初恋ストックルーム




「おっ。泡瀬君、おはよう」
「おはようございます」

普段全然喋らないから第一声が掠れる。咳払いで誤魔化しながら、新しい職場で打刻した。会社から支給されたジャンバーを羽織り、ショルダーストラップ付きのタブレットで全体のやりとりに目を通す。

事務所を出て、株式会社雲全の倉庫に入った。
面接のときに軽く流れを教えてもらったけど、本日が初出勤。夕方からのシフトになるが、社員の人達が挨拶に来てくれた。少数だからこその距離感で、高校生と言うと皆テンションが上がっていた。前の職場では嫌そうな顔をする人もいたのに、えらい違いだ。

「泡瀬真己です。今日からよろしくお願いします」
「若ーい!」
「イケメンが増えた〜! あっ、今こういう発言アウトなんだっけ?」

パートの女性達は大盛り上がり。最大限の愛想笑いを浮かべ、頭を下げた。
笑えただけで今日の任務はクリア。ということにして、後は事務的に動きたい。
心の中で祈っていると、副主任の花村さんという女性が簡単に業務について説明してくれた。

ここは主にネット販売の出荷作業をしており、パソコンの周辺機器や電子機器をメインに取り扱っている。でも最近は家具や業務用品、アウドドア用品など幅広い商材を扱い始めているらしい。
俺の仕事は注文書通りのピッキング、それと在庫管理。週四回入ると事務作業もあり、欠品の発注も追々してほしいと頼まれた。花村さん以外の女性は皆主婦のパートらしく、夕方には上がってしまう。だから最後まで残ってくれる人員が欲しかったと言われた。

「実はもうひとり高校生がいてね。バイトさんの中で一番長いから、ほとんど倉庫のリーダーなの。男の子で、泡瀬君の一個上」

ということは、三年生か。まだ六月に入ったばかりだけど、受験か就職を考えるとき。
大変だと思いながら、花村さんに続いて狭い通路を行く。
「大人びてて冷静だから頼りになるんだけど、とにかく寡黙っていうか……静かな子で……だから泡瀬君と気が合うんじゃないかって思うの! 泡瀬君も大人っぽいから!」
行く先ざきで大人っぽいと言われるけど、静かだから落ち着いて見えるだけだと思う。内心は色々考えてるし、それなりにパニクることもあるから。
何にしろ、同じ高校生なら愛想は良くした方がいい。相手が陽キャだったら尚さらだ。

本当は年が近い人間も苦手だけど、働く以上弱音は吐いていられない。
────そろそろ無愛想な性格を克服しないと。

「あ。奈村くん、お疲れ様! 今日から新しく入ったバイトの子紹介するね。年近いし、面倒見てあげて」

心の準備をしながら、花村さんの隣にずれて前を覗く。通路の先には小スペースだが作業場があり、デスクとパソコンが設置されていた。
そして薄暗い倉庫の中でも目を引く、艶めいた黒髪の少年がひとり。
「泡瀬真己です。よろしくお願いします」
間違いなく俺の中で史上最高の笑顔を浮かべた。が。
「…………奈村です」
彼はこちらを一瞥もせず、パソコン画面を見ながら作業を続けた。
マジ?
目を合わさないどころかチラ見もなし。これは初めての経験で、軽く衝撃だった。
「それじゃ奈村君、後よろしく。……泡瀬君、頑張ってね!」
「え。は、はい」
しかも花村さんは早々に持ち場に戻ってしまった。
取り残されて不安は最高潮。でも突っ立ってるわけにもいかないから、すぐに彼に向き直る。
「あの、まず何したらいいでしょうか」
「……」
奈村さんは無言でマウスを動かした。と同時に横のプリンターが動き、大量の書類がプリントアウトされていく。
……?
黙って見つめていると、彼は立ち上がった。
「この指示書の製品をピッキング。今タブレットにデータ送ったから、すぐ始めて」
「データ」
「AからCだけよろしく。二時間で百ちょっとだから急いで」
「は……い」
最後の方は疑問形で、声のトーンが上がった気がした。
説明不足にも程があるけど、多分この出荷指示書に書かれてる製品をピッキングしていくんだろう。端にあるワゴンの中には既にお客さんの宛名伝票が貼付された梱包材が入ってる。で、俺はAエリアからCエリアまでの製品を担当しろと。
二時間で百? 一時間で五十件さばけってこと?
「あっ!」
ちらっと見ると、彼はジャンバーを羽織ってさっさと行ってしまった。
「すみません、俺エリアとか全然わかってな……」
言い終わる前にもう彼の姿が見えなくなっていたので、口を噤んで奥歯を噛み締めた。

