初恋ストックルーム



雨が窓を叩きつけてる。呼応するように、心も傷だらけになっていた。
ミスを連発してしまったことはもちろん、……彼と過ごせる残り時間を考えて。

このまま知らないふりをして、やり過ごすのが正しい。
頭ではわかってるが、感情がぐちゃぐちゃだ。

「……お前、もしかして熱ないか?」
「っ!」

デスクの手前に移動すると、奈村さんは突然距離を詰めてきた。額に手が当たり、息が当たりそうなほど顔が近付く。
「ちょっと熱いかも」
「な、奈村さん。大丈夫で……わっ!?」
体温を確認されていたとき、目の前が真っ暗になった。
何が起きたのかわからなくて、バランスを崩す。
「泡瀬……!」
奈村さんの声も聞こえたけど、姿が見えるまでは身動きがとれなかった。床に倒れ、暗がりの中で打ちつけた膝をさする。

「奈村さん? どこに……っ」

何も見えない。不安に押し潰されそうになってると、目の前だけパッと明るくなった。
「停電だな」
奈村さんは腕時計のライトを翳し、俺の前を照らしてくれた。
「びっくりした。……怪我はない?」
「は、はい。すみません」
落雷でブレーカーが落ちたのかもしれない。心配になってると、すぐに明かりが点いた。
「良かった。一瞬だったな」
「……」
確かに良かった。が。

周りが明るくなったことで、とんでもない体勢をしてることに気付いた。
「わわわ……す、すみません!」
俺は、奈村さんの膝の上に座っていた。
彼は床に片肘をついてる。知らないひとから見たらまるで襲ってるような構図だ。
羞恥心で爆発しそう。

「い、今すぐどきま……痛いっ」
「おい、大丈夫か?」

慌て過ぎて今度は後ろに滑り、棚に頭を打ち付けてしまった。我ながら情けなすぎて泣きそうになる。
電気はすぐに復旧したから、タブレットに来てるメッセージも引き続き仕事の話が進んでいた。
でも奈村さんは、後退りできない俺を囲うように床に膝をついた。
「一回落ち着け。お前、今日ずっと様子がおかしいぞ」
「……」
黙り込む俺に痺れを切らし、彼は短いため息をついた。

「……この前のこと気にしてるのか?」

俺の胸に食い込むショルダーストラップを外し、タブレットを端へどける。
「俺が干渉して、余計悩ませたよな。すまない」
「ち……違います。奈村さんが言ってくれたことは、すごく嬉しかったんです」
誤解されるのは絶対嫌で、震えながらも声を張り上げる。ずきずきと痛む胸を押さえ、倒れるように俯いた。
やばい。泣きそう。

「そうじゃなくて……すみません、さっき聞いちゃって……奈村さんが……仕事、辞める……って」

感情は涙とともに、堰を切ったように溢れた。
「それ聞いたら頭真っ白になっちゃって……全然集中できませんでした。ごめんなさい……っ」
「泡瀬……」
仕事のことは内密にするよう言われたのに、やらかしてしまった。
奈村さんは驚き、戸惑っている。けど近くの衝立てを移動し、通路を塞いでから俺の方に振り返った。
「俺が辞めるかもしれないから。……辛かったってことか」
「……っ」
袖で目元を拭う。子どものように嗚咽しながら、何度も頷いた。
「奈村さんと、もっと一緒にいたいんです」
理由はわかってる。もう、これ以上隠すことはできない。

「俺にとって奈村さんは、ただの先輩じゃないんです。……好きだから。これからも一緒にいたい……っ!」

人としてとか、先輩としてとかじゃない。
心が彼を求めてる。恋してしまってるんだ。
仕事を辞めたとしても、離れたくない。彼の袖を握り、顔を手で覆った。

この告白も、奈村さんにとっては嵐と同じだろう。案の定顔を赤らめ、びっくりしている。
「泡瀬、それは……告白?」
「……」
それ以外何があるんだ。
と逆ギレしたいぐらい、恥ずかしい。でも諦めて、小さく頷いた。

