「……!」
名前で呼ばれた。
自分の名前なのに初めて聞いたような響きで、くすぐったい。
でもどうしようもなく嬉しい。真顔を保つのが精一杯だ。
「前に好きなひとがいるって言ったろ。もちろんお前のことだけど……俺から告白するつもりだったから、勘違いでも結果オーライだ」
「俺は逆です。何も知らなければ告白してもらえたわけだし。奈村さんがいなくなるって聞いて、無駄にショック受けました」
「無駄ではないだろ。自分で思ってるより俺が好きってことに気付いたんだから」
「なっ!」
その通りだけど、それ自分で言っちゃう?
あまりの不遜さにこっちが赤面してしまう。でも奈村さんは依然として余裕たっぷりな笑みを浮かべ、俺を強く抱き締めた。
「で。それは俺も」
「……」
顔を彼の胸に押し当てられる。
やっぱり、どこまでいっても奈村さんだ。
彼がふざけてくれることが嬉しい。俺も手を伸ばし、彼を抱き締める。
あったかい。
ひとって、こんなに体温高いものなんだ。数年ぶりに感じる温もりが愛しくて、もっと抱きついてしまう。
「奈村さん。好きです」
「……急にデレるな」
「うっ」
額を指で押される。
でも許してほしい。むしろ、こんな大きな感情をよく押し殺せていたと思う。
好き。それは幸せの同義語。
「奈村さんは、俺でいいんですか」
「……」
頬を優しく指でつままれる。
奈村さんは少しむくれた顔をしていたが、諦めたように俺の顔を両手で押さえた。
「何を諦めても、お前だけは諦めたくない」
それは……。
( 同感。)
また頷き、彼の熱を感じた。
俺も……今までは生きるのに必死で、欲しいものもなかった。
でも彼は違う。初めて傍にいたいと思ったひと。
諦めるのはやめだ。これからは彼と一緒に、彼と見たい景色を手に入れよう。
「俺も、名前で呼んでもいいですか」
「ああ。覚えてる?」
「もちろん。……都人さん」
微笑むと、彼も嬉しそうに目を細めた。
「してほしいこと、言って。もっと甘えろ」
「甘え」
「恋人なんだから。……もう遠慮はなし」
だろ? と言い、彼ははにかんだ。
甘える……。まだ俺には難易度高いけど、少しずつ身につけたい能力だ。
もちろん、お互いに。
奈村さんの膝にまたがり、隙を見て彼の頬にキスした。
「じゃあ、毎日キスしたいです。……好きって伝えるために」
「名案だ」
彼は鬱陶しそうに自身の前髪をかき上げる。その仕草や表情が色っぽくて、またどきっとした。
これから毎日、無限に惚れてくのか。そう思うとちょっと恐ろしい。
「何?」
「や。……やっぱり、かっこいいと思って」
「ははっ。……お前はお前で、自分が壊滅的に可愛い自覚を持った方がいいな」
彼は微笑み、俺を抱き起こした。
「何なら、初めて泣き顔見せたときから。俺にどれだけ愛されてるかを」
「愛……っ!?」
まさか、彼の口からそんな甘ったるい単語が出るなんて。
恥ずかしくて二の句が継げずにいると、タブレットケースを肩に掛けられた。
「仕事中だったな」
「あ……けっこうな時間、やばいことしましたね。申し訳ない」
「まあいいだろ。いつもサビ残してるし」
彼は踵を返し、グループチャットに仕事の報告をした。
「俺がいない間、大変なこともあるだろうけど。わからないことがあったらいつでも連絡して」
「……はい!」
隣に並ぶと、優しく頭を撫でられた。
まだ愛おしそうに、互いに手を繋ぐ。
「空も落ち着いてきたみたいだし。記念に何か食って帰るか。何食べたい?」
「焼き肉がいいです。今度は禁煙のところで」
「リベンジしたいんだな……」
奈村さんは呟きつつ、すぐにお店を予約してくれた。
そういう仕事の速さとか、何だかんだ甘やかしてくれるところが……もう、全部いじらしい。
不安だらけだった未来が桜色に染まる。
感情も初恋も、失っていたわけじゃない。眠ってただけなんだ。暗い倉庫の奥に仕舞われ、光にあたるときを待っていた。
誰も気づかないそれを優しく取り出してくれたのは、このひと。
「行こう。真己」
差し出された手をとる。見上げると、彼は嬉しそうに笑った。
「これからよろしく。……大事な恋人としてな」
「こちらこそ。よろしくお願いします!」
花が舞う。季節違いの花の雲。
孤独だった俺も見てるだろうか。
彼の隣に並び、密かに綻ぶ。待ちきれない未来を迎えに、いつもより大きな一歩を踏み出した。
─ 初恋ストックルーム ─