信じらんねえ。何にも分からないんですけど。

あれでバイトリーダーはブラックジョーク以外の何物でもない。他の人にヘルプを求めたかったけど、悲しいことに倉庫には俺達しかいなかった。
「く……」
幸い、床には自分がいるエリア番号のフロアサインがあった。指示書には製品の保管場所が分かりやすく記載されている。これとパッケージの品番を照らし合わせてピッキングすれば大丈夫、ということだろう。
多分最後にはチェックしてくれるだろうし、やるか。
怖いから三十分ごとにタイマーをセットしてピッキングを始めた。

奈村だったか? 初日から申し訳ないけど、あいつとは上手くやれそうにない。

だだっ広い倉庫で、時には脚立を使いながら品物を取り、梱包に入れていく。何に使う機器なのかまるでわからないものもあって、本当にこれで正しいのかドキドキした。
大体、合ってるか訊きに行く時間も惜しいってどういうことだ。
( いや、待てよ )
何の為のタブレットだ。急いで社用のチャットを開くと、奈村さんのアカウントが出てきた。指示書の内容と製品の写真を撮影し、彼に送信する。
「これで合ってますか……と」
すると三十秒もせず『合ってる』と返ってきた。
レスポンスが速いことだけは救いだ。そのあとは自信ないものは全てチャット上で確認してもらうことにした。

だけど二時間はあっという間だった。
「わっ」
時間切れを知らせるスマホのメロディが鳴り、慌ててワゴンを見る。
まだ十数個はある……!
脚立から降りようとしたが、慌てたせいで脚を踏み外ししてしまった。
やばい。落ちる。
反射的に目を瞑った。強い衝撃を覚悟したけど、訪れたのは柔らかい感触で。

「……危な」
「あ……っ」

目を開けると、奈村さんが俺の体を支えていた。
というか、ここで初めて正面顔を見た。
眼鏡をかけてるけど、くっきりした目鼻立ち。長い睫毛。

( イケメンだ…… )

女の人達がキャーキャー言ってたのは彼のことか。改めて腹落ちしてると、彼は静かに告げた。

「気をつけて」
「あ。ありがとうございま」
「ここ労災出るか怪しいから」

……。

何と答えようか迷ってる間に床に下ろされた。
奈村さんはワゴンを覗き、残ってる梱包を全て手にとる。
「終わったやつ、配送会社ごとに仕分けといて」
「は、はい」
いや、配送会社って何?
反射的に返事してしまったけど、すぐに何のことか訊いて教えてもらった。
圧倒的説明不足だけど、さすがに仕事はできる。彼は俺が持ち場に戻ると同時にピッキングを終えていた。大きな注文はなかった為、ダブルチェックのあとは集荷までわりとサクサク進んだ。

でもすごく疲れた。
体以上に、心が。

本日中に出荷しないといけない荷物を業者に引き渡し、パソコンのあるスペースへ戻る。そこでは彼が出荷完了の報告をしていた。
「お疲れ様です」と言って、デスクの前に移動する。
さっきは脚立から落ちたところを助けてもらった。多分悪いひとじゃない。
そして仕事はできる……けど……。

肩に掛けてるタブレットが鳴った。開くと、チャット上で奈村さんからメッセージが届いていた。
内容は、『明日も来れる?』というもの。

「…………」

( 目の前にいるのにチャットで連絡してきただと? )

俺より喋らないとか、軽く奇跡だ。

仕事はできる。けど絶望的にコミュニケーションがとれない先輩。それが奈村都人(なむらくにと)の第一印象だった。