初恋ストックルーム



気まずい……。

夏休み明け、新学期の初出勤。
久しぶり。と言うほどでもない、奈村さんとのシフト。いつもと変わらない。本当は会えるのが嬉しいのに、二人だけの倉庫は死ぬほど気まずかった。
「おはようございます。あの……っ。この前はどうも……」
「……あぁ」
奈村さんは短く答えると、すぐ作業に戻った。
彼も普段どおり。気まずいと思ってるのは俺だけの可能性が高い。
でも、そうだよな。別に喧嘩別れをしたわけじゃない。普通に考えれば、俺がパニクって先に帰っただけだ。
だからこっちもいつも通り振る舞えばいいんだけど……話しかけるのがめちゃくちゃ緊張する。

彼の優しさを突き返してしまったことに自責の念を抱いてる。
( でもそれだけじゃない。……よな? )
このバカでかい後悔と罪悪感の理由が他にもある。

彼はただの先輩や同僚じゃない。……特別なひとだから。

「す。すみません、奈村さん」
「……」
「この防犯ライト、説明書通りに点灯しないってお客様から返品されまして。今確認したら確かにワンパターンしか点灯しないので、ご確認」
いただけますか、と言う前に彼はライトを受け取った。電池残量を確認し、いじりながら小声で告げる。
「初期不良」
「……ありがとうございます」
奈村さんは俺が運んできた不具合品をぱっぱと確認していった。通電しないものなどを箱で受け取り、分別していく。
「販売してから全然動かないもの、リストにまとめといた。……今度奥に移動しよう」
「は、はい」
相変わらず手際良い。強いて言えば、デスクに置かれたエナドリ缶の多さが気になる。
コンビニ弁当とかじゃなくて、ちゃんと野菜も摂った方が良いですよ……と言いたいけど。今の俺に偉そうなアドバイスをする資格はない。
でも……。

「泡瀬」
「はい!」
「シフトのことで話がある」
「え」

話しかけられて振り返ったものの、固まる。
直後に後方から足音が聞こえ、棚の向こうから岡部さんが顔を出した。
「奈村君! 確認したいことあるんだけど、ちょっと上に来てもらえる?」
「……はい」
奈村さんは一瞬俺を見たが、すぐにジャンバーを羽織って行ってしまった。

「……」

さっき、シフトのことって言ってたよな。何だろ。
何故か胸のあたりがチクッと痛んだ。でも気付かないふりをし、作業に戻る。

何だか体中が熱い。怠いとは違うけど、ふらふらする。
奈村さんはすぐに戻ってきたけど、その日は話をすることなく終わってしまった。



黒い雲が空を覆い尽くしている。

「はぁ……」
「泡瀬、今日でため息何回目だ?」

───放課後。帰り支度をしていると、担任の積木先生が眉を下げてやってきた。
「さっきから教科書出しては仕舞ってを繰り返してるし。あ! もしかして、バイトに行きたくないのか!?」
「……っ」
図星。あまりに早く言い当てられてしまったので、目をそらしてしまった。
先生は露骨に青ざめ、俺の席に勢いよく手をつく。

「何だ、また先輩達にいじめられてるのか!? それなら無理して行かなくていい! 劣悪な環境から身を引くことは、無責任とは違う!」
「あ、違うんで大丈夫です」

幸い、行きたくない理由は外れていた。鞄に定期だけ入ってることを確認し、立ち上がる。
「本当に大丈夫か? お前はひとりで抱え込むからなぁ」
「……よく言われます。けど……俺ってそんなに弱そうに見えます?」
言われたことに対し素直に傷つき、怒り、喜ぶ同級生に比べれば、俺はひねくれてる。
純粋に疑問に思っていると、先生は困ったように肩を上げた。

「逆だよ、泡瀬。何でもひとりで解決できそうだから心配なんだ」

彼は声を落とし、言いにくそうに続けた。
「弱い子の方が、ちゃんと周りに助けを求める。でもお前は違うだろ?」
言葉が見つからない。……のは、やはり図星だからなのか?
「お前は、良いことも悪いことも深く考えやすい。……だから信頼できる相手にちゃんと相談するんだ」
「相談?」
「そ。俺でもいいし、上司でも同僚でもいい。生き残るための処世術だし、自分を労る回復術だ」
軽く背中を押され、二、三歩前へ踏み出す。
相談……。
仮に奈村さんにするとして、何を相談する?
それがわかってないのに相談なんかできない。唇を噛んで俯くと、先生はまた机に手をつき、声を張り上げた。