「俺は男です」
「知ってる」
「でも、奈村さんが好きです。恋愛感情、として」

羞恥心が怒りに転じそう。
腰を浮かしつつ、奈村さんを正面から見据える。
「自分でもびっくりしてますよ。一生隠し通すつもりだったのに……」
「……」
奈村さんは目を見開き、俺の背中に手を回した。

「良い報告と嬉しい報告。どっち先に訊きたい?」
「は」

思わぬ方から攻められ、呆けてしまう。
でも奈村さんが笑ってるから、俺も涙を拭って笑った。
……どっちも嬉しい報告なんだろうけど、選択させてくれるところが彼らしい。
「じゃあ……良い報告」
「ん。俺はバイトは辞めないよ」
えっっ。
驚いて見返すと、彼は困ったように頬を搔いた。
「俺が辞めるって、誰から聞いたんだ?」
「三年生だからって、さっき社員の人達が言ってたんですけど」
「……シフトは減らすつもりだ。でも大学に入ってもバイトは続けるよ。この前社長にその相談をしたから、辞める方向だと勘違いしたんだろうな」
「ふえ……」
それは恥ずかしい。でも、……そうか。
奈村さん、辞めないんだ。……よかった。
「じゃ、来年もいてくれるんですね?」
「来年も、何もなければ再来年も」
「何も?」
「お前が俺に飽きなければな」
彼は俺の頬を撫で、優しく笑った。
「誤解も解けたし、次は嬉しい報告だな」
奈村さんは眼鏡を外し、胸ポケットに仕舞った。
透き通った声に神経を研ぎ澄ます。もう他の音は何一つ耳に入らない。
彼以外、何も見えない。

「泡瀬。俺もお前が好きだ。これからもずっと一緒にいたい。……付き合ってくれ」

嬉しい……ではおさまらない感情。
キャパオーバーで今にも倒れそうだ。声が出なくて、こくこく頷くことしかできなかった。
ちょっと微妙過ぎる反応だけど、普段喉つかってないから許してほしい。

「恋人になるってことだけど。……本当に良いんだな?」
「もちろん」
「俺は重いかもしれないぞ」

彼は口端を上げ、俺の唇を指でなぞった。
「初めて手に入れたいと思う存在に出会ったから。お前が他の誰かに夢中になったら、引くどころか捕まえるかも」
「……安心してください。俺もなんで」
安心しちゃいけないところだけど。俺も、彼以上に惹かれるひとなんていない。
「先に謝ると、俺すごく性格悪いんです。奈村さんを独り占めしたい……俺だけを見てほしい、っていつも思ってる」
「……っ!!」
奈村さんはなにか躊躇していたが、俺の頬に手を添え、顔を近付けた。

「キスしていい?」
「あ。は、い」

もたもたしつつも応えた。瞬間、唇を奪われる。
「ン……ッ!」
初めての感覚だった。
俺の腕を押さえる力。優しく抱き寄せる手のひら。
思ったより柔らかい唇と、熱い吐息。その全てに脳を焼かれ、呼応するように彼に縋る。
男だし、互いに想像と全然違うかもしれないと思って怖かった。でも触れれば触れるほど、重なれば重なるほど求めてしまう。

奈村さんだから……泣いてしまうほど嬉しいんだ。

唇を離し、互いに見つめ合う。終わるのが切ないほど、尊くて優しい時間だった。余韻に浸っていると、ぬれた口元を指で拭われる。

「キスしちゃったな」
「はい……」
「監視カメラあるのに」
「はっ!?」

嘘だろ!?
慌てて天井を見上げると、奈村さんは目に涙を浮かべて吹き出した。
「あははっ! ごめんごめん、嘘。ここにはない」
「……っ!!」
それはついちゃ駄目な嘘だろ!
思わず怒りと羞恥心で睨めつけるも、彼は楽しそうに肩を揺らしている。
「っはー……。ほんとに可愛いな」
「可愛いとかじゃないです! 俺がどれだけ悩んだか……!」
「そうだな。隠すつもりだったのに、俺の為にすごく悩んで、勇気を出してくれた……それ聞いたら、もう離れられない」

彼は息をつき、改めて俺に向き直った。

「本当にありがとう。大好きだよ、……真己」