態。

二人だけのシフトで入っても、定時まで二言三言しか交わさないこともザラ。互いにいないもののように振る舞ってる。
ここまでくると俺も意地が働いて、絶対仕事ができるようになろうと燃えていた。出荷作業に留まらず在庫確認や製品の動作確認もしたりして、社員からは入って一ヶ月も経ってないとは思えないと言われた。

「泡瀬君は飲み込み速くてすごいな。奈村君が来た時のこと思い出すよ」