翌日。
睡眠不十分。体中に痛みを抱えたまま家を出た。
燦々と照りつける太陽が不調に拍車をかけてるけど、テンションは最高潮。普通に舞い上がってる。
踵が浮きそうになるのをおさえ、約束してる駅の改札口へ向かう。
俺の方が早いかと思ったけど、奈村さんはもう待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
完全プライベート。一日貸し切り、というワードが脳裏によぎる。
前から思ってたけど、奈村さんは私服姿もかっこいい。大人びてるから大学生と言われたらすんなり納得しそうだ。
イケメン過ぎて目が痛い……。
さっきから、通りすがりの女性が奈村さんのことをチラ見してる。一般人らしかぬ雰囲気があるから、見てしまう気持ちもすごくわかる。
思わず見惚れてると、案の定不思議そうに訊かれた。
「ボーッとしてる。どうした?」
「あ……何か現実感がなくて」
ここで嘘をついても仕方ない。笑いながら、正直に伝えた。
「奈村さんと外で歩ける仲になったんだ、って……嬉しくて、夢心地みたいです」
「それは買い被り過ぎだぞ」
奈村さんは苦笑し、俺に向けて手を差し出した。
「じゃあ、現実感得る為に……また手繋いでみる?」
「い……や、それはさすがに」
花火大会のときとは違う。いくら観光客も多い賑わった駅とは言え、男同士で手を繋いでたら目立ち過ぎる。それに、
「し、知り合いに見られたら困りません?」
「全然」
彼はきっぱりと言い放った。
ここまで堂々とされると、恥ずかしがってる自分の方が変な気がしてくる。
軽く周りを見渡す。すると確かに、友人にしても距離が近い男性同士も目に入った。
最近はよくある景色なんだなぁ……。
でも、本当に良いんだろうか。付き合ってるわけでもないのに。
挙動不審になりながら彼に向き直ると、予告なく手を握られた。
「わわ。奈村さん……」
「二回目だろ。緊張しなくていい」
彼は翻り、外に出る通路へ歩き出した。
「大丈夫だよ。誰も気にしてない」
「……奈村さんって、実は大胆ですよね」
「あはは。かもな。俺も初めて知った」
奈村さんは目に涙を浮かべて笑った。こんなに笑えるひとだったんだ、という驚きと、笑顔可愛いな、という愛おしさで爆発しそうだった。
知らない一面がどんどん明かされる。そして、惹かれていく。
筋肉痛だけど、足取りは怖いぐらい軽い。二人で外に出て、太陽の眩しさに目を細めた。
「筋肉痛平気?」
「ま、まあ……湿布めっちゃ貼ったんで。奈村さんは?」
「俺も。貼りすぎて湿布臭いかも」
「あはは。大丈夫ですよ」
むしろ良い香りがする。晴天の下で、彼と肩を突き合わせた。
駅の周りにあるモールや公園は調べてきたけど、俺はほとんどノープラン。でも奈村さんがエスコートしてくれたおかけで色んなものが見られた。
話題の映画にスイーツ、俺が好きなガジェットのお店巡り。見晴らしの良い海浜公園を散歩して、夜ご飯を食べた。
「……見かけによらず肉食だよな」
ステーキハウスで厚めの肉を頼むと、奈村さんは可笑しそうにスマホを翳した。最初はなにかと思ったけど、シャッター音が聞こえて身構える。
「盗撮です」
「良い食べっぷりだったぞ?」
大口開けてるところを撮るなんて酷い。咳払いしていると、すぐに写真が送られてきた。
「ほら、良い瞬間だろ」
「どこがですか」
会社の外の……素の奈村さんはよく笑うし、実はけっこうふざけるひとだった。寡黙だから会話に困るかも、なんてのも杞憂。
本当に楽しくて、一日があっという間だった。観覧車にも乗り、二人でレンガ調の街並みを歩く。
一日喋り続けたのも数年ぶりだ。夜には声が掠れて恥ずかしかった。
「ほら」
「ありがとうございます」
駅に戻り、構内のカフェでひと休みすることにした。ドリンクを受け取り、喉を潤す。
「疲れてるのに付き合ってくれてありがとな」
「全然! こちらこそありがとうございました」
窓際のカウンター席に、隣り合って座る。外を歩く人達を横目に、奈村さんに頭を下げた。
「こんなに楽しい休み、初めてです」
「……そうか」
彼はふっと笑い、頬杖をついた。
「本当、お前は笑うと可愛い」