「自分のしたいことを優先するんだ。自分の気持ちにちゃんと耳を傾ける。話はそれから!」
「……!」

自分のしたいこと。
それもやっぱり、母から言われたこと。
もっと我儘になっていい。それは、奈村さんにも言われたこと。
俺が本当に望むものは……これからも、奈村さんと一緒に……。

「わ……わかりました」

鞄を掛け直し、ドアを開ける。
俺がしたいことはひとつ。最初からわかっていたけど、それはとても傲慢なことに思えて、見ないようにしていた。
でも駄目だ。もう抑えられない。
「ありがとうございます。バイト行ってきます」
「お、おう。これから台風来るみたいだけど、頑張れ!」
先生からも鼓舞され、足早に学校を出る。
会うのが怖い。でも会いたい。相反する想いがいつも自分を突き動かす。

立ち止まったら終わってしまう。無我夢中で会社に向かい、事務所で打刻した。いつものように必要なものを手にして部屋を出ようとしたが、奈村さんのことを話してる人達がいることに気付き、足を止めた。

「……って社長が言っててさ。奈村君、三年生だし」
「あぁ〜そうか。でも彼が辞めちゃったら倉庫はかなり痛いよな」

え。
────辞める?

思わず突っ立ってしまったせいで、彼らは俺の視線に気付いた。慌てて口元に人さし指をあて、声を潜める。
「あ、ごめん泡瀬君。今の聞かなかったことにして!」
「は……い」
徐に頷くと、社員の人達は自分のデスクに戻っていった。俺はそのまま硬直しかけたけど、自分の頬をつねることで我に返る。
仕事しないと。
今日はセールが重なってるから忙しい。奈村さんが辞めちゃうかもしれないけど……聞かなかったことに、して。

ほぼ放心しながら階段を降りた。まだ夕方だというのに窓の外は真っ暗で、これから空が荒れそうなことを優しく教えていた。

九月。うかうかしてる時期じゃない。奈村さんもこんなにシフトに入れるのは夏休みだけだと言ってたし、自然なことだ。
前に聞いたら有名な進学校に通ってたし……そもそもが、俺は奈村さんの「代打」なんだ。倉庫に採用されたのは、いずれいなくなる彼のシフトを穴埋めする為。
あ。
急に、入ったばかりの頃の奈村さんの言葉が蘇った。

( 俺がいるうちに色んな経験しろ。……って )

新人ヅラができるのは奈村さんがいる間だけだ。
わからないことに対し、馬鹿正直に「わからない」と言えるのは今だけ。
これからは独りで現場を回さなきゃいけない。

それはものすごいプレッシャーだった。───でもそれ以上に辛いのは、やっぱり。

「泡瀬。これ中身違う」
「えっ!」

ピッキング中、奈村さんが険しい顔をしてやってきた。確認したところ、注文内容と違う仕様の製品を入れてしまってる。彼がダブルチェックをしてくれたから気付けたことだ。作業の手を止め、慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません……!」
初めて出荷する物やわかりにくい物ではなく、どう見てもただの凡ミスだ。それが尚のことまずい。

「今日これで三個目だぞ。一体どうした」
「いえ、ただの不注意で……本当にすみません」

目が合わせられない。顔を上げることはできても、目が泳いでしまう。
「……集中できてないな。代わるから少し休んでろ」
「いえ! 大丈夫です。……気をつけます」
顔を見られないようすぐに踵を返し、担当エリアに戻る。
しっかりしろ。奈村さんの言うとおり仕事中だぞ。
私情で揺れてる場合じゃない。ミスをしたらお客さんと、会社全体に迷惑がかかる。ちゃんとやらなきゃ。

……そう思うものの、視界に映る指示書の文字はずっと歪んでいた。集荷が終わるまで、何度も目元を袖で拭った。

おかしい。
頑張ろうって決めたばかりなのに……俺ってこんなに弱かったっけ。

夜になり、外は土砂降り。雷まで落ちるようになった。
シャッターを閉めて奈村さんがいるスペースへ向かう。空は時々光り、轟音を上げていた。