初恋ストックルーム



「そ……っ」

そんなの駄目だ。
嬉しいけど、彼の優しさに甘えることはできない。
奈村さんは進路前で、自分のことだけに集中しないといけないんだ。

痛いぐらい拳を握り、ホームに降り立つ。
「ありがとうございます。お気持ちだけ……有り難く受け取ります」
「……」
淡々とした自分の声が、かつてないほど憎い。
でも手放しで喜べないし、寄りかかっては駄目だ。
自分が同性愛者なのかもわからないし、奈村さんも違うかもしれない。何もかも不明瞭な状況で、彼の手を取ることはできない。

「泡瀬……思うんだけど、やっぱり俺は」
「あ! すみません、電車来たので乗ります」

奈村さんがなにか言いかけたが、ちょうど自分が乗る路線の電車が到着した。彼に背を向け、足早にドアへ向かう。
「おい、泡瀬っ」
「今日はほんとにありがとうございました。失礼します……!」
奈村さんの表情も確認できないぐらい。逃げるように満員の電車に乗り込んだ。

最悪だ……俺。
せっかく楽しく一日過ごせたのに。彼の方から力になりたいと言ってくれたのに、突き放した。
鞄を前に回し、強い力で抱き締める。視界が潤んできたから、周りにバレないよう俯いた。

「……っ」

彼の優しさに縋ってしまったら、どうにかなってしまう。今だって頭の中は彼のことでいっぱいで、他には何も考えられないんだから。
奈村さんが何を言おうとしていたのかだけ気になったけど、ここで距離をとるのがお互いの為だ。
音も光も遮断したい。息を殺し、取り出したイヤホンをつけ、ひとりきりの世界に逃げ込んだ。





新学期を迎え、一週間が経った。
受験を控えた多忙な高校三年生、というのが世間の印象だろう。でも自分は同級生の中では幾分のんびりかまえている。もちろん休日はひたすら試験対策に費やしてるが、精神面の不安はない。

今までと何も変わらない。大きな成功はないが、大きな挫折もない。何でも要領よくこなしてきた。……そう、恋愛以外は。

「奈村。先生が職員室に来るように言ってたぞ」
「……わかった」

受験する大学のことだろうから説明書をまとめ、席を立った。クラスメイトはやれやれと腕を伸ばし、頭の後ろで手を組む。
「九月に入るといよいよって気がして焦るな〜」
「あぁ」
「お前はいつも通りに見えるけど……」
彼は若干戸惑いながら「また明日」と教室を出ていった。
職員室に寄り、必要な書類関係を整理して学校を後にする。
家の中で色々あり過ぎたせいか、学校での思い出や印象は薄い。
( ほとんどバイトして過ごしたから当然か )
もう三年も経つのに、未だに恋愛のトラウマも視界を奪う。

男の幼馴染に告白されたとき……驚きはしたものの、嫌悪感や拒否感はまるでなかった。
でも理想と現実は大きく乖離し、恋人どころか友人すら作りたくないと感じる結果になってしまった。
自分は同性愛者ではなく、友情を恋情と勘違いしていたんだろうか。

電車を乗り継ぎ、三年近く通った会社に入る。
ひとと関わることにうんざりしていた自分は、ここで大きく変わった。
自分から関わりたい。もっと知りたいし、触れてみたい。そう思える奴を見つけてしまった。

気付いたら目で追ってしまう。近付いたら逃げていくからかなり慎重になる必要があるけど……笑ったときの顔は本当に可愛く、愛おしかった。

階段を上がり、ドアをノックする。
「失礼します。お忙しいところすみません。今少しお時間よろしいでしょうか……、社長」
「おう、奈村か。どうした?」
「……」
ドアを閉め、目の前に座る社長に軽く会釈する。
これまでは毎日乗り切ることに必死で、ずっと先の未来を考える余裕がなかった。なるようになればいいと思っていたが……“彼”と出会ってから、その大切さにようやく気付けた。

「考えたんですけど……俺、大学に進学しようと思います。でも今のシフトだと、正直両立は難しいです」
「……そうか」
「すみません。だから今日は、これからのことについてご相談に来ました」