「かっ……俺男ですよ」
「知ってる」
奈村さんは視線は前に向けたまま、甘そうなチョコレートドリンクを飲んだ。
「知ってるのに。……面白いな」
「もう……」
言われる身からすると全然面白くない。からかわれてるとわかり、ついむくれた。
「自分から会いたいと思ったの、お前が初めてなんだ」
ドリンクがテーブルに置かれる。視線はそのまま、彼の話に耳だけ傾けた。
「今からずっと前。……親友に告られたんだ。でもそいつがかなり束縛すごくて、俺の行動に制限かけたり、スマホまで見ようとしてきた」
「そ、それは……大変でしたね」
時々そういう過激な話を聞くけど、本当にいるんだ。下手したら心に深刻な傷を負いかねない。
「奈村さんはかっこいいから。その親友の方は、誰かに盗られないか不安だったのかもしれませんね」
「……ちなみに、その親友は男」
「ごふっ!!」
想像の斜め上から飛んできた球がクリーンヒットし、盛大に噎せてしまった。
「おと……じゃ、その方は」
「同性愛者」
まさかここでその話になるとは。
身に覚えがあり過ぎて胸が痛い。頭も痛い。
額を押さえながら俯くと、彼は両手を伸ばした。
「ま……性別はともかく。仲良い奴でも拗れることがあるってわかって、極力ひとと深く関わることを避けてた」
「し、仕方ないですね。それは嫌になりますよ。嫌っていうか……辛い」
信頼している友人が豹変したら、周りを信じられなくなってもおかしくない。何なら転校して姿を晦ましたくなりそうだ。
「そのお友達は?」
「高校で離れたから。大丈夫」
奈村さんはドリンクを振り、懐かしそうに目を細めた。その横顔は、せいせいしてるというよりは……どこか少し寂しそうで、儚かった。
一見強そうなひとでも、脆く崩れそうな部分がある。そう思ったら、触れるべきではない部分に手を伸ばしていた。
「奈村さんは、そういう人達のことどう思います?」
「そういう人?」
「どっ……同性愛者、……です」
膝に乗せた拳を強く握り締める。
本当は訊くつもりはなかった。彼の回答次第で傷口を広げることになるし。
でも、アホな俺は地雷を踏み抜こうとしてる。
いっそ木っ端微塵に吹き飛んだ方がいいと思ってるんだろうか。……絶対後悔するだろうに。
息苦しくて胸を押さえる。瞼を強く閉じて待ってると、かすかなため息が聞こえた。
「何とも。少なくとも、偏見はない」
「あ……」
「というか、よくわからない。ってのが正しいかな」
……そりゃそうか。
彼の困ったような笑顔を見て、腑に落ちた。
俺も、男にどきどきしてる自分が理解できない。だから苦しくて仕方ない。
「こんなこと訊かれても困るだろうけど……お前は?」
でも、この気持ちを完全否定するのはもっと苦しい。
「俺も……正直わかりません。何せ自分のことすらわからないので」
窓ガラスに映る自身の顔を見つめる。店内の静けさを壊さない声で、恐る恐る押し殺してた気持ちを取り出した。
「好きなひとがいます。でも今まで誰かを好きになったことがないから……この嬉しくて苦しい気持ちを恋愛と勘違いしてるだけかもしれない」
経験がないことを言い訳にするのは卑怯に思えた。高校生にもなって自分の感情がわからないなんておかしいと。
ドリンクを持つと、横から伸びてきた手が前髪を持ち上げた。
「告白する気はないのか」
「……」
できたらどんなにいいか。
好きなひとの問いかけにかぶりを振り、ドリンクを飲み干した。
「そのひとの人生を邪魔したくないから……」
空になったカップを持ち上げ、立ち上がる。奈村さんも空のカップも持ち、ゴミ箱に入れた。
「……泡瀬は」
店を出て、駅の改札口へ向かう。奈村さんは腕時計を読み取り機に翳し、先に中へ入った。
「もっと我儘になった方がいいな」
「……?」
以前母にも同じようなことを言われたけど、我儘は駄目だろ。
「それは無理です。俺はもう誰にも迷惑をかけたくない」
「そう言って、ずっと我慢してきたんだろ。お前は甘えられる相手が必要だ」
地下鉄のホームに続くエスカレーターに乗り、奈村さんはゆっくり振り返った。
「俺がその相手になる。お前が無理や我慢をしなくていいように傍にいる。……これからも」